第13話 遭遇
僕たちは、ようやく目的地の小惑星アエトラに到着した。
小惑星には炭素を主成分とするC型、ケイ素を主成分とするS型、金属を主成分とするM型があり、アエトラはM型の小惑星だった。資源開発に利用されるのは、押しなべてM型の小惑星だ。
アエトラの直径は約四十三キロ、太陽系内に数十万個存在するといわれている小惑星の中では比較的大きい方だ。細長い楕円軌道で太陽をめぐり、太陽に近づくときは火星軌道の内側に入る。そのため、比較的開発しやすい小惑星と目されていた。
「サラちゃん、宇宙資源開発公社が送り込んだ資源探査機は見つかった?」
アエトラの周りを回りながら僕たちは行方不明になった無人資源探査機を探していた。
記録によれば、探査機はアエトラへの着陸態勢に入った後、消息を絶ったそうだ。故障か、太陽フレアのような自然現象か、天体との衝突か、原因はわかっていない。
『今のところ、発見できません』
ダニエルの質問に人工知能のサラは、落ち着いた声で答えた。
僕は、人工知能任せにせず、光学モニターでアエトラの表面をじっと観察していた。
しかし、無人探査機の欠片すら見当たらない。
アエトラはジャガイモのように歪な形で、表面には他の天体との衝突で小さなクレーターがいくつもできていた。
「なんだ? あの穴は?」
アエトラを周回しているうちに、そのクレーターの一つが、とても深いことに気がついた。影が濃く底が見えない。よほど高速で小天体が衝突したのだろうか?
「サラ、僕が指さすクレーターの深さ、測定できる?」
僕は空間投影された光学映像の一部を指さした。
「深さ五〇〇メートル以上と推定されます。正確な測定のためには、指摘ポイントの真上で、本船とアエトラの相対速度をシンクロさせる必要があります」
「たしかに不自然だな」
ダニエルが珍しく真面目な顔でつぶやいた。
「じゃ、帰ろっか。サラ、帰還軌道を計算して」
自然なものでなければ人工物だ。おまけに宇宙資源開発公社が関与したものではない。そうなればおのずと答えは限られる。君子危うきには近づかずだ。
「はぁ? 中途半端な報告はできないだろ、しっかり調べないと。俺たちはプロなんだから」
普段、不真面目なくせに、ダニエルはとても真面目な主張を展開した。
「嫌な予感しかしないんだけど」
「いいから行くぞ!」
「え~」
一応探査船の責任者はダニエルだ。彼の判断に従わざるを得ない。
僕はレーダーや各種センサーの状況を確認しながら、いやいや穴に近付いた。周囲には、僕たち以外に何者もいない。
「穴の深さを再度計測します……穴の深さは二キロと推測されます」
「直径はどれくらい?」
「穴の直径は約一〇〇メートルです」
僕の質問にサラは間髪入れずに答えた。
小天体の衝突でできたクレーターではない。明らかに人為的に掘られたトンネルだ。
「穴の中は、どうなってるんだ? なんかいるか?」
「レーダー、赤外線センサー、光学カメラ、ともに反応ありません。円筒形の空間が広がっているだけです」
「じゃあ、中に入ってみようぜ」
「え~、やめようよ」
「聞いたろ! 中には何もいねえってよ。ビクビクすんな。それでも元装甲擲弾兵か?」
結局、僕は最後の一言にカチンと来て、嫌な予感に苛まれながらも穴の中に入ってしまった。
穴の入り口付近は天然クレーターのように偽装されていたが、少し進むと妙に滑らかでキレイな壁面が続いていた。
「これ、多分、レーザー削岩機を使ったんだよね」
「ああ……誰もいねえってことは試掘しただけってことか?」
「もう、いいかな。帰って」
「いや、穴の底まで降りるぞ。盗掘した奴らの手掛かりがつかめるかもしんねえ」
僕は溜息をついた。
しかし、さらに降りようとしたところで異常に気付いた。通信機器や各種センサー類が、正常稼働しなくなったのだ。
「ジャミングだ! 通信不能!」
「は?」
僕は弾かれたように反応したが、ダニエルは間抜けな声を漏らした。
