これはただの女子高生だった私がストーカーと『英雄』に出会った頃のお話:DATA 2
コンビニ店内に居続けるとなんだからと移動。
ジャージの男性を引き連れて車の所へ。
私は車内後部座席へ。
父とジャージの男性は社外で話している。
ママンが一緒に後部座席に座ってくれている。
窓からはあのジャージの男性の襟足部分の結んだ先が見えている。
もうかれこれ三十分以上話している。
私も両親も遅刻だ。
しかしどういうわけか、このジャージの男性は両親が勤務している駐屯地に電話をして遅刻、もしかしたら休むかもしれないと伝えた。
何故駐屯地のどこの所属かも言っていないのに彼はそれを把握できたのか、ということでただ者ではないことが分かった。
ママンはロシアに縁のある人物。
それもロシア軍に縁のある人。
そのママンが言うには本物のロシア軍、正確には特殊任務警察支隊のバッジだったと言う。
説得力が違うので、少しだけお話するということで外で話している。
まだパパンは警戒している。
私は普通に怖いと思う。
雰囲気が尋常ではない。
普通の人ではない。
そんな経験などない私が言っても伝わらないかもしれないが、あれは間違いなく、何かしらの地獄を見てきた人間の目だ。
例えばそう、殺しだとか。
軍隊や警察であれば、普通にありえる話だが、実際に経験がありそうな顔をしてそうだ。
そう考えると少し、背筋が震える。
更に暫く話すと車の窓が軽く叩かれた。
パパンだった。
ママンが少しだけ窓を開けた。
あのジャージの男性が顔を半分だけ振り返った。
「お前学校行きてえか?」
「え?」
彼は少し目だけで上を見て、考えるようにする。
そうしてすぐに動き出した。
歩いて、車の前にある喫煙所の所まで移動する。
もしかして、すぐに答えるのが難しいだろうと気を使ってくれたのだろうか?
煙草に火を点けて、煙を吐いた。
なんだか、不良にしか見えない。
パパンが言ってくる。
「もしよければ彼が協力したいと申し出ている。警察関係者とのコネもあるし弁護士も仲介してくれるらしい。まだ信用していいかはわからないが、警察署署長と直接やり取りをしていた。説得力はあるとは思う。まずはもう一度彼と警察に行ってみようと思う」
「うん。学校っていうのは?」
「もし学校に行きたいのならいけばいいが、行きたくないのなら、家以外の隠れ家を提供すると言ってくれている。親としては、信用していいかわからない人間に娘を預けることは出来ないが、しかし学校に関しては、賛成だ。無理して外出する必要はない。隠れ家だって、パパとママも行く」
「でも学校の方が安全。1人で家にいるのは危ない、と思う」
「うん。パパとママももちろん仕事を休む。しばらく休職してもいい。娘のためだ。それくらいさせてくれ」
「でも」
ママンが後ろから私の肩に手を乗せてくる。
「少し、考えさせて。とりあえず今日は学校には行く」
「そうだな」
パパンが彼に合図を送る。
煙草の火を消して歩いてくる彼にパパンが説明をする。
頷く彼が振り返る。
「まあ、もうひと頑張りしろ。何とかしてやる。また夕方な」
言って彼は、歩き出した。
コンビニの横の、倉庫らしき所、そこに停めてあるバイクの所まで行った。
黒い、というか銀色のような黒に、緑のフレーム、同色の差し色。全体的に三角をイメージする鋭角なデザインのバイクだ。
高そうで、速そうなバイクだった。
エンジンをかけて、振り返ることもなく走り去ったジャージの男性。
パパンはそれを見送って車内に入ってきた。
「まずは学校に行って、もう一度夕方に彼と会う。すまないな。不安にさせて」
パパンは彼から受け取っていたらしい名詞を渡してくる。
そこにはロシア特殊任務警察支隊指導教官と書かれていた。
そしてそこに下に
「瀬戸大輝」
と記載されていた。
年齢は、書かれていなかった。
走り出す車。
不安な気持ちは変わらない。
ストーカーは怖い。
対処法もわからない。
だけど、何故かほっとしている自分がいる。
あの人も怖いけれど。
あんな雰囲気を放てる人間を信頼できるかどうはわからない。
しかし、何故か。
この状況が終わるんだという、謎の安心感があった。
私はその名刺をあいぽんのケースを外して、その中に入れてあいぽんにまた嵌める。
なんだか、少し、気分が変わった気がする。
学校に着いて、また職員入口から入る。
今日もまた保健室だ。
今日から少しずつ課題をやってみようと先生に言われたので早速それを進める。
保健室の先生と、非常勤カウンセラーさんと何言か交わして、シャーペンを握る。
数学だ。
もくもくと、それを熟す。
そうしながら、考える。
あの人は何なんだろうか、と。
普通に、一般人ではないのはわかる。
しかし私もロシアの血が入っているのでわかる。
あの人はロシア人ではないし恐らくその系統でもない。
純粋な日本人で間違いないだろう顔立ちだった。
しかし、わざわざロシア系の警察組織を名乗る必要性もない。
恐らく、少なくとも警察かそれに準ずる公的機関に属しているのは明確だ。
……あの見た目で?
いやさすがにそれは失礼か。
数学の課題を終える。
次は現国。
日本語は苦手だ。
複数の表現方法がそれぞれにありすぎる。
選択肢があまりにも多いとさすがに難しい。
私の第一言語はロシア語なのだ。
まあ言っても仕方ない。
ペンを走らせ続ける。
また考える。
あの人の雰囲気は普通の軍人や警察関係者のそれではない。
むしろ逆。
圧倒的な、悪人の顔だ。
いや別に顔立ちはそこまでよく見ていないから言うのは失礼だろう。
悪人の雰囲気だ。
……どっちも失礼だった。
3時間ほどして、少し休憩と思い、保健室の先生に許可を取り屋上へ。
しかし普段は解放されている屋上への扉は屋上の排水管の工事のために立ち入り禁止。
私は踊り場の窓から顔を出して外を見る。
シャバの空気は上手いぜ。
なんてことを考える。
あの人の事を考える。
煙草っておいしいのかな。
映画とかではかっこいいと思うけど、う~ん。
匂いとかやはり肺への影響とか、いろいろ考えてしまう。
そして私は気付いた。
校門の前に人が立っている事を。
最初は先生かと思った。
しかしもう昼休憩前だ。
先生が校門前に立っている必要も理由もない。
加えてその人影はこちらを見ている。
私を見ている訳ではなく、校舎を見ている。
目を凝らして見てみる。
その人物は、あの日、道路の向こうに立っていた人物。
フードを被っていた小太りの男性。
フードこそ被っていないが、同じような格好の小太りの男性。
謎の確信があった。
同じ人物だと。
私は、その時点で気付く。
さすがに気付いた。
あれがストーカーだと。
今まで姿を見せていないストーカーがようやくその姿を現したのだと。
いや違う。
正確には違う。
もっと前からいたのだ。
それに私が気付いていなかったのだ。
彼はもう、私の家も、学校も、全部把握しているのだ。
私は腰を抜かして床に崩れ落ちた。
そして無様にもまた吐いてしまった。
帰りの遅い私を探しに保健室の先生と担任の先生が迎えに来るまで、私はその場に蹲るしかなかった。