第15話 協力依頼
「あ~あ、つまんねぇ」
ダニエルのぼやく声が耳元で聞こえた。
僕たちは、二人セットでトイレ付き個室に軟禁されていた。
ここがどこなのかよくわからないが、あるかないかわからない程度の微弱な重力が一定して感じられるので、宇宙船の中ではなく小惑星の中ではないかと推測された。もっとも宇宙船が弱々しい推力で加速し続けても同様の疑似重力が発生するので絶対ではない。
室内は、白と深みのあるブルーを基調にした清潔で落ち着いた感じの内装で、なかなかどうして、趣味の良い上品な感じだ。
しかし、本来一人部屋と思われる部屋にダニエルと一緒にブチ込まれている上、情報端末も取り上げられていたのが最悪だった。ぼやく以外、時間のつぶしようがない。
「いつごろ、釈放してくれるんだろうね」
「知るか! はぁ、元軍人なんか採用するんじゃなかった」
「ユウリは捜索願とか出してくれてるかなあ」
僕は子供好きの女性事務員のことを思い出した。それとラッセルの可愛い笑顔も。
「あてになるもんか」
ダニエルは思い切り不貞腐れている。
「だって、このままだと、宇宙資源開発公社の委託契約を遂行できないよ。何らかの手段で小惑星アエトラに対する再調査が行われるんじゃないかな」
「だとしても、それで俺たちが救出されるとは限らねえだろ!」
「確かに」
ここが小惑星アエトラだとして、ステルス戦闘艦の連中が僕たちを放っておいてくれるとは限らない。船に乗せて連れ去られたり、口封じのために殺されたりする可能性もある。
「なぁ、地球連邦宇宙軍との秘密の連絡方法とかないのかよ」
「そんなもん、あるわけないよ」
僕は激しく首を振った。
僕の顔を覗き込むダニエルは、僕が地球連邦宇宙軍のスパイである可能性に一縷の希望をかけているようにも見えた。それは僕たちを尋問した連中の勝手な妄想であって、事実ではない。
「お食事で~す」
明るい声が響いて、扉の横に設けられたポストのような隙間から黒パンとチューブに入ったユーグレナドリンクが差し入れられた。
差し入れに来たのは、ツインテールの少女、カマラ・カーンちゃんだ。
食事は人道的にきちんと支給されていたが、資源探査船スズカゼの在庫を利用しているらしく、食事内容に改善も悪化もなかった。
「ねえ、カマラちゃん。俺たちの乗ってた宇宙船の中に自動販売機があるんだけど。そこでミートボール買ってきてくれないかな。お金は渡すから」
「う~ん、どうしようかな。余計な事すると、パパに怒られちゃうし」
「そんなこと言わないでさぁ」
ダニエルは情けない声を出した。
カマラちゃんは優しそうなので、情に訴えれば何とかなると思っているようだ。
「娘をたぶらかしたりしないで欲しいもんだな」
「げっ、ハゲおやじ」
「あっ、パパ」
カマラちゃんしかいないと思ったら、スキンヘッドのおやじが背後から現れた。
「お二人のうち、メインパイロットはどちらですか?」
ノーラもいるらしい。扉の向こうから真面目そうな女性の声がした。
「それは、こいつ、マサヤ・マツダイラの方だ」
どんな理由での質問か探りもせずにダニエルは即答した。勘弁してほしい。
「ではマサヤさん、ひとりで部屋から出てください」
部屋の扉が開いた。
廊下ではカーンのおやじとノーラが、無骨なレーザー銃をこちらに向けて構えていた。
部屋から出ると僕は目隠しをされて、かなりの距離を移動した。
長い廊下を通り、エレベーターに乗り、エアロックと思しき区画を通過した。
感覚的には、小惑星内に設けられた居住区画から宇宙船の中に移動したようだ。
目隠しが外されると、僕の目の前には例の金髪のイケメンが立っていた。
周囲の様子を見ると、案の定、宇宙船の中央制御室だ。薄暗い中、イケメンのほか数人の男女が僕を取り囲むように立っており、空間投影された各種モニター画面が、間接照明のようにあたりを照らしている。
「君にお願いがある」
「僕にですか?」
地球連邦宇宙軍のスパイかも知れない人間に、この金髪のイケメンは一体何をお願いするというんだろう。
「操艦を手伝って欲しい」
「はぁ?」
びっくりだ。リスクヘッジはどうするつもりなんだろう。裏切るかもしれない人間に操艦を任せるのは、かなりのハイリスクだ。
「我々の拠点に敵が接近している。緊急に出動しなければならないが、メインパイロットが急病でね」
僕は改めて周囲を見回し人数を数えた。僕も含めて六名だ。
「予備のパイロットはいないんですか?」
