第二話 遅れてきた少年
リコリス・ハーヴィンは勇者候補である。
勇者候補たる者、毎日の鍛錬は欠かせない。
まだ夜も明けきらない早朝に目を覚ますと、動きやすい服装に着替え、マフラーを首に巻き、朝焼けの色に染まる海岸線を目指して走り始める。長いストロベリーブロンドの髪が風になびき、マフラーと一緒に馬の尻尾のように揺れていた。
息を乱すことなく海岸までたどり着いたリコリスは、今度は砂浜で拳闘の鍛錬を始める。
短い呼気と共に繰り出された拳や足が風を切る。
不安定な足場にもかかわらず、その動きは鋭く疾い。毎日のように厳しい鍛錬を積み重ねた者の動きだった。
実際、彼女にとってこれは毎朝の日課だった。雨の日も風の日も欠かしたことはない。
強さは一日で得られるものではない、というのがリコリスの師たちの教えだった。積み重ねた分だけ拳は重くなり、身体の動きに無駄がなくなる。それを愚直に信じ続け、身体を鍛えあげてきた。
「はぁ、はぁ……よし。最後に」
一通りのメニューをこなしたあと、リコリスは海の方へ身体を向け、自分の右手を突き出す。
刻まれた聖痕は、他の勇者候補たちと同じように輝いている。
「今日こそは絶対、絶対に大丈夫だから」
深呼吸を何度かしたあと、リコリスは自らに与えられた運命を果たすべく叫ぶ。
「行くよ私! 神器解放――」
「うわぁーん! お母さ〜ん!」
しかしその途中、子供の泣き声が聞こえてきたことで、彼女はそちらの方に意識を奪われてしまった。
周囲をうかがうと、少し離れた場所で子供が一人泣いていた。
母親の姿は近くにはない。リコリスはすぐに駆け寄っていくと、子供と目線を合わせながら優しく話しかけた。
「ね? 君、どうしたの? お母さんは?」
「わかんない。気がついたらいなくなってたの」
「そっか。じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお母さんを探そっか?」
「ほんと? お姉ちゃん、お母さんのこと見つけられる?」
「もちろん、私に任せて!」
リコリスは胸を叩くと、太陽に負けない明るい笑顔で言った。
「なんたって、お姉ちゃんは未来の勇者様になるかも知れないんだからね!」
「まずいまずい! 学校に遅刻しちゃう!」
子供の親を見つけたあと、急いで寮に戻ってきたリコリスは、すぐに制服に着替えて再度飛び出していく。
寮の入り口では、リコリスの親友であり、同じ勇者候補のマリエール・フェルトが彼女のことを待っていた。
マリエールは亜麻色のふわふわとした髪が可愛らしい、女の子らしい少女だった。いつもどこかのんびりとした雰囲気を纏っているが、今はそわそわと落ち着きのない様子でリコリスを出迎える。
「あ、リコちゃん。もう、遅いです!」
「ごめんね、マリーちゃん。色々あって」
「わかります。また人助けしてたんですね」
「あははっ、ごめんね」
「いいんです。それがリコちゃんのいいところですから。ほら、学校に行きましょう」
「うん!」
二人は揃って走り出す。
裏道から、朝にも関わらず多くの人で賑わっている大通りに出ると、屋台の食べ物のいい匂いが漂ってきた。走るリコリスのお腹からくぅ、と可愛らしい音が鳴る。
「うぅ、いい匂い。お腹減ったよ」
「朝御飯、食べられませんでしたからね」
そう言いながら、マリエールはあらかじめ用意していた包みを鞄の中から取り出し、リコリスに差し出した。
「朝、わたしが焼いたパンです。走りながら食べられますか?」
「余裕だよ! ありがとう、マリーちゃん!」
リコリスは宝物を受け取るように両手で包みを受け取る。
ほのかに温かい包みを開くと、中からはバケットに生野菜とハムを挟んだサンドイッチが顔をのぞかせた。
「わーい! いただきまーす!」
リコリスは大きく口を開くと、サンドイッチにかぶりつく。外はさっくり、中はしっとり。野菜の瑞々しさと生ハムの塩加減が合わさって、いくらでも食べられる美味しさだった。リコリスはあっという間に食べきってしまう。
「ごちそうさま。やっぱりマリーちゃんの作るパンは美味しいなぁ!」
