第五話 決戦の火蓋
時はあっという間に過ぎ去り、序列戦のルール変更当日がやってきた。
そのデモンストレーションとも本番とも言える、勇者候補の序列トップと次席による序列戦は、勇者候補のみならず世界中の注目を集めていた。
戦いの舞台として用意されたのは、ユーストリアより数百メートル進んだ先にある草原だ。
なにかを壊してしまうことも、誰かを巻き込む恐れもないだだっ広い草原が、最上位勇者候補同士の戦いにはふさわしいと判断された。
付き添いの人間も制限されたその戦いを、しかし世界中に届けるべく用意されたのが、最新鋭の水晶装置だった。
戦いの上空に漂う複数の水晶が戦場を捉え、その光景をユーストリア勇者学校前広場特設会場に設置された巨大水晶板に映し出される仕組みである。
近年になって発達著しいマナ感応水晶技術を、勇者候補序列第五位の『天災』が進化させたことで実用化できた最新技術だった。
すでに特設会場には大勢の人が詰めかけ、戦いが始まるのを今か今かと待ちわびている。特等席には各国の重鎮が集まり、早速笑顔で牽制合戦に明け暮れていた。
「セルンさん、大丈夫かな? 緊張とかしてないかな?」
「大丈夫でしょう。彼、図太いようですから」
リコリスとシャルティエは、その特設会場の最前列の席に並んで座っていた。
今回、戦いの舞台にまで同席を許されたのは、セルンのパーティーメンバーであるマリエールだけだった。二人もすぐそばで戦いを見守りたかったが、仲間なのかと問われれば首を横に振るしかない。
もっとも、マリエールもセルンの付き添いというよりかは、いざというときの治療要員として呼ばれているらしい。いくら今日行われるのが生死を問わない戦いとはいえ、治療手段の用意は当たり前といえば当たり前だった。
すでにセルンとマリエール、そして最近よく一緒に修行をしていたゼノを乗せた馬車が戦いの舞台に向かって走り去って久しい。いつ戦いが始まってもおかしくはない。リコリスはまるで我がことのように緊張してしまう。
「リコリスさん、あなたがそんなに緊張してどうするのですか?」
「でも、もしかしたらセルンさんが死んじゃうかも知れないんだよ?」
「あら? あなたはセルンさんが負けるとお思いで?」
「そうは言ってないけど」
「まあ、たしかにユーゴ・テンペスターは強いですわ」
テンペスターの名前は有名であり、その神器もまた有名だった。かの一族の勇者候補は、全員が同じ神器を発現し、ユーゴもそれは例外ではなかった。
「テンペスターの聖剣は、ウェポンタイプの神器の中では能力も性能も飛び抜けています。素の身体能力ではセルンさんに軍配が上がるでしょうが、神器も含めるとどうでしょうか?」
「シャルちゃんこそ、セルンさんが負けると思ってるの?」
「そうは言ってませんわ」
二人は顔を見合わせ、それから前を向いた。
「なんだかんだで、私たちってセルンさんが勝つって信じてるよね?」
「そうですわね。順当に考えれば、勝つ可能性が高いのはユーゴ・テンペスターなのですが」
二人はセルンの勝利を信じている。信じたい、と言ってもいいかも知れない。
「……ねえ、シャルちゃん。私さ、自分が今セルンさんの隣にいないのが不思議な感じ。どうして私はここに座ってるんだろう? すぐ近くで応援してないんだろう? そんな風に思ってる」
「そうですわね。まだ知り合ってそんなに時間も経っていませんが、彼が来てから色々とあり過ぎましたから。もう一緒にいるのが自然な感じになってますのね」
「でも私たちの関係って、ただの友達同士なんだよね?」
魔王候補の襲撃のあと、二人はセルンの許で修行をしていた。だからといって、彼のパーティーに加わったわけではない。そんなことは言ってないし、言われてもいなかった。
「……私、マリーちゃんがちょっとうらやましいかも」
「けれど、セルンさんはあなたを自分の仲間にとは言ってくれませんわよ」
マリエールと違って、リコリスには仲間に引き込む利点がない。お前が欲しいだなんて、そんなことは天地がひっくり返っても言ってもらえないだろう。
自分から踏み出さなければ、この関係は変わらない。
「そうだよね……うん、決めた! 私、今回の戦いが終わったら、セルンさんに自分の気持ちをぶつけることにする!」
「自分が勇者を目指すのを諦めて、セルンさんの仲間になると?」
「そうじゃないよ。勇者を目指すのは諦めない。でも、セルンさんの仲間にはなりたい」
リコリスは迷いのないまっすぐな瞳でシャルティエに告げる。
「私はセルンさんの傍で、セルンさんを見ていたいんだ!」
「それ、まるで愛の告白みたいな台詞ですわね」
「愛の告白?」
予想だにしていなかった言葉を聞いて、リコリスは胸を押さえる。
「セルンさんの力になりたい、助けになりたい、そう思うこれが愛なのかな?」
「わ、私に聞かれても分かりかねますわ」
「う~ん。そっかぁ」
ドキドキと高鳴る鼓動。この胸にある想いがなにかはよくわからない。
けれど、悪いものじゃない。そう思った。
そのとき、観客の間から歓声がある。見れば、水晶板に草原の様子が映し出されていた。映像には、距離をとって向かい合う二人の姿が映し出されている。
「よーし!」
リコリスはそれを見て立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。
この声よセルンにまで届けといわんばかりに、誰よりも大きな声で叫ぶ。
「セルンさん、がんばれ!」
吹きすさぶ風に乗って、どこからかリコリスの声が聞こえた気がした。
「マスター。応援されているようだぞ」
「だな」
トアレと共に草原のただ中に立つセルンは、同じように戦闘準備を終えて現れたユーゴを見やる。
ユーゴは黄金に輝く鎧をまとい、威風堂々と腕を組んで立っている。
「マスター。あの鎧、この戦いに勝ったら譲ってもらってはどうか? マスターがあれを着て同じポーズを取っているところ、我はちょっと見てみたい」
「やめてくれ。あれはユーゴだから似合ってるんだ」
あれは相当に自分に自信がないと着れるものではない。もちろん、見かけ倒しのものではなく、聖戦に身につけていっても過不足ない一級品の鎧だろう。
対して、セルンも今回は鎧を身につけていた。といっても、胸などの要所のみを守る鎧だ。素早い身のこなしを要求するセルンにとって、ユーゴのような重装備は逆に邪魔となる。威圧感という意味では負けているのは重々承知だったが。
今は遠くにいるマリエールも、ユーゴの放つ存在感を感じて、今頃不安な顔をしているだろうか?
