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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
最終章 夏の夜の狂乱
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「あれが第二渾沌の集団だな」

 馬よりも速く、しかも長距離を走れる規格外な運動能力をアリアは、真っ先にそこに着いた。それに少し遅れてマリアが到着する。マリアは風を操作して空を飛んできた。

 一方のミーシャは二人ほど特殊な移動は出来ないため、自分のペースで後から追いつくと連絡を受けている。

「本当、どうしちゃったんだろうね」

 姉であるアリアに、マリアが問いかける。

「それは後から調べればいい。……今は目の前の敵を潰すだけだ」

 妹の呟くような問いかけを、アリアは険しい表情でばっさりと切り捨てた。

 二人がいる場所は、マギア学園から馬車で四時間ほどの場所。ここまで片方は走って、片方は魔法で飛んで三十分ほどで着いたところから異常性が伺える。

 二人が視界に捉えているのは、第二渾沌の方向に蠢く巨大な黒い影。それはものすごい勢いでこちら側に向かってきていた。

「にしてもまぁ、偵察班の連中もよくあんな遠くを捉えられたもんだ」

 アリアが呟く。偵察班がいるのはもっとマギア学園側。二人の視力でさえここからで黒い影にしか見えないのに、偵察班はその場所から、もっと早くにはっきりとその姿を捉えていたのだ。偵察班はイザベラお抱えの非常事態に動く非戦闘要員。隠密と遠視と観察力に特化した集まりなのだ。

 魔物たちは狂乱状態となり、一直線にマギア学園を目指している。マギア学園周辺から来た魔物ならばまだ方向にばらつきはあっただろうが、第二渾沌セカンドカオス程遠くなると、その集団の移動経路はほぼ直線に収束する。それを狙って、この位置で二人は戦うことにしたのだ。

「作戦はいつも通り、最初に一人で暴れて、最後に決める感じでいいか?」

「問題ないよ」

 二人にとっての、いつもの作戦だった。

 そんなことを話しているうちに、恐ろしい速度で迫ってきている魔物の軍団の姿はくっきりと見えてきた。


                 ■


「それじゃあ――暴れさせてもらうぞ!」

 アリアがそう叫んだ直後、途端に全身が真っ赤な炎に『包まれる』。その炎の人間は悠然と、向かってくる魔物の集団の前に立ちはだかる。

「おるぁっ!」

 乱暴な掛け声とともに、アリアは拳を前に突き出す。するとそれだけで迫ってきたオーガやアイアンゴーレムなどの屈強な魔物たちは燃え上がり、死に至る。

「おら! おらっ! おらっ!」

 アリアは魔物の群れの中に突撃し、腕を振って業火を撒き散らし、次々と焼き払い、なぎ倒していく。アリアが最初に立っていた地点から先に、魔物たちは進むことも許されず、ただただ焼き殺され、虐殺されていく。

 そのさまは、戦場を暴れて虐殺している割には、非常に守備に特化した戦い方だと分かる。

 これこそが『灼熱女王』アリア・マイネルスのオリジン『戦場の焔舞クロス・ファイア・コンバット』だ。魔法と言うよりも、アリアの特殊な魔法の使い方を表した戦術の名前の方が正しいが、世間的に分かりやすいため、アリアのオリジンとして広まっている。

 白兵戦のという意味の『クロス・コンバット』。機関銃を十字に組んで迫りくる敵を屠殺する、十字砲火を意味する『クロス・ファイア』。それらの意味を掛け合わせた言葉で、名付け親は綾子。

『十字砲火の白兵戦』。単独で、しかも接近戦にも関わらず、迫りくる集団を屠り、前に進ませない様はまさにそれと言えるだろう。

「さぁ! 私を倒せるものなら――倒してみろ!」

 アリアはベビータイタンとワームを同時に葬り、挑発するように叫んだ。


                 ■


 マリアは細い杖を指揮棒のように振り、絶妙な軌道を描く風の刃で敵をなぎ倒していた。

 前方はアリアが暴れているため、マリアは後ろの方の集団を横から崩す役目だ。

 鋭い観察眼で集団の動きの『流れ』を読み、それを阻害するように魔法を発動して、そこに死体しょうがいぶつを生み出し、配置する。集団……群体の動きの流れを読むことは、マリアにとって朝飯前だった。

