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シエルは、この騒動を、危機であるとともに、汚名返上のチャンスであるとも思っていた。
(この前は、皆に迷惑をかけた。ボクは……何もできなかった!)
思い出すのは、先日起こった誘拐事件。親しい友達二人が危険を顧みず突入してきて、他にも先生や沢山の生徒に心配をかけた。
シエルはこのことを心から申し訳なく思っていた。
そして……周りの優しさに、嬉しくも思っていた。
誰もシエルの事を責めなかった。弱い、油断していた、情けない、と糾弾しなかった。
そしてその優しさは……シエルにとって、辛いものでもあった。
自分が強いなどとは決して思っていない。けれど……弱いと思われるのもまた許せない事であった。
『弱みを見せない』。この考えは、根本的な部分では変わっていない。クリスタや洋介やルナなど、親しい友人には弱さを見せる勇気も持った。けれど、それとともに『弱いままであること』は、シエル自身が許せなかったのだ。
『第一渾沌の魔物と衝突しました。戦闘に参加してください』
イザベラの指示が響く。
「――っ!」
瞬間、微妙に効率が悪い中ゆっくりと練っていた魔力を解放する。
瞬間、ドウッ! という音とともに、地面から高さ一メートル、厚さ五十センチメートルほどの壁が突然『生えた』。
その直後、魔物たちの悲鳴がこだまする。
先頭を走っていた集団は壁に突撃し、大柄な魔物は躓いて転んだ。
後ろの集団はそれらによってさらに詰まり、衝突し、躓く。災害によってパニックになった都会のように、集団の中に突然起こった一つの停滞が、全体の停滞を生み出した。中には押し潰され、死に至る魔物もいた。
「止めました! あそこに魔法を打ち込んでください!」
団子のように、魔物が壁の向こう側――一か所に固まる。そこを指さし、シエルは周りの生徒に指示を出した。
シエルの登場によって、その班の士気は一気に上がった。火が、光が、風が、団子のように停滞し、固まった魔物の集団に降り注ぐ。
「ふぅ……」
これで魔物の数は一気に減り、さらにしばらくあの辺りで動きは鈍るだろう。技術では学校内でもトップクラスに入ると言われている(事実入っている)シエルの、面目躍如と言えた。
■
ルナにとって、魔法は希望だ。
家の都合で平民にしては多少裕福な生活は送れたが、そうなるまでの過程は周りに知られていた。
低級貴族の妾腹一家。貴族を誘惑して取り入った寄生虫の家。
周りからは、野次馬的な意志とやっかみによってそう陰で蔑まされ続けてきた。
そんなルナは、一人遊びが好きな子供だった。家に対する周りの反応が悪かったため、どうしても周りの子供と遊ぶのが億劫だったのだ。幸い、人見知りしたりせず社交的な生活だったため、子供たちの輪には加われた。けれど、やはりどことなく居心地が悪く、誘われたりしない限りは一人で遊んでいた。
そんなある日、ルナは野犬に襲われた。幼いルナは逃げ切れるはずもなく、すぐに追い詰められた。
恐怖によって感情が爆発し、気絶した。そして気が付くと……目の前には、焼け焦げた野犬の死体があった。
それを目撃していた近所の子供から、倒れる直前に、ルナの手のひらから炎が出て野犬を燃やしたことを教えられた。
これが、ルナが初めて魔法を使った瞬間だ。
ルナにとって魔法は憧れだった。そしてここから……希望になった。
魔法を使って、優しい家族みんなを楽させてあげる。ルナはその一心で、魔法の教師や師匠がつかないながらも、ひたすら独学で魔法を練習した。
その成果が実り、マギア学園に奨学生として入学した。今までにない魔法が学べる環境に興奮はしたが……やはりここでも、ルナは爪弾き者となった。どこまでも、どこでも生まれのせいで忌避される。
けれども、ルナはくじけず、魔法を学び続けた。
周りの生徒は、入学前から教師や師匠に魔法を習ってきた。対するルナは独学でやってきたため、どうしても荒い。
それならば、ここで先人の知恵と技術を吸収すればいい。
ルナはそう考え、人一倍修練を積んだ。
ただ実直に――『強さ』を追い求めて。
今のルナにとって、最も身近な『強さ』は、親友ともいえる三人――洋介とクリスタとシエルだ。
(ルナは……三人に負けている)
ルナは自分が救援に入る班の後ろで、派手な戦闘を見据えながら心の中で呟く。
(なら……絶対に追いつくんだ!)
