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第六話  王道と邪道



 草原を蒼い光と眩い黄金の輝きが駆けめぐり、二つがぶつかり合うたびに世界が悲鳴をあげる。


 大地が抉れ、草木は吹き飛び、空気すら熱と冷気の奔流によって、絶え間なくその姿を変えることを余儀なくされる。繰り出される一刺し、振り下ろされる一振りは、正反対のベクトルながら、すさまじい熱量をもって世界を軋ませていた。


 戦いが始まってまだ数分と経っていないというのに、草原はもはや修復不可能と思われるほどに破壊し尽くされ、なおもその大地の形を変えようとしていた。


 一体誰がこの光景を予想しただろう?


 セルンとユーゴの戦いは、聖戦の本番もかくやという衝撃をもって、見つめる人々の度肝を抜いた。もはや二人の動きを眼で追えるものは数えられるほどであり、多くの人はなにか破壊が起こるたび、その近くを二人が通ったのだろうということくらいしか理解できなかった。

  

 雷光の槍と氷の聖剣。共に今回の聖戦において、最高クラスの神器同士のぶつかり合いは、もはやその勝敗を、余人が想像できる領域から大きく引き離そうとしていた。


 けれど、その戦いの一部始終を把握できている者からすれば、趨勢がどちらが有利かは一目瞭然だった。


 即ち――……







(これは予想以上だな)


 セルンは戦いに集中しながらも、内心で静かに驚いていた。


 ユーゴはセルンの想像を超えて強かった。いや、強いというよりも上手いというべきか。


 槍を縦横無尽に操り攻め立てるセルンに対し、ユーゴは防御に回っていた。


 片手で蒼い剣を操り、セルンの攻撃をすべて受け流しているのである。


 戦いが始まってから、一撃たりともユーゴはまともにセルンの槍の切っ先を受けようとはしなかった。常に柄の部分を狙い、直撃をもらわないように気を付けている。


 セルンの神器が持つ神器殺しの力によって、自分の神器を壊されるのを避けているのだ。神器に関しても調べは完璧らしい。


 だが真に驚くべきは、雷光のスピードで槍を操るセルンの攻撃を、たった一度のミスもなく防ぎきっているところである。セルンがその身体能力を前面に押し出して、力で上から押さえつけようとも、最低限な力で的確に攻撃を捌き続けている。


 その瞳はまったく揺らぐことなく、表情はどこまでも冷たく冷静そのもの。


 ユーゴは無謬の技と揺れない心を持っている。


「なら――」


 これでどうだとセルンは戦い方を変えた。


 一度距離を取って槍を引き絞ると、ユーゴめがけて投擲する。


 放たれる流星。神器の力と身体能力を極限にまで高めて放った、最大威力の攻撃。いくらユーゴといえど、剣だけで防げる攻撃には限界があるはずだ。


 そう予想したセルンを、しかしユーゴが無表情で嘲笑う。


 これまで全身を漂っていた冷気を剣の切っ先に収斂させたかと思うと、雷槍の方向をあらぬ方向へとねじ曲げ、回避してみせたのだ。


 ユーゴが扱える冷気には限界があるようだが、それを瞬時に収束させることで剣の威力を瞬間的に何倍にも高めているのだろう。神器の力だけではない。本人の技術が光る一撃だった。


 そしてセルンが武器を手放したのをいいことに、これまで防御に回っていたユーゴが攻勢に出る。


 教本通りの動きで真っ向からセルンに向かっていくと、やはり愚直なまでにまっすぐ剣を振り下ろす。


 虚実もない大上段からの一撃。だが速度が違う。威力が違う。幾度となく繰り返されたであろうその攻撃は、直撃すれば一撃で敵を葬り去る破壊力をもっていた。


 セルンはこれを再び雷光の槍を出現させ、打ち払う。


 そこから次々にユーゴが繰り出す攻撃を、セルンは弾き、払い、時に柄で受け止めることで防ぎきる。


「ならば――」


 これでどうだと、ユーゴは剣を下段に構え、絶速の踏み込みと共に横に薙いだ。


 それは直撃すれば人間の身体など容易く両断できる一撃。それのみならず、剣の軌跡から氷の刃が出現し、剣の軌道を追うように、時間差でセルンを攻め立てる。槍で剣の攻撃は受け止められても、続く氷の刃を避けることはセルンでは無理だろうという判断だった。


『舐めるな!』


 だがセルンには頼れる相棒がいる。


 セルンだけでは避けきれなかった攻撃を、トアレが自分の意志で放った雷撃が吹き飛ばす。


「ほう」


 今の攻撃で傷を負わなかったことに、ユーゴは感嘆の声をあげ、一度大きく距離を取った。


 再び最初の位置で向かい合う二人。


 セルンは余裕そのもののユーゴの顔を見て、素直に認めざるを得なかった。


(こいつ、俺よりも強いな)


