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第23話 マスドライバー

「マスドライバー、三G加速で出力調整をお願いします」

 通信装置から副長の丁重な声が聞こえてきた。先程分かった事実によれば通信相手はカマラちゃんだ。きっと彼女は撤収のための荷造りもそこそこにマスドライバーの管制室に駆け込んでいるに違いない。

「なあ、マクベス一隻で何とかなると思うか?」

 ダニエルが珍しく真面目な目で僕を見た。背後からノーラの息をのむ気配が伝わる。

「マクベス、発進!」

 困惑する僕を尻目に、ステルス戦闘艦マクベスが全長二キロのマスドライバーで砲弾のように射出された。

 相手は僕の所属していた地球連邦宇宙軍第二パトロール艦隊。

 艦隊司令官のジェラルド・ジスカール准将やペルセウスの艦長フランカ・フォッケル中佐をはじめ、有能な軍人ばかりだ。彼らが大きなミスをすることは期待できない。

「なあ、俺たちでなんとかマクベスを助けることは出来ねえかな」

 僕が返事をしないでいると、ダニエルがさらに質問を重ねてきた。

 僕が軽いため息をついて改めてダニエルに視線を向けると、背後に座っていたノーラが身を乗り出して僕の視線の中に入ってきた。何も言わないが、その瞳は強烈に僕に訴えかけていた。キャプテンを助けてと。

「そうは言っても戦闘用の宇宙船はマクベス一隻だけなんだろ?」

 残念なことに僕たちは守られる立場だった。だから守る立場のマクベスは発進したのだ。

「まあな。しかし、敵艦隊をなんとかしないと俺たちも脱出できねえ。なんかいいアイディアあるだろ」

 とんでもない無茶振りだ。

 そう言えばダニエルは、僕たちがノーラやカマル・カーンに捕まる前も無理難題を僕に押し付けてきた。挙句の果てに文句言い放題だったし。

「私からもお願いします」

 ダニエルのことなど無視しようと腹を決めていると、ノーラが真剣な表情で僕に顔を寄せてきた。ショートカットにしたプラチナブロンドに、青く澄んだ美しい瞳。僕はその瞳に吸い込まれそうになった。そして、僕は彼女の瞳の呪縛から逃れようとして失敗した。

 気が付くと、僕は必死になって打開策を考えていたのだ。

「オフィーリアも射出しますか?」

 通信装置からカマラちゃんの声が聞こえてきた。

「そんなことしたらカマラちゃんがアエトラに取り残されちゃうだろ。オフィーリアはマスドライバーを使わず自力航行で発進するからいいんだよ。こっちにおいで」

 ダニエルが優しい声でカマラちゃんに言葉を返した。

「は~い」

 カマラちゃんも無邪気に返事を返す。そのとき僕の頭に閃くものがあった。

「ちょっと待って、カマラちゃん」

「なんだよ。まさかカマラちゃんをアエトラに置き去りにしようってんじゃねーだろうな」

 ダニエルが口を尖らせた。

「ちがうよ! ねえ、カマラちゃん。そう言えば採掘した鉱物資源をコンテナで射出してるって言ってたよね」

「うん、言ったよ」

 屈託のない少女の声が返ってきた。

「射出する方向は自由に変えられるのかい?」

「う~ん、あんまり詳しいこと言うとパパに怒られちゃうけど。変えられるよ、かなり細かく。そうしないと目標宙域にコンテナを届けられないし」

「何か思いついたんですか?」

 ノーラが僕に顔を近づけた。至近距離の美女は破壊力抜群だ。

 僕はクラクラしながらもカマラちゃんとの会話に意識を集中した。

「じゃあ、コンテナを宇宙船にぶつけることはできるかな」

 マスドライバーを大砲代わりに使用できないかというアイディアだ。

「あっ、それは無理かも」

「なんで?」

 膨らんでいた期待が急速にしぼんだ。

「だって、射出方向を変えるためには小惑星アエトラ自体を回転させるしかないんだよ。ゆっくりとしか動かせないし、軍艦の大砲みたいに自動追尾機能もないし」

「そうか」

「向こうからこっちに来てくれるんなら話は別だけど」

 その瞬間、あのトンネルを通って拠点制圧を試みる強襲揚陸艇のイメージが頭の中に浮かび上がった。砲弾並みのスピードに加速された鉄の塊が強襲揚陸艇に叩きつけられ、強襲揚陸艇は粉々に砕け散る。

 だめだ。そんなことをしたら中にいるイザベルが死んでしまう。僕のことを庇ってくれた牧羊犬みたいな元気な女の子が。僕は必死で頭を振ると嫌なビジョンを追い出した。

「ノーラ、マクベスと通信できる?」

 僕は気を取り直してノーラに視線を向けた。

「ダメです。電波管制のため、送信はできても向こうからの返信は期待できません」

 下手に電波を出すと居場所が露見するので、ステルス戦闘艦は余計な通信をしないのが原則だ。リモートミサイルの点火信号さえ発信回数を減らそうとするくらいなので、音声通信など、もってのほかだろう。

