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第3話 忖度は読めるだけです

「今年は誰が優勝するかなあ」


 城の中から闘技場を見下ろしながら、シュトルツは頭の後ろで腕を組んだ。夜半の月のように輝く金髪が春の風にそよぎ「お昼寝でもしたくなるよね」とそのまま呑気のんきに目を細める。その目は夏の夜空の色だ。


「……別に誰でも構わんだろ。ただのお遊戯ゆうぎだからな」


 心底興味なさそうに、ただししっかりと含みを持たせてギルベルトは相槌を打つ。白刃はくじんのように煌めく銀色の髪は、風に吹かれて一瞬表情を覆い隠す。はらはらと髪がもとに戻っても、冬の日差しのように淡いオレンジ色の瞳には、やはり興味など欠片かけらも宿っていなかった。


「ま、今年も忖度そんたくしまくりのナーハ・アームング大騎士優勝と相場は決まってるからね」


 その意味でごもっともだ、とシュトルツは嘯いた。隣を歩くギルベルトはいつもの無愛想な顔つきのまま、闘技場に視線すら向けない。


 そんな2人の前方からやってきた王城のメイド達は、ほんのり頬を染めめながら歩くスピードを緩める。2人が気付かないふりをしてすれ違えば、悲鳴にも似た黄色い声が囁き始めた。


「シュトルツ様とギルベルト様よ」

「相変わらずお美しいわ……シュトルツ様なんて、まるで月の女神みたい」

「女神ねえ……」


 自分の顔が中性的とは知っているものの、そんなに女性らしいだろうか。シュトルツはひげもない自分の顎を撫でると「その顔で髪を伸ばせばそうなるだろう」と冷ややかな相槌を打たれた。髪を伸ばしていた頃、月夜の湖で酒を飲んでいたら「月の女神」と間違えられてしまったことがある。以来、面倒でも短く切りそろえることにはしているのだが、一度二つ名がつくとイメージを払拭ふっしょくするのは難しい。


 そのまま耳を澄ませていると「一度でいいから微笑んでもらえないかしら」「無理よ、拝顔できるだけで光栄に思わなければ」とまさしく神になったと勘違いしてしまいそうなほどたたえられていた。


「ギルベルト様は彫像のようよね。あんなにお顔の整った男性なんてお会いしたことがないわ」

「本当に……透き通るような髪の色もあって氷の彫像のよう……」

「そういえばほら、王城に出入りしていた彫刻家の方、最近見かけないでしょう? ギルベルト様のお顔を見て、あまりの美しさにショックを受けて、ご自身の作った彫像を叩き割ったんですって」

「ブッ」


 希代きたいの彫刻家に自信を失わせるほどの美貌、そう聞いたシュトルツは笑いをこらえることもせずに吹き出した。


「そうか……ギルは遂に芸術家を惑わすようになったのか」

「人聞きの悪い。勝手に他人の顔を見て勝手に自信喪失するなどもとより芸術家に向かないんだ……」


 そんなとき、闘技場がワッとく。シュトルツが「あれ、どしたんだろ」と覗き込めば、さすがのギルベルトもつい足を止めて視線も向けた。たちまち、会場が騒然とした原因が明らかになる。


 フ、とギルベルトは意地悪そうに鼻で笑った。


「大騎士様が負けているじゃないか。どこのどいつだ、忖度できなかった阿呆あほうは」

「だな。一体何事……」


 それがまさしく想定外であったらしい、というのは、2人まで届くほどの「貴様どこの隊の所属だ!」と怒声を響かせているのを聞けば明白だった。


 2人が見下ろした先では、件の大騎士がそのまなじりを鋭く吊り上げ、獣のように歯を見せながら顔をしかめていた。その向かい側には、大騎士の3分の1ほどしかなさそうな若者が「いえどこにも」と甲高い声で返事をしている。


 その若者は帝国騎士の団服を着ていないし、全体的に小汚くみすぼらしい見た目をしていた。他に分かることといえば、散切りの青い髪をしていることくらいだ。


「……なんだあれは」


 ギルベルトは眉を顰めるが、対照的にシュトルツは、目を瞬かせた後は笑みを作った。


「確かに、どこのどいつだろう」


 この子の名前はシャインと言います――そう告げた彼女の顔を思い出す。


「なんだ、知り合いか」

「知らないよ、だからどこのどいつだろうって言ったじゃないか」

「その顔で“知らない”は無理がある」

「馬を頼まれたんだ」

「……はあ」

「多分帝都の人間じゃない。馬に乗って来たんだろうね、髪も服も酷い有様だった。思わず金子きんすを差し出すところだったよ」

「お前がそんな人間みたいなことをするわけないだろう、冗談はいいから要点だけ話せ」

「要点もなにも、どうやら馬が邪魔で、でも野放しにするのは可哀想だから帝国騎士に預けることにしたらしい、ってこと以外分からないよ。ああでも、どこぞの貧乏平民かと見紛うわりには立ち姿に隙がなかったんだ、彼女(・・)は」

「……彼女?」


 まさか、と珍しく表情を変えたギルベルトが闘技場を覗き込む。いや、この距離ではその若者が男女どちらかなど判別はできなかった。


「……間違いないのか?」

「なにをそう驚くんだ、帝国騎士には女もいるじゃないか」


 騎士としての強さは、単に身体の大小や筋力で決まるものではない。剣ひとつ振るうのにも魔力が必要なこの世界では、魔力次第で少女が成人男性を跳ね飛ばすこともざらだ。そしてその魔力の根源は血統による――つまり、この世界では血筋が物を言う。


 だから男も女も関係はないが、それはあくまで理屈の話だ。実際に帝国騎士になる女性はごく僅少きんしょうであるし、そもそも男の帝国騎士を絶好の婿がねと狙っているだけの者が多いのが現実。


「……女が、大騎士をね」


 しかし、目の前でぽっと出の少女が大騎士を負かしてしまったのも現実。誰もが忖度しているとはいえ、ナーハ・アームング大騎士に相応の実力があるのは確かなのだが。


「……叙任式が行われるな。顔を出すか」

「あれ、珍しい。どういう風の吹き回しで?」


 最初のコメントのとおり、闘技大会なんて「くだらない」の一言でいつも見学を決め込んでいるくせに。シュトルツがそう笑うと、ギルベルトは「お前だって気になるんだろう」ともう一度地上へ視線を向ける。


「それに、もうすぐ部隊編成が変わる。ナーハのクソ野郎に嫌われた女なら、遅かれ早かれ同じ部隊になるはずだ」

「それもそっか」


 カツン、カツンと石を打つ足音と共に、2人分の紫色のマントが回廊に翻った。

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