前編
小学校高学年に上がると、妹が生まれた。会う人会う人に「もうお兄ちゃんなんだから、しっかりしないとね」と言われるのに、いい加減うんざりしていた。自分の何が変わったわけでもないのに、下に一人増えただけで、急に「お兄ちゃん」という役割を割り振られる。その理不尽さを言葉にする術はまだ持っていなかったが、とりあえず頷いて聞き流しておく、というやり方にだけは、この頃から自然と慣れていった。
引っ越したのは、その少し後の春だった。
新興住宅地、という言葉が、当時はまだ現役だった頃の話だ。東が丘、と名付けられたその地区は、名前とは裏腹に丘ではなく、少し前まで河原だったらしい土地が碁盤の目に区画整理され、同じようなサイズの家が、判で押したように等間隔で並んでいた。庭木はどれもまだ根が定まっておらず、支柱に縛られたまま、頼りなく風に揺れていた。
私の家も、その一角にあった。
細い道路を挟んで向かいの家は、私の家より前の期の分譲だったようで、真新しい、とは言えなくなった門柱の表札には、林原、とあった。
転校初日、教室の前に立たされて名乗らされた私に、誰よりも早く声をかけてきたのは、智子だった。
席は担任が決めた。私の斜め前の一つが、たまたま彼女の席だった。
休み時間になるなり、彼女はこちらに来て、
「どこから来たの?」
とだけ聞いた。前に住んでいた町の名前を答えると、「ふうん」とだけ言って、それで終わりだった。他愛もないやりとりだったが、クラスの中で一番に声をかけてきたのは、彼女だった。
後から知ったことだが、彼女の家は私の家の真向かいだった。窓を開ければ、互いの部屋の明かりが見えるくらいの距離だった。
◇
その年の初夏、帰りの通学路の途中の側溝で、二人は同時に同じ声を聞いた。しゃがんで覗き込むと、コンクリートの底で、まだ目やにのついた子猫が一匹鳴いていた。段ボールも、敷物も、何もなかった。ただ側溝の底に、一匹だけがいた。
「連れて帰ろう。このままじゃ死んじゃう」
と言ったのは彼女で、私はただ頷いただけだった。抱き上げて、彼女の家の物置の隅に置くことになった――というより、彼女がそう決めて、私はそれに従っただけだった。名前は「シロ」になった。白くもなんともない、灰色がかった猫だったが、彼女がそう呼ぶと決めたので、シロになった。
毎日、学校帰りに二人で餌をやりに行くのが日課になった。牛乳をお椀に入れて持っていくと、それだけで一日の締めくくりのような気がした。
一週間ほど経ったある日、物置に行くと、シロはいなかった。飼い主が見つかったのだと、近所の人が教えてくれた。私たちが猫を見つけた、あの側溝のすぐ近くに住む家の人だったらしい。しばらく前からその一角を探し回っていたのだという。
「よかったね」
と私は言った。本当にそう思っていた。すぐ近くに、ちゃんと元の飼い主がいたのだから、それでいいはずだった。
彼女は、その場ではただ「そう」とだけ言った。だが翌日から数日、彼女はどこか口数が少なかった。何がそんなに引っかかるのか、私にはよく分からなかった。すぐ近くの家の猫が、すぐ近くに戻っただけのことだ。そう思っていたのは、たぶん私だけだった。
◇
翌年の一月、テレビがいつもと違う様子になった。どのチャンネルも似たような映像を映し続け、コマーシャルが妙に少ない日が続いた。バラエティ番組は差し替えられ、朝礼では校長先生がいつもより長く、子供にはよく分からない話をした。大人たちが、心なしか声を潜めて話しているのに気づいたのは、もう少し後になってからだったかもしれない。元号が変わったのだということを、私はその意味もろくに分からないまま、ただそういうものとして受け取った。
華やかな時代の、まだ終わりきっていない残照のような日々だったのだと気づくのは、ずっと後のことになる。
◇
秋、学級新聞――壁新聞の締め切りに、私たちの班は間に合わなかった。担任の許可を得て、放課後、続きを誰かの家でやることになった。自分一人の部屋を持っているから、という理由で、林原智子の家になった。もう一人の班員、高野久美子も一緒だった。他の班員の男子は逃げた。
女の子の部屋に入るのは、生まれて初めてのことだった。そのことに、玄関をくぐる瞬間だけ、妙に緊張したのを覚えている。
ぬいぐるみが、数えきれないほど棚や床に並んでいた。ベッドはピンク系の布団カバーで統一されていた。丸いカーペットの上に、白い小さなローテーブルが置かれていて、私たちはそこに模造紙を広げ、糊とマジックで残りの部分を仕上げた。作業は一時間もかからずに終わった。
それ以外に何があったか、正直なところあまり覚えていない。三人で並んで座って、作業をこなした。彼女の部屋に入ったのは、後にも先にもこの一度きりだった。
◇
バレンタインデーの日、学校から帰ってすぐのことだった。ランドセルを下ろしたところでインターホンが鳴り、智子が訪ねてきた。
「はい、余ったからあげる」
差し出されたのは、ハート型の、赤い包装のチョコレートだった。スーパーの特設コーナーに確か百円で並んでいたやつだ。
「ありがとう」
と受け取ると、彼女はそれ以上何も言わず、くるりと踵を返して自分の家へ戻っていった。顔を合わせたのは、ものの十秒くらいだったと思う。
◇
一ヶ月後のホワイトデー、私はスーパーの特設コーナーで、二百円ほどのクッキーの詰め合わせを買った。
放課後、向かいの家まで持っていって渡した。
「ああ、ありがとう」
彼女はそれだけ言うと、そっけなく受け取って、すぐに家の中に入っていった。表情はよく覚えていない。ただ、こちらが多少なりとも身構えていたわりには、それきり何も起きなかった。
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中学に上がった。町に一つしかない中学校は、マイホームブームで引っ越してきた生徒たちでぎゅうぎゅう詰め。クラスは一学年十組もあった。
一年生では智子と同じクラスだったが、一緒に帰ったり、言葉をかわすこともなくなっていた。特に避けていたわけではないし、嫌ったわけでも、多分嫌われたわけでもない。ただ、互いに何も起こさない日々が積み重なって、気づいたときには、それが普通のことになっていた。
やがて二年生になり、智子とクラスが分かれた。
その頃、私は同じクラスの丸顔の女子に片思いをしていた。来る日も来る日も彼女との未来を思い描いたり、体育の時にブルマを直す仕草を眺めたりしながら過ごした。
結局、その子に告白をする勇気もないまま、二年近く、遠くから眺めるだけの日々が続き、初恋は何も実らないまま終わった。
冬、自転車通学の道が凍っていた。前輪が滑り、私はそのまま道端に転んだ。制服のズボンの膝が、少し擦れた程度だ。
起き上がろうとしていると、後ろから声がした。
「大丈夫?」
振り返ると、智子だった。同じ道を、少し離れて自転車で来ていたらしい。
「うん」
それだけ答えて、私は自転車を立て直した。彼女はそれ以上何も言わず、制服の紺のジャンパースカートを揺らしながら、そのまま追い越して先に行った。
それが、中学時代を通じて、私たちが交わした唯一の会話だった。
高校は、智子とは別々の学校に進んだ。
前編 了




