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第五話  人間の強さ



 白の世界から帰ってきたゼスティが魔王城に戻ってくると、入り口のエントランスホールの階段に、のんびりと座る一人の男に出迎えられた。


 左腕の欠けた隻腕の大男で、腰には武器である刀。額には鬼種オーガの証である角が二本のぞいている。


「よう、姫。お帰り」


「ラクサス。ただいま。あの男を見張ってなくていいの?」


 ゼスティの仲間である鬼人ラクサスには、白の世界からさらってきたバルザック・フランキシスの監視を頼んでいたはずだった。


 出かけた際は嬉々としてコーラルへの暗示に勤しんでいたが、いつこちらを裏切るような真似に出ないともかぎらない。


「ああ、あれな。あれは大丈夫だろ。少なくとも、暗示が完了するまではこっちを裏切らん。むしろあんなもんをずっと見せられて、オレがあれを切り捨てる可能性の方が高いわ」


 ラクサスは嫌悪も露わに吐き捨てると、得物である刀をつかむ。


「なにが悲しくてこのオレが、あんな頭に糞が詰まった男が嬉々として乙女をいたぶる様を見ないといかんのだ。怒りと悲しみで死にしそうだ」


「お主はもう死んでおるじゃろうが」


 ゼスティの後ろからぷかぷか入ってきたミルヒアイゼンが、呆れたような口調で告げた。


 それに対し、ラクサスは肩を竦めて言い返す。


「お前には言われたくないな。そっちこそ、あんな立派に死んだのに、古本なんぞになりおってからに」


「儂の知識がなければ、聖戦までこの世界はもたんじゃろうが。お主のような戦うことしか能のない馬鹿とは違うのじゃ、馬鹿とは」


「言ってくれるぜ、魔女が。なんなら今ここで昇天させてやろうか?」


「こっちの台詞じゃ、脳筋が。我が魔力の糧にしてやってもよいのだぞ?」


「やめなさいよ、二人とも」


 顔を合わせるなり喧嘩を始める二人を、ゼスティが制止する。その声はどこか泣きそうな声音であった。


「仲良くしなさいよ。仲良く……」


「……そうだな。悪い、姫」


「うむ。つい、いつもの調子でやってしもうた」


「いいの。二人が喧嘩するほど仲がいいのはわかってるから」


 ラクサスとミルヒアイゼンは初めて会ったときから犬猿の仲だったが、殺し合いの結果、お互いに認め合うようになった。今の悪口めいたやりとりも、親愛の表現なのだということはわかっている。


 それでも、ゼスティは言わずにはいられなかったのだ。


 だって、かつてはこの城内にあふれかえっていた魔王候補たちは、もう自分たち三人だけしか残っていないのだから。


 いや、厳密にはラクサスもミルヒアイゼンも、もう魔王候補ではない。


 魔王候補を魔王候補たらしめるのは、左手の黒き聖痕と神器だ。けれど、二人にはそれがない。ラクサスは左腕を二の腕部分でなくしており、ミルヒアイゼンは肉体そのものを失っている。魂に根ざす神器は失っていなくとも、解放すらできない有様だった。


 そういう意味では、残っている魔王候補はゼスティ一人だけということになる。


「……ううん、セルンが仲間になってくれさえすれば」


 長い間、見つからなかった百人目の魔王候補。彼さえ仲間になってくれさえすれば、色々な問題が解決する。


 レイリアを死に追いやった彼は、ゼスティにとっては憎いことこの上ない相手だったが、それでもこの状況下ではまさに降って湧いた救世主であった。


 彼を仲間に迎え入れるためにも、ローリエにはもう一度表に出てきてもらわなければならないのだが……。


「ラクサス。暗示は成功しそうなの?」


「どうだかな。オレにはよくわからん」


「お主らしい答えよ。姫、直接見に行った方が早いぞ」


「そうね」


 三人はバルザックに用意した部屋へと向かうことにした。


 薄暗い実験室。中央には病的に白いひとつのベッド。そこに寝かされたコーラルという勇者候補と、それを少し離れた位置から見守るバルザックの姿があった。


「おお、これはこれは」


 バルザックはゼスティたちに気付くと、にやけた笑みで近付いてくる。


「首尾はどう? ローリエの奴は出てこれそうなの?」


「もちろんですよ、黒の姫君よ。私の施術は完璧ですからね」


 王族であるゼスティに対し、慇懃な態度でそう答えるバルザック。

 ラクサスではないが、ゼスティもこの男は好きになれそうになかった。


 白の民というだけでも嫌悪を向けるには十分だったが、彼はその中でも最悪だろう。子供を兵器に変えるという理想は、吐き気を催すほどに邪悪な思想だった。彼の力が必要でなければ、ゼスティは即座に彼の首を刎ねるようにラクサスに命じただろう。


