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淡々としているものの、すごく透き通った声。
初めて聞く彼女の声は聞き惚れてしまってもおかしくないくらい綺麗なものだったんだけど、その内容がそうはさせてくれなかった。
「ど、ドラマにでてほしい……?」
彼女が告げたそれは、この部屋を使うための条件なのだろう。
それは理解できたものの内容があまりに突拍子がなさ過ぎて、思わずオウム返しをしてしまった。
「そう、ドラマ。あなたと紅葉にキャストとして出演してほしい」
灰田さんからは、さっきとほぼ変わらない言葉が返ってくる。
もう少し情報をください!
「ドラマって、俳優さんが出て、テレビで放送されるような、あのドラマ?」
「私が作るのはあれらとは比べるのもおこがましいくらい小規模なものだけど、概ねその理解で間違いない」
「え、作るの?ドラマを?灰田さんが?」
「そう。私、放送部だから」
「んん?」
放送部だからとはどういうことか。ピンと来ていない僕の様子に気が付いた白石さんが補足をしてくれた。
「あの、先輩。放送部ってアナウンスとか朗読とかをするアナウンス班と動画とか音声作品をつくる機材班に分かれてるんですよ。それで放送部唯一の機材班が沙枝ちゃんなんです」
「あ、そうなんだ……。全く知らなかったや」
放送部と言えば体育祭の実況とか文化祭でのアナウンスが主な仕事だと思っていたけど、どうやらそれだけというわけではないらしい。
「というか先輩高1で外部生ですし、去年うちの学校説明会とか来てたんじゃないです?」
「うん?それは行ったけれども……」
急に学校説明会の話を持ち出してきた白石さん。
なにがというかなのかはわからないが、僕もここに入学しようと考えた以上、学校説明会には出席した。
「じゃあその時、学校の紹介映像みたいなの見せられませんでした?」
学校紹介映像……確かにあった。
それをすぐに思い出せたのは、その完成度があまりに高く、鮮烈に印象に残っていたからだろう。
当時の僕は、中学時代の自分を知る人が誰もいないような高校へ進学することが目標で、それを満たす学校ならどこでもいいくらいのつもりでいたんだけれど、あの映像をみて西鶴高校を第一候補にした程度にはよくできていた。
「あー!あったあった!やたらクオリティが高くてさ!僕、あの映像見て西鶴への進学を決めた――ってまさか……?」
この会話の流れは、そういうことなのだろうか。
灰田さんの方を見てみると、心なしか得意げな顔をしている……気がする。
どうやら僕の推測は当たっているらしい。
「お察しの通り、あの映像は沙枝ちゃんが作ったものなんですよー!すごいですよね、沙枝ちゃん動画編集とかそういうのがめちゃくちゃ得意で、学校とか生徒会からの依頼を受けてああいうのちょくちょく作ってるんです」
「めっちゃすごいね!?あんなすごい映像が学生作とは思わなかったよ……」
てっきりプロの大人が作ったものだとばかり思っていたけれど、まさか自分より年下の子の手によるものだったとは。
あんなに素敵なものを作れる灰田さんには称賛しかない。
「ふ、褒められて悪い気はしない。それで、私が映像を作っていることは理解した?」
「それはもう」
「それはよかった。それで、私が次に作ろうと思っているのがドラマ作品。でも、ドラマを私一人で作るのは……できなくはないけれど、今回作りたいものとは少しズレる。だから、あなたと紅葉にキャストをしてほしい」
……なるほど。
灰田さんの事情は理解できたけれど、それじゃあ素直にうんと頷けるかというと微妙なところだ。
「えっと、灰田さん。それって演劇部とかに頼んだ方がいいんじゃないかな?」
学校紹介映像のクオリティを思えば、灰田さんの映像を作る技術は間違いなく本物なのだろう。
だからこそ、そんな彼女が扱う素材が自分というのは非常にもったいない気がしてならない。
演劇部とか、その辺の本職に頼んだ方が絶対いい気がする。
そう素直に尋ねてみたところ、彼女はゆるゆると首を振った。
「撮影を予定してるのが、演劇部は大会に向けて一番忙しい時期。頼むのは気が引ける。そうじゃなかったとしても……まあいい。とにかく私はあなたと紅葉に出てほしい」
灰田さんが途中で言い淀んだのが少し気になったものの、演劇部には頼みづらい状況らしい。
「だとしても、僕って演技とかしたことないし正直不安なんだけど……」
「その点については心配いらない。私が一番魅せたいのは映像制作の技術であって、役者の演技力は二の次。全く重要じゃないとは言わないけれど、そう身構えなくてもいい。それにあなたは演技、得意そうだけど」
「っ!?」
見透かすような視線。
淡々とした、ただの事実を告げただけといったその言葉は、僕を凍り付かせるには十分だった。
演技が得意そう、とはどういうことか。
自分で言うのもなんだけど、今日この部屋にきてからボロらしいボロは出していないと思う。いない……はず。え、いないよね?
灰田さんという予想外の人物がいたことで、多少てんぱりこそしたものの、それを普通の範疇で押しとどめ取り繕うくらいのことはできていたはずだ。
それすらできないようであれば僕の学校生活はとうに破綻している。
他意なく褒めてくれたのを、僕が邪推してしまっただけか?
発言の深読みをするあまりフリーズした僕を前に、灰田さんは小さくため息をついた。
「言っておくけど、私は素のあなたがどんな人なのかは知らない。興味もない。そもそも、たいていの人は大なり小なり自分をよく見せようとしながら生きているもの。あなたの場合はそれがだいぶ過剰と言うか、極端な感じがしたから、つい言ってしまっただけ。だから、そんなに身構えないでほしい」
「あ、ああ……そうなんだ……ごめんね、変な態度とっちゃって……」
「沙枝ちゃん、観察力とか勘の鋭さが常人離れしてるんですよねぇ……。そのうえ、思ったことをためらいなく口に出すので相手を驚かしてしまうことが少なくないっていうか……」
いまだ混乱の最中にいて返事がぎこちなくなってしまった僕をフォローするように、どこか疲れた様子で白石さんがそう言った。その様子を見るにこういうことはよくあるみたいだ。
正直いまだに心臓がドキドキしているくらいには驚いたのだけど、いつまでも動揺しているのも情けない。
灰田さんについては、そういうものだと飲み込むことにする。
「それでドラマ、出てくれる?」
ついさっきのやりとりなどまるでなかったかのように、尋ねてくる灰田さん。
彼女がめちゃくちゃすごくて、だいぶずれている人物だという認識が僕の中で固まりつつあった。
マイペースなその生き方は、他人の目ばかり気にしている僕からすると少し羨ましいかもしれない。
「ああ、うん……なんかさっきのやりとりのインパクトが強すぎてそれくらいならいいやって思えてきたよ……。そもそもこっちはお願いしてる立場なんだし、灰田さんのリクエストにできる限り応えるべきだろうから。白石さんはどうかな?」
僕の問いかけに、白石さんが1つ頷く。であれば、それに異を唱えたりはしない。
僕がドラマに出るのを渋った一番の理由は、自分じゃ文字通り役者不足だと思ったからだ。
それを灰田さんが許容してくれて、落ち着いて白石さんと勉強ができるスペースを提供してもらえるのであれば、多少気が進まないことくらいはやるつもりだった。
「じゃあ、交渉成立。この部室を好きに使っていい」
「ありがとうございます……」
相変わらず灰田さんは無表情だけど、纏う雰囲気がさっきまでと少しだけ違っていて、きっとこれは喜んでるんだろうな、とぼんやり思った。




