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第4話 世間知らずでごめんなさい

※2023/12/29 王子の名前がKevinケヴィンに変わりました

 リーゼロッテは、ケヴィンとの婚約生活十二年間のうち、実に十年間を罵倒されて生きてきた。


 その大半はケヴィン自身の薄っぺらい自尊心を守るための無根拠なものであったと判明したが、いくつかは今でも事実だと感じている。そのうちのひとつが「お前は公爵令嬢であるうえに幼い頃から王子の婚約者であったせいで世間知らずだ」というもの。


「……よって、リゼ・ノエレを帝国騎士に叙する」


 どこか苦々し気な騎士団長から帝国騎士の剣を授けられながら、リーゼロッテは内心冷や汗を流していた。なお、名前は長く使っている偽名だがそれは大した問題ではない。


(多分、いや間違いなく、空気の読めないことをした)


 直前に出会ったシュトルツのお陰で、確かに闘技大会に出場することはできた。略綬りゃくじゅを見せられた受付の従騎士がゲッと顔をひきつらせたのはさておき、リーゼロッテは問題なくトーナメントに出ることができたし、ズルをすることもなく順調に勝ち進んだ。


 が、どうやら決勝で当たったナーハ大騎士に勝ってはいけなかったらしい。


 しまった……。リーゼロッテはうやうやしく頭を下げ剣を手にしたまま顔面に力を入れる。確かに、ナーハ大騎士は決勝のわりに消耗していないし、妙に余裕ありげだとは思ったのだ。ただ、大騎士なのに剣が軽いから、見た目のわりに疲れているのだと勝手に納得していた。それが間違いだった。


「リゼ・ノエレと言ったな」

「はい、そうですが……」


 おそるおそる振り向くと、やはりナーハ大騎士が立っていた。彼は鼻息荒く「貴様、出自はどこだ」とずんずん歩み寄ってきた。


「ノエレ家など聞いたことがない。どこの国の出身だ」


 聞いたところでどうするのか。リーゼロッテは真面目に怪訝な顔をしてしまったが、答えないわけにもいかない。


「……平民の出身で、姓は飾りのようなものですから、ご存知ないのも当然かと」


 ふん、とナーハ大騎士はその大きな鼻を鳴らす。


「魔力増強剤でも飲んで挑んだか。田舎者は知らんかもしれんが、闘技大会で増強剤の類を用いるのは格好が悪いぞ」


 じっとリーゼロッテはナーハ大騎士の表情や仕草を観察する。どうやら勝ってはいけなかったということも含めて考えれば、その性格はごく単純だ。


(この手の男は自分が負けた理由と相手を見下す言い分がもらえれば満足なのよね……)


 ケヴィンに「お前はにこにこ笑ってばかりで少しは気の利いたことでも言えないのか」と罵倒され、商家で働かせてもらったときのことを思い出す。あのお陰で、単純な人間なら初対面でもある程度その性格を把握し、おだてたり懐柔かいじゅうしたりできるようになった。


 つまり、ナーハ大騎士という闘技大会で八百長やおちょうを働きたいほどお高いプライドの持ち主をこの手のひらで操るなど容易たやすい。


「いえ、意図したつもりはなかったのですが……私はシメーレ国から参っております。帝都に着くまでに栄養になるものはとなんでも口に入れました……魔獣の肉も含めて。妙に調子がいいとは思っていたのですが、そのせいだったのやもしれません」


 シメーレ国は半分未開の地、帝都ナハティガルの人間からすればその国の人間は野蛮人に等しい。つまり、格好の見下し相手なのだ。


 それでもって、魔獣の肉は不味まずくて到底食えたものでない上に、魔力に悪酔いする粗悪な食糧だ。そんなものを食らったと言えば「貧乏です」と言っているようなもの。


「しかし、ナーハ・アームング大騎士殿がお優しい方で助かりました。私が貧しい出自の少女と知り、帝国騎士になる機会をくださったのでしょう。お心遣い痛み入ります」


 あとはナーハ大騎士がわざと負けてあげた(・・・)理由。それを付け加えて頭を下げた。


 すると、ナーハ大騎士は「あ、ああ、まあそうだな」とその大きな顔に複雑そうな、しかし喜色を浮かべた。


「シメーレ国から身一つで来た者をみすみす手ぶらで返してやるのは可哀想であるしな。ところで魔獣の肉はどうだ、美味うまかったか」

「いえ、到底美味(おい)しいとは言えませんでしたが、生きるために慣れておりますから」

「……フン。まあ、私の温情に恥じぬよう活躍することだな」


 リーゼロッテに侮蔑ぶべつの目を向けて満足し、ナーハ大騎士は背を向ける。ほっ、とリーゼロッテは胸を撫で下ろした。


(いきなり面倒なことになったかと思ったけれど、これで第一歩)


 毎年第一部隊の大騎士が優勝すると決まっている、という話をもっと深く考えるべきだった。リーゼロッテはまたケヴィンの言葉を思い出す。お前はもっと相手の言葉を読んでみたらどうだ――。


「こんにちは、リゼ・ノエレ」


 そんなリーゼロッテの耳に、覚えのある声が届く。振り向くと、手を振りながら歩み寄ってくるシュトルツがいた。その隣には銀髪の騎士もいたが、リーゼロッテに声をかけたのはシュトルツだけであるし、リーゼロッテが用があるのもシュトルツだけであったため、リーゼロッテが彼に視線を向けることはなかった。


「シュトルツ様、朝は略綬をお貸しいただき、ありがとうございました。お陰様で無事に出場できましたし、このとおり帝国騎士にも叙していただくことができ」

「ああ、うんうん。堅苦しい挨拶はよくてね、うんうん」


 略綬を差し出すと、まるでお菓子でもつまむようなぞんざいな仕草で受け取られる。遮られたリーゼロッテはきょとりとこれまた目を丸くしたが。


「騎士叙任おめでとう。改めまして、シュトルツ・アハ・モントです。よろしくね」


 それがアインホルン王国の王子の名だと知り、その目をこれでもかというくらい大きく見開き。


「それから、こっちがギルベルト・アハト・クラフト」


 続いて、フェーニクス帝国皇子の名に「はい?」と遂に素っ頓狂な声を上げた。


「ナーハ・アームング大騎士に嫌われちゃったからね、きっと俺達と同じ第十三部隊所属になるよ。よろしくね」

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