表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/80

第34話 秘密を知る夜(1)

# 第34話 秘密を知る夜


 病院の自動ドアが閉まる音が、背後で静かに響いた。


 外に出ると、昼間の熱気は少しだけやわらいでいた。八月の夕方。空はまだ明るいが、西の端からゆっくりと橙色に染まり始めている。さっきまで病室に満ちていた笑い声が嘘みたいに、外の空気は静かだった。


 青は一度だけ病院の建物を振り返った。


 陽葵のいる病室の窓は、このあたりだったはずだ。


 ここから姿は見えない。けれど、きっと今もあの部屋で、今日のことを思い出しているのだろう。結愛の話に笑っていた顔。花火大会の約束に目を輝かせていた顔。帰るとき、少しだけ寂しそうにしながらも、最後にはちゃんと笑っていた顔。


 胸の奥が、じんわりと温かい。


 同時に、その温かさが少しだけ苦しかった。


「青ー」


 横から声が飛んできて、青は振り返った。


 結愛が、いつもの調子で片手をひらひらと振っている。隣には紬、そして少し後ろに凛花。


「何ぼーっとしてんの」


「別に」


「出た、それ」


 結愛が呆れたように笑う。


「今日は陽葵ちゃんに『別に』キャラだってバラされたんだから、ちょっとは別の返し考えなさいよ」


「そうか」


「ほらまた!」


 紬がくすくすと笑った。


「でも、青先輩らしいです」


「らしいわね」


 凛花も小さく頷く。


 結愛は手を腰に当てて、大げさにため息をついた。


「まったく、今日の主役は陽葵ちゃんだったはずなのに、最後の最後で『俺は年上派だ』発言をぶっこんで全部持ってくんだから」


「持っていってない」


「持っていったっての」


 結愛がにやりと笑い、凛花と紬の顔を順番に見た。


「ねえ、凛花、紬ちゃん。あれ絶対本音入ってたよね?」


「……どうかしら」


 凛花は平静を装うように答えたが、耳が少しだけ赤い。


 紬は素直に言った。


「本音っぽかったです」


「紬」


「すみません」


 謝っているのに、全然悪いと思っていない笑顔だった。


 青はため息をつく。


「お前ら、いつまでその話を引っ張るんだ」


「えー、だっておいしいもん」


「おいしくない」


「私はちょっと気になります」


 紬が小さく手を挙げる。


「どんな年上が好みなんですか?」


「聞かなくていい」


「え、聞きたいです」


「俺は聞かれたくない」


「そこをなんとか」


「なんとかならない」


 そんなやり取りに、結愛が声を立てて笑う。


「青が押されてるの、レアだわ」


「身内相手で消耗したあとだからだ」


「言い訳してる」


「してない」


 病院から駅へ向かう道は、夕方ということもあって人通りがそこそこあった。買い物帰りの人、部活帰りらしい学生、犬の散歩をしている人。日常の中に、自分たちも溶け込んでいく。


 少し歩いたところで、紬がふと立ち止まった。


「あ、私、こっちです」


 交差点の向こうを指さす。


「今日はありがとうございました。陽葵ちゃん、すごく可愛かったです」


「そうだな」


「あと、青先輩」


「なんだ」


 紬は少しだけいたずらっぽく笑った。


「年上派、覚えておきますね」


「忘れろ」


「無理です」


 即答だった。


 結愛が吹き出す。


「紬ちゃん強っ」


「では、また学校で」


 紬はぺこりと頭を下げてから、軽い足取りで去っていった。スカートの裾と長い髪が夕方の風に揺れる。


 その背中を見送ったあと、結愛が次に足を止めた。


「じゃ、あたしもここだわ」


 駅へ向かう大通りから少し外れた方向を親指で示す。


「今日はありがとね、青」


「礼を言うのはこっちだ」


「ん」


 結愛は一瞬だけ、からかいではない柔らかい顔をした。


「陽葵ちゃん、すっごい楽しそうだった」


「……ああ」


「それにさ」


 そこでまた、結愛らしい笑みに戻る。


「凛花ちゃんもいたし、ちょうどよかったじゃん」


 凛花が目を瞬かせる。


「ちょうど?」


「うん。青って変に溜め込むとこあるし。たまにはちゃんと話しなよ、ってこと」


「結愛」


「なに?」


「余計なお世話」


「知ってる」


 結愛は悪びれもせず笑った。


 それから凛花のほうへ少し顔を寄せて、小さな声で言う。


「じゃ、あとは任せた」


「……何をよ」


「さあ?」


 凛花がわずかに頬を染める。結愛はそれを見て満足そうに口角を上げた。


「青」


「なんだ」


「凛花ちゃん、ちゃんと駅まで送ってきなよ」


「駅までは同じ方向だ」


「そういうことじゃないっての」


 結愛は最後に手を振ると、くるりと背を向けた。


「じゃあねー。また月曜!」


 明るい声が遠ざかっていく。


 あとに残ったのは、青と凛花の二人だけだった。


   ◇


 さっきまで四人で歩いていた道が、急に広く感じられた。


 夕暮れの風が、わずかに涼しい。


 結愛も紬もいなくなって、周囲の音が一段階だけ遠くなる。車の走る音、信号機の電子音、どこかの店から聞こえる食器の触れ合う音。それらの間を縫うように、二人の足音だけが静かに続いていた。


 沈黙が続く。


 けれど、不思議と気まずくはなかった。


 病院を出た直後の、あの小さな余韻がまだ残っているからかもしれない。陽葵の笑顔。花火大会の約束。帰り際の「今日は、すごく楽しかった」という言葉。


 どちらからともなく、そのことを思い返しているような空気だった。


 しばらくして、先に口を開いたのは凛花だった。


「青」


「なんだ」


 青は前を向いたまま答える。


 凛花は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。


「……外出許可が必要ってことは」


 さらに一歩分の間。


「陽葵ちゃん、相当悪いの?」


 足が、ほんのわずかに止まりそうになった。


 青は表情を変えないまま、視線だけを少し下げる。


 その問いは、いずれ来るだろうと思っていた。凛花は勘がいい。今日の病室での会話だけでも、いくつかのことには気づくだろうとわかっていた。


 それでも、実際に聞かれると胸の奥が小さく固くなる。


「……凛花が心配することじゃない」


 出てきた言葉は、思ったよりも冷たかった。


 自分でも少しだけわかった。


 これは拒絶ではない。


 ただ、うまく触れられたくないだけだ。

 口にしてしまえば、現実の形がはっきりしてしまうから。


 凛花は怒らなかった。


 むしろ、その返答を聞いて、余計に表情をやわらかくした。


「心配するわよ」


 真っ直ぐな声だった。


「青には、いろいろ助けられたし……」


 少しだけ視線を落とし、それからまた青を見る。


「それに、陽葵ちゃんはあなたの大事な妹なんでしょう?」


 青は何も答えない。


 夕方の風が吹いて、凛花の銀髪を静かに揺らした。


「もしかして……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