第11話 中間試験
# 第11話 中間試験
五月。
星嶺高校では、いつもと少し違う朝を迎えていた。
空はよく晴れている。
だが、登校してくる生徒たちの表情はどこか硬い。
理由はひとつ。
**中間試験。**
進学校である星嶺高校にとって、試験はただの学校行事ではない。
順位は掲示板に張り出される。
つまり、自分の実力が学校中に公開されるということだ。
三年生にとっては、進路にも関わる重要な試験でもある。
そのため、校門をくぐる生徒の多くが参考書や単語帳を片手に持っていた。
「やばい……」
校舎の階段を上がりながら、葉山颯が呟いた。
「なにがだ」
隣を歩いていた氷凪青が聞く。
「全部だよ」
葉山は遠い目をしていた。
「数学、英語、古文……」
「俺の未来が全部やばい」
青は淡々と言う。
「勉強不足だ」
「冷たい!」
葉山は振り返る。
「普通このタイミングで親友は励ますだろ!」
「励ましても点数は上がらない」
「合理主義すぎるだろ……」
教室に入ると、すでに多くの生徒が席についていた。
普段なら雑談が飛び交っている時間だが、今日は様子が違う。
単語帳をめくる音。
ノートを見返す音。
シャーペンのノック音。
教室全体がどこか張りつめていた。
葉山は机に突っ伏す。
「終わった……」
青は席に座り、鞄からノートを出す。
「まだ始まってない」
「俺の人生が終わったんだよ!」
その時、横から声がした。
「朝からうるさいなー」
黒金結愛だった。
椅子を少し後ろに引きながら笑っている。
金メッシュの入った髪が光を受けて揺れた。
「だって数学無理だって!」
葉山が言う。
結愛は肩をすくめた。
「昨日ちゃんと勉強すればよかったじゃん」
「したよ!」
「三十分だけ!」
「それ勉強って言わないから」
葉山は青を指差す。
「青が勉強会してくれないのも悪い!」
青はノートを見たまま言う。
「自力でやれと言った」
「鬼!!」
結愛が笑う。
「まぁでも青って、試験前でもいつも通りだよね」
「緊張とかしないの?」
青は少し考えた。
「する意味がない」
「え?」
「緊張しても点数は変わらない」
葉山が頭を抱える。
「合理主義モンスターだ……」
そのとき。
教室の前の席。
静かに問題集を読んでいる生徒がいた。
雪城凛花。
銀髪の長い髪を背中に流し、姿勢を崩すことなく机に向かっている。
その姿は、どこか周囲と空気が違った。
「やっぱすごいよな雪城」
後ろの席の男子が小声で言う。
「ずっと勉強してる」
「学年一位だしな」
凛花は特に周囲を気にする様子もなく、ページをめくった。
青は一瞬だけその様子を見る。
無駄な動きがない。
集中している。
(さすがだな)
その時、教室のドアが開いた。
担任の如月雫が入ってくる。
ピンク系の髪を後ろで軽くまとめたクールな雰囲気の教師だ。
「席についてください」
その一言で、教室の空気が変わる。
ざわついていた生徒たちが一斉に席に戻った。
葉山も慌てて姿勢を正す。
「やばい……」
「手が震える……」
結愛が呆れる。
「大げさすぎ」
如月は静かに問題用紙を配り始めた。
紙が机の上に置かれていく。
その音だけが教室に響く。
そして。
配り終えたあと。
如月が言った。
「始め」
一斉に紙をめくる音がした。
青は問題用紙を見る。
全体をざっと確認する。
(基礎問題が多いな)
難易度は高くない。
青はすぐにペンを動かし始めた。
迷いはない。
必要な計算だけをして、答えを書く。
無駄な時間は使わない。
数分後。
青はすでに次のページに進んでいた。
前の席。
凛花は丁寧に問題を解いている。
途中でふと視線を上げた。
青の解答用紙がかなり埋まっているのが視界に入る。
(早い……)
ほんの少しだけ思う。
だがすぐに問題へ意識を戻した。
一方。
葉山はというと。
(なにこれ)
(見たことある気がするけど思い出せない)
(日本語だよな?)
完全に止まっていた。
結愛は眉をひそめながら計算している。
「うーん……」
小さくつぶやきながら式を書き直す。
やがて。
「終了」
如月の声が響いた。
一斉にペンが止まる。
葉山が机に突っ伏した。
「終わったあああ……」
結愛が言う。
「まだ一時間目だから」
「精神的に終わった!」
休み時間。
教室が一気にざわつく。
「数学やばくない?」
「最後の問題無理だった」
そんな声があちこちで聞こえる。
葉山が青の机に寄ってきた。
「青どうだった?」
「問題ない」
結愛が笑う。
「それ聞く意味ある?」
葉山は肩を落とした。
「ない……」
その間も。
凛花は席で静かに問題を見直している。
自分の計算を確認していた。
青は一瞬だけその様子を見る。
会話はない。
だが、どこか静かな緊張感があった。
その後も試験は続いた。
英語。
古文。
時間が進むにつれて、生徒たちの集中力は少しずつ削られていく。
葉山は完全に限界だった。
「もう無理……」
結愛が言う。
「まだ一教科あるから」
青は淡々と言った。
「あと一時間」
葉山は天井を見る。
「地獄だ……」
そして。
最後の試験。
「終了」
如月の声が響いた瞬間。
教室の空気が一気に緩んだ。
葉山が立ち上がる。
「終わったあああ!!」
「解放!!」
結愛が笑う。
「うるさいって」
青は鞄をまとめて立ち上がった。
「帰る」
葉山が驚く。
「早っ!」
「試験終わったばっかだぞ」
「残る理由がない」
結愛が青を見る。
「青」
「なんだ」
「今回どう?」
「問題ない」
結愛は苦笑した。
「はいはい、天才」
前の席。
凛花が静かに鞄をまとめていた。
青が視線を向ける。
ちょうど凛花も立ち上がる。
一瞬だけ目が合う。
凛花は軽く会釈した。
青も小さくうなずく。
それだけだった。
葉山が言う。
「結果怖い……」
結愛
「今さらでしょ」
青
「気にしても変わらない」
葉山
「合理主義め!」
教室を出ると、廊下には試験を終えた生徒たちがあふれていた。
どこか解放された空気が流れている。
星嶺高校の中間試験は、こうして終わったのだった。




