第二話 勇者の後継
「みんなは、序列戦のルール変更どうするの?」
丸太に鉄板巻き付けた的に対し、拳闘の訓練をしながらリコリスが問う。
「どうするもこうするも、必要なことだと思いましたわ」
シャルティエは広いグラウンドを耕すかのように駆けめぐるシリウスを監督しながら、鞭の精度向上のための訓練をしつつ答える。
「今のままでは勇者は生まれない。ええ、ユーゴ・テンペスターの言うとおりでしょう。もっと自分自身を追い詰めなければ、これ以上強くはなれない」
「でも仲間同士で殺し合いまでする必要はあるのかな?」
「重要なのはそこではないでしょう。殺し殺されるかも知れない瀬戸際まで追い詰められなければ、神器の進化は起こらないということを言いたかったのでしょうから」
「そう、だよね」
一度敵と定めた相手に対しては容赦のないリコリスも、同じ勇者候補同士で殺し合いをするのには抵抗があるようだった。
それでも、リコリスもルール変更そのものは否定しなかった。
「強くならないとね。もっとみんなを守れるように!」
激しく的に対して攻撃を加えていくリコリス。
レイリアに歯が立たなかったことが、彼女の中で相当堪えたらしい。他にも気付いてしまった聖戦の真実もあるだろうが、それでもリコリスは自分の力で友達を守れなかったという一点を、なにより反省していた。訓練への入れ込みようは、凄まじいの一言だった。
「そうですわね。もっと強くならないと」
それはシャルティエも同じだった。
なんとか最後まで戦場で立っていることはできたが、それはガーディアンタイプの神器のため、敵の攻撃がシリウスに集中した結果である。レイリアに対しては、まさに惨敗という他なかった。
覚悟が足らない――シャルティエはレイリアに言われた言葉を思い出す。
勇者選抜に対し、自分は真剣に向き合っていたとシャルティエは思っていたが、まったくもって足らないと指摘された。
事実、レイリアが最後に行った自爆特攻。聖戦のために、魔王のために、自分の命すら捨てたその覚悟は、まさにシャルティエでは及ばない覚悟だった。
そして覚悟の度合いをいうのなら、レイリアだけではない。
ジョーイが殺されそうになったとき、恐怖のあまり足を踏み出せなかったシャルティエに対し、リコリスは迷うことなく一歩を踏み出した。そのときに気付いたのだ。自分はこれまで格下だと見くびっていたリコリスよりも覚悟が足りていないのだと。
「……けれど、負けませんわ」
リコリスを横目で見て、シャルティエは訓練にさらに熱を入れていく。
レイリアとの戦いは二人に強い影響を及ぼし、二人をより強くしようとしていた。
「まあ、がんばるといい」
競い合うように訓練に励む二人を見ながら、トアレは自分が腰掛けている椅子に声をかける。
「ほら、マリエール! お前も負けるでない!」
「は、はひ!」
「返事が弱々しい! 罰として腕立てあと三百回追加!」
「は、はぃい!」
トアレを上にのせて必死に腕立てをしていたのはマリエールだった。
彼女は汗だらけになりながら、トアレの監督の下、セルンが組んだメニューで肉体改造に励んでいた。
「マリエールの神器はたしかに強力だ。我らの切り札にもなりうる。だが、肉体的に貧弱すぎる。せめて敵から逃げる程度には体力をつけないと、聖戦ではマスターの足を引っ張るだけと知れ!」
「はい! がんばります!」
腕をぷるぷると震わせながらも、マリエールはゆっくりと一回ずつ腕立てを行う。
すでに五百回以上、背中にトアレを乗せて腕立てをしている。いくら神器からの恩恵があるといっても、彼女の体力を考えれば限界を超えていたが、それでも諦めたりはしなかった。
先の襲撃で思うところがあったのは、戦闘に参加していないマリエールも同じだ。
彼女は戦いのあと、怪我をした人たちを神器で治療し回っていた。あのときの地獄めいた光景を、苦悶にあえぐ人々の姿は、強く頭に残っている。
勇者候補として。今ああしてがんばってる二人の友達として。そして、セルンの仲間として。
「わたしだって、負け、ません!」
「……そうか」
