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第16話 命がけの陽動

 外部カメラの映像を確認すると、ステルス戦闘艦は薄暗い宇宙港のような場所に停泊し、床から伸びた巨大な金属製のフックで艦底部が固定されていた。

 他には輸送船と思しき多面体の亀のような形の大型艦と、僕たちの乗ってきたエイのような形の小型の資源探査船スズカゼが停泊している。

 亀のような形の大型艦は、電波吸収塗料と思われるダークグレイで塗装されており、ステルス性能を付与されていると推測できた。多分、地球連邦宇宙軍の宇宙駆逐艦並みのステルス性能だろう。発見を遅くすることはできるだろうが、まったく探知できないというレベルではないはずだ。

 現在、僕のいる場所は、多分、例の小惑星アエトラの中だと思うのだが、目隠しされて移動したので、自分のいるポジションと周辺状況が今一つ理解できない。

「ゲートオープン。船体固定解除。ステルス戦闘艦マクベス、発射台に移動」

 というわけで、キャプテンの指示は僕にとって、ちんぷんかんぷんだった。

 理解できたのは、この艦の艦名が『マクベス』だということぐらいだ。

「発射台って何ですか?」

「マスドライバーです。微速前進して、ユキトが指示する座標で艦を停止させてください」

「ユキトって誰?」

「この艦の人工知能です」

 副長の解説と人工知能ユキトのサポートを受けて、僕は小刻みに艦を操った。

 宇宙港の天井に当たる場所に丸く出入口が開き、そちらに向かって艦を『上昇』させる。

 ステルス戦闘艦マクベスの推進装置には、通常航行用とステルス航行用があり、任意で切り替えが利くようになっていた。

 僕は常温の推進剤を噴射するステルス航行用の推進装置で艦を操った。赤外線センサーによる索敵に引っかかりにくい操艦方法だ。すでに相手が赤外線による探査を開始しているかもしれないので、こちらの操艦方法の方が望ましい思った。

 ちなみに、多量の熱が発生し赤外線センサーに引っかかるが、通常航行の方がコストが安く、かつ高速航行が可能だ。

「ここで、いったん、艦を静止させてください」

 副長が僕に念を押した。

 丸い出入り口を出たところ、全長二キロの細長いトンネルの始まるところが、人工知能の指示する座標だった。僕とダニエルがこの人たちに捕まる前に降下していたトンネルだ。

 僕が素直に指示に従うと、滑らかなトンネルの壁面から、出口に向かう細長いレールが二本、張り出してきた。何かと思えばマスドライバーだった。

 電磁誘導の力(ローレンツ力)を貨物の運搬や宇宙船の加速に利用すればマスドライバーだし、砲弾の加速に利用すれば電磁誘導砲レールガンだ。

 マスドライバーのメリットは、電力の大きさによって自由に発射速度を調整することが可能なことと、一旦設備さえ整えてしまえば運用コストが安いことで、火星でもシャトルの打ち上げに利用していた。