「ならもう少し味わって食べて欲しいところなのですが、リコちゃんみたいに美味しく食べてくれるのは、やっぱり嬉しいものですね」
マリエールはリコリスから包みを受け取ると、走りながら綺麗に畳んでしまう。
そうこうしているうちに、街の中央にそびえる学校が見えてきた。高い城壁に囲まれた古城。何度見ても、学校の校舎には見えない。
校門代わりの城壁を潜ると、まだ始業までには少し猶予があった。
「なんとか間に合いましたね。今回はさすがに無理だと思ったのですが」
少しだけ乱れた呼吸を整えながら、マリエールはハンカチをポケットから取り出して汗をぬぐう。
「今日はいつもよりだいぶ飛ばしたからね」
対して、リコリスは息ひとつ乱しておらず、汗もかいていなかった。
「さてはリコちゃん、わたしが気がつかないうちに、こっそり走るスピードを上げましたね?」
「うん。マリーちゃん、最近前よりも体力ついてきてから行けると思ったんだ」
「まあ、これでも勇者候補の端くれですので、普通の人よりは体力はあります。あとは、毎朝のようにリコちゃんと一緒に走ることになっているからでしょうか?」
「あはは、ごめんね。遅れそうだったら、先に行っていいからね」
「待ってますよ。友達ですからね」
「マリーちゃん……」
リコリスはマリエールの言葉に感動し、飛びつくようにして彼女を抱きしめた。
「ありがとう! マリーちゃん大好き!」
「り、リコちゃん。こういうことを、こんな人目のあるところで」
照れながらも満更ではない様子で、マリエールはリコリスを受け止める
そんな二人を周りの生徒のほとんどは、またか、と言う眼差しでみていた。遅刻ギリギリで登校している生徒たちにとって、彼女たち二人のこの様子はいつものことだった。
ユーストリア勇者学校の、朝の風物詩のようなものだった。
「とうちゃーく!」
リコリスとマリエールの二人は、始業の鐘が鳴るのとほぼ同時に教室に到着した。
教室は正面に教壇があり、そこから階段状に机と椅子が並べられた造りになっている。席は特に決まっておらず、好きなところに好きに座ることができる。
二人が教室に入ったとき、クラスメイトたちは全員すでに登校していた。二人は空いている席に向かい、そこに座る。すると、後ろの席に座っていたメガネをかけた女子生徒が身を乗り出して話しかけてきた。
「やあ、お二人さん。いつも通りの遅い登校だね」
「あ、ミシェラちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「はい、おはよう。さてさて、実は二人に面白い情報があってね。聞いてかないかい?」
「え? なになに? 面白そう」
「お金が必要なら、わたしは買いませんよ?」
「それは残念。けど、これはもう学校のみんなが知ってることだからね。お金は要らないよ。無料無料」
「そういうことであれば、是非」
「よーし。聞いて驚け。実はうちのクラスに、今日、編入生がやってくることになったんだ」
「編入生?」
「編入生ですか」
二人はそこまで驚いたりはしなかった。
このユーストリア勇者学校、実はかなり編入生が多い。入学自体は春先に行われたが、そこから各国からの編入生が、騎士と魔導の探求のためという名目で何十人とやってきていた。
なにせここは世界が注目する勇者選抜の舞台なのだ。各国はそれぞれの思惑を秘めて、息のかかった人材を送り込んできている。
勇者候補以外は勇者になれないが、勇者候補でなくとも勇者の仲間にはなることができる。在籍する九十九人の勇者候補に対し、それ以外の生徒は三倍の三百人ほどが在籍していた。
ミシェラ自身も、レムルス王国の北にある商業国家マドラスからの留学生だった。家は国でも有数の商家であり、伝を広げるためにやってきたと前に言っていたのを覚えている。
そういうわけで、二人は編入生が来たと知ってもまたかと思うだけだった。クラスの仲間が増えるというのはリコリス的には嬉しかったが。
「おっと、編入生とはいってもただの編入生じゃないんだぜ」