電子戦を仕掛けられたのだ。これでは周囲の状況もつかめなければ助けも呼べない。
「脱出する!」
僕はダニエルの返事は待たずに、慌てて資源探査船スズカゼを反転させた。
「!」
しかし、今までレーダーや赤外線センサーに何の反応もなかったのに、光学モニターには漆黒の宇宙船が画面いっぱいに映っていた。穴を塞ぐようにして、僕たちの船の前に立ちふさがっている。
「ステルス戦闘艦……」
全体のフォルムは把握できなかったが、のっぺりした装甲の一部が展開し、格納されていた高出力レーザー砲の旋回砲塔が出現しはじめた。
レーダーや各種センサーを欺くステルスモードから、攻撃力重視の戦闘モードに移行しているのだ。
「何やってんだ! 早く逃げろよ!」
ようやくダニエルが叫んだ。当然、僕も、そのつもりだった。
しかし、見たところ進路はほぼ完璧にふさがれている。
だから、僕は人工知能のサラに脱出ルートを検討させようとしたのだが……
「ネットワーク上のノードが検索されています」
サラから返ってきたのは計算結果ではなく、『悲鳴』だった。
「サービスポートのスキャニングに移行しています」
「おい、これってなんだ!」
「ハッキングだよ! こっちの人工知能が乗っ取られようとしているんだ!」
「やべえじゃん!」
「過負荷を狙ったパケット攻撃が開始されました。セキュリティシステム作動します」
「がんばれ、サラ!」
ダニエルが人工知能に声援を送っている中、僕は人工知能の助けを借りずに完全な手動での操縦に切り替えるべくコンソールを操作した。
「警告、警告、不正通信をシャットアウトできません」
「どうすりゃいいんだ!」
ダニエルがうるさくて作業に集中できない。
「わかんないよ。僕はコンピューター技師じゃないんだから!」
「メインエンジン、停止します」
コンソールのキーを叩いても反応がなくなった。
マズイ、完全に乗っ取られてしまったらしい。
「負けちゃったの?」
「どうも、そうらしい。舵も利かないよ」
すべて手遅れになってしまった。打つ手がない。
「相対速度同調。ドッキングシークエンスに移行します」
「あっ、何、勝手なことやってんだよ。サラ!」
「エアロック解放準備」
どうも、相手はこちらに乗り込んでくるつもりのようだ。
人工知能のサラは、敵の手先になってしまった。
「ダメじゃん。どうするの?」
「とりあえず降参するしかないんじゃない? きっと、ダニエルの大好きな宇宙海賊だよ、会えてよかったね」
「今、それ言うか! 俺は、やだかんな! 元軍人だろ! 何とかしろよ!」
「そう言われても」
だから、逃げようと言ったのに。
「俺は戦うぞ!」
そうは言ってもステルス戦闘艦まで持っている相手だ。町のチンピラじゃない。
「こちらに武器はないよ。相手は武器を持っていると思うけど」
「畜生、素手なら負けねえのに。俺は殴り合いで負けたことがねえんだ」
確かにダニエルは腕っぷしは強そうだ。とても火星人とは思えない。火星は重力が0.4Gと弱いため、生粋の火星人はスリムで背の高い人間が多い。よく地球のマッチョな人間は彼らのことを『火星もやし』と呼んで馬鹿にする。しかし、ダニエルは胸板が厚く筋肉質だ。
「それが事実だとして、どうやって君が得意だと主張する殴り合いに引き込むの?」
「それはお前が考えろ!」
「おかしくない? それが一番の難問だと思うけど」
そう言いながらも、確かにやられっぱなしで無条件降伏するのは悔しかった。
それに、船を無傷で手に入れた後、相手が僕たちを生かしておいてくれる保証はない。
変な話だが、上官から指示されず自分で戦術を検討することに僕はやりがいを感じた。僕は士官学校の出身ではなかったので、あのまま軍にいれば、きっといつまでたっても、戦術や戦略を考える立場にはならなかっただろう。
僕は、資源探査船スズカゼが搭載している物品を慌てて確認した。そして、閃いた。
いろいろなケースを想定して頭の中で、自分の考えた作戦をシミュレーションしてみる。