 世界でも有数の優れた風属性魔法使いであるマリアは、空気の流れを読むことが得意だ。マリアにとって、群体の動きの流れを読むことは、それの延長線上の技術に過ぎない。

 集団の動きの流れを阻害し続けるとどうなるか。ましてや、相手が狂乱状態で理性を失っている魔物ならば……

「そろそろ、ですね」

 自然、それらの集団は固まらざるを得なくなる。洋介たち四人と同じような戦法だが、レベルが数段違う。この第二渾沌の魔物たちは狂乱状態と言えどある程度賢く、さらに強さも段違いだ。それらを――たった一人で、洋介たちが作り出した停滞の『三倍以上』の塊を作り上げた。

 そして、ここからが魔物にとって恐怖の始まり。

 この世に普く存在する『空気』を操る風属性魔法は、広範囲に影響を及ぼす魔法に適している。

 そう、そんな魔法使いを相手に一か所に固まれば――そこは地獄絵図と化す。

 マリアは無言で、クライマックスを迎えた指揮者のように杖を大きく振り上げる。

 途端、


 ゴオオオオオオオオオッ!


 その大きな団子となった魔物の集団のあちこちで、竜巻が発生した。

 筋肉に覆われた巨体を持つオーガが、全身が鉄でできたアイアンゴーレムが、巨人種であるはずのベビータイタンが、あの圧倒的な巨体を誇るワームですら、その竜巻に呑まれ、舞い上がり、物凄い勢いで互いにぶつかり合って死滅していく。

 空気が激しく渦巻く音、魔物同士がぶつかる音、魔物の怒号や悲鳴や断末魔――それらを操っているのは、指揮棒のように杖を振って竜巻を、より『相手にダメージを与えられるように』緻密にコントロールするマリアだった。

『風の超絶技巧奏者』と呼ばれるマリアのその姿は、奏者ではなく、指揮者に見える。

 だが、最初に呼ばれたのがこれだったため、なし崩し的に『風の超絶技巧奏者』が二つ名となったのだ。

 そんな彼女が今使っている魔法はオリジンだ。名を『戦場の狂嵐スパイラル・ステイルケース』。その竜巻に呑まれたものは上に巻き上げられ、そのまま死へと向かう。

 それはまさしく、あの世……天へと続く『螺旋階段』。これを名づけたのも綾子だ。

「……ふぅ」

 マリアが一息つくと、嵐が収まる。それにより、巻き上げられていた魔物たちの死体が地面に次々と落下し、激しい音を立てる。

 嵐が過ぎ去ったその場所には……死体ばかりが転がっていた。


                 ■


『大体片付いたよお姉ちゃん』

「いよっしゃ! じゃあ仕上げに入るか!」

 風属性魔法によって大きくなったマリアの声がアリアに届く。瞬間アリアはより気合を入れて暴れはじめ、周りの魔物を焼き尽くしていく。

『お姉ちゃん、行くよ!』

「任せろ我が可愛い妹よ!」

 二人がお互いに視認できる位置に移動したところで、準備は完了となる。

「逆巻け業火!」

『渦巻け暴風!』

 二人で声を合わせた途端、アリアからは激しい炎が、マリアからは荒れ狂う風がそれぞれ起こる。

 それらは混ざり合い――残っていた魔物の集団を包む。

 業火は暴風によって巻き上がり、周りの酸素を奪い、空気を孕んでより勢いを増す。それによってより空気が動き、暴風も激しくなる。

 恐ろしいほどの相乗効果。これこそが、二人で一つ、唯一無二の姉妹だからこそできる、もう一つのオリジン『暴喰の焔嵐インフィルニティ・テンペスト』だ。まさしくそれは『業火の嵐』。炎と風はすべてを飲み込み、喰らい尽くす。これも綾子が名づけた。

