Epilogue
「お父様!」
陽が暮れ始めた町の中、聞こえてきたその声に俺は振り返った。
通りの向こうから、こっちに向かって駆け寄ってくる五歳くらいの幼い少女の姿があった。ずっと探していた、俺の迷子の娘だ。
「ローリエ!」
名前を呼んで駆け寄ると、その小さな身体を抱きしめる。
「お父様、よかった。もう会えないかと思ったぁ……!」
「それはこっちの台詞だ! ずっと探してたんだぞ!」
「ごめっ、ごめんなさい! ごめんなざい!」
ずっと不安だったのか、ローリエは俺の腕の中でわんわんと泣き叫ぶ。
「ローリエ。どうして言いつけを破って、一人で外に出たりなんかしたんだ?」
時間が経ち、やがて泣きやんだローリエに尋ねる。
「わたし、これ、お父様にプレゼントしたくて」
「これは……」
ローリエが差し出したのは花の種だった。俺が前々から育てようかと思っていたある花の種だ。けれど色々と忙しくて買いに行くことができずにいた。どこかでそのことを知ったのだろう。
「……言いつけを破ってごめんなさい、お父様」
「……そうだな。みんなに心配をかけたことは反省しないといけない」
しょげかえるローリエの目尻にたまった涙を拭いながら俺は言った。
「だけど、俺を喜ばせようとしてくれた気持ちは嬉しいよ。ありがとな」
「お父様……」
「その種、今度一緒に植えようか」
「うんっ、お父様大好き!」
「おっと」
ローリエは笑顔を浮かべると、また胸の中に飛び込んできて、額をぐりぐりと押しつけてくる。
その頭を優しく撫でてあげる。きっと、母さんには甘やかしすぎだと怒られるのだろうが、嬉しいものは嬉しいのだからしょうがない。大人しく、ローリエと一緒に叱られるとしよう。
「じゃあ、ローリエ。家に帰ろうか。母さんも心配してる」
「うん! あ、でも、お姉さんにお礼を言わないと!」
「お姉さん?」
「うん。帰り道がわからなくなって泣いてたわたしをね、ここまで連れてきてくれたの!」
ローリエは来た道を振り返って指を指す。
「ほら、あそこに……あれ?」
だがそこには誰もいなかった。
「おかしいな。さっきまでそこにいたのに」
「どんなお姉さんだったんだ?」
道に迷ったローリエを保護してくれたというのなら、出来るかぎりの礼をしないといけない。そう思って特徴を尋ねると、ローリエは目をキラキラ輝かせながら教えてくれた。
「すごく綺麗なお姉さんだった! あのね、髪が真っ白でね、まるで雪の妖精さんみたいだったの!」
「それって……」
「あとしゃべり方が変わってたの。自分のことを我とか呼んでた」
俺はこの世界に解けた半身のことを思い出す。
世界とひとつになった彼女が、もしかしたら助けてくれたのかも知れない。
「……ありがとな」
ずっと俺たちを見守ってくれている彼女に礼を言う。
気にするな、とどこからか懐かしい声が聞こえてきたような気がした。
「じゃあ、ローリエ。今度またそのお姉さんに会ったら、ちゃんとお礼を言おうな」
「うん! わたし、たくさんお礼をする!」
笑顔で頷くローリエと手を繋ぎ、家路につく。
ローリエは繋いだ手をぶらぶらと前後に揺すりながら、楽しそうに鼻唄を歌っていた。
それに少しだけ調子の外れた鼻唄で合わせながら、空を見上げる。
雲ひとつない空は、一面、綺麗な夕焼けに染まっていた。明日もきっと、いい天気になるだろう。
ずっと、こんな平和な日々が続くといい。心からそう思う。
けれど。
けれど、俺は知っている。
この世界の裏には邪悪が潜んでいて、そしてそれらはいつか俺たちの世界に牙を剥くだろう。
聖戦が終わり、神器が消えても、異界の存在が消えたわけではない。そしてそこへの『門』は繋がることがある。他でもない、俺の存在がそれを証明している。
いずれ再び、人類は生存をかけた戦いを強いられることになるだろう。
そのときは俺も最前線で戦わないといけない。
最後の勇者として、この世界のために。
「……いや」
俺は愛する娘を見る。俺の視線に気付いたローリエは、こっちを向いて、にひーと笑う。
「お父様。どうしたの?」
「……なんでもないよ、ローリエ」
「そう? 変なお父様!」
ローリエは手を離すと、ぱたぱたと道を走っていく。
「ほら、お父様! 早く早く!」
ある程度行ったところで立ち止まると、ローリエは振り返って手を振ってきた。
その髪はいつもとは違って、夕焼けに染まって綺麗な赤色に輝いていた。その姿に、俺は今はもういないかつての勇者の姿をほんの一瞬だけだが重ね合わせた。
素敵だった人。大好きだった人。
ずっと一緒にいるためだったら、世界を滅ぼしてでも構わないと思った人。
あの人を亡くしたとき、もう俺は二度と誰かを心から愛することはできないと思った。この傷は決して癒えることはなく、そのまま朽ち果てていくしかないのだと。
けれど違った。
少しずつ、少しずつ、その痛みは癒えていった。新しくできた大切な人たちが、ゆっくりと癒してくれた。
そして今、俺はもう一度、誰かを心の底から愛することができるようになった。
この人を守るためなら世界を滅ぼしてでも構わないと、そう思えるほどに、また誰かを愛することができるようになったのだ。
だから俺は、勇者としてその人のために戦う。
新しくできた、心から大切だと思う人たちのために戦おうと思う。
「だから見守っててくれ、ローリエ」
「お父様、早くー!」
「はいはい、ちょっと待ってくれ。お父様は、そんなに早くは走れないんだから」
俺は胸をはって、ローリエを追いかける。
彼女が誇れる勇者になれるよう、これから先も一生をかけて走っていく。
最後の最後の瞬間まで。
セルン・ベルクルトは勇者で在り続けようと、そう思っている。
この物語はこれで最後となります。
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




