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婚約破棄代行業―その結婚、本当に意味がありますか?―  作者: 結翔 〇
第1章 破綻する婚約:男と女、女と男

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[02] 見えない理由

 テオドラに言わせれば、この国の婚約制度は驚くほど明快だった。

 『婚約届出書』に署名し、貴族院婚約管理局へ提出する。

 要点は三つ。契約は弁護士同席、誓約書が本体、そして破談後六箇月の制限。

 貴族院は誓約書には関知しない。しかし、管理はする。


╋━━━━━━━━━━婚約届出書(抜粋)━━━━━━━━━━━━━━━╋

  婚約者甲(以下「甲」という)および婚約者乙(以下「乙」という)は、

  婚約を確認し、本書をもって届出を行う。


  本婚約の権利義務は「婚約誓約書」に定める。

  誓約書は代理人弁護士立会いのもと締結する。


  なお、破談後六箇月間、新たな婚約を禁ずる。

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋



 テオドラは銀行に寄った後、次の依頼者が待つ、ホテルへ向かった。

 ホテルの一室に案内され、依頼者のアグネス・モール伯爵令嬢とテーブルを囲む。

「こちらまで、お越しいただき、ありがとうございます」

 アグネスはおどおどしながら、頭を下げた。

 テオドラは慌てて、制した。

「困ります。頭をお上げください。依頼人のところへ出向くのは当たり前なのですから」

 アグネスは顔を上げた。

「え? そうなのですか? 私は母と領地に居るため、王都のしきたりには疎くて……申し訳ございません」

 テオドラは、再び頭を下げるアグネスに苦笑いした。

 モール伯爵領は、王都から馬車で3日ほどかかる。温暖だが標高が高く、冷涼な土地と聞く。

 手紙のやり取りでも感じたが、純粋で生真面目な女性のようだ。

 テオドラは、鞄から砂時計を出した。

「相談料は30分10シルバーです。この砂時計が30分を示します。また、依頼を受ける前には、見積書をお渡しいたします」

「はい、理解しております。見積書に問題が無ければ、契約書を作成して、契約を履行してくださる」

「ええ。契約後、必ずしも婚約破棄に至らない場合もあります。その場合は、諸経費と10ゴールドのみ、いただくことになっております」

 アグネスはテオドラを真っ直ぐ見つめた。

「理解しております……始めてください」

 テオドラは砂時計をひっくり返した。

「大事なのは、アグネス様のお気持ちです。迷っているとのこと。お心の整理はできましたか?」

 テオドラの問いに、アグネスのティーカップを持つ指が小刻みに震えた。

 アグネスはティーカップをソーサーに置き、唇に指を寄せ、俯いた。

「……破棄したい気持ちは、変わりません。ですが、それを選べば」

 テオドラは言葉を待ち、ティーカップに口をつけた。

 アグネスが母親と管理しているモール伯爵領の紅茶だった。

 余計な渋味がなく、香りの立ち方も品がいい。王都でも人気がある。

 テオドラは、アグネスから届いた手紙を思い浮かべた。

 祖父同士の縁で婚約した13歳のアグネスと15歳のフィクトル・ミハロヴィチ伯爵子息。

 アグネスはずっと領地に留まり、フィクトルは王都のアカデミーを経て、そのまま居ついていた。

 真逆の2人が久しぶりに会って、会話が続くとは思えない。

 しかも、祖父たちは両家とも亡くなっており、間に入ることもできない。

 アグネスは、俯いたまま、わずかに顔を上げた。

「……提示以上の額を求められまして……それで、踏み切れないのです」

 テオドラは、眉根を寄せた。

「提示以上に?」

「ええ。あの男は、私が示した慰謝料の10倍も要求して参りましたの」

「失礼ですが、アグネス様が提示された金額は?」

「5年間でいただいた贈り物が100ゴールドくらいでしたから、それにお詫びの気持ちを追加して200ゴールドです」

 アグネスは、贈り物の明細と金額が書かれた書類をテオドラに渡した。

 ざっと見ても、200ゴールドの慰謝料は問題ない金額だ。

 テオドラは呆気にとられた。

「フィクトル様は、アグネス様を心からお慕いしているのでは?」

 アグネスは、あからさまに不機嫌になった。

「まさか! あり得ませんわ。手紙や誕生日のカードでさえ、ご自分で書いてませんし、お会いしたのは数える程度。彼がアカデミーに行ってからは、一度も会いに来てませんのよ」