 しばしの時間、戦場を業火と暴風が蹂躙する。まさしく一方的なそれは、ものの数秒でその一帯を焦土に変えた。

 嵐と焔が収まった時、その場には……炭となった死体すら残されない魔物がほとんどだった。


                 ■


「……もうあの二人だけでいいんじゃね?」

 その様子を遠くから眺めていたのはミーシャだった。ぼさぼさの黒髪をガリガリと乱暴に掻きながら、野暮ったいメガネの奥にある虚ろな目を半眼にする。

 第二渾沌の魔物を相手にするには少々やり過ぎだった。傍観者の視点から物事を『観察』することが得意なミーシャは、明らかにあの二人のテンションが高いことがわかった。

「つってもなぁ……やっぱりあれだけ大量にいれば討ち漏らしはいるんだよなぁ」

 はぁ、面倒くさ。最後にそう呟き――人差し指と親指で輪を作って口にくわえて、指笛を吹いた。

 その甲高い音は、ミーシャの態度からは想像できないほど鋭い。

 途端、周りの地面が沸騰した窯の中の水のようにボコボコと膨れ上がる。

 その膨れ上がった土は、お互いにくっついていき――次第にさまざまな形を成していった。

 鎧騎士、軍馬、兵隊、狼、猟犬、虎……様々な土の像が次々と形成されていく。

「さてと……私の『部下』たち、このあたりのはぐれ魔物を倒してくれ」

 ミーシャはやる気のなさげな声でそう呟き、また指笛を吹く。

 すると……


 ズンッ、ガチン、ガリッ、カラッ、


 と、周りから様々な硬質な音が鳴り始める。

 その音とともに……土の像たちは、まるで『生きているかのように』動き出した。

 それらは思い思いの方向に、素早く散っていく。

 それからしばらくして――各所で魔物の悲鳴や怒号、戦闘の音が響き始めた。

 魔物に関する豊富な知識とその耳のよさから『聴覚魔物博士』という、身も蓋もない言い方をすればそのまんまな二つ名をつけられている。

 だが、彼女には『魔法使い』としての二つ名もある。

 それは『人形軍団の元帥』といい、その由来となった彼女のオリジンが『創造されし軍勢(ゴーレム・レギオン)』だ。

 地属性魔法の中には、土などを操って人形ゴーレムを造ってさまざまな事をさせるものもある。魔物に分類される、自然に発生するゴーレムとは違って、基本的に魔法使いが操作をし、魔力の供給が途切れると自然に崩壊する。それでも、このゴーレムの創造は地属性魔法の中でも難度が高いものに分類される。

 さらにその中でも、自立行動をするゴーレムを創造するのは最高難度に分類される。単純な行動を繰り返すものを一つ作れるだけでも一流と称されるほどの難度を誇るが……彼女の場合、様々な種類の自立行動するゴーレムを何体も同時に操る。

 彼女はその場から動いていないように見えて、その実目に見えない範囲にいるはずの何体ものゴーレムに命令を下していた。

(あっちにもこっちにもいるな……あの二人がこんなに逃すわけないから、こいつらは集団からはぐれた個体か。じゃあこの辺とこの辺に移動して戦え)

 周辺の情報を得ているのは……常人離れした鋭い聴覚を持つ『耳』だった。空気の音、草葉の擦れる音、遠くからはずかに聞こえる羽音や足音や這いずる音に呼吸音……それらを全て聞き取り、周辺の状況を把握して、ゴーレムに単純な指示を出す。後はゴーレムが優れた自立行動を持って勝手に何かをやってくれるため、ものぐさなミーシャにとって、この魔法オリジンは適しているといえよう。他の人からすれば「高度な動きをする自立行動ゴーレムを何体も造り、聴覚で広範囲の情報を拾いながら戦う方がよっぽど面倒くさい」と思われるし、大半の人がそう思うだろう。

 だがしかし、それは元綾子の助手。常識人であるはずがない。

 彼女にとって、自立行動ゴーレムを造ることも聴覚で情報を拾う事も……息をするように簡単な行為なのだ。

(はい、お仕事完了)

 最後に聞こえた激しい物音が止んだ瞬間、ミーシャは魔力の供給を途絶えさせて、ゴーレムを崩壊させた。

やりすぎた

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