第一話 新たなスタート
どうやら自分は普通の人間とは違うらしい。
その事実をセルンが自覚したのは、五歳くらいのときのことだった。
当時のセルンは生み育ててくれた母親を亡くし、自分の父を名乗る誰かによってとある施設に売られ、そこで生活していた。
名前も責任者もわからないその施設では、セルンと同じように身寄りのない子供たちが集められ、戦闘訓練を施されていた。
戦闘訓練というのは少し語弊があるか。そこで教えられていたのは、いかにして人を殺害するかという術理だった。暗殺術に始まり、毒の精製方法、またはそれを素知らぬ顔で対象に飲ませるための演技力。そういった人殺しの技術だけを、来る日も来る日も叩き込まれる。
そうして『暗殺者』として完成すると、その子供は大人によって外に連れて行かれる。そこで誰かを殺し、そのあと自殺を強いられる。
一人一殺の暗殺人形――それが施設に集められた子供たちの行く末だった。
そんな狂気の訓練施設の中で、セルンの実力は飛び抜けていた。
年上の身体が大きい子供を相手にしても、セルンの方が身体能力で大きく勝っていたのである。
それはどうやら生まれつきのものらしく、一度興味を持った施設の責任者の指示で詳しく調べられたところ、セルンはたしかに人間ではあったが、他の子供たちとは違う部分が多々見られたらしい。
理由は恐らく、母親からの遺伝だろう。
セルンの母もまた、普通の人間よりも高い身体能力を持っており、本気を出すと同じように瞳を赤く輝かせていた。おぼろげな記憶ではあったが、お母さんは遠い世界から迷い込んできたんだよ、なんて寝物語で話してくれた覚えもあった。
もっとも、普通よりも身体能力に優れているだけであって、決して無敵というわけではない。剣で斬りつけられれば怪我もするし、たくさん血を失えば死にもする。実際、セルンの母親はモンスターとの戦いによる怪我で命を落としていた。
ただ、施設の目的の上では、セルンの力は有用だと判断されたらしい。
子供同士の模擬戦で勝利を重ねるたびに、セルンの待遇は少しだけよいものになった。
代わりに、他の子供たちからは恐れ混じりの冷たい目で見られ、避けられるようになったが、当時のセルンは気にならなかった。
施設では、精神面の教育のため、子供同士による殺し合いを強制されることもあった。そういう意味では、周りから冷たくされるのは好都合だった。
だって仲良くなったら、その子を殺すときに躊躇してしまう。なら最初から嫌われた方がよほどいいというものだ。
ただ、セルンがそう思っていても、絡んでくる奇特な相手というのは存在した。
「なぁなぁ、セルン。お前、すごいな。俺に修行をつけてくれよ。俺、もっと強くなりたいんだ」
セルンと同時期に施設に連れてこられたその少し年上の少年は、なにかとセルンに兄貴風を吹かし、ことあるごとに絡んできた。
「理由だって? おいおい、男が強くなりたいのは当たり前の話だろ?」
時が過ぎるごとに眼が死んでいくこの施設にあって、彼の瞳だけは爛々と輝いていた。
ただそれは子供らしい明るい輝きではなかった。どちらかと言うと、檻に入れられた猛獣のような猛々しい輝きだった。
他の誰も知るよしもなかったが、セルンだけは彼がそこまで強くなろうとした本当の理由を知っていた。
「強くなって俺たちは有用なんだと上が思えば、もしかしたら使い捨ての道具から、何度も使ってもらえる武器に昇格できるかも知れない。そうすれば、いつかこんなクソみたいな真似をしたそいつを、この手で殺せる日が来るかも知れない」
セルンのことを信じ、彼は本音を語ってくれた。
本来なら彼がそう思っていることを大人に伝えなければいけないのだが、セルンはそうしなかった。