 そう、バルザックは有能ではあったのだ。


 バルザックはローリエに深い憎悪を向けており、だからこそ誰よりも彼女の復活に協力的だった。さらいにやってきたゼスティに対し、即座に状況を把握して同行を申し出たかと思えば、コーラルとローリエの関係を聞き、嬉々として実験に協力してくれた。


「まもなく、私の憎きローリエは復活するでしょう」


 バルザックは自分の腕に絶対の自信があるようで、そう断言する。

 

 自己否定による自己変革。その理屈はわかる。コーラルという勇者候補にはもう理性なんて残っていないようで、延々と耳元の水晶装置から響く囁き声にぴくぴくと身体を痙攣させている。


 こうなると、バルザックの操り人形になるのは時間の問題だという。


 そうなれば、あとは彼女に神器の解放を強制させ、もう一度ローリエにしてやればいい。


 問題は、本当にそれで覚醒位階に至れるかどうかである。


「覚醒するのに特別なことなんて必要ない。自己を深く認識させ、魂すらも変革すれば、おのずと覚醒にも至れる。ふふふっ、いかがですか? なんでしたら、皆様も覚醒に導いてさしあげてもよろしいですが?」


「生憎と、ここにいる三人ともがもう覚醒位階よ」


「左様でしたか。いやはや、残念だ。我が力は、黒の民をも覚醒させられると証明できるチャンスだったのですが」


「ふんっ」


 ゼスティは鼻を鳴らす。解放はともかく、これで覚醒に至れるということに対しては懐疑的だった。


 覚醒とはそういうものではない。本当に大切なもののために、世界を滅ぼす覚悟で想いを爆発させなければ至れない。ゼスティはそう信じている。


 だからこうして見守っているのは、バルザックの手腕を信じたのではなく、ローリエの狂気を信じたためであった。彼女がセルンと戦うために覚醒に至るといったのだから、きっとそうできる手段を用意しているのだろう、と。


「ローリエ。あなたはどうやって覚醒に至るというのかしら?」


 まあ、もしも覚醒に至れなくても問題はない。


 解放位階のまま、セルンにぶつけてやればいい。


 ゼスティが先代勇者に期待していることは、セルンが自分たちの仲間になるための最後の後押しだけなのだから。







 そして実際に、バルザックの自信とは裏腹に、コーラルの自己変革は覚醒の段階には至っていなかった。


 いや、それ以前に自己暗示の段階で頓挫しているといってもいい。


「あなたはローリエよ」


 コーラルの耳元で、自分の声がそう告げる。


「あなたはローリエよ」


 鏡の中の自分が、コーラルに向かってそう告げる。


 だがそれは、昔ほどコーラルの心を支配したりはしなかった。


 これは夢ではなく現実の出来事であるようだが、だからこそコーラルはどこか客観的に自分の状況を理解していた。どうやらバルザックによってさらわれ、またローリエになるよう暗示を施されているらしい。


 つまるところ、自分を仲間に誘ったあのときの言葉は嘘だったのだ。彼の目的はやはりコーラルを使っての実験で、コーラルの過去を返してくれるつもりなんてなかったのだ。


 その事実に少しだけ落胆していたが、それ以上に嬉しさが込み上げてくる。


 あのとき、彼の誘いを断って正解だった。断ることができた自分は正しかったのだ。


 なんてことはない、もう自分はバルザックの呪いからは解放されていたのだろう。自分で正しいことを選び、決断することができる強さを、いつの間にか手に入れていたのである。


 お前はローリエだと繰り返される言葉を聞いても、寒々しいものしか感じない。その必死さに笑いすら込み上げてくるというものだ。


 私はコーラル――魔法の言葉をつぶやくように、コーラルは心の中でそうつぶやいた。コーラルが取り戻した自分自身は、圧倒的な自信となって、バルザックの支配をはねのける。


 そう、バルザックの一番の失敗は、コーラルに名前を返してしまったことだ。


 コーラルを自分の手元に置くために行ったその行為が、コーラルに自己を取り戻させる切っ掛けとなってしまった。もうこうなっては、彼にコーラルを支配することなんて不可能だ。


