第26話 拠点攻略
「宇宙駆逐艦エン・キドゥ大破!」
艦内放送とともに、ソロモン級の宇宙駆逐艦が大量のデブリをまき散らしながら二つに裂けていく様子が、私たちの頭上に映し出された。
「マジかよ!」
「楽勝だって言ってたよな!」
「うろたえるな!」
通信機器内に兵の不安の声と軍曹の叱責が交錯した。
つい先ほど、索敵ドローンの大量投入で敵のリモートミサイルを無力化したと艦内放送が入ったばかりだった。どうやら敵は私たちが思っている以上に手強いらしい。
「向こうも必死だろうからな。命のやり取りに楽勝も何もないもんだ」
スコットという名の古参の上等兵が通信装置のスイッチを入れたまま、低い声でつぶやいた。興奮していた兵たちは冷や水を浴びせられたように静かになった。
「いずれにしてもペルセウスは無傷だ。予定通り小惑星アエトラに向かって侵攻する」
一瞬の静寂をとらえ、レンバッハ大尉が有無を言わさぬ口調で宣言した。
「敵ステルス戦闘艦、ステルスモード解除しました!」
再び艦内放送が戦況を運んできた。
「回避運動に備えろ!」
リシャーネク軍曹が大声を上げたが、すでに身体は金属製のベルトで固定されているので新たにやることはない。歯を食いしばるだけだ。しかも、ペルセウスは回避運動に入らなかった。
外部カメラが敵艦の姿を探していたが、黒に近い色で塗装されているらしく、その姿は見えない。しかし、レーダーには、はっきり映っている。
「駆逐艦ギルガメッシュが!」
艦隊を構成している残りもう一隻の駆逐艦が、敵の高出力レーザー砲で艦尾を切り刻まれる様子が空間投影された。推進機関が機能を停止し、艦はコントロールを失い、大きく航路を外れ始める。
「おい、冗談じゃねえぞ!」
「やられっぱなしってわけじゃねえよな!」
「姿を見せたステルス艦なんざ目じゃねえ、焼き払え!」
状況が悪化しているにもかかわらず、逆に兵たちの士気は上がった。
それに、どういうわけだか知らないが、向こうは唯一の優位点であったステルス性を捨てている。単純な攻撃力ならば恐らくこちらの方が遥かに上だ。
防御力に関しても、こちらは光学兵器に対抗するための鏡面装甲だが、ステルス艦の装甲は光学兵器に弱い。
「敵は回避運動を行いながら逃走を開始。逃走先は小惑星アエトラ。本艦は追撃に移ります」
艦長のフランカ・フォッケル中佐が艦内放送で伝えた新たな情報に、周囲の兵たちは盛り上がった。
「よっしゃ、行けえ!」
「弔い合戦だ!」
「切り刻め!」
周囲の興奮を見て、ふと私は妙な不安に囚われた。
敵の撤退は偽装で、私たちの行く手に罠が仕掛けられているんじゃないだろうか……
根拠のある事ではなかった。
しかし、私の勘は宇宙巡航艦ペルセウスが、このまま直進することにアラートを発していた。
「敵の推進機関を破壊! 回避運動停止します」
しかし、どうやら私の不安は杞憂に過ぎなかったみたいだ。
私たちのペルセウスは一切のダメージを負うことなく敵艦を追い込んだ。これでチェックメイトだ。
「レーザー照準器で照準を固定。攻撃!」
艦長の攻撃宣言の直後、小惑星アエトラを背景に黒っぽい宇宙船がバラバラに切り刻まれた。
大量の金属と樹脂と水と空気を煙のように巻き散らす様子が光学モニターで確認できる。
「やった!」
「ざまあみろ!」
「さぁ、今度は俺たちの出番だ」
戦闘艦艇を葬ることで戦闘が終了したわけではない。私たちはこれからが本番だ。
小惑星アエトラの状況を確認し、艦砲射撃で敵の抵抗能力を殺いでから、強襲揚陸艇に乗った私たちが制圧する。レンバッハ大尉の指揮だ。抵抗する者がいれば皆殺しだろう。私は初めての拠点制圧任務に、恐怖よりも嫌悪を強く感じていた。