 マクベスの協力を仰いで地球艦隊をマスドライバーの正面におびき出そうと考えたが、難しそうだ。しかし、まったくチャンスがないわけでもない。一方通行だが、こちらから話しかけることはできる。

「うまくいく可能性は高くないけど、できる限りの準備はしよう。コンテナの射出準備を整えるんだ」

 僕の提案にノーラは力強くうなづいた。


「コンテナをマスドライバーにセットする前に、何でわざわざスズカゼに行くんだよ!」

 宇宙輸送船オフィーリアの留守番をノーラに任せて、胸に『アスクレウス資源開発』というロゴが入った赤い簡易宇宙服姿の僕とダニエルは、オフィーリアのすぐ隣に停泊している資源探査船スズカゼに向かっていた。

「確認したいことがあるんだよ」

 ゴチャゴチャ言っているダニエルを半ば無視して、僕はスズカゼのエアロックを抜け、中央制御室横の資材置き場へと足を踏み入れた。

 思った通りノーラたちは探査船の中身に手を付けていなかった。僕が欲しかった代物がまだ手つかずで置いてある。

 一抱えほどもある金属製のケースが二つ。爆薬と電波式起爆装置がケースの中に詰まっている。拿捕されたときにノーラ達を脅すために使ったのは、こいつの一部だ。

「こいつは……」

「資源採掘用の爆薬だよ」

「こんなもんどうすんだ? ミサイルでも作るつもりか?」

「ミサイルなんか作れるわけないだろ! でも武器にするのは確かだ。コンテナに詰めるから運び出すのを手伝ってくれる?」

 レールガンの砲弾は爆薬を詰めて破壊力を高めている。単に金属の塊をぶつけているわけではない。僕は爆薬を使ってコンテナをレールガンの砲弾に改造するつもりだった。

「さすが、エセ軍師殿はいろんなことを考え付くもんだぜ」

「あのさ、無茶振りしといて、そういう風にディスるのやめてくれる?」

「いや、ディスってなんかねぇけど、茶化してるだけだ」

「それ、どういう違い!」

 僕たちは漫才師のように言い争いながら、爆薬が入った金属製のケースを抱えてスズカゼを出た。

「おう、なんか手伝おうか?」

 ヘルメットの通信機がガラガラ声を運んできた。カマル・カーンの声だ。

 視線を巡らせると、カマル・カーンの他にも赤と黒の簡易宇宙服を着た作業員の皆さんが、こっちに向かってくるところだった。総勢一〇人くらいいるだろうか。

「ありがとうございます。コンテナに爆薬をセットするのを手伝ってくれます?」

 これだけの人数がいれば、かなり作業がはかどるはずだ。宇宙港に積んであるコンテナの数は一〇〇を超えていた。コンテナは金属製で短い辺でも二メートル、長い辺は四メートルはある直方体だ。できれば二個や三個ではなく、爆薬の数が許す限り一〇個、二〇個と砲弾に改造したい。

「ハンヌ、それから、トミー、採掘現場にある作業艇も持ってきてくれ」

 コンテナを動かすのは人力では無理だ。宇宙港にも作業艇が一台あったが、採掘現場にはさらに二~三台の作業艇がある。作業艇には頑丈なロボットアームがカニを思わせる配置で装備されていて、重量物を持ち上げることができた。

「ついでにレーザー削岩機も持ってきてください!」

 宇宙港内の作業通路を通って採掘現場に向かおうとしている二人の作業員に、僕は後ろから声をかけた。

「何に使うんだ?」

 作業員が怪訝そうに立ち止まり、カマル・カーンが僕に質問を浴びせた。

「固定砲台です。遠隔操作ってできますか?」

 金属の塊を切りだすことのできる機械だ。武器として使えば、強襲揚陸艇程度の装甲板を切り裂くことくらいできるはずだ。

「無理だな。そういう仕様にはなっていない」

 カマル・カーンが残念そうな声を出した。

 削岩機のすぐそばで、誰かが直接操作しないと使えないということだ。

「わかりました。でも、とりあえず宇宙港の出入り口近くに設置しましょう」

 言い出しっぺだ。多大な危険を伴うので場合によっては僕が使う。

 それに僕であれば装甲擲弾兵の部隊相手に手心を加えることができる。イザベルだけは撃たないとか。まあ、そんな余裕があればの話だけど。

「だとさ、よろしく頼む」

 カマル・カーンは、採掘現場に向かう作業員たちに声かけた。

「ねえ、コンテナは、マスドライバーにセットするということで良いのよね」

 宇宙港に置いてあった作業艇に乗り込もうとしている作業員が、おばさんの声で問いかけてきた。

「お願いします。でもセットする前にコンテナの中に爆薬を二~三個仕込んでください」

「爆薬なんて、どこにあんのよ」

「爆薬はこれだ。よろしく頼むわ」

 ダニエルが爆薬の入った金属製のケースを抱え、大股で移動した。まるでプールの水の中を歩いているようだ。

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