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でこぼこ  作者: アサト
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青年のモノローグ

東京に来て、3年が過ぎた。

365日が3回、1095日。ぼくは成長したのだろうか。

生まれてからずっと、日本の中心くらいにある地方都市で暮らしていた。父さんは、ぼくが小学校3年生のときに家を出て行った。初めはそれが凄く嫌で、友だちにも誰にも言えなかった。自分が他の人と違うのが凄く嫌だった。それ以来、ぼくの家族は父性不在のままなんとか形を保とうとして、時に喧嘩をし、時に泣き、色んなものを乗り越えて今の形に落ち着いた。

幸いにも大学までは行かせてもらって、就職活動なんて言う形骸化した荒波に揉まながらなんとか自立して生きる目処が立った。立ったけど、でも、その場所はぼくが20数年間慣れ親しんだ土地ではなかった。色んな思いを吐き出した家の前の川も、友だちとサッカーをしていた大きな公園も、そこにはない。人が人とうねりを作り、どこまでも作り換えられていく街並みと価値観、この国の心臓の様に24時間脈打ち続ける、ディストピア一歩手前の都市。東京だ。

初めの頃こそ、ぼくは東京への憧れと今までになかった日常にワクワクしていたし、実際住み始めててから暫くは楽しんでいた。でも、それも日常に変わってしまえばなんてことは無いし、今でこそ地元が少し恋しくなってきている。だから実際帰ろうかどうか、最近は悩んでいたりする。そもそも自分の人生に悩むと言うのはぼくの得意分野なので、それも引っ括めて年がら年中色々悩んではいる。


初めて大きな悩みにぶち合ったのは、人を好きになったときのことだ。

ぼくは、中学2年生のときに、同じクラスの天野くんのことを好きになった。天野くんは小学生のときからの友だちで、何度か同じクラスになったことがある。背も高いけど太っていて、話が面白く、野球部で意外にもショートと言う動けるデブポジションとして、クラスの中心にいる人物だった。

ぼくはと言えば、帰宅部だったし、花が好きだったから美化委員会に入ってクラスに1つずつ配られる花の世話をする係だったくらいで、別段勉強ができる訳でも、見た目が良かった訳でもないから、なんとなくクラスの頭数に数えられる部類に入る程度だった。

ぼくの通っていたの中学校では大きなイジメとかもなく、ぼくのクラスも、多少のイジリ程度はあるものの、基本的には仲良しだった。

2学期が始まってしばらくしたある日、ぼくはいつも通り帰りの会が終わった後に、美化委員の清掃活動に参加して、帰りに気になったので、少しだけ花の世話をしていた。夕方の西日が入り込んでオレンジ色のちょっと切なさのかもし出る奇妙な雰囲気の教室で、クラスの花、プリムラ・ポリアンナに水を上げていた。真っ赤な花弁は、例え夕暮れ時でオレンジが掛かろうと赤々としていて、なんだか燃えている様だった。


「おー、シロちゃん!花の世話?」


唐突に教室の扉が開いたと思ったら、溌剌とした声で天野くんが教室に入ってきた。テスト期間中で部活は短縮活動に入ってて、参加する生徒は皆ユニフォームではなく体育着を着用して活動することになっていて、天野くんもご多分に漏れず、ノースリーブと体育着の短パンというラフな格好だった。

2年生になって益々男は男らしく、女は女らしく身体が成長していて、天野くんは特にそれが顕著だった。ちょっと汗ばんだ上着は肌に張り付いていて、身体のラインは子どもと言うよりは大人の線が引かれていた。9月と言えどまだ暑く、天野くんは上着をバタバタ引っ張って涼んでは、へそ周りに生えている毛、言ってしまえばギャランドゥを意図せず見せ付けてぼくを困惑させた。困惑しながらもぼくは平静を装って天野くんとの会話を試みた。