トアレは笑みを浮かべると、先程、何者かの使いに呼び出され、今はここにいない主に向かってそっとつぶやく。
「マスター。こやつらはまだ強くなるぞ。あとは我らが、勇者という名の道標になれるかだ」
呼び出されたセルンが連れていかれた先は、校内にある部屋のひとつであった。
華美ではないが高級な品々でまとめられた貴賓室で、手前には革張りのソファーが机を挟んで向かい合う形で置かれている。正面奥には執務机、そこで書類に向き合ってペンを走らせている金髪の少年が、セルンを呼び出した張本人だった。
「これで終わりだ。関係部署に配ってくれ」
「かしこまりました」
彼ーーユーゴ・テンペスターは、秘書に書類を渡して退室させる。
そのあと机の上に手を組んでを置くと、セルンに向き直った。
「待たせてしまってすまないな。序列戦のルール変更に関して、早急にまとめなければならない仕事があったんだ」
「気にしてないさ。それよりも、本題に入ってもらっていいか?」
今、学校の誰よりも忙しいはずのユーゴに、このタイミングで呼び出されたのだ。大事な用件なのは想像に容易い。まさか序列九位に上がったことを、わざわざ褒めるために呼んだわけではないだろう。
「そうだな。やらないといけない仕事が多く残っている。話は手早くすませよう」
ユーゴもまた、前置きは省いて話を始めた。
「セルン・ベルクルト。君には新しい序列戦で、私の対戦相手を務めて欲しいと思っている。引き受けてくれないだろうか?」
その申し出に、しかしセルンは驚かなかった。ああもあからさまに闘志をぶつけられては、察しろと言っているようなものだ。
解せないのは、なぜ彼が自分と戦いたがっているかである。セルンとユーゴの間に接点はない。ユーストリア勇者学校に入ってからも、面と向かって話をしたのはこれが初めてである。
「聞かせてくれ。どうして俺なんだ?」
「他にふさわしい人物がいないからだ」
セルンの質問を予想していたと見えて、ユーゴは詳しく説明を始める。
「私は意味のない戦いをするつもりはない。戦うのならば、自分の糧になる戦いのみを行いたい。が、私は今、序列二位の地位にある。つまり勇者候補の中で二番目に強いということだ。並の相手では練習相手にもならない」
「できるだけ強い奴と戦いたいってことか。俺は今、序列九位になったばかりだが?」
「今はそうだろう。だが、すぐに三位まで上り詰める。君は間違いなく、今の序列三位よりも強い。だから、私が戦うべき相手は君しかいないと判断したわけだ」
「序列一位じゃなくてか?」
格下に見られている。それはいい。少し話しただけでも、彼が自分への自信に満ち溢れていることは察しがついた。
強い相手と戦って自分を高めたいと思っているのも本当だろう。ルール変更のこともある。彼は真剣に勇者になろうとしているのだ。
だからセルンがわからないのは、彼がどうして上ではなく、下から対戦相手を見繕うとしたのかだ。本当に自分を高めたいと思うのなら、戦うべきは間違いなく、彼の上に居座っている暫定勇者その人だろう。
「まさか、勝てないと諦めてるのか?」
セルンの挑発混じりの問いかけに、これまで鉄面皮だったユーゴが薄っすらと笑った。
「君の自尊心をできるかぎり傷つけないよう、言葉には配慮したつもりなのだが、どうやら君は本音で話して欲しいようだ」
ユーゴは椅子から立ち上がると、威圧するように覇気を放ち始める。
「諦めている? そんなわけがないだろう。私はユーゴ・テンペスター、勇者の後継だ。今回の聖戦において、勇者として魔王と戦う男に他ならない」
謙虚さをかなぐり捨てて、ユーゴは確信しているような口調で宣言する。自分こそが勇者になる、と。
「ルール変更に際して行われる序列戦、これは三度行われる。ひとつは私と君。もうひとつは序列一位と六位。そして最後は、その戦いの勝者同士が戦うことになる」
「つまり俺は?」
「私が序列一位を倒すための前座というわけだ」
「なるほど。納得がいった」
これがユーゴ・テンペスターか。不遜なまでの自己への自信。良くも悪くも、生まれながらの王者という言葉が似つかわしい。