覚悟を、決める。
大好きな親友と肩を並べるために。大好きな家族を幸せにするために。
『第一渾沌の魔物と衝突しました。戦闘に参加してください』
イザベラから指示が出される。
「さあ、宵闇の饗宴の開催といこうじゃないか!」
ルナはそう叫び、魔物の集団を『闇』に包む。
魔物は人間に比べてかなり夜目が利く。けれども完全な闇に覆われれば……当然その視界は、ただ漆黒のみを捉えるしかない。
狂乱状態で走っていた魔物たちは、突然視界を奪われ混乱した。転倒したり、滅茶苦茶に暴れたり、あさっての方向に向かったりと、魔物たちの行動は目に見えて悪くなる。
集団で固まって移動していた時にそんな混乱が起こればどうなるか。
――魔物たちの集団の動きは停滞し、後続とぶつかり、団子状態になる。
やり方は違えど、シエルと同じ作戦だった。
そして、そんな風にたくさんの魔物が固まれば……ルナにとってはこれ以上ない『餌食』となる。
「さぁ! 喰らい尽くせ! 宵闇に燃える黒焔よ!」
固まり、停滞した魔物の集団は……燃え広がることに特化した黒き焔によって、一匹残らず喰い尽くされた。
■
(まったく、奇妙な事ですわ)
クリスタは自分の身体を抱くように腕を組み、魔物の集団を見据えていた。その集団の顔に理性などなく、ただ本能で動いているだけに見える。
クリスタにとって、魔法は誇りだった。
貴族として、最も努力し、磨いてきた技術は、クリスタにとってはもはやなくてはならない存在だ。
そんな存在が……ハミルトン家の屋敷で、一つの古代遺物によって蹂躙された。
その時クリスタは、怯えた。自信を、自身を支えるものが消し飛ばされたとき、クリスタは確かに恐怖し……自分が何もできなくなった弱さに歯噛みした。
そんなクリスタを守ったのが、洋介だった。
自分が世話をしている新入生、男なのに魔法が使えて、しかもそれが無属性魔法。人の努力を強く認める癖に、自分自身は最近になって魔法に気付いた。少し変態で、おちゃらけていて……人の心に無自覚に入り込む。
洋介は平民だ。つまり、クリスタにとって、洋介は『守るべき』存在なのだ。だが、先日の屋敷内で起こったことは真逆。洋介が、クリスタを守った。クリスタは洋介に『守られた』のだ。
クリスタは悔しかった。あまりの自分の弱さに、あれからしばらくは夜の布団の中で親指の爪を噛み締めてばかりだった。
洋介が普通じゃないのは分かっている。あれを常識の枠に当てはめること自体がおかしいことも分かっている。
だが、それでも……洋介に守られるというのは、あまりにも自分が情けなかった。
「ヨウスケ……」
自然、洋介の名前が口から洩れる。
いつの間にか、クリスタにとって、洋介はかけがえのない存在となっていた。
ハミルトン家の屋敷で、洋介が「クリスタを守る」と言った時……クリスタは、何故か安心した。
自分の支えである魔法が使えない状況で、洋介に守られて、安心した。
クリスタは、最近の自分の心の動きが理解できなかった。
洋介に守られて安心して、洋介の行動に一喜一憂して、洋介の傍にいると安心できるのになぜか緊張してきて……。
自分の感情に、全く折り合いがつけられていない。全く理解できていない。
「ただ、それでも……」
一つだけ、分かっていることがある。
思い出されるのは、二年生に上がった当初――洋介と衝突し、決闘することになった魔法闘技大会だ。
そこでクリスタは敗北し……さらに、その後現れた飛竜もほとんど洋介が倒したようなものだった。
屈辱、とは少し違う。ただ、そう……自分自身の弱さに情けなく感じたのだ。
クリスタは、洋介に――
「――負けたくはありませんわ」
いつまでも下に甘んじるものか。クリスタは自身に活を入れる。
『第一渾沌の魔物と衝突しました。戦闘に参加してください』
イザベラの指示が下される。戦いのゴングが鳴る。
パチッ、
と、小さな音がクリスタの手からなった。それはただ、指を鳴らしただけ。
その直後――
『ウボエアウガロアグエグァアアアアアアア!』
――魔物たちが、本能に従い、自分勝手に喚き、暴れ――仲間同士で『殺し合い』を始めた。
それが起こったのは先頭に近い集団のみ。だが、その殺し合いによる停滞は、後続にまで影響を及ぼす。
混乱した魔物は自分勝手に暴れ続ける。その叫びが、その喚き声が雑多に混ざり、不協和音を奏でる。
クリスタがやった事――それは、光属性魔法で相手に『人間が近くにいる』幻覚を見せたのだ。
