第28話 邂逅
強襲揚陸艇は不規則な航跡を描きながら小惑星アエトラを周回していた。この資源採掘基地内部に侵入するための出入り口を探しているのだろう。
しかし、どんなに探してもクレーターに偽装したマスドライバーの射出口以外に出入り口はないのだ。
「来るよ! カマラちゃん」
「うん」
緊張に押しつぶされそうになっているであろうカマラちゃんに、ダニエルがやさしく声をかけた。
強襲揚陸艇がマスドライバーの射出口に突入する動きを見せた。
「今だ!」
「はい!」
ダニエルとカマラちゃんのやり取りの後、マスドライバーが動作する微かな振動が響く。
〈イザベル!〉
矛盾した話だが、僕はイザベルの無事を祈った。
その祈りが神に通じてしまったのか、マスドライバーの振動と同時に強襲揚陸艇がミサイルを二発発射した。
「!」
ダニエルが慌てて起爆装置のスイッチを押す。
爆発の振動がアエトラを襲い、外部に展開しているドローンは、ショットガンのように鉄とニッケルの破片を噴き出すマスドライバーの射出口を映し出した。
「やったか!」
ダニエルが起爆装置を握りしめていた。
破片の一部は強襲揚陸艇を抉り、デルタ翼を切り飛ばし、後部の推進装置を傷つける。しかし、完全破壊するには至らなかった。航行の自由を失い、大きく体勢を崩しながらも、強襲揚陸艇は追加でミサイルを二発発射した。
僕はイザベルの無事に安堵するとともに、『敵』の攻撃に恐怖した。
「退避だ!」
僕は通信機でカーン親子に向けて叫んだ。
マスドライバーの管制室がどこにあるかわからないが、危険だ。先程とは比べ物にならない衝撃が伝わってきた。
「隔壁が破壊されたわ!」
ノーラの悲痛な声を合図に僕は、シートベルトを外して立ち上がった。
マスドライバーの射出口であるトンネルと宇宙港を隔てるものがなくなったのだ。すぐに装甲擲弾兵が乗り込んでくる。
「僕はレーザー削岩機を操作するため外に出る! チャンスがあったらオートパイロットで発進して! 指示は入力済みだから」
宇宙港の出入り口に設置してあるはずのレーザー削岩機は、至近距離であれば武器として流用できる。何せ鉄やニッケルをも切断することができるのだ。
強襲揚陸艇の装甲や装甲擲弾兵の鎧の様な宇宙服にもダメージを与えることができるだろう。
「ダメに決まってんだろうが!」
ダニエルは慌てて席を立つと、顔を近づけて僕のことを遮った。
「そうです。あなたは、操縦士なんですよ」
ノーラも立ち上がって諭すように言った。
「出港するくらいの動きなら、オートパイロットでこなせる。それに……」
「それに、なんだよ!」
ダニエルの目は怒りに燃えていた。
「装甲擲弾兵の相手は危険だ」
「そうだな。で、お前はかつての仲間を撃てるのかよ!」
それこそが、ダニエルが僕を行かせまいとした最大の理由だった。
「それは……」
「俺が行くからな!」
「マサヤさんは、ここにいてください!」
二人がかりの説得は厄介だった。
しかし、僕とイザベルの運命を他人の手に委ねるのは、もう絶対に嫌だった。
「嫌だ! 絶対に僕が行く! これは僕が決着をつけなきゃいけない問題なんだ。もう他人に自分の運命を決められるのは嫌なんだよ!」
普段、大声を出したりしない僕の豹変ぶりに、ノーラはビックリしたような表情を浮かべた。
一方、ダニエルは複雑な表情を浮かべていた。
憐れみ? 畏れ? 罪悪感? 疑念? 表情の正体はわからなかったが、珍しく言い返すこともせず、黙っていた。
僕はヘルメットを被って操縦席を後にした。
僕の目的は決まっていた。
装甲擲弾兵の部隊はなんとしてでも退ける。そして、イザベルだけは絶対に死なせない。
あきらめているわけでないが、多分両立することは不可能に近いだろう。
「俺も行く」
短いセリフとともに、ダニエルが僕の後についてきた。
「副操縦士までいないと、マズいだろ」
「ふん、お前は裏切るかもしれないからな。監視役だ」
「勝手にすれば」