完璧じゃないがイケると思った。
「死んじゃうじゃねえか!」
しかし、僕が一生懸命考えた作戦に、ダニエルは思いっきり不満を表明した。
「文句があるなら対案を出してくれる?」
僕は口を尖らせた。なんとかしろといったのに勝手な奴だ。
いずれにしても時間がない。
僕はダニエルの返事は待たずに船内を飛び回って必要なものをかき集めた。
やがて、操縦室の自動ドアが開いた。
入ってきたのは、二人組だった。
僕は素早く自動ドアに電源を供給しているケーブルをニッパで切断した。
これで、他の人間が追加で部屋に入ってくることも、今いる人間が出ていくことも出来なくなった。時間が稼げるはずだ。
入ってきた二人組は軍用の角ばったレーザー銃を片手で構えていた。
一人は顎髭にスキンヘッドで褐色の肌のゴツイおやじ、もう一人はほっそりしているがナイスバディの背の高いキレイなお姉さんだった。
二人とも身体にフィットした黒と赤の簡易宇宙服姿で、ヘルメットは被っていない。
「撃つな。お前たちのためにもな」
ダニエルが低い声を響かせ、凄みのある顔でニヤリと笑った。ハッタリは合格点だ。
僕たちは資源採掘用の爆薬を養生テープで簡易宇宙服に張り付け、チョッキのように身にまとっていた。
引火の恐れがない刃物でも持っていれば別だが、これで相手はうかつに武器を使えないはずだ。レーザー銃なんかぶっ放した日には本当に大惨事だ。
「手荒なことはしたくない。俺たちの要求を聞いてもらおうか」
ダニエルは胸を張り、自信満々で言い放った。
操縦室に入ってきたやつらを爆薬で脅迫したうえで、必要に応じて白兵戦で倒し、そいつらを人質にして脱出するというのが僕の立てた大雑把な作戦だった。
「俺は手荒なことが大好きなんだがな。小僧」
しかし、スキンヘッドのおやじは余裕の笑顔で切り返した。全く脅しが効いていない。
「おもしれえ!」
ダニエルが切れた。わりと挑発に乗りやすいタイプらしい。
「勝ち目はありませんよ」
背の高いお姉さんの声は、静かで丁寧だった。
「そいつはどうかな」
ダニエルは無重力の室内で、スキンヘッドのおやじに文字通りとびかかった。
飛び蹴りでもしようとしたんだと思う。
しかし、スキンヘッドのおやじは蹴り足をかわしながらダニエルの右足首を脇に挟み、自分の両足を素早くダニエルの身体に絡めた。アキレス腱固めと思われる関節技だ。
「いてぇ!」
瞬殺だった。ダニエルはジタバタしていたが、どうにもなりそうにない。
まるでタコにつかまった魚だ。
「ぶち壊しじゃん!」
僕は思わずダニエルに向かって叫んでいた。
「うるせえ! ヘタレ軍師! ぎえ#$%&」
ダニエルが顔をひきつらせながら言い返してきたが、関節技に力が籠められると、何を言っているのか判らなくなった。
「このぉ!」
僕はスキンヘッドのおやじに殴りかかった。
白兵戦技の成績はあまり良くなかったが、なんとかなると思った。
関節技や絞め技系の格闘術は、一対一では絶大な威力を発揮しても、多対多の乱闘には向いていない。ダニエルに関節技をしかけているスキンヘッドのおやじは、僕の攻撃には無防備のはずだった。
「あなたも抵抗するんですか?」
しかし、僕は甘かった。
ほっそりした背の高いお姉さんを、荒事が苦手な、おしとやかな女性と勝手に判断していたが、そうではなかったのだ。
よくわからないうちに彼女は僕の背後に移動していた。
そして、状況に似つかわしくない優しい声で、耳元でささやきかけた。
気が付くと細い腕がするりと僕の首にまとわりついている。
ふわりと甘い香りが漂い、背中に柔らかい感触を感じた。
不謹慎な快感に抗いながら、僕は慌てて気道と頸部の血流を確保しようとした。
しかし、失敗した。
「おやすみなさい」
彼女の声は優しく、耳には暖かい吐息が吹きかけられた。
苦しくはなかった。むしろ気持ちよかった。
スリーパーホールドだ。頸動脈をキレイに絞められ、僕は眠りに落ちるように意識を失った。