「小惑星アエトラの表面に軍事施設は見当たりません。減速しアエトラを周回する軌道に移行します」
艦長のフランカ・フォッケル中佐の凛とした声が、乗員に注意喚起をしたタイミングだった。
突然、強襲揚陸艇に不快な衝突音と衝撃が伝わってきた。今まで聞いたことがないような金属の悲鳴。私は危うく舌を噛みそうになった。
「どうした!」
レンバッハ大尉の叫び声に、ペルセウス側からは返事が返ってこなかった。
「中央制御室、無事ですか!」
リシャーネク軍曹の切迫した声が響く。私同様、内心、フランカ・フォッケル中佐のことを心配しているに違いない。
幸いにして、強襲揚陸艇には全く異常はない。しかし、先程の衝撃音から察すると、宇宙巡航艦ペルセウスには、かなりの損害が生じているはずだ。
「……小惑星アエトラから攻撃です。電磁誘導砲と思われますが詳細は不明。航行に影響はありませんが第一装甲板を損傷」
ようやく返ってきたフォッケル中佐の声は恐怖と狼狽に彩られていた。映像はなかった。
小惑星表面に構築物は発見できないが、何らかの攻撃施設が隠されているのだろう。
空間投影された光学モニターに、小惑星アエトラに対して高出力レーザー砲で砲撃を加えるペルセウスの様子が映し出されていたが、戦果が上がっているようには見えなかった。
「針路変更を行います。横方向へのGに備えてください」
非常時だというのにフォッケル中佐は律儀にアナウンスしてくれた。
続いて、体の左側が『下』になったような錯覚に陥る。
その直後だった。再び不快な衝撃が襲い掛かってきた。
空間投影されていたモニターの複数の映像が消える。
ペルセウスの外部カメラがいくつか破壊されたらしい。
続いて断続的に爆発のような衝撃が伝わってきた。
「艦長! 御無事ですか!」
リシャーネク軍曹の追いつめられたような声が聞こえた。
しかし、艦長からの返事はなかった。
あの優しい艦長に何かあったのだろうか。私の胸の中にも急速に不安が膨れ上がる。
「こちら、艦隊司令のジェラルド・ジスカールだ」
艦長からの返事はなく、代わりにヘルメット内側に緑色の瞳をした彫の深い男性の顔が、空間投影された。
今まで、外部カメラやレーダースクリーンの映像を優先して空間投影してきたが、ここにきてようやく艦隊司令官自ら顔を出した。ということは単なる事実を告げるのではなく、重大な命令のはずだ。
「宇宙巡航艦ペルセウスは推進機関を破壊された。しかし、作戦は終了していない。装甲擲弾兵部隊はペルセウスから離れ、拠点攻略の任につけ!」
思った通りだった。ペルセウスは自力航行不能という甚大な被害を被っている。おそらく拠点制圧にあたって、艦砲射撃などの支援も受けられないだろう。小惑星アエトラにおける敵戦力がどれくらいなのかわからない現状では、かなり無茶な命令と言えた。
「お任せください!」
それにもかかわらず、レオンハルト・レンバッハ大尉は直立不動で敬礼すると即答した。
「軍曹、発進だ!」
「サー・イエス・サー」
リヒャルト・リシャーネク軍曹は、恐らく内心少なくない不安を抱えながらも、そう答えざるを得なかった。
私の不安も解消されない。せめて艦長の無事な声を聴きたかった。
しかし、そんな個人の感傷は表に出せない雰囲気だった。
敵を倒す、それが最優先事項なのだ。
宇宙巡航艦ペルセウスとのドッキング解除に伴う軽い衝撃が伝わり、続いて荒っぽいGが私たちに襲い掛かった。こうして、私たちは非情な戦場へと放り出された。