「ああ、勝手にするさ」
ノーラは呆然と僕たちを見送った。
冷静に考えれば、正気の沙汰ではなかった。先程から戦争のエキスパート相手に、本来武器でないものを使って戦い続けているのだ。
特に、これから戦う相手は近接戦闘のエリート部隊だ。勝てる確率は極めて低い。
他の奴に殺されるのまっぴらだが、イザベルにだったら殺されてもいい。僕の頭の片隅に、そんな妙な考えがよぎっていた。
「急がないと!」
宇宙輸送船オフィーリアから宇宙港の出入り口までは一〇〇メートル以上の距離があった。
僕とダニエルは簡易宇宙服に身を包み、レーザー削岩機が設置してある場所へと急いだ。
先程のミサイルのせいで、宇宙港とマスドライバーの間を隔てていた巨大な金属製の扉は見事に破壊され、大小さまざまな残骸があちこちに転がっていた。重力が微弱なせいで、まだ落下せずに漂っている残骸もある。そして、細かい粉塵のせいで視界は極めて悪かった。
「オフィーリアに被害がでなくてよかったな」
「今のところね」
ミサイル攻撃がこれで終わりという保証はなかった。
この状態で再度ミサイルを撃ち込まれたら、僕もダニエルもひとたまりもないだろう。
「あれだ!」
良好とはとても言えない視界の中、目を凝らすと目指す機械が目に入った。
レーザー削岩機は、最長部分で二メートルを超える筒型のゴツい機械で、移動用の台車に乗り、電源供給用のケーブルにつながっていた。
幸い金属扉の残骸で損傷したりせず、コンテナの横に鎮座している。
そう、周辺にはマスドライバーに運搬する予定のコンテナが山積みになっていたのだ。
「そう言えば、爆薬を仕込んだコンテナって、まだあるの?」
「おう、しこたまあるぞ。あのレーザー削岩機の近くの奴はみんなそうだ」
ぞっとした。僕たちはこれから弾薬庫の中心で戦うのだ。
「それじゃあ、もし、ここのコンテナが爆発したら背後のオフィーリアは……」
「安心しろ、爆薬を仕込んであるのは出入り口側の一列だけだ。後ろのコンテナに爆薬はセットしていない。だから爆発しても破片が飛んでいくのは出入り口の方で、オフィーリア側にはいかない寸法だ」
「だと、いいけど……」
往々にして、机上の計算通りに物事は進まないものだ。
「まあ、ともかく早く『銃座』に座って、入ってくる奴らを狙い撃ちしようぜ」
ダニエルは気前のいいことを言っていたが一方的に狙い撃ちできるわけではない。相手は当然撃ち返してくるだろう。その時、相手の狙いがそれて後ろのコンテナに当たれば、コンテナの前にいる僕たちはミンチになってしまう。
しかし、今更どうしようもない。僕たちはレーザー削岩機へと急いだ。あと数メートル。
「なんだ?」
十数体の黒い影が、ものすごいスピードで上から降ってきた。
僕は反射的に身構えた。
僕たちの足元の床で銃弾が弾けた。威嚇射撃だ。
慌てて後ろに飛びのくと、僕たちの目の前に、黒いコブラのパーソナルマークを額につけた装甲擲弾兵が降り立った。
「無駄な抵抗はやめろ!」
一斉放送のチャンネルを使った通信機の声が、僕の動きを凍り付かせた。
リヒャルト・リシャーネク軍曹だ。
彼に続き、他の装甲擲弾兵が次々に宇宙港の床に降り立つ。装甲擲弾兵は全部で十九人。
素早く周囲に視線を走らせる。
右手の少し離れたところに、白いビーグル犬のパーソナルマークをつけた装甲擲弾兵を見つけた。イザベルだ。僕の目に涙が込み上げてきた。
僕が感傷に浸っていると、周囲を圧するようなオーラを放ちながら、レーザー削岩機のすぐ手前に、ドリルのような角を額につけた装甲擲弾兵が降り立った。
他の装甲擲弾兵が赤一色なのに、そいつの両肩に黒い焔のデザインが描かれている。
隊長機。レオンハルト・レンバッハ大尉だ。
「レーザー削岩機か。諦めの悪い奴らだな」
レンバッハ大尉は、そうつぶやくと電磁誘導ライフルの銃口をレーザー削岩機に向けた。
次の瞬間、銃身が蛇のような電光に包まれた。
