第21話
手渡された振込用紙のゼロの数を見た瞬間、俺の魂は口から半分抜けかけていた。
「一括払いは難しいようですね。では、労働で返済していただきます。本日の未納分として、未踏破ダンジョンの制圧を定時までに」
調査官が冷酷に眼鏡を押し上げる。
だが、そのレンズの奥の瞳に、俺は見逃せないものを見つけてしまった。
「……調査官さん。ひどいクマができてるよ。あんたも働きすぎなんじゃない」
俺はツタに絡まるユエルを引っこ抜きつつ、調査官の手を引いて強引にリビングへ上がり込ませた。
そして、戸惑う調査官を椅子に座らせ、ミサリアが淹れたばかりの温かいハーブティーをスッと差し出す。
「買収には応じませんよ。私は国家の」
「いいから。残業ばっかりしてると、心までカサカサになっちゃうよ」
俺は無自覚に手を伸ばし、ガチガチに凝り固まった調査官の肩をポンポンと優しく叩いた。
俺も過去に散々ブラックな働き方をさせられたから、こういう真面目な人を見ると放っておけない。
「あっ……」
調査官の肩がビクッと跳ねた。
ミサリアの淹れたハーブティーの異常な回復効果と、俺の無駄に魔力がこもったマッサージ。
その二つの暴力的な癒やしを同時に浴びた冷徹な調査官の顔が、みるみるうちに沸騰したように赤く染まっていく。
「な、なんて温かい……。いえ、アルト様、これは職務規定違反で……っ」
顔を覆ってぷるぷると震え出す調査官。
最強の刺客が、ただの一杯のお茶と肩もみであっさり陥落しかけている。
だが、その和やかな空気を、凄まじい嫉妬のオーラが切り裂いた。
「ちょっと! なんで税金取りの女がアルトに撫でられてるのよ!」
ユエルがバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
サクリアも赤い瞳を危険な細さに細め、優雅に腕を組んだ。
「ええ、不愉快ね。アルトに労働を強要するなんて妻として許せないわ。私たちがそのダンジョンとやらを灰にして、報酬で借金を一括返済してあげる」
「待ってください。身内の無償労働は脱税行為に」
赤面から復帰した調査官が慌ててバインダーを構える。
しかし、サクリアは黒い笑みを深めた。
「なら、ギルドに正規のパーティとして登録して、稼ぎを全部アルトに貢げば合法でしょ」
最強の元魔王が、税制の抜け道を力技で突破した。
ユエルとレムが歓声を上げ、サクリアが調査官の首根っこをひょいと掴み上げる。
「さあ、案内しなさい公務員。アルトの定時退社のために、私たちが一秒で世界を救ってきてあげるわ」
「きゃあっ、離しなさい、私はただの税務……っ」
嵐のような勢いで、ヒロインたちが調査官を連行して空間の穴へと飛び出していった。
あっという間に静寂が戻ったギルドハウス。
「ふぅ。みんな元気だな」
俺が呑気にお茶をすすっていると、背後からふわりと甘い香りが漂ってきた。
「平和になったわね、アルト。みんなが稼いできてくれる間、たっぷりご褒美の耳かきをしてあげる」
一人だけ居残ったミサリアが、得体の知れない熱っぽい瞳で俺をソファへ押し倒そうとしてきて――




