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第17話  「敵」との戦い

 僕たちの乗るステルス戦闘艦マクベスは、一時間後には小惑星アエトラの正面で、地球連邦宇宙軍の宇宙巡航艦オリオンを待ち受ける羽目に陥っていた。

 距離は一〇万キロを切っている。あと三〇分もしないうちにレーザー砲の有効射程だ。

 地球連邦宇宙軍の通常兵器の有効射程は、高出力レーザー砲が五万キロ、電磁誘導砲と通常ミサイルは一万キロといわれていた。

 レーザー砲は、技術的な制約から有効射程を超えると光が拡散して相手を破壊することができなくなる。

 また、電磁誘導砲は、有効射程を超えても破壊力は衰えないが、着弾に時間がかかり、相手が回避しやすくなるととともに、そもそも命中させるのが難しくなる。

 ミサイルも破壊力は衰えないものの、有効射程を超えると推進剤が切れ、目標の追尾ができなくなる。

 それらが『有効射程』の意味するところだった。

「敵に向かってリモートミサイル散布。六発ずつ、三回に分けて、計十八発」

「リモートミサイル十八発、常温ガスで順次バラまきます」

 リモートミサイルはステルス艦ならではの武器だ。武器の使用によって艦の位置が特定されないよう、艦から十分離れた空間点で遠隔操作で推進剤に点火する。

 今回、敵はこちらに向けて航行しているので、移動能力を有する機雷を敷設したような恰好になる。

「電磁誘導砲の充電状況はどうか?」

「一〇〇パーセントです」

「液体窒素による強制冷却装置に異常はないか?」

「大丈夫です。キャプテン」

 赤毛のエリーが小気味よくキャプテンと会話している。

 電磁誘導砲は発射時にジュール熱が発生し、赤外線センサーによる索敵が容易くなる。

 また、発射装置が過熱することで連続砲撃に支障を来すため、発射装置全体を冷却することが必要になるのだ。

 僕はこの時、完全に状況に流されるだけの存在になっていた。

 僕は、本来が地球人で、地球にお母さんがいて、地球連邦宇宙軍にはかつての仲間がいる。

 このままでは、祖国と、そして、直接の知り合いではないにしても、かつての仲間と戦火を交えることになってしまう。何とか回避する方法はないか、僕は頭の中で必死に考えていた。

「……マサヤ」

 ぼうっとしていたら、キャプテンが僕に呼び掛けていた。

「あっ、はい」

「ミサイルは射出した。直ちにステルスモードで移動してくれ」

「わかりました」

 先程散布したミサイルは慣性の法則に従い、宇宙空間を宇宙巡航艦オリオンに向かって漂っている。リモートコントロールで点火すると高速でオリオンに襲い掛かる寸法だ。その時には僕たちは移動していて、ミサイルの推定発射宙域にはいない。

 僕はアエトラの公転面から『下』に向かって移動を開始した。

 彼我の距離が五万キロを切る。

「敵艦、ミサイル発射!」

「迎撃しますか?」

 バラクの緊張した声に、エリーの元気のいい声が被った。

 意図の判らないミサイルだ。

 通常ミサイルの有効射程の遥か外側からの発射で、おまけに弾道はアエトラの上下左右四方向に飛翔しており、本艦に狙いを定めているようには見えなかった。

「射線でこちらの位置が知れる。やり過ごせ」

「わかりました」

 エリーは射撃を許可されず、少し残念そうな声を漏らす。

「ミサイル、爆発します!」

 バラクの声がした。

 光学モニターに視線を移すと、相手のミサイルはこちらが何もしていないのに、暗黒の宇宙空間に大輪の菊の花を咲かせていた。

 そして、爆発の光はすぐに消えることなく、次々に小さな菊の花を生み出し続けた。

 打ち上げ花火そっくりだ。しかも、光は強く、持続時間も長い。

「きれい」

 ノーラが僕の横でうっとりとした表情を浮かべていた。

 しかし、これはそんなロマンチックな代物じゃない。

「照明弾だ!」

 僕の叫び声とともに、中央制御室内に、けたたましい警戒音が鳴り響いた。

 レーザー照準器でロックオンされたのだ。

 ステルス戦闘艦が潜んでいると予想して、光学カメラでマクベスを捕捉することにしたらしい。相手の狙いはぴたりと当たってしまった。

 マズい、この距離は高出力レーザー砲の有効射程内だ。

「回避運動開始!」

 特に誰からも命じられなかったが、僕はステルスモードのまま、その場から飛びのいた。

「左舷、第一装甲板、損傷!」

 バラクが悲鳴に近い声を上げた。特に衝撃は感じなかった。

「アエトラに向け、全速で後退します!」

 僕は命令を待たず、回避運動を行いながらステルス艦を後退させた。

「何をする!」

「敵をアエトラに近づけてどうするつもりなの」

 背後で副長が不満の声を上げ、ノーラが僕のこめかみに銃口を突きつけた。

 これだから素人は!