 素人目には互角に見える戦いだったが、実際はセルンの方が劣勢となっていた。セルンの攻撃はユーゴの驚異的な剣の技量で防がれ、対してユーゴの攻撃はセルンとトアレの二人がかりではないと防ぎきれない。


 トアレという存在も含めてセルンの神器の力ではあるのだが、それでも、純粋な個人の戦闘能力ではセルンよりもユーゴの方が上回っている。


「私が君よりも強いことに驚いたか?」


 セルンの内心を察したように、ユーゴが淡々と告げる。


「だがそれは怠慢というものだ。私が君よりも強いことなど、そんなことは最初に理解しておくべき事柄だ。その上で弱者なりに挑んでくるものと思っていたのだが、どうやら君は私と互角などと自惚れていたらしい」


 再びぶつかり合う二人。


「なあ、遅れて来た勇者候補よ。君は聖戦が始まってから半年間、一体なにをしていた?」


 ユーゴは剣と氷とを組み合わせ、攻撃の手数をこれまでよりも増やしながら言葉を重ねる。


「私は戦っていたよ。多くは取るに足らない雑兵だったが、それでも戦闘経験を積み重ねていた。来る日も来る日も剣を振るっていた。その間、君はなにをしていた?」


「それはあれだ。大地と命について対話してたんだよ!」


「つまりは農作業か。くだらない。それは勇者候補が優先するべきことではない」


 セルンの攻撃を見切って身体の動きだけで避けると、ユーゴはカウンター気味に剣を突き出す。その刃はセルンの頬をかすめ、血のしずくをしたたらせた。


 ほんのわずかな、しかし戦いが始まってから最初の流血であった。


「いや、そもそも半年間の問題ではない。君は監獄島で十年過ごしたと聞いた。その間、まさか農作業に終始していたというのか?」


「そのまさかだよ。農業は一日たりとも休めないんでな」


「そうか。ならば、この差は当たり前だと受け入れるといい」


 セルンの攻撃は当たらなくなっていく。

 ユーゴの攻撃は当たるようになっていく。


「十年、私はやはり剣の修練に明け暮れていた。自分よりも強い教師を招き、そのことごとくを努力をもって上回ってきた」


 セルンの身体に傷が増えていく。最初はかすり傷だったものが、より深い傷に変わっていく。


「才能は同じといっていいだろう。与えられた神器しゅくふくも同等と言って過言ではない。身体能力は君の方が紛れもなく上で、しかしそれを補ってなお、剣の技量で私が上をいく」


 ユーゴがここぞというタイミングで、これまでしてこなかったフェイントを使う。それに騙され、反応が一瞬遅れる。


 そのときにはすでに、ユーゴの刃がセルンの身体を切り裂いていた。


「ならば当然、より努力した者が上を行く。――修行が足らないな、セルン」


「くっ!」


 傷口を押さえ、セルンは距離を取る。


『大丈夫かマスター!?』


「ああ。だがあいつの言ってることには、ぐうの音も出ないな」


 ユーゴが剣の修行に明け暮れている間、セルンは監獄島で農作業をしていた。体力仕事だ。身体能力を落とすようなことはなかったが、それでも戦闘訓練をしていた相手には当然負ける。


 努力の差。修行不足。耳に痛い言葉だった。


「十年間、もう俺は朽ち果てるだけだとさぼっていたツケだな」


『なにを言うかマスター!』


 セルンの弱音に対し、トアレが怒りの声をあげる。


『農作業はくだらなくなんかない! やってみて初めてわかる世界の真理がごまんとある! 我は間違いなく、あの日々の農作業で強くなったぞ! だからマスターも、あいつの剣の修行よりもよほど有意義な時間を過ごしたに違いない!』 


「……トアレが言うと説得力があるな」


 だが生憎と、純粋な戦いの技量で負けているのは認めざるを得ない。


「真っ向勝負じゃ勝ち目はないな」


 ユーゴはまさに王道の強者。正面からでは勝てない。


 けれど――そもそもセルンの得意分野は、そんな正々堂々と正面から戦うようなものではないのだ。


「ゼノに修行を付き合ってもらっておいてよかったな」


『マスター? あれをやるのか?』


「ああ。正攻法やりを捨てるぞ」


 セルンは槍を消すと、代わりの得物を雷光で作る。神器『勇者殺しトゥルーレクイエム』の正体は神器殺しの雷光だ。槍の姿はトアレのイメージする武器の姿でしかなく、それしか形状を取れないわけではない。