心のどこかでは同意していたのかも知れない。けど、だからといってどうしようもない。ここから逃げることはできないし、たとえ逃げても行くあてなんてどこにもない。ましてや、自分みたいな普通とは違う化け物ならなおさらだ。
――この世界は醜い。
セルンは息苦しさをずっと感じていた。まるで生まれた世界を間違ってしまったかのように、この世界のなにもかもが色あせて見えた。
――生きていても辛く苦しいだけだ。
幼い日のセルンにとって、自分を取り巻く世界はそういうものでしかなかった。
いつか死ぬために、セルンは生きていた。
最初で最後の仕事の目標として、あの運命の人に出会うまでは。
◇◆◇
魔王候補による襲撃から半月後、セルンたち勇者候補は、ユーストリア勇者学校の講堂に集められていた。
椅子もなければ整列する必要もなく、皆が思い思いの場所に仲間や友達同士固まって立っている。
しかしながら口を開いている者は皆無である。なぜなら前方の壇上に、講堂すべてを重苦しい雰囲気に叩き込むような、そんな威圧感の持ち主が無言でたたずんでいたからだ。
見た目は金髪の貴公子然とした少年に見える。体格も中肉中背、なのに覇気というべきものが濃密にその存在感を際だたせている。
「あれがユーゴ・テンペスターか」
講堂の後ろの方から、壇上に立つ青年の名前をセルンは口にした。
ユーゴ・テンペスター。その勇者候補の名前はあまりにも有名だった。
勇者候補と聞いて誰を最初に思いつくかと市井の人間に尋ねれば、恐らく半分はレナスロッテを、そしてもう半分は彼の名前をあげるだろう。
「マスター。あやつがそうなのか?」
「ああ。前に話したことがあると思うが、あれが序列二位の勇者候補様だ。そして、勇者の後継でもある」
白の世界は三百年前、二百年前、百年前と立て続けに聖戦で勝利を果たした。
そしてその輝かしい三連勝の立役者となったのが、他でもない、テンペスターの一族だ。前代未聞の三連続で勇者を輩出し、ことごとく聖戦で勝利をおさめた。
さらに今回も含めれば、五回連続でテンペスターの一族の人間が、勇者候補に選出されている。
まさに誰もが認める、勇者の家系であった。
「――諸君」
そんな勇者の後継者である少年は、壇上から集まった同胞に対し、静かに口を開いた。
「まずは私の呼びかけに集まってくれたことを感謝しよう。よくぞ、逃げることなく勇者候補として参列してくれた」
ユーストリア勇者学校に通っているのだから、学校側を通じて招集されれば、当然勇者候補たちは講堂に足を運ぶことになる。というのは、先月までの話だ。
今、講堂に集まっている勇者候補の数は、大体五十前後ほどだろうか。全体の約半分。そして残りの半分は、この場どころか学校にすらいなかった。
中には出身国に現れたモンスター退治のため、急遽、招集されて留守にしている者もいたが、大半は自主的に休んでいた。
魔王候補による襲撃によって味わった死の恐怖から、勇者候補としての責務を放棄し、部屋に閉じこもったり実家に逃げ帰ったりしているのだ。
だからこそ、ユーゴもここにいる勇者候補を称えたのだろう。
「ここにいない勇者候補に関しては、残念としか言いようがない。もちろん、全員がそうではないだろうが、それでも多くはその使命に背を向けた脱落者。戦わずして負けた落伍者どもだ」
厳しい意見ではあったが、もっともな意見であった。
講堂に集まった勇者候補たちも、ユーゴに同意する姿勢を見せる。
「敗者たちのことはこの際どうでもいい。どうせ無理矢理引っ張り出したところで使い物にならないだろう。――私は、ここにいる勇者候補の中にこそ、勇者に聖別される者がいると思っている」
その言葉を皮切りに、ユーゴは本題に入り始めた。
「先の魔王候補による襲撃によって、民衆の中に、我々勇者候補の存在価値に疑問を抱く者が増えている。だがそれは致し方のないことだ。敵の襲撃を防げなかった我々が情けないのだと心得ていただきたい。そのときこの街にいなかったというのも、いい訳にしかならない。私も深く反省している」