「天野くん、部活終わったの?」

「んー、終わったけど、まだ素振りやろうか考えてるー。」

「テス勉いいの?」

「良くないけど、いっかなーっ。」ニカニカ笑いながら天野くんは答えた。

「笑ってる場合じゃないでしょ。」

「シロちゃんは?部活やってないのに遅いじゃん。」

「あー、俺は花が、ちょっと気になって。」

「シロちゃん花好きだもんね。」

「うん」


天野くんはこうやって人の特徴を良いところも悪いところもちゃんと覚えててくれる。

こうやって、ぼくが花を好きなことも。


小学校の2年生のとき。

当時の担任の先生が紫陽花を教室に持ってきてたときだった。ぼくは花の世話当番を進んで買って出た。思えばぼくはそのときから花が好きだった。紫陽花は世話が難しいこともあって、なかなか上手く育たなかったけど、ぼくは毎日先生と一緒に紫陽花に水を上げていた。植えていた土がアルカリ性だったから、元気なときの紫陽花は色とりどりの青色のグラデーションを花弁に一枚一枚湛えていて、ぼくは授業が終わった後も、その花びらの色を一つひとつ、うっとりしながら眺めていた。

しかし、そんな花好きのぼくの、密やかな楽しみの日々は、唐突に終わることになる。


ある日、紫陽花は何者かの手によって踏み潰され教室の床で枯れてしまっていた。

朝、先生が教室に入ったときには、既に無惨な姿で床に散らばっていたらしい。

先生もとにかくショックだったらしいが、教室を開けなければならなかったので、紫陽花はぼくらが登校する前には用務員さんの手によって焼却炉で火葬され、紫陽花が無い以外は元通りの教室になった。ぼくが紫陽花の最後に立ち会うことは出来なかった。

それから朝の会で事の次第が説明された。ぼくは、登校してきた段階で教室の空気が違うのと紫陽花が無いことで薄々感づいてはいたが、いざ先生から事の説明をされると、折角がんばって育てていた紫陽花が無くなってしまったことが哀しくて、心底落ち込んで、泣いてしまった。

ぼくはそのまま授業にならないくらいメソメソしていたので、一度保健室に行くことになった。

そのとき、泣くなよって声を掛けてくれながら、保健室に連れて行ってくれたのが天野くんだった。


「シロちゃん、もう今日帰んの?」

「え、うんー、そろそろ。天テレ見たいし。」

「天テレて!そっかー。」

「うん。ローリーのオープニング。」

「古いし!俺も帰ろっかなー。」

「練習もういいの?」

「うんー。シロちゃんと帰りたいし。」

「マジか。」

「マジだからちょっと待っててよ。」

「マジか。」


青天の霹靂と言う生っちょろい言葉がある。心臓が爆裂しそうなくらいの動揺を頑張って隠していたそのときのぼくには、そんな言葉だけでは足りない程、全身で今起きて、これから起きることに対して動揺していた。天野くんのお嫁さんになるのだと、本気で思った。


「シロちゃんてさー、妻木と仲良いんだよね?」

「超仲良し。交換日記してる。」


帰り道、一秒一秒を最高のものにしようと、これまでに無い集中力とアドレナリンとフェロモン的な何かを出しながら、ぼくは最高にウィットに富んだ切り返しをしていた。今考えると死にたい。


「マジか、そんな仲良しなんか。」

「幼なじみだしね~。」

「そっかー…。」


妻木とは妻木望と言う女子だ。ぼくは望と呼んでいる。ぼくとは保育園の頃から友だちで、家も同じ団地の隣で、家ぐるみで仲が良い。ぼくとは本当に交換日記をしていたりする仲だけど、恋愛に発展することはなく、中学生当時も、そして大人になった今でも、ほとんど家族のような仲で、たまに地元にぼくが帰ったときは会ったりしている。思えば、恐らく望はぼくがゲイだと言うことを世界で一番初めに気付いた人物だろう。

当時も今も仲が良く、周囲からはよく付き合っているんじゃないかと噂にもなるから、たまにこういった質問も飛んでくるし、あまりにも当たり前に自分の身近にいる人物だからこそ、望の話題なんて今更何を、と、完全に油断していた。


「妻木って彼氏いんのかな?」


ぼくの顔はハトが豆鉄砲を食らった様な顔か、もしくは同様の慣用句を新たに生み出せそうな顔だっただろう。驚きを隠す気などさらさらない、真実を見つめようと丸く見開いた目で天野くんを凝視した。