二人の反応を予想していたと見えて、ミシェラはもったいぶるような態度で続ける。
「なんと驚け、今回の編入生は勇者候補なのさ!」
「勇者候補!?」
「ということは、最後の勇者候補の方がようやく見つかったのですね」
リコリスはミシェラが望んだどおりに声をあげて驚き、マリエールは冷静に状況を察する。
「マリーちゃん。最後の勇者候補の人って、これまで見つからなかった例の幻の勇者候補さんだよね?」
その人物のことは有名だった。
半年前に聖戦が始まり、百人の勇者候補たちが選出されたわけだが、そのうち九十九人は二週間のうちに名乗り出て、国の指示でユーストリア勇者学校へ向かうことになった。
だが一人、最後の一人だけがいつまで経っても名乗り出なかったのである。
当初はなにかしらの問題が発生したのかと心配されていたが、半年経った今では、音沙汰のないその幻の勇者候補はこういう風に言われるようになっていた。
「そう、いよいよ魔王に恐れをなして逃げ続けていた、腰抜け勇者候補も捕まってしまった、ということさ」
「ちょっと、ミシェラちゃん。本当にそうなのかわからないんだから、そういうこと言ったらダメだよ」
「おっと、たしかに。確定していない情報を適当に扱ってはダメだね。しっかし、みんなそういう風に言ってるのに、リコリスちゃんは優しいねぇ」
「――ふんっ、ただ甘っちょろいだけでしょう?」
三人の会話に対し、突然強い口調で入り込んできた声があった。
その人物は少し離れた席に一人で座っていた生徒だった。年齢は十六歳前後。肩口でそろえた青みかかった銀色の髪に、やや鋭いブルーの瞳。長身で手足もすらりと長く、リコリスから見て、とても格好いい少女だった。
名前をシャルティエ・ボードマンと言う。この教室、第七組の中で、リコリスやマリエールと同じく、勇者候補として在籍している少女であった。
「シャルティエさん。おはよう」
朗らかな笑顔で話しかけたリコリスに対し、シャルティエは鋭い眼差しで返す。明らかに友好的とは言い難い態度だった。
「ハーヴィンさん。気安く名前で呼ばないでくださる?」
「えと、ごめんなさい。ボードマンさん」
「まったく、これだから庶民は」
謝るリコリスに、シャルティエは軽く鼻を鳴らす。それを見て、マリエールは困ったような表情となり、ミシェラはおっかないと肩をすくめる。
「ボードマンさんも、編入生さんに興味あるの?}
しかしリコリスだけは気にした素振りもなく、笑顔のままさらに話を続けていく。空気を読めないのか、それとも読まないのか、それはわからないが、後ろの席の男子生徒たちはさすがは勇者候補だと頷いていた。
「やっぱり同じ勇者候補だもんね。どんな人なんだろう? 男の子かな? 女の子かな?」
「呆れた。気にするべきはそこではないでしょう?」
「え? どういうこと?」
「勇者候補なのだから、一番に気にするべきは強いか弱いかですわ。もっとも、半年も尊い勇者の使命から背を背け続けていたのですから、強さも察して然るべきなのでしょうが」
シャルティエも最後の勇者候補に対しては、噂通りの考えを持っているようだった。蔑む態度を隠そうともしない。
「まあ、もっとも」
そしてその勇者候補に向けるものと同じものを、シャルティエはリコリスにも向ける。
「それでも神器の解放くらいはできるでしょうね。ハーヴィンさん、あなたとは違って」
「ぼ、ボードマンさん! そういう言い方はやめてください!」
いよいよ我慢のできなくなったマリエールが、怯えながらも立ち上がり、シャルティエに物申す。
「どういうこともなにも、ただの事実でしょう?」
しかしシャルティエは涼しげな態度のまま、小馬鹿にするように言う。
「それとも、神器の解放ができるようになったのですか? ねえ、勇者候補序列九十九位のリコリス・ハーヴィンさん?」
「酷い。そんな言い方しなくても――」
「いいの、マリーちゃん」
リコリスは親友を制止すると、あえてシャルティエの席の前まで行き、彼女の前で腰に手を当てて仁王立ちする。
「な、なんですの? やるというのなら、受けて立ちますわよ?」