そんな彼にとって、二番手の地位に甘んじているのは屈辱だろう。
「今回のルール変更も、要は序列一位と本気で戦うためのものだったんだな」
「そうだ。彼女を倒すには、本気で行かなければならない。相手の命に配慮などしている余裕はない」
「彼女、か」
どうやら、序列一位は女であるらしい。
「勇者の後継としては許されないことではあるが、現状、自分が彼女にわずかなりとも劣っている自覚はある。だが、それは絶望的な差ではない。あと少し、少しだけ神器を進化させることができれば、私は彼女に勝つことができる」
「要は俺に踏み台になれってことだろ? そんな風に言われて、俺が勝負を引き受けるとでも?」
「引き受けるだろう。これは君にとっても好機であるはずだ」
「たしかに。あんたを倒せば、次は序列一位と戦えるわけだからな」
迷う必要のない選択肢だった。セルンは真っ向からユーゴの顔を見て、答える。
「その申し出を受けよう」
「よろしい。君の奮戦を期待する」
ユーゴは威圧感をおさめると、椅子に座り直す。
「それと勘違いは正しておこう。先程はああ言ったが、私は君のことを決して侮っているわけではないし、前から君と戦ってみたいと思っていた」
ユーゴは机の引き出しから書類を取り出すと、それを机の上に広げた。
そこには彼が調べたであろう、セルンに関する調査内容が事細かに記されていた。
「セルン・ベルクルト。十八歳。生まれながらに普通の人よりも優れた身体能力を持ち、幼い頃はあの悪名高いフランキシス男爵の暗殺施設で暗殺者として育てられた。俗に言う、フランキシスの子供たちの一人というわけだ。その後、暗殺任務として当時の勇者ローリエ・エルジェラントを狙い、返り討ちにあって行動を共にするようになる」
暗記しているのか、つらつらと書類の内容をユーゴは口にする。
「ローリエ・エルジェラントの偉業と言われる三大支配者の討伐にも関与し、唯一、聖戦にも同行。結果は引き受けだったが、聖戦からも無事生き延びている。その後は責任を取る形で監獄島に流刑となるが……なかなかどうして、珍しい経歴だ。素直に驚くしかない」
「で? 人の過去を根掘り葉掘り調べて、なにが言いたいんだ?」
「わからないか? 君と私には因縁があるということだ」
「……ローリエのことか」
先の聖戦にもテンペスターから勇者候補が選ばれているが、最終的に勇者となったのはローリエだ。つまり彼女は、テンペスターの四度目の勇者輩出を阻んだことになる。
勇者の後継を自負する家系だ。自分たちを超える勇者が現れたから安心だ、などと喜んだということはないだろう。しかもローリエは歴代最強と呼ばれている。
「君と先代勇者は親密だったと聞いている。だがあえて言わせてもらおう」
セルンの考えていることを読み取ったように、ユーゴは言った。
「ローリエ・エルジェラントは勇者失格だ」
「……」
「怖い顔だ。殺気が隠れていないぞ」
「隠してないからな」
「よほど先代勇者のことを敬愛していたようだ。だが、私も言葉を撤回するつもりはない。聖戦に勝てなかったという時点で、その勇者は勇者失格だ。これは彼女にかぎったことではなく、歴代の敗戦勇者たちにも言えることだが」
セルンの個人的感情をのぞけば、ユーゴの言葉は間違っていない。聖戦に敗北した勇者はすべての人々に貶められ、世界から勇者失格の烙印を押される。
ローリエはまだしもマシだろう。モンスターを根絶したという功績もあり、また勝利こそ逃したものの負けてもいない。
それでも、テンペスターにとっては聖戦で勝利した勇者のみが、本物の勇者なのだろう。
「私は勇者になるべくして育てられた。先の聖戦で、我が従兄弟殿が勇者になれなかったあとは、それこそ毎日のように言われ続けた。ローリエを超えろ、次こそはテンペスターの勇者こそが本物なのだと世界に知らしめよ、と」
淡々と語るユーゴの顔に、使命を押し付けられた者特有の暗さはなかった。むしろ当然のことだと受け入れているようだった。十年前の時点では次の聖戦が十年後に行われるともわかっていなかっただろうに、自分こそは勇者になると、ユーゴは確信しながら育ったのだ。