「あー、あのさ、シロちゃんて妻木と仲良いじゃん。付き合ってんのかなぁって思ったんだけど、確か違うんだよね?だからさ、なんちゅーか、妻木って他に恋愛とかしてんのかなぁってさ。」


ぼくの表情を気にも留めず、天野くんは、望好きですまたは気になってますオーラ全開でいつもより多めに喋っていた。しどろもどろで。要領を得ないで。


「シロちゃん、そういうことあいつと話さない?」


話さなくはない。と言いたいが、めまぐるしく色んなことを考えてしまう。望のどこが良いのかとか、天野くんを思っている人にその話振るのってどうなんすかとか、なんか今いっそ思いを伝えたら奇跡とか起きないかなーとか。ぼくの心の中はカオティックな彩りで溢れかえってしまった。

そして吐いた言葉がこれである。


「望はファイアの坂下くんみたいなのがタイプって言ってたよ。」


果てしなくぎこちなかった。そして、死ぬ程不器用な返しだった。ファイアの坂下くんとはファイア&コールドと言うアイドルグループの坂下真琴くんと言う、スラッとして切れ目の無造作ヘアがよく似合う完全無敵のイケメンだ。天野くんとは逆の性質を持っている、爽やかの神様からの寵愛を一身に受けて生まれてきた様な見目麗しき御仁である。


「俺に無い要素多くね?!」


ショックの色を隠せない天野くん。そうしかし、ぼくはそのショックには共感できない。何と言ってもぼくと天野くんとで圧倒的に違うところが一つある。それは恋愛対象が自分を好きになってくれる可能性が皆無か否かの違いが常に付き纏うことであり、この場合、その可能性は地球に生命が誕生するかどうかの確率程尊く、重要なものなのだ。

そしてさらに共感できない理由には、天野くんは多分がんばったら望と付き合えると思うところにある。ぼくは望のことを良く知っているから、天野くんみたいに大らかで実直でひたむきな人が如何に良い人間かと言う価値観を共有している。だからこそ、天野くんからのアプローチが真剣であれば、望は天野くんとのカップリングを真面目に考えながらお付き合いするだろう。


「いや、でも内面的な話だよ。坂下くんはテレビでは見せないところで大らかで実直でひたむきに色んなものに向き合ってるから、そこが良いって、あいつ言ってたし。」

「そうかー。俺にもあるかなぁ。そんなの。」

「全然超あると思うけど。」

「マジか!」

「マジマジ。」

「そっかー、じゃあ、今度…、妻木に声かけてみるよ。」


それから次の日、天野くんは休み時間に望に声掛け、あっという間に仲良くなってあっという間に付き合ってしまった。ぼくは何も出来ない自分にただ哀しい思いを寄り添わせることしか出来ずに、天野くんが好きだという気持ちもひた隠しにし、2人板挟みに合いながらも、仲を取り持つ道化を演じたりした。日々もやもや、天野くんと望が破廉恥な行為を繰り広げているんじゃないかと絶望したり、自分の性に対して絶望したり、タイやフィリピンに行って性転換をする方法を調べたりしていた。


それが初めての大きな悩みで、その後、高1になって2人が別れるまで続いた。

その頃には大分傷も癒えていた訳で、天野くんなにくそ、恋愛については奥手になってるけど、それ以外は順調に、高校生活を送った。恋愛に関してはその一件があったこともあって、どうしても前向きになれなかったぼくは、進学しても恋愛せずに勉強とバイトに明け暮れ、就職による上京を経て尚も、東京の地で恋愛らしい恋愛をせずにいた。東京にはぼくがいた街以上にぼくと同じ性質を持つ人はたくさんいるし、そう言う街もあるのに、何故か、恋愛に関しては、乗り切れずにいた。


恋愛に限った話だけじゃなく人間関係とはどうしてこうも面倒なのだろう。

昔の恋の事情を思い出しては、ぼくは暮れ行く日を都庁の展望エリアで眺めながら、

そんなことを考えていた。

人は今日に限って疎らにしかないから、なんとなく湛えている切ない気持ちを余計に助長させる。

一日の終わりを受け止めている街を見ていた。

ぼくの居場所がいつまでたっても見つからない、街を。







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