まさか向かってくるとは思っていなかったのか、少し動揺した様子を見せたあと、シャルティエは立ち上がって気丈な態度を取り繕う。
そんな彼女に対しリコリスは――ピースサインを作って突き出した。
「なっ!? まさか本当に神器解放ができるように!?」
「ふっふっふ。実はね、今朝――」
出来るようになったの、と続くと教室の誰もが思う中、リコリスは満面の笑顔で宣言した。
「試そうとしたら時間がなくてできなかったの! だから今やれば、きっと神器解放できるようになってるんじゃないかな!」
「……は?」
「だから、今日はまだ試してないから、できるようになってる可能性は高いの!」
「いえ、でも、これまで半年できなかったのですから、今日もやはりできないままなのでは……?」
「そうかも知れないけど、まず自分ができるって信じないと始まらない。だから私は信じる! 昨日までできなかった神器解放ができるようになったって信じてる!」
「……呆れた前向きさですわね」
シャルティエは毒を抜かれたような顔で、椅子に座り直す。
「それがいつまで続くか見物ですわ。もうすぐ序列最下位に落ちるでしょうけれど、そうなってもその強気な態度が続くかしら?」
「あっ」
と、シャルティエの言葉にマリエールが反応する。
一方、リコリスはどういう意味かわからない様子で、首を傾げる。
「シャルティエさん、どういうこと?」
「だから名前……ああもう、いいですわ」
訂正するのも面倒だと、シャルティエは聞かれたことだけ答える。
「どうもこうも、あなたが序列最下位ではなく九十九位にいられたのは、これまで最後の勇者候補が見つからなかったからですわ。ですが、最後の勇者候補は見つかった。となれば、その方とあなたの間で序列選が行われるのが道理でしょう?」
「なるほど。でも勝てるかも知れないよ?」
「無理ですわ。神器を持たない勇者候補が、どうやって他の勇者候補に勝つと?」
リコリスがどう言おうと、シャルティエの中で彼女の評価は定まっている。そしてそれは、この学校のすべての人間の総意だろう。
勇者候補でありながら神器の解放ができず、これまで他の勇者候補との戦いで、ただの一度も勝てなかった最弱の勇者候補。
「『落第生』……それがリコリス・ハーヴィンという勇者候補に与えられた二つ名なのですから」
「落第生と腰抜けの最弱決定戦、精々がんばることですのね」
というシャルティエありがたい声援に対し、がんばると答えてから、リコリスは自分の席まで戻ってくる。
「リコちゃん、気にしない方がいいですよ」
すぐにマリエールが元気づけるように話しかけてくる。けれど、あまり意味がなかった。そもそも、リコリスは傷ついていなかった。
「ありがとう、マリーちゃん。でもシャルティエさんの言うことは全部事実だから」
リコリスが神器の解放ができないのも、序列が今日来る編入生を除けば、一番下の最弱の勇者候補であるのも、全部覆しようのない事実だった。
「リコちゃん、その、大丈夫ですよ。今はできないだけで、きっといつか神器の解放ができるようになりますから。むしろ使えない神器を持ってるわたしよりも、未来に希望があるだけいいかも知れません!」
「そんなことない。私、マリーちゃんの神器好きだよ?」
「えっと、ありがとうございます」
「あと、うん。私も神器の解放ができるようになるって信じてる」
ただし、なぜリコリスだけ神器の解放ができないのかは判明していなかった。偉い研究者の人に何度か調べてもらったが、半年経っても神器の解放ができなかった勇者候補は過去に例がないらしく、完全にお手上げ状態らしい。
だから信じるしかない、と言い換えてもいいだろう。
「……神器が解放できるようになったら、勇者になれるかもじゃなくて、勇者になるって言えるようになるのかなぁ」
「リコちゃん?」
「ううん、なんでもない。……それより、今日は先生遅いね」
すでに始業の鐘が鳴ってからだいぶ経つが、教室の前の扉が開く気配はない。例の編入生の案内などで遅れているのだろうか?