「船体、固定完了」

 ステルス戦闘艦マクベスは、二本のレールの間にしっかりと挟まれた。

「マスドライバー、三G加速で出力調整をお願いします」

 副長が、どこかと連絡を取り合っている。

 副長や人工知能のユキトのサポートで、スムーズに操艦できた。宇宙船の操縦資格があるという理由で操艦を任されていたが、多分、ちょっと慣れれば素人でもイケると思う。

「マスドライバー、発射準備完了」

 どこかで聞き覚えのある若い女性の声が通信装置から流れてきた。

「針路、確認」

「オール、クリアー」

 キャプテンの指示に、くせっ毛のバラクが応えた。きっと彼は索敵担当だ。

「各員、耐G姿勢をとれ」

 0.4Gという重力環境で生まれ育った火星人には三Gでも相当辛い加速のはずだ。室内に緊張が走る。

「発進」

 キャプテンの号令とともに加速によるGが襲い掛かった。

 周囲の人間が奥歯を噛みしめている様子が雰囲気で分かった。


 二キロ近い距離を二本のレールに挟まれて加速した。

 しかし、一瞬だった。

 強烈なGから解放されると、僕たちは小惑星アエトラから急速に遠ざかりつつあった。

 マスドライバーで射出された後は慣性航行に移行し、艦内は無重力になった。

「最大望遠、接近する宇宙船の艦種確認」

 少し離れた宇宙空間を、白銀に輝くマッコウクジラのような宇宙戦闘艦一隻が航行していることが光学モニターで確認できた。

 細かい部分はよく見えないが、まさか僕の乗っていた宇宙巡航艦ペルセウスじゃないだろうなと心配になった。

「照合完了。対象は地球連邦宇宙軍のカシオペア級宇宙巡航艦。周囲に他の艦影はありません。一隻だけです」

 キャプテンの質問にバラクが即座に答えた。

 カシオペア級巡航艦は僕が乗っていた宇宙巡航艦ペルセウスの一世代前の宇宙巡航艦だ。

 ペルセウスよりも装甲が厚く防御力が高い分、機動性が若干劣るという特徴があった。拠点制圧任務を重視していないため、強襲揚陸艇は附属していないし、装甲擲弾兵も乗っていない。

「小惑星アエトラと敵艦との距離及び接近速度は?」

「距離三〇万キロ、相対接近毎秒三〇キロ、このままのコースですと小惑星アエトラの軌道から五〇〇キロほど離れたところを通過予定」

 三〇万キロといえば月と地球の間くらいの距離だ。

「アエトラに最も近づくのは約三時間後か」

 行方不明になった僕たちのことを捜索しに来たのだろうか? それにしては来るのが少し早すぎる。

「アエトラのことを調べる気がないのなら無視してもいいんでしょうが、これほどアエトラに接近する軌道というのは、やはり意図的な接近と考えるべきでしょうね」

 副長がキャプテンの脇で助言めいたことをつぶやいていた。

「放置して、結局アエトラ探査が目的だった場合、撃沈以外に選択肢がなくなってしまう」

 キャプテンは渋い顔だった。相手は重装甲で鏡面塗装の宇宙巡航艦だ。光学兵器にも質量兵器にもかなりの耐性がある。まともに戦って勝てる見込みは薄いと僕は思った。

「どうします? キャプテン。やっちゃいますか?」

「エリー。お願いだから合図するまでは撃たないでくれ」

 恐ろしいことに、好戦的な赤毛の若い女性が火器管制担当らしい。

「わかりました。キャプテン」

「本艦の目的は敵に我々の採掘基地を発見させないことだ。相手を撃沈してしまうと本格的な原因調査がこの宙域で行われる。それは避けなければならない」

 だったら僕たちも拿捕したりせずに単に追っ払ってくれればよかったのに。

「それで作戦案だが、まず最初に敵艦の射程外でわざと本艦を認知させる。次に、敵を引き付けた状態で逃走を図り、敵を採掘基地から引き離す。最後に、採掘基地から十分離れたところで、敵から完全に逃れる。こんなところでどうだろう」

 雛鳥を守って囮になるヒバリのお母さんのような作戦だ。

「素晴らしいです。キャプテン」

 ノーラが目を輝かせた。尊敬のまなざしという奴だ。

「操艦担当の責任は重大だが、できそうか?」

 キャプテンの構想を実現するためには、わざとらしくならないような絶妙な演技力を要求される。しかし、僕は今までそんなことをやったことがない。

「死にたくありませんから、とにかく頑張ります」

 これで、僕の未来に、この艦のクルーに殺されるという既存のルート以外に、地球の軍艦に撃沈されて死亡するというルートが、新たに加わった。

 