「申し訳ありません。私に代わりが務まれば」
キャプテンの右横に立っていたノーラが、本当にすまなさそうな表情で頭を下げた。
「ノーラのせいじゃない。気にするな」
キャプテンはそう言いながら、手のひらでノーラのプラチナブロンドの頭を軽くポンポンと叩いた。イチャイチャ感がすごくて、とても腹立たしい。
「シェ・シンイーのおっさんが大事な時にぎっくり腰なんかになるからだ」
ノーラの隣にいたノーラよりも少し背が低く、肩幅の広いロングヘアの女性が憎々しげな声を絞り出した。燃える様な赤毛で、そばかすの目立つ若い女性だ。
「で、どうなんだ。やってくれるか?」
キャプテンは、あくまでも僕が自主的に協力したという体裁をとりたいらしい。
「断る選択肢はあるんですか? それに僕が皆さんの不利になるような操艦をするかもしれませんよ」
「その場合、あなた様やあなた様のご友人が御不幸に見舞われることになります」
キャプテンの左横に影のように佇んでいたグレイの頭髪のやせ形の男が、慇懃な口調で低い声を響かせた。
背筋がまっすぐ伸びていて姿勢がいい。年齢は五〇歳前後だろうか。妙に丁寧で、まるで執事のような物腰だ。もっとも僕は創作の世界でしか執事を知らないけど。
「結局、脅しなんですね」
「すまない」
僕のつぶやきに金髪のイケメンは真摯に応えた。
どうも調子が狂う。とても非合法組織の人間とは思えない。
「わかりました。ただ、このサイズの宇宙船の操縦は初めてなので自信はありません」
「十分だ」
「そうと決まれば、急いでいただきましょう。操縦席はこちらになります」
執事のようなおじさんが丁寧に僕を座席に誘導した。
「副長、細かい指示を頼む」
「かしこまりました。目の前がコンソールになります。操作方法はわかりますか?」
僕の真後ろに座った副長と呼ばれた執事のようなおじさんは、優しく訊いてくれた。
「大体は」
恐ろしいことに操縦装置は地球連邦宇宙軍の軍艦と基本仕様が同じだった。造船会社が同じなのか、この艦自体が元々軍艦だったのか……
僕は、思わずデータベースを呼び出して、この艦の諸元を確認した。
艦の全体像を示す図面を見たところ、艦はサメのようなフォルムでデルタ翼を備えた多面体、全長一五〇メートル、全幅八〇メートルだった。質量は一万トン。地球連邦宇宙軍の標準的な宇宙駆逐艦よりも一回り小さい。地球連邦宇宙軍の軍艦で一番サイズ的に近いのはステルス偵察艦だろうか。
特別強力な武装はなかったが、高出力レーザー砲や、電磁誘導砲、ミサイルなど、一通りの装備は備えていた。
ちょっとやそっと、お金を出せば簡単に手に入れられるというような代物ではない。
「皆さんは宇宙海賊ってことで良いですか?」
キャプテンといい、副長といい、ノーラといい、とても上品で育ちがよさそうで、巷の宇宙海賊のイメージとあまりに違いすぎた。装備も整っているし、それなりの資金力もありそうだ。
「地球人の多くは、我々のことをそう呼んでいらっしゃるようですね」
「我々は盗賊の類じゃない! 火星独立のための組織、火星解放戦線。それが我々だ」
斜め後ろに座っていた赤毛の若い女性が、副長の回答に反発するように声を上げた。
「う~」
赤毛の女性とは反対側、僕の斜め後ろに座っていた黒い癖っ毛の若い男が唸った。
「えっ、何、言っちゃまずかったの? バラク」
「ダメに決まってる」
バラクと呼ばれた男は、太い眉の下の大きな黒い瞳を赤毛の女性に向けた。
「まったく軽率ですね」
二人の間に座っていた副長が冷ややかな視線を赤毛の女性に浴びせる。
「まあ、ともかく、頭を吹っ飛ばされたくなかったら、真面目に操艦することだ」
赤毛の女性はバツが悪そうだった。
「私に引き金を引かせないでくださいね」
僕の隣の仮設シートに座り、レーザー銃を持ったノーラが真顔で話しかけてきた。
優しい声なのにマジで怖い。
「ところで、あのスキンヘッドのおじさんは?」
「カマル・カーンなら、あんたの仲間のところだ。あんたが何かしでかしたら、すぐにお仲間をぶっ殺すことになっている」
ふと心に浮かんだ疑問を口にすると、赤毛の女性から有難い情報がいただけた。
あえてダニエルに不幸な目にあってもらうという選択肢も考えられたが、狭い宇宙船で数日一緒に過ごしたことで情が移っていた。死なせたりしたら夢見が悪い。
こうして僕は二重に脅しをかけられて、不本意ながらステルス戦闘艦を操艦することになってしまった。