そう疑問のうちに扉を見つめていると、直後、大きな音がして入り口の扉が壁の反対側へと吹き飛んでいった。
「えっ?」
と、誰がもらしたかわからない疑問の声が響く中、扉を壊した犯人が、堂々とした足取りで教室に入ってくる。
それは可愛らしい少女だった。
年齢は十かそこら。真っ白な髪に、真っ白なドレス。儚い綿雪のような、けれどそれを裏切る生命力のあふれた瞳をした少女だった。
彼女は教壇の前まで進み出ると、そこで足を止め、生徒たちの方を見る。
「――待たせたな」
瞬間、その手のひらから紫電が迸り、背後の黒板に叩きつけられた。
「きゃっ!?」
「な、なんだなんだ!?」
突然の魔法行使に生徒たちが慌てふためく中、純白の少女は微動だにすることなく、黒板への攻撃を続け、やはり唐突にやめる。
「な、なんですか? あの子、どうして黒板を魔法で攻撃したんでしょうか?」
少し怯えた様子でマリエールがリコリスに尋ねる。
答えを期待してはいなかったが、しかしリコリスははっきりと答えを述べた。
「あの子、黒板に魔法で文字を書いてたみたい」
「え?」
マリエールが黒板をよく見る。そこにはリコリスの言うとおり、白の世界の共通言語で文字が焼き付けられていた。
――勇者参上、と。
「待たせたな、白の民たちよ。少し遅くなったが、貴様らが待ち望んだ本当の勇者が今到着した。盛大な拍手で迎え入れるがよい!」
唖然呆然とする生徒たちに対し、純白の少女はそう言って、扉の方を振り返って呼ぶ。
「マスター! 出番だぞ、マスター!」
だが返事はない。
「……あれ? マスター? どうしたのだ、マスター?」
だが返事はない。
「……ちょ、ちょっと待っていろ! すぐにマスターを呼んでくるからな!」
慌てた少女が廊下に出る。直後、ごつん、と思い切り拳骨が落ちたような音と、先程の少女の悲鳴が聞こえてきた。
もはや教室の生徒の中でこの状況について行けている者は誰もいなかった。なんとも言えない空気が漂い、生徒たちはどう行動していいものか迷いに迷う。
そのとき、再び前の扉から教壇の前へと進み出てくる少年がいた。
年齢は十八歳くらいだろうか。灰色の髪の、どことなく疲れた様子の少年だった。真新しいユーストリア勇者学校の制服に身を包んだ彼は、教壇から生徒たちを方をまっすぐ見上げると、ゆっくりと口を開いた。
「はじめまして。本日、この組に編入してきたセルン・ベルクルトです」
まさかの自己紹介に、生徒たちの間に戦慄が走る。
後ろの方の男子生徒たちなどは、この空気で自己紹介とか、その勇気こそ勇者参上だよ、と囁き合う始末だった。
だがその小さなざわめきも、次の彼の言葉で消える。
「俺は、この学校へ勇者になるためにきました」
てらいもなく、はっきり少年はそう告げた。
「もしこの中に、命をかけて魔王と戦う覚悟を決めた人がいれば、俺のところに来て下さい。仲間として迎え入れたいと思います。その他条件は特にありません。勇者候補であるかどうかも問いません。力がなくても、全力で育てます。だから俺は、ただ、強い意志を持つ人を望んでいます」
そう言って、少年――セルン・ベルクルトは教室を見回した。
その強い覚悟を秘めた鋭い眼差しに、
「お、遅れてやってきておいて、なんという恥知らずな発言を……!」
勇者候補シャルティエ・ボードマンは反発するようににらみ返し、
「た、戦えないわたしには関係ない話みたいですね」
勇者候補マリエール・フェルトは怖じ気づいたように身体を縮め、
「……勇者に、なるために」
勇者候補リコリス・ハーヴィンは、熱く、熱く、胸を高鳴らせるのだった。