「アエトラのことは、もうバレている! 生き残るにはこの方向しかない!」

 僕は思わず声を荒げた。それに対して、銃口がさらに強く押し付けられた。

 仕方ないので説明を追加する。

「アエトラを盾にする! それに、この方向なら先程のミサイルが無駄にならない!」

 僕はキャプテンの聡明な判断に期待した。

「アエトラの背後に回り込め、ステルスモードから戦闘モードに移行!」

 キャプテンの声が響き、銃口が側頭部から離れた。僕はキャプテンに感謝した。

「右舷、第一装甲板損傷!」

 レーザー砲による攻撃は爆発を伴わないため、被害が自覚しづらい。

 しかし、バラクの報告によれば、じわじわと外部装甲板を切り裂かれているらしい。

「高出力レーザー砲による反撃を開始します!」

 エリーが宇宙巡航艦オリオンに向けて、レーザー砲による攻撃を開始した。しかし……

「やはり、ダメか」

 オリオンの鏡面装甲はマクベスの発射したレーザー光線を乱反射していた。

 命中はしているものの、ダメージに結びつかない。

 僕は回避運動をさらに変則的に行いながら、全速力で直径約四十三キロの小惑星アエトラに艦を寄せた。

「アエトラの背後に回り込み、減速します!」

 このままのスピードでアエトラを周回すれば、数秒で一周し超楕円軌道をめぐるので、アエトラを盾にすることができなくなる。

 減速に伴う強烈なGが僕たちに襲い掛かかった。

「リモートミサイルと敵艦の距離、一万キロを切ります!」

 Gに耐えて歯を食いしばりながら、バラクは声を絞り出した。

「リモートミサイル点火!」

「点火します!」

 キャプテンの指示に、待ってましたとばかりにエリーが反応し、十八発のミサイルが同時に宇宙巡航艦オリオンに襲い掛かった。

 その瞬間、マクベスはアエトラの背後に回り込み、一瞬、状況が見えなくなった。

 この期に及んで、僕は誰も死にませんようになどと、神様に都合のいいお願いをした。

 数秒後に再び状況が確認できるようになると、宇宙巡航艦オリオンのパルスレーザーミサイル迎撃システムが、接近するリモートミサイルを次々に切り裂き、虚空に爆発の花を咲かせているところだった。

 しかし、オリオンにとっては不幸なことに、そして、マクベスの乗員にとっては幸運なことに、十八発のミサイル全ては迎撃されなかった。

 一発のミサイルが艦尾のエンジン付近に命中し、オレンジ色の火球が広がった。

「やったか!」

 中央制御室に歓声が上がる。

 宇宙巡航艦オリオンは艦尾付近で小爆発を繰り返し、右に軌道がズレ始めた。推進機関が大破し、コントロールを失ったようだ。

「キャプテン! とどめを刺しますか?」

 エリーが瞳を輝かせて、キャプテンの方を振り返っていた。恐らく彼女は正しい。

 しかし、僕は、これ以上かつての仲間を攻撃したいとは思わなかった。

「電磁誘導砲、発射用意」

 僕の暗い気持ちを知ってか知らずか、キャプテンは極めて妥当な命令を下した。

 鏡のように光を反射する鏡面装甲の宇宙巡航艦をレーザー砲でいくら攻撃しても効果は期待できない。相手がコントロールを失っているのであれば、まともな回避運動はできないだろうから、多少距離が遠くても電磁誘導砲を使うのが効果的だ。

「艦首を敵に向けます。コントロールをこちらに」

 電磁誘導砲は砲弾の加速距離を稼ぐために、艦の長さに匹敵する『砲身』を艦底部に設置してある。旋回砲塔を持たない固定式の大砲だ。

 僕は一瞬躊躇したが、結局、艦の姿勢制御ノズルのコントロールをエリーに明け渡した。 

「レーザー照準器ロックオン、電磁誘導砲、発射準備完了」

「発射!」

 中央制御室が軽い振動に包まれた。連続三回。

 若干のタイムラグを経て、そのうちの一発が宇宙巡航艦オリオンの左舷に命中した。

 白い閃光とともに、オリオンの装甲板が弾け飛ぶ。金属と合成樹脂の複合装甲が、煙のように細かい破片となって飛散した。

 誘爆は起きなかったし、艦体が千切れることもなかった。オリオンはただ沈黙し、慣性航行で僕たちからどんどん遠ざかっていった。

「追撃しますか?」

「いや、その必要はないだろう」

 副長の進言に、キャプテンは首を振った。その顔は、大層疲れているように見えた。

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