「私にとって、勇者になるということは、即ち先代勇者ローリエ・エルジェラントを超えるということに他ならない。ならば、まずは勇者の仲間であった君を超えよう。そうして、ローリエを超え、私は勇者としてこの世界に勝利をもたらす」
勇者の後継とはよくいったものだ。間違いなく、ユーゴほど長く、強く、勇者になることを目指したものはいないだろう。
けれど……
「ローリエは最高の勇者だった」
セルンにとっては、たとえ彼女が聖戦に勝てなかったとしても、それだけは揺るがない真実だ。
「俺が勝ったら、もうローリエが勇者失格だなんて言わせない。そういうことでいいな?」
「君が勝てればの話だが、な」
因縁がある。そうだ、セルンとユーゴには因縁がある。
先代勇者に救われた者と、先代勇者に苦渋を舐めさせられた者。
お互いに守らなければならない名前があり、そしてそれは目の前の相手を倒すことで果たされる。
「戦いは一週間後だ。セルン、命を捨てる覚悟をもって挑んでこい」
「それはこっちの台詞だ」
喧嘩を売るような言葉を残し、セルンは部屋を後にした。
戦意を煽るためにのせられたのかも知れない。いや、きっとのせられたのだろう。
けれど、それでも、セルンにも譲れないものがある。
あいつにだけは負けたくない、とセルンは素直にそう思ったのだった。
「ん?」
荒々しい足取りで、みんなが修行しているグラウンドに戻ろうとすると、廊下の途中に、セルンのことを待っているようにたたずむ人物がいた。
見知らぬ相手だ。立派な髭をたくわえた大男。右手には優者候補の証である聖痕が刻まれている。
彼はセルンが近づいてくると、もたれかかっていた壁から背を離し、人懐っこい笑みを浮かべてる手を挙げた。
「よう、兄弟。その様子だと、ユーゴの対戦相手の役目は引き受けたみたいだな」
「誰だあんた? 俺に兄弟なんていないが?」
「おいおい、悲しいこと言うなよ。たとえ血が繋がっていなくても、俺たちは苦楽を共にした魂の兄弟だろう?」
涙を拭う振りをしながら近づいてきた大男は、セルンを上から見下ろすと、突然その瞳に本物の涙を浮かべた。
「本当はいの一番に会いに行きたかったんだが、こっちも色々と忙しくてよ。まあ、お前ならすぐ上に上がってくると思ったし、再会はそのときでいいやと思ってたんだが、ああくそ、こうして面と向かって話すと涙が出てくるな」
「……お前、どこかで」
セルンにも、目の前の少年に既視感があった。だがどうしても思い出せない。
「かぁー、薄情者だねぇ。俺のことを忘れるなんてよ。ならまあ、思い出してもらおう、か!」
「っ!」
いきなり大男が拳を振るってくる。セルンはそれを受け流し、抑え込もうとした。だがそれをするりと抜けて、逆に組みつこうとしてくる。それをセルンが避ければ、別の角度から足が跳ね上がってくる。その動きは、どこかセルンと似通っていた
セルンの戦いは基本的には暗殺術だ。ゆえに流派というものはない。だがあえて名前をつけるのなら、それはフランキシス流と呼ぶべきだろう。外に出たことで知った、セルンが育った施設の経営者の家名だ。
そして間違いなく、目の前の男もフランキシス流だ。しかもセルンの癖を知っているかのように動きを合わせれる人物となれば一人しかいない。
そう、知ってはいたのだ。優者候補の中に、一人だけ見知った名前があることを。
けれど再会なんて必要ないと思った。セルンはここに勇者になるために来ていて、向こうもまた自分のことなど覚えていないだろうと思っていた。
「あーちくしょう! セルン、お前やっぱり強いな!」
だが彼はどうやら、セルンのことを覚えていたらしい。再会を望んでいたらしい。
涙が浮かんだ、しかし猛々しい光を帯びたその瞳を見て、セルンはかつて同じ施設で育った男の名前を呼んだ。
「久しぶりだな。ゼノ」
「ああ、久しぶりだ。セルン」
かつての兄貴分ーー勇者候補序列第六位、ゼノ・フランキシスは嬉しそうに笑い、セルンを思い切り抱きしめようとする。
当然、セルンはそれを避けるのだった。