「まず、僕たちが発進した空間点を特定されないよう、ステルスモードで針路変更しますが、いいですか?」

「許可する」

 小惑星アエトラから一直線に遠ざかっているマクベスの針路を変え、木星方面から航行してきたように見せかけるための小細工を僕は開始した。

 まだ敵に見つかってはマズいので、通常航行用の推進装置は作動させず、常温ガスを噴射して艦の向きを変える。

 カシオペア級宇宙巡航艦は二十五万キロの彼方にいた。

「彼我の航路シミュレーションです」

 キャプテンの了解を得るため、僕は、本艦の航路を青、敵の予想航路を赤で示した航路図を空間投影した。

「プランA、直ちに全力加速を行うプランです。三〇分後には相手の前方二〇万キロを横切ることになります」

「確かに脱出は容易だろうが、相手が我々を追ってきてくれるかどうかが問題だな。どうあがいても捕捉できなければ、はなから追跡行動に移らない恐れがある」

「キャプテン、追ってこなければレーザー砲で砲撃するというのはどうですか?」

 赤毛のエリーが僕のプランを補強してくれた。もっとも、彼女は単純に地球艦を攻撃したいだけなのかもしれない。

「こちらから先に攻撃したという事実は作りたくないんだよ。エリー」

 キャプテンの答えを聞き、僕の横でノーラが黙ってうなづいていた。

「プランBです。通常航行用の推進装置を稼働させますが、一Gまでしか加速しません。遅くとも一時間三〇分後には相対距離が一〇万キロを切ります」

 プランAに比べてだいぶ相手に近付く。囮になるという趣旨には沿うが敵としては追跡しやすい。逃げ切るのが大変そうだ。おまけに、あまりわざとらしく振舞うと囮であることがバレてしまう。

「プランBを採用だ」

 キャプテンは即断した。頭の回転が速く、決断力もある。

「わかりました。レーザー爆縮装置始動。敵の赤外線センサーに捕捉されるリスクが高まります。索敵よろしくお願いします」

「了解」

 迅速な対応には索敵担当との緊密な連携協力が不可欠だった。索敵担当バラクの小気味よい返事を聞いて、僕は少しだけホッとした。

「……核融合炉臨界! 推進剤注入準備よし、いつでも行けます!」

「了解した。加速開始!」

 キャプテンの号令で、マクベスの中央制御室は心地よいGに包まれた。


 マクベスは通常モードによる加速を続けていた。赤外線センサーで相手に発見してもらうためだ。レーダーによる探知は困難なので、相手の索敵担当がボンクラだと発見が遅れるかもしれない。

 しかし、それは杞憂に終わった。僕たちは三〇分としないうちに敵に発見された。

「敵艦、加速。進路そのまま」

「本艦も、増速します」

 命を懸けた鬼ごっこが始まった。

「こちら、地球連邦宇宙軍所属宇宙巡航艦オリオン。貴船の所属と航行目的を述べよ」

 相手から誰何する通信が入った。しかし、無視した。

「繰り返す。こちら宇宙巡航艦オリオン。貴船の所属と航行目的を述べよ」

 僕はさらにマクベスを加速させた。これで明らかに不審船だ。

「ただちに停船せよ。然らずんば攻撃する」

 オリオンは最大加速を開始した。見る見るうちに相対接近に転じる。完全に食いついた。

 あとはこのまま宇宙巡航艦オリオンを小惑星アエトラから引き離し、十分離れたところで最大加速を行えばいい。

 しかし……

「敵艦、転針します!」

 バラクの報告に驚いてオリオンの動きをチェックすると、針路を再びアエトラに向けるところだった。

「えっ?」

「電波妨害、開始。通信並びにレーダー使用不能」

 こちらがやったことではない。オリオンが完全に戦闘モードに突入したのだ。

 僕たちはオリオンの連中をペテンにかけようとしたのだが見抜かれてしまったらしい。

「ステルスモードでアエトラに針路変更。急げ!」

「はい」

 キャプテンは冷静だった。しかし困ったことになった。これで恐らく戦闘は避けられない。

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