 ――私もう、二度とローリエにはならない。


 自分の神器に対し、勝ち誇るようにコーラルは告げる。


 ――いや、この手で消し去ってやる。


 覚醒すれば、それも叶う。


 自己肯定による自己変革。今、この状況下こそがコーラルにとっての覚醒の好機であった。


 今ならば思い出せる。ローリエになる前の自分自身を、今ならきっと。


 コーラルが鏡の中に見出すのはローリエ・エルジェラントではなく、彼女に負けた弱い自分自身。それを強い眼差しでにらみつけ、高らかに叫んだ。


「私はコーラル! ローリエじゃない!」


「なっ!?」


 誰かが驚きの声をあげるが、今のコーラルの耳には雑音としてしか届かない。


「なにを言う! お前はローリエだ!」


 代わりに、鏡の中の自分が叫ぶ。


「違うよ」


 それを、優しくコーラルは否定した。


 その瞬間、思い出す。実験場に来る前の自分自身を。


 ……それは別段、幸せな記憶ではない。むしろ残酷なほど辛い記憶だろう。


 働かない父。そんな父の暴力に怯える弱い母親。二人によって売られた、幼い自分。


 けれど紛れもなくそれが、コーラルの、コーラルにしかない、コーラルだけの思い出だった。


「私はコーラル・ラズベル!」


 取り戻した本当の名前。本当の自分。


「私は、私の未来のために、この神器たましいを燃やす!」


 手に入れた強い自分をもって、コーラルは今、次元を超える。


「神器覚醒――」


 そうして、コーラルは自分の中のローリエを消すための覚醒に至る。


 誰も予想していなかったコーラルという一人の少女の強さの前に、バルザックの夢も、ゼスティの計画も、すべてが水泡と消えて。







『――ええ、そうよ。自分にかける想い。それこそが、覚醒に至れる人間の本当の強さ』







 唯一、彼女の強さを心の底から信じていた魂が、その瞬間にこそ動き出す。


『それを私は待っていた。あなたが本当に強くなる瞬間を、私は待っていたの』


 覚醒の刹那、コーラルの魂の中で、ローリエ・エルジェラントの気配が爆発的に増大する。


『そうよ。あなたは強い。あなたは強い。それを他でもない、私だけが心の底から信じていた』


「あ、う、そ……」


 欠片の抵抗も許されず、自分が書き換えられていく恐怖に、コーラルは絶望する。


 そして理解する。ローリエはその気になれば、いつだってコーラルの身体を乗っ取れたのだ。その圧倒的な魂をもって、コーラルを支配することなど彼女にとっては簡単だった。


 けれどそれでは意味がない。いくら彼女が強くとも、振るえる力は器であるコーラルの力を超えられない。


 だからずっと息を潜めて待っていた。コーラルが覚醒に至るほどに強くなるその瞬間を。


 コーラルの強さを認め、賞賛し、だからこそ、その強さごとすべて自分の力に変えるために。


「ああ、やめて。嫌だ。そんな、やだ……」


「ごめんね。コーラル・ラズベル。でもきっと、これがあなたの運命だった」


 運命という残酷な一言でコーラルの感傷を一蹴すると、ローリエは跡形もなくその意識を押しつぶす。


『たす、けて。セルン、くん……』


 最後にそんな祈りをこぼして。

 コーラル・ラズベルのすべては、ローリエ・エルジェラントに塗りつぶされた。


「よし、ここまでは計画どおり」


 ローリエは身体の拘束を引きちぎると、鏡に映る自分をマジマジと見て、冷静に、冷徹に、取り戻せた自分の力を推し量る。


「う~ん。やっぱりコーラルだと覚醒してもここが限界なのね。元の身体の解放位階のとき、その八割くらいの力かなぁ」


 だがそれで十分といえば十分だ。


 解放位階の八割。それはつまり――


「まあ、大丈夫でしょう。少なくとも、先代魔王を倒したときよりは強い」


 ならば十二分に、覚醒したセルンとも戦える。


「あらよっと」


 ローリエは起きあがると、自分を呆然と見つめるバルザックやゼスティを見回して、にっこりと微笑みかけた。


「それじゃあ、白の世界に行きましょうか。大丈夫。あなたたちの世界も、この勇者ローリエ・エルジェラント様が救ってあげるから」


 最高の笑顔で、そう誓った。


 ……コーラル・ラズベルは、ここが悪魔の寝台だと思っていた。

 ならばそこで目覚めた彼女は、間違いなく、勇者という名の最悪の悪魔に他ならなかった。




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