それともセルンの勝利を信じてくれているだろうか?
「マスター。実際問題、この戦いはどう見る?」
「五分ってところだな。もちろん、お前を使って、俺も全力を出しての数字だ」
面と向かい合ってわかった。間違いなく、ユーゴはこの前戦ったレイリアよりも強い。しかも命を賭けた戦いだ。恐怖がまったくないわけではない。
「五分か。ふんっ、ならば問題ないな」
だがそれをトアレの言葉が振り払う。
「勝利の可能性が一パーセントでもあるのなら、我がそれをマスターの許にたぐり寄せてみせよう。五割? それはもう、絶対勝利と同義である!」
「言ったな」
「言ったぞ」
二人はお互いを見て、ニヤリと笑うと拳をぶつけ合った。
「行くぞ、トアレ」
「応よ、マスター」
二人で一人の勇者候補がその戦意を最大限にまで高めたとき、向かい合うセルンとユーゴの前に、本日の審判役が姿を現した。
誰であろう、レナスロッテである。その傍らには彼女の護衛として、すでに神器を解放させたクリフが付き添っていた。
「お二人とも、準備はよろしいですか?」
「問題ない」
「いつでも行けるぞ、姫さん」
レナスロッテの問いに、セルンもユーゴも淀みなく答える。
レナスロッテは頷くと、戦いを見守っている観客たちにも伝わるよう、大きな声を張り上げる。
「これより新しい勇者選抜のルールに基づいて決闘を執り行います。決闘開始前の神器の解放は認められません。勝敗は本人による棄権か、どちらかが戦闘続行不可能になったときにのみ決せられます。また相手の命を奪ったとしても、あらゆる法において罪には問われません。これに両者共に同意しますか?」
「「同意する!」」
力強く宣言し、二人は構えを取る。
奇しくも、その構えはよく似ていた。
お互いに、相手の首を狙うかのように手を前に伸ばしている。
「では、この戦いを聖戦に捧げる――」
レナスロッテが祝詞を唱えながら手を挙げ――そして振り下ろされた。
「決闘開始!」
「「神器解放――」」
決闘の開始と同時に、両者はまったく同じタイミングで神器の解放に移った。
神器解放の前に相手を潰す。そういった手段を取らなかった。相手も取らないであろうという確信があった。
全力をもって目の前の相手を凌駕する。そうして、自分の力を高める。
そう、これは聖戦のための戦い。勇者になるための戦いだ。
そして――お互いの大切なものを貫くための男の戦いでもある。
ユーゴにとっては、テンペスターがなによりも最強の勇者であることを証明するための戦いだ。ユーゴはそのために生まれ、生きてきた。いうなれば、自分の存在意義をかけた戦いである。この戦いには、命よりも大事な矜持を賭けている。
だから神器の真名を告げる言葉には、魂を込めて。
「輝け――『蒼き聖剣』!」
ユーゴの手に蒼い輝きが集い、美しい一振りの剣となって現れる。彼がその柄をしっかりと握りしめた瞬間、彼を中心にあらゆるものが凍り付いていく。
テンペスターの一族が顕現する蒼き神器、すべてを停止させる氷の聖剣だ。
けれど、その息吹もセルンの怒りを凍らせるには至らない。
そうだ。セルンは怒っているのだ。親愛なる先代勇者、セルンにとって今なおすべてに等しい愛しい女を馬鹿にされ、心の底から怒っている。
一週間、一週間だ。ずっと我慢してきたが、もう堪える必要はない。
さあ、その妄言のツケを払ってもらうとしよう。
「捧げる――『勇者殺し』!」
トアレの身体が雷に代わり、セルンの右腕を包み込み、光り輝く槍となる。
それはセルンの中に渦巻く感情を示すように、荒れ狂う灼熱の雷撃となって周囲を灼き焦がしていく。
氷と雷は両者の中心でぶつかり合い、互いの領域を侵蝕するようにせめぎ合う。
そして二人は、お互いに刃の切っ先を突きつけたまま名乗り合う。
「――真なる勇者の後継、ユーゴ・テンペスター」
「――最高の勇者の仲間、セルン・ベルクルト」
勇者候補としてではなく、互いの守るものを明らかにして。
「「行くぞぉおおッ!!」」
男たちは決戦の火蓋を切った。