炸裂弾が立て続けに発射され、レーザー削岩機は粉々に破壊された。
僕は素早くダニエルの腕をつかむと、通信機を使わず内緒話でささやいた。
「起爆装置は持ってる?」
「ああ」
「交渉に失敗したら、使うしかないね」
「そうだな」
短いやり取りで僕とダニエルの腹は決まった。場合によっては僕たちも破壊の渦に巻き込まれてミンチになる。それは仕方ないと諦めた。
でも、僕としてはイザベルだけは巻き込みたくなかった。出来たらイザベルには、もう少し離れてほしい。
「何をゴチャゴチャしゃべっている! 両手を上げて離れろ」
レンバッハ大尉が僕たちの内緒話に気づき、オープンチャンネルで怒声を上げた。
僕たちは慌てて会話を中断し、両手を上げた。
「さてと」
レンバッハ大尉は、丸腰の僕たちに電磁誘導ライフルの銃口を向けた。
「他の仲間はどこにいる。お前たちだけじゃないんだろ?」
正解だ。しかし、素直に教えてあげる気にはならない。
「僕たちには、もう武器はない。ここに残ってるのは非戦闘員だけだ。見逃してくれ」
僕も宇宙服の通信機をオープンチャンネルに切り替えて交渉を開始した。
必死で腹に力を入れ声を響かせたが、足がガクガクして微弱重力じゃなかったら立っていられなかったかもしれない。
「それを信じろと? 本当に厚かましい野郎だな」
「ここは宇宙港だな。居住区はこの下か?」
声が変わった。リシャーネク軍曹だった。
そして、リシャーネク軍曹の言葉で、僕の頭に閃くものがあった。
そうか、その手があったか。言葉巧みに彼らを採掘現場に案内し、そのスキにオフィーリアを発進させる。そうすれば誰も傷つかずに退却作戦は完了だ。僕とダニエルは捕虜になるだろうがそれは仕方がない。
「案内する。こっちだ。だから撃たないでくれ」
僕はそう言いながら、オフィーリアとは反対側、マスドライバーの出入り口の先にある採掘現場に向かう連絡通路の方に、装甲擲弾兵たちを誘導しようとした。
「この声……まさか」
オープンチャンネルの通信機が懐かしい声を拾った。
「なんだ? イングラム一等兵」
イザベルに対するリシャーネク軍曹の反応で、僕はある事実に気づいた。
一等兵……そうか、昇進したんだ。
「いえ、そんな、まさか……」
マズイ。他の連中は気づいていないがイザベルは僕の声に気づいたようだ。
だが、しょせん通信機越しの声だ。確信は得ていないだろう。
「ふん、小賢しいな。後ろの輸送船に人が乗り込んだぞ。お前の言う非戦闘員とやらは、あれで脱出する予定なんだろ」
「えっ?」
突然話題が変わって、僕は一瞬、何が何だかわからなかった。
僕は宇宙輸送船オフィーリアに背を向けていたが、レンバッハ大尉の正面にオフィーリアは位置していた。
「カマラちゃん親子だ」
いぶかしむ僕に状況を教えるために、ダニエルがオープンチャンネルでつぶやいた。
そうか、マスドライバーの管制室から、ようやくオフィーリアにたどり着いたんだ。
「脱出しようとしているのは子供や年寄りだ。見逃してくれ」
僕は気を取り直して交渉を再開した。
「ダメだな。お前らのせいで、どれくらいの兵が死んだと思う?」
「見逃してはくれないのか?」
「昔から海賊は縛り首と相場は決まっている。聞く耳持たんな」
ひょっとすると、この男は僕たちを捕まえるのではなく、皆殺しにしようとしているのではないだろうか。僕とダニエルがまだ生かされているのは、きっと仲間の情報を聞き出すためだ。
火星のオリンポスシティで、差し迫った危険がないにもかかわらず、デモ隊に電磁誘導ライフルを使用したレンバッハ大尉の姿を思い出した。炸裂弾でミンチにされた若い男、足を失ったじいさん、頭から血を流すおばさん、泣き叫ぶ小さな男の子。
いけないと思いながらも、僕は血の気が頭に上るのを抑えられなかった。そして、血の気が上った勢いで、叫んでいた。
「一体、あんたは何のために軍人になったんだ! 弱い者を守るのが軍人じゃないのか!」




