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星嶺高校の氷凪くんは、たぶん恋を知らない。~恋愛偏差値0のアオが、学年1位の美少女とギャルを救い救われる話~  作者: にめ
1学期:紬の悩み

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第6話 もう一度、教室へ

# 第6話 もう一度、教室へ


「じゃあ」


 氷凪青は静かに言葉を続けた。


「明日、学校に来られるか」


 紬は一瞬だけ顔を上げた。


 けれど、その視線はすぐに床へ落ちる。


「……無理です」


 答えは早かった。


 迷ったというより、反射に近い。


 青はその反応を否定しなかった。


「教室が怖い?」


 紬は小さくうなずく。


「はい……」


 それはとても素直な答えだった。


 部屋の空気が静かになる。


 窓の外では、夕方の光がゆっくりと薄れていく。


 紬の部屋は思ったより整っていた。


 本棚には漫画がぎっしり並んでいる。


 少年漫画、少女漫画、ライトノベル。


 机の上には参考書とノート。


 開きっぱなしの数学の問題集。


 勉強を完全に諦めた部屋ではない。


 青はその机を見ていた。


 学校に行っていなくても、勉強は続けている。


 それだけで、この少女がどんな性格か少し分かる気がした。


 青は少しだけ考えてから言った。


「じゃあ、教室には行かなくていい」


 紬が顔を上げた。


「え?」


「最初から教室に行こうとするから怖くなる」


 青の声は落ち着いていた。


「だから最初は別の場所に来ればいい」


「別の場所……?」


「生徒会室」


 紬は目を瞬かせる。


「生徒会室?」


「朝、そこに来ればいい」


 青は続けた。


「雪城会長もいる」


「如月先生も近くにいる」


「教室より人は少ない」


 紬は黙った。


 頭の中で想像している。


 教室ではない場所。


 クラスメイトもいない。


 静かな部屋。


 それなら——。


「そこから少しずつ戻ればいい」


 青が言った。


「無理に全部戻る必要はない」


 紬は机の上のキーホルダーを見つめた。


 漫画のキャラクター。


 普段はクールで、仲間のために怒るキャラだとさっき説明していた。


 紬は小さくつぶやく。


「でも……」


「みんな、私のこと嫌ってます」


 青は少しだけ首を横に振った。


「嫌ってるとは限らない」


「え?」


 紬は驚いた顔をする。


 青は静かに続けた。


「クラスの中心が一人いる」


「その人が空気を作ってる」


 紬はすぐに思い当たった。


 相沢。


 クラスの中心にいる女子。


 周りの女子は、いつも彼女の反応を見て動く。


「周りは合わせてるだけ」


 青は言った。


「空気に」


 紬は少し考え込む。


 確かに。


 よく思い返してみると、誰かが直接ひどいことを言ったわけではない。


 ただ——。


 話しかけてくれない。


 視線をそらされる。


 それだけ。


 それだけなのに、教室にいるのが怖くなった。


 紬は小さく言った。


「最初の日は……まだ平気だったんです」


 青は黙って聞く。


 紬は少しずつ思い出すように話した。


「朝、教室に入ったら……みんな普通だったんです」


「でも、私が席に座ったら」


「なんか……空気が変わって」


 紬の声が少し震える。


「挨拶しても返事がなくて」


「昼休みになっても誰も話しかけてくれなくて」


「一緒にご飯食べてた子も……どこか行っちゃって」


 紬は俯く。


「最初は気のせいだと思ったんです」


「でも次の日も、その次の日も」


「同じで……」


 指先が少し震えていた。


「教室にいるだけで苦しくて」


「昼休み、ずっとトイレにいました」


 青は最後まで聞いた。


 途中で止めない。


 否定もしない。


 紬が話し終わるまで待つ。


 それから、静かに言った。


「つらかったな」


 たった一言。


 それだけだった。


 けれど紬の目から涙がこぼれた。


「……はい」


 青は机の上のティッシュ箱を取り、紬に差し出した。


 紬は涙を拭きながら言う。


「でも……どうしたらいいか分からないんです」


 青は少し考えた。


 そして言う。


「じゃあ、作戦を立てよう」


「作戦?」


「一人で戻る必要はない」


 青は続けた。


「明日、俺も行く」


 紬は驚いた。


「え?」


「一緒に説明する」


「でも……聞いてくれません」


 紬は首を振る。


 青は静かに言った。


「聞かせる」


 短い言葉。


 けれど不思議と自信があった。


 紬は少し笑う。


「先輩って……すごく落ち着いてますね」


「普通です」


「全然普通じゃないですよ」


 紬は少しだけ笑った。


 青は少しだけ肩をすくめる。


「可能性の話をしてるだけだ」


 それから、青は紬に近づいた。


「一つ方法がある」


「方法?」


 青は紬の耳元で小さく説明する。


 紬の目が大きくなった。


「え……そんなこと……」


「できる」


 青は言った。


 紬はしばらく黙る。


 それから。


 ゆっくりとうなずいた。


「……やってみます」


 数分後。


 部屋の扉が開いた。


 青と紬が廊下に出る。


 そこには凛花と如月先生、そして紬の母親が待っていた。


 母親は不安そうな顔をしていた。


「紬……」


 紬は少し照れくさそうに言う。


「お母さん」


「雫ちゃん」


「心配かけてごめんなさい」


 母親の目が潤む。


「紬……」


 紬は小さく言った。


「明日……学校行く」


 母親は口を押さえた。


「ほんとに……?」


 紬はうなずいた。


 凛花は驚いて青を見る。


 帰りの車の中。


 外はすっかり暗くなっていた。


 街灯が道路を照らしている。


 凛花が言った。


「氷凪くん」


「どうやって説得したの?」


 青は窓の外を見ながら答える。


「普通に話した」


 凛花は疑う。


「嘘」


 青は肩をすくめた。


「まだ何も解決してない」


「え?」


 凛花が聞き返す。


 青は静かに言った。


「問題は明日だ」


 その頃。


 紬の部屋。


 机の上には漫画のキーホルダー。


 制服が椅子にかかっている。


 紬はベッドに座り、それを見つめていた。


 久しぶりの学校。


 怖くないわけじゃない。


 でも。


 今日は少しだけ違った。


 あの先輩が言った。


「一人で戻る必要はない」


 その言葉が、ずっと頭に残っている。


 紬は制服に手を伸ばした。


「……行こう」


 小さな声だった。


 けれど、その声は確かに前を向いていた。


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