いきなり現れた実体無き敵対者に、魔物たちは混乱しながらも、周りに人がいないにも関わらず、『魔物が密集した場所で』暴れる。
そして前進に統一されていた動きがばらつく。
「ここからが――本番ですわよ!」
クリスタが腕を振りあげる。
途端、魔物の集団の周辺に、大小さまざまないくつもの水の塊が出現した。
そしてそこに――
「それっ!」
――クリスタの光の線が放たれる。
その光の線は、いくつも浮かんだ水に触れるにつれて乱反射し、数をネズミ算的に増やしていく。
そしてそれらの光の線は、全て――物を貫く威力を持っている。
その光の乱舞の舞台にいた大量の魔物は、一気に数を増やした光速の一撃によって全身を穴だらけにされ、絶命する。
「……ふぅ」
エリートが集うマギア学園の二学年。その中でもトップの成績を誇るクリスタの攻勢は――一瞬で魔物の軍団の死体を量産した。
■
「もう少しでぶつかるかな……」
俺は手を横にして目の上に当て、遠くを覗き込む。俺の視界には、ありえないほど遠くの景色が、暗い夜にもかかわらずはっきり映し出されていた。
身体能力や反射神経と同じように、視力も魔法で強化してやればざっとこんなもんである。うん、便利グッズには変わりないな。
『第一渾沌の魔物と衝突しました。戦闘に参加してください』
イザベラ先生の指示が下された。
「どれ、じゃあ……一丁頑張りますか――ねっ!」
一っ跳びで最前線に躍り出て、そのまま右腕を振りおろす。魔力の弾丸が所狭しと撃ち出され、向かってきた魔物は全部例外も無く、体のどこかに穴を空けて絶命した。
さらに俺は『吹き飛ばす』性質の魔力を前方に放出し、構わず走ってくる後続を向こう側へ吹き飛ばす。
集団で固まって走っている以上、どこかが急に詰まったり遅れたりすれば、後ろは大混乱に陥る。人が多いデパートなどで災害が起こった時、我先にと逃げ出した結果誰かが転び、そこから混乱が伝播していく、という場面をニュースで見た時の生々しさが蘇ってきた。今、魔物たちは災害直後の人間よりも理性を失っていると言ってもいい。元々人間以下の知能なのだが、さらに狂乱状態であるため、本能に従って動き回るのだ。
ひたすら学園に走っているときは全員の動きが同じだから問題ないが、どこかで停滞すればそれは伝播する。高速道路の玉突き事故のように。
恐らく、三人も同じような作戦でやっているはずだ。理性を失った集団を止める際、相手の命に気を遣わなければ、こうしてどこかを停滞させるのが一番手っ取り早い。それにこの目的は魔物の侵攻を遅めること。決して殲滅ではないため、これが一番楽だ。
「一丁上がりっと」
ぐちゃぐちゃに固まった魔物の集団を見ながら、俺はそう呟いた。
■
洋介たちが前線で動き出してから数秒後、櫓の上でイザベラは恐ろしい報告を偵察班から受けた。
『た、大変です! 『第二渾沌』の魔物までもが狂乱状態でそちらに向かっています! う、うわ!? ワームとベビータイタンまで!? も、ものすごいハイペースです!』
後半はただの驚きだが、かなり嫌な真実を物語ってくれた。
第二渾沌の魔物が来たところで、この場には教師や三年生がそれなりにいるから防衛できるだろう。
だが……学園ほぼ全体を覆うようにして、『魔力変換の阻害』が働いている。それは未だに効果を強くし続けていて、今や通常状態の半分行くか行かないかぐらいまで効率は悪くなっていた。
第二渾沌の魔物と衝突するタイミングまで待つと……ほとんどの人たちが魔力切れに陥ってしまう。
今こうしている間にも、前線のメンバーは魔力を切らしていた。学園全体を覆っているのなら学園の外で魔法を発動すれば、と一瞬思ったが、そうしたら高く堅牢な柵から出なければならないため、危険性が増す。
報告を受けたイザベラは、しばし眉間にしわを寄せて黙考する。
「…………」
そして、小さくため息を吐いた。
(少々大胆に動くことになるけれど……仕方ありませんね)
「マリア先生、アリア先生、ミーシャ先生。今動けますか?」
「はい、動けます」
「いつでも大丈夫です」
「問題ない」
イザベラの確認に、教師の三人が返事をする。
「今、こちらに第二渾沌の魔物までもが向かってきているそうです。このままでは押し負けてしまいますので、学園の近くに来る前に貴方達三人でその集団を潰してきてください」
「「「はい」」」
イザベラが下した判断は大胆そのもの。主戦力である三人をここから離れさせるのだ。




