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第54話

「ほらプチ、こっちよ。ママがあなたのために、最高級の『暗黒竜の鱗』で編んだ特製マントを作ってあげたわ」


「ダメだよサクリア! トマトには太陽の光が必要なんだから! ほらプチ、この『ミスリル製の極小聖剣』を持ってみて! かっこいいでしょ!」


「二人とも、まだ生まれたばかりの子供に物騒なものを持たせないで。プチ、お姉ちゃんがフリルのついた可愛い前掛けを縫ってあげたわよ」


休日の穏やかな昼下がり。

二十畳のワンルームのリビングでは、サクリア、ユエル、ミサリアによる「プチの初めてのお着替え発表会」が開催されていた。


「キュイ?」


当のプチ(手のひらサイズの歩くトマト)は、サクリアの黒マントを羽織らされ、ユエルの爪楊枝サイズの聖剣を葉っぱの手に持たされ、ミサリアのフリル付き前掛けを首に巻かれて、困ったようにトコトコと歩き回っている。


「……属性が渋滞しすぎだろ。ただでさえ歩くトマトで目立つのに」


俺が縁側でお茶をすすりながらツッコミを入れると、プチは俺の声に気づき、フル装備のままポテポテと走ってきた。


「パパ!」


俺の足によじ登り、膝の上で安心したように丸くなる。

その無防備で丸っこい愛らしさに、俺の頬は自然と緩んでしまう。


「アルト様! 幼児……いえ、愛玩魔獣の衣服に関する条例ですが、過度な武装は銃刀法ならびに魔導具規制法に抵触する恐れが……」


六法全書をめくりながらイルマが警告してくるが、その目元は完全にデレデレに緩み、手には「税務局」と書かれたプチ用の小さな腕章が握りしめられていた。結局、誰もがこの小さな家族にメロメロなのだ。


「いい天気だし、せっかくだからみんなで庭をお散歩しよう。プチも外の空気を吸いたいだろ?」


俺が提案すると、ヒロインたちはパッと顔を輝かせた。


「賛成! アルトとプチと、家族でピクニックね!」

「お弁当、特大のサンドイッチを作ってくるわ!」


みんなが準備のためにバタバタと動き出す。

俺はプチを手のひらに乗せ、一足先に庭へと出た。

昨日、ヴァンセルが売っていった防草シート(※実は神話級の結界布)が敷かれた庭は、雑草ひとつなく綺麗に整っている。


ポカポカとした春の陽射しが、俺とプチを優しく包み込んだ。

プチは俺の手から飛び降りると、ふかふかの土の上を「キュイ、キュイ」と嬉しそうに走り回る。


その小さな背中を見つめながら、俺はふと、冷たい風が首筋を撫でるような錯覚を覚えた。


『……俺が抜けてから、まだ数週間だぞ……っ』


脳裏に、かつての上司の怒声がフラッシュバックする。

血を吐くまで働かされ、誰の温もりも知らず、ただ「死なないため」だけに魔獣を斬り続けた、暗くて冷たい奈落の日々。

休むことは罪で、笑うことは無駄だと教え込まれていた。


ブルッと小さく身震いをした、その時。


「アルト、お待たせ! お弁当できたわよ!」


縁側から、バスケットを抱えたミサリアが満面の笑みで飛び出してきた。

その後ろから、レジャーシートを持ったサクリアとユエル、水筒を提げたイルマ、さらには「外で遊ぶぞ!」と駆け出してくるレムとネリアが続く。


「パパ! ママ!」


プチが嬉しそうにヒロインたちの足元を回り、ユエルが「こらこら、転ぶよー」と笑いながら抱き上げる。


太陽の下で響き渡る、家族たちの明るい笑い声。

その眩しさと温かさが、俺の心にこびりついていたブラックな過去の残滓を、一瞬にして綺麗に溶かしてくれた。


『……ああ、そうか』


俺は、小さく息を吐き出した。

もう、あの暗闇に戻ることはない。俺には帰るべき場所があり、守るべき家族がいる。


この騒がしくて、温かくて、呆れるほど平和な日常。

これこそが、俺がずっと夢見ていた究極の『スローライフ』なんだ。

誰が相手だろうと、どんな理不尽が襲ってこようと、俺はこの日常だけは、絶対に手放さない。


俺は決意と共に、みんなが待つレジャーシートへと歩き出した。

雲ひとつない青空の下、世界で一番幸せなピクニックが始まったのだ。


◇ ◇ ◇


――だが、世界は彼らの平和を永遠には許容しない。


アルトたちが陽だまりの中で笑い合っていたその時刻。

ギルドハウス(圧縮城)から数キロ離れた、王都外縁の深い森の中。


音もなく、木々の影から漆黒の装束に身を包んだ数十人の集団が姿を現した。

ブラックギルド『奈落の底』が誇る、Sランクの特務暗殺部隊。

かつて国を一つ滅ぼしたこともある、血も涙もない殺人機械たちだ。


部隊の先頭に立つ男が、手元にある羅針盤のような魔導具を見下ろした。

針は真っ直ぐに、アルトたちのいる方角――強力な魔力スパイクの発生源を指し示している。


「……ターゲットの現在地、座標特定完了」


男が低く、機械的な声で呟く。

その手には、ガルド支部長から託された『絶対隷属の雇用契約書』が、不吉な赤黒いオーラを放ちながら握られていた。


「これより、脱走兵アルトの『強制連行』ミッションを開始する。障害となる女子供、ならびに同居人はすべて……肉片一つ残さず『処分』しろ」


「「「ハッ」」」


死神たちが一斉に影に溶け込み、音もなくギルドハウスへと急襲をかける。

最強の家族たちの尊い日常を切り裂く、最悪の凶刃が、今まさにその喉元へと迫っていた――。

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