魔王候補の襲撃当時、ユーゴはユーストリアにいなかった。祖国である帝国の皇帝に招集され、帝都に赴いていたらしい。
だからこそ、学校に戻ってきた彼は、率先して次のために動いている。暫定勇者が人前に姿を見せないため、事実上、勇者候補内の最高指導者は彼であった。
「我らは人々の信頼を取り戻さなければならない。それも早急にだ。そしてそれに最も効果的な方法は、我らの中から本物の勇者を誕生させることに他ならない。我々は一刻も早く、勇者を選ばなければならないのだ」
「その言葉はもっともだが、一番勇者に近いと噂の、肝心の暫定勇者とやらがいないようだが」
セルンの隣にいるトアレが、小さな声でつぶやく。
その言葉が聞こえたのか、それともただの偶然か、ユーゴの鋭い眼差しがセルンたちの方を向く。
セルンは動じることなくその視線を受け止める。
お互いに、しばし見つめ合ったまま瞳を動かさない時間が続く。
だがやがて、話の続きに戻るためにユーゴから視線を外した。
「勇者を選ぶ。そのために、私を含めた序列上位の勇者候補たちが先日、話し合って決めたことがある。それはこれまでの序列戦を廃し、異なる形で勇者候補同士の決闘を執り行おうというものだ」
「どう違うんですか?」
集まった勇者候補の誰かが問う。
それに対し、ユーゴは淡々と述べた。
「従来どおりのルールに加え、その決闘では相手の殺害を許可するルールを付け加える」
ユーゴのこの言葉には、勇者候補たちから困惑の声があがった。
「静粛に」
それをユーゴが一言で諫めると、このルール変更に至る理由を話し始めた。
「半年、半年だ。我らはお互いに切磋琢磨し、しかし誰も覚醒を起こせなかった。もう認めるしかないだろう。命の賭かっていない戦いでは、神器の覚醒は起こらない。命を賭けた真剣勝負でのみ、神器の覚醒は起こりうる。だから、我々は命を賭けた戦いを行わなければならない」
「…………」
「無論、戸惑いはわかる。だから私はこれを全員に強制するつもりはない。戦いたくないものは戦わなければいい。命を奪いたくないものは奪わなければいい。それでも、勇者に近いと自認する上位の勇者候補たちは、その覚悟を決めたことだけは理解してもらいたい」
勇者候補たちの中から反対意見は上がらなかった。
覚悟を見せたユーゴに対し、この場に集まった勇者候補が文句を述べるはずがないのだ。
魔王候補による襲撃は、たしかに半分近い勇者候補の心をへし折った。
けれど、もう半分の勇者候補たちを本気にさせた。
学校に残った勇者候補たちは、大なり小なり戦う覚悟を決めている。
「決闘のルール変更は一週間後に行われる。まずはこの私自らが、新しいルールで決闘を執り行なおうと思っている。相手に関しては、決まり次第追って連絡しよう」
そこでユーゴはもう一度セルンを見て、それから前を向いて続ける。
「さらに、だ。私の上にいる序列一位の勇者候補もまた、同じ日に皆の前で決闘を行うことに同意してくれた」
「暫定勇者が!?」
「ついに公の場に現れるのか……」
再び、講堂内をざわめきが包み込む。それほどに、謎深き暫定勇者が動くというのは衝撃的なことなのだ。
そしてその事実から、全員が理解する。
ユーゴは本気だ。本気で、勇者選抜を先に進めようとしている。
いや、違う。自分たちが進めるのだ。
「奮起せよ、同胞諸君。このまま、魔王候補たちの好き勝手にはさせない」
右手の聖痕を掲げ、ユーゴは吼える。
「ひと月だ! 今日よりひと月の間に、我々は勇者を選出し、聖戦に臨む! ーー魔王に勝って、この世界を守るぞ!」
その咆吼に、他の勇者候補たちも聖痕の輝きと咆哮で返す。
――新たなる勇者選抜が、始まろうとしていた。