 そしてセルンは別に、槍が特別得意武器というわけではないのだ。


 施設時代、武器という武器は一通り触ったが、一番馴染んだのは槍ではなく、別の武器であった。


 いや、それは武器と呼べるものではない。処刑道具と言った方が正しいだろう。


 セルンが新しく得物とした物を見て、ユーゴが怪訝そうに眉をひそめる。


「……鎌?」


「ああ、そうだ。勇者の後継殿。槍使いの相手はお得意のようだが、鎌使いと戦った経験はお有りかな?」


「たしかにそんな経験はない。だがそもそも、そんなものを武器として十全に使いこなせるのか?」


「もちろん――」


 セルンは笑うと、


「――こんなものを使いこなせるわけがないだろ!」


 全力で、ユーゴに向かって投げつけた。


「ふん」


 ユーゴは回転しながら迫ってくる大鎌を軽々と迎撃する。その顔はこんな攻撃になんの意味があるのだと言いたげだった。


 だがそれでセルンにとっては十分だった。武器とも呼べない物を見て、ユーゴは反射的に警戒した。どういった術理で使ってくるのかと、槍を手にしたときよりも間違いなく警戒を密にした。


 ならば次はこれで驚かせてやろう。


 セルンが次に雷光で作ったのは、棘のついた鉄球とそれに繋がった鎖鎌だった。それもまた、使い手が圧倒的に少ない武器。


 セルンはまるで遊ぶかのように、それを無理矢理振り回しては使い捨てる。


 その次はトンファーを握り、無謀な超近接戦に臨む。これにはユーゴも呆れ果て、これまで以上の猛攻をもってセルンの身体に多くの傷を刻みつけた。


 だがセルンの武器交換は終わらない。次から次へとマイナーな武器を取り出しては、それを一流には満たない二流の動きで操っては捨て去る。


「なんだ? 一体なにを企んでいる?」


「なに、ちょっとした自慢のお返しだよ。お前は剣を極めてるようだが、俺もこんな風に色々な武器をそれなりには使いこなすことができるのさ」


「くだらん。そんな甘い攻撃が私に通じるものか。それならばまだしも、槍を握っていた方がマシだった」


「そうかもな。なら元に戻そうか」


 セルンの手の中に長い槍の柄が生まれる。それを見てユーゴは改めて剣を構え直すが、柄の先から槍の穂先ではなく湾曲する鎌が生まれたのを見て、眉をぴくりと反応させた。


「……邪道な武器をもって、私のミスを誘おうとしているのだろうが無駄だ」


 有言実行。ユーゴはその揺れない心をもって、セルンに現実を突きつけんと肉薄して剣を突き出す。


「私はその程度では乱されない」


 最も速く、防御の難しい点の一撃。


「そうかい」


 神速の一刺しを、しかしセルンは鎌の鋭い切っ先で受け止めていた。


「けど、自分で思っているよりかは乱れているようだな?」


「っ!」


 大鎌に完璧に受け止められたことに驚き、ユーゴはセルンの神器に切っ先を合わせられた事実の意味に気付くのがわずかに遅れた。一瞬ではあるが、ユーゴの神器がその力を減退させる。


 その僅かな間に、セルンはユーゴの懐に潜り込むことに成功し、鎌をもって攻撃に出ていた。


 剣とも槍とも斧とも異なる軌道、角度から迫ってくる攻撃。ユーゴにとっては未知の武器による攻撃だった。だが慌てることはないと、ユーゴは先程の動揺を落ち着けて防御に回る。


 攻撃を受け流し、攻撃を受け流し、攻撃を受け流し、三度受け流したところで気が付いた。


 セルンの振るう鎌の動きが、これまでの武器とはまったく異なっていることに。


 いや、異なるというよりも、これは……上手い……?


「自分でもよくわからないんだが」


 セルンは初めてユーゴの剣を大きく弾き飛ばすと、空いた脇腹に向かって鎌を振り上げる。


「俺はこれが、一番得意なんだよ」


 振り下ろされた一閃。雷光の鎌はまるで死神の一振りのように、ユーゴの身体を切り裂いた。


 大部分は黄金の鎧に阻まれ、与えられた傷は浅い。


 けれど、戦いが始まって初めてユーゴが血を見せた。


 ユーゴは自分の受けた傷を見て、まるで純白の服に泥をつけられたかのような苛立ちを表情に浮かべる。


「貴様……!」


「そんなに驚くことはないだろ? お前は俺の過去を調べたはずだ。なら俺が、自分よりも格上の相手を殺す訓練ばかりをしてたことくらいわかってたはずだ」


 正攻法では勝てない相手を、邪道をもって暗殺する。


 それがセルン・ベルクルトが学んだ戦いの術なれば。


「お前は俺よりも強い。それは認めよう。けど――」


 セルンは相手が自分よりも強いことを認めた上で、絶望することなく笑って見せた。


「悪いが、それは俺がお前を倒せない理由にはならない。ーーさあ、戦いを続けようか」


 

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