 テオドラは、頭を傾げた。

 最初の頃に扱った案件に似ていると、ふと頭をよぎる。

「……ミハロヴィチ領は小麦が名産と聞きましたが」

「ええ。ご祖父様がご存命の頃は、王都のパン屋の3割がミハロヴィチ産だと自慢しておりました」

 テオドラは少し考え込んでから誓約書の写しを手に取り、改めて読みだした。

「うん、これならいけるかも……」

 テオドラの口元がほころんだ。

「慰謝料10倍の請求の裏を取りましょう。この場で見積書を作成して、お渡しします」


 数日後。

 3軒のパン屋で、ミハロヴィチ産の小麦について同じ答えに行き当たった。

 今は扱っていない。だが、以前は使っていたという。

 テオドラは4軒目に入った。王都で最も有名な店だ。

「あら、テオドラ様。この間は、大量にお買い上げくださってありがとうございました」

「こちらのパンは、贈り物にすると好評なんです。それで、この間、お茶会で聞かれたのですが、ミハロヴィチ産の小麦って使ってます?」

「ミハロヴィチ産の小麦? 確かに前は使ってましたよ。でも、味が落ちちゃって。小麦の卸問屋のナンナ商会のほうが詳しいと思います」

 テオドラは御礼に売れ残りのパンを買い、慌ててナンナ商会に向かった。

 夕方のナンナ商会は人影もまばらで、男が一人、書類に目を落としていた。

「なんだ、こんな時間に」

「パン屋の紹介です。ミハロヴィチ産の小麦について伺いたくて来ました」

「うちは数年前に取り扱うのを止めたよ。パンが膨らまない、臭いと苦情があってな。王都への納品に品質管理もまともに出来ねぇときたら、契約解除するしかない」

 思った通りだ。

 テオドラは微笑むと、パンが入った紙袋を差し出した。

「これ、よろしければ残業の合間に」

「お! お嬢ちゃん、気が利くね」

 24歳にもなって“お嬢ちゃん”だなんて。胸の内で小さく抗議し、テオドラは頬を染めた。


 次の日。

 テオドラは自分の事務所の上にあるクロイ法律事務所を訪ねた。

 所長室に行き、机に向かっているアルベール・クロイ男爵・貴族院弁護士に声を掛ける。

「先生!」

 アルベールは顔を上げ、目尻を下げた。

「不肖の弟子が、2週間ぶりに師匠へ会いに来たのか? 同じビルに居るというのに」

「この間、お願いした財産調査報告書をいただきに参りました」

「おいおい、いきなり用件かよ」

「へへへ。師匠に似たのです」

 テオドラの笑顔にアルベールはつられて笑った。

「ほら。テオドラの読み通りだったぞ」

 テオドラは書類を見ながら、リボンをつけた袋を差し出した。

「先生、お礼のクッキーです。私の手作りですよ」

 アルベールは嬉しそうにクッキーを口にしたが、すぐに顔をしかめた。

「ま、まずい」

「それ、ミハロヴィチ産の小麦で作ったんですよ!」

 テオドラは上機嫌で、アグネスの居るホテルへ向かった。

 

 ホテル。

 アグネスはテオドラが集めた証拠の書類を読んで、体が震えていた。

「まさか……そんな……領地の一部まで売っていたなんて」

「小麦が売れず、売却に至ったようです」

「……そこまで隠しておいででしたの。我が家を軽んじてもよいとでも」

 アグネスは息を整え、背筋を伸ばした。初めて会った時の面影が遠のく。

 テオドラは胸の奥がわずかに熱くなるのを感じながら、誓約書の写しに線を引いた。

「誓約書のこの部分。『甲乙は、本婚約に関し、信義誠実の原則に従い、自己の財産状態その他、婚約の維持に重大な影響を及ぼす事項を、正確かつ遅滞なく相手方に開示する義務を負う。』とあります」

 アグネスは身を乗り出して、書類を見つめる。

「小麦の販売がうまくいっていないことや、一部の領地の売却をモール伯爵家へ伝えていないことは、この条項に引っ掛かります」

「ああ……なんてこと。テオドラ様、心から感謝いたします」

 アグネスは、頭を深く下げた。

「アグネス様、頭をお上げください。ミハロヴィチ家が、大事なものを軽んじてきた結果です」

 大事なものは、領地だけではない。婚約者も同じだ。

 アグネスは顔を上げ、満面の笑みを見せた。

 テオドラは、口角をわずかに上げた。

「これで、慰謝料を支払う側ではなく、受け取る側になりますよ」

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