3、司教に会いに行きました。
私はまず、黒死病対策には何が有効であったかを、思い出して書き出していくことにした。
黒死病の原因として、一番有名なのが、まずはネズミが媒介するペスト菌。
ペスト菌の媒介は、ネズミに付くノミも大きな役割を持つ。
つまり、街を清潔にして、ネズミの繁殖を抑えることが、第一の感染防止になる。
けれどこれが全てではない。
ひとたびペスト菌が人に移れば、ヒトからヒトへの感染で、再び感染者は増大する。
その場合、感染者の隔離はもちろん、手洗いやうがい、消毒も感染の拡大防止に役立つだろう。
次に大切なのが、感染者の早期治療。
本来であれば、感染初期に抗菌剤を投与すれば、症状の改善がみられるはずだと思う。
けれどここで致命的なのが、この世界には抗生物質などないという現状である。
残念ながら、文系を専攻していた私に、抗生物質の作り方は分からなかった。
確か青カビから最初の抗生物質であるペニシリンを発見したらしい、程度の知識は持っていたけれど、ペニシリンがペストに効く保証はなかった。
そこでまた、私は小説で読んだ知識を頑張って思い出すことにした。
確かこの世界において、聖職者だけは回復系の魔法を多少使うことができていた。
使える魔法は大きく2つ、回復と解毒だった。
けれど、この2つの魔法は、どちらもペストには効かなかった。
回復は、体内の病原菌まで活性化してしまっていたし、解毒では毒素のみ消すことに成功したけれど、病原菌は消えなかったので、根本治療にはならなかった。
ここで後ほど聖女のみが獲得した『浄化』の力が、長い黒死病との戦いに終止符を打つことになる。
つまりこの世界において、黒死病の戦いに勝つためには、聖女に早く浄化の力を獲得して貰い、あわよくば、聖女以外もその力を使えるようにすることだった。
「聖堂と、街……。」
これで考えがまとまった。
まず最初に行きたいのは、聖堂と街の2ヶ所。
街を通って聖堂に行けば、1日で2ヶ所廻るのに無理はなかった。
まずは街を歩き、衛生対策を考える。
次に聖堂に行き、浄化の力について確認をする。
昨日、聖女宣言の儀式を途中で抜けてしまったお詫びだと言えば、怪しまれることもないだろう。
そうと決まれば、私は明日のために今日は早くに眠ることにした。
そして翌日、聖堂に挨拶に行くという名目で、私は外出することができた。
まだ体調が心配だからと、私の隣には侍女のアンナが同行してくれている。
アンナは私が小さい頃から身の回りの世話をしてくれている、優しくて信頼のできる侍女だった。
本当は徒歩で街を廻りたかったけれど、聖堂までの距離はそれなりにあり、女二人では危ないとのことで、馬車で行くこととなった。
そして、そこで見た光景は、劣悪の一言だった。
狭い道、密集した建物。
地面には馬糞や家畜の糞がそのまま落ちていて、道中央の溝に溜まっている。
日当たりは悪く、常に悪臭が漂っている。
何故今まで生きていて、この街の問題に気付かなかったのだろうかと不思議になるほど、街は不衛生な空間だった。
街の改善のためには、まずは道路と上下水道、建物自体を建て直すことが必要だった。
これは、例え公爵といえど、一貴族だけでできることでは、到底なかった。
国家レベルでの大事業で改革しなくては、とても根本的な解決はみられないだろうと分かる。
とは言え、草の根レベルであったしても、きっとできることはあるはずだった。
まずは、いかにして、この汚い道を清潔にできるだろうかと、私は馬車の中から道路を見て考えていた。
しばらく馬車を走らせると、馬車はようやくサン・ソーヴル大聖堂へと到着した。
大きなゴシック様式の聖門の両隣には、列聖されている過去の聖人達の像が彫刻されていた。
その門を開けてもらうと、フランセイズ王国最古と言われる、広く洗礼所があり、大きなパイプオルガンと、フレスコ画が飾られている。
「失礼いたします。」
私はまず、祭壇の先の神に向かって挨拶をした。
「これは、わざわざのお運びいただきまして。」
私が来たことを聞いて、奥からルーアン司教が挨拶に出てきてくださった。
「こちらこそ、先日は大変なご無礼をいたしまして、誠に申し訳ありませんでしたわ。」
私は、先日宣言の儀を中座した非礼を詫びた。
「いえいえ、こちらこそ、無理をさせてしまいましたね。もう体調はよろしいのですか?」
「はい、もう回復いたしました。ご心配、ご迷惑をおかけいたしました。」
「迷惑などではありませんので、どうかお気になさらないでください。」
ルーアン司教は、柔和な笑顔で、私を優しく気遣ってくださっていた。
「本当にありがとうございます。司教様のお優しさ、心に染み込んでまいります…。」
私は深々とお辞儀をすると、早速本題に取りかかることにした。
「実は、司教様、あの宣言の時、私も神より啓示を受けましてございます。」
「なんですと!?」
「フランセイズを救え、と、神は私にそうお伝えになられたのです。」
「なんとっ…!!」
私の突然の告白に、ルーアン司教は目を丸くしていた。
当然だろう。神からの啓示など、まず頻繁にあることではない。
しかしこの私に起きた、突然の前世の記憶の蘇りは、こうして神からの啓示だとして話してしまうのが、一番分かりやすいように思えた。
「詳しく、お伺いしてもよろしいですか?」
司教に促され、私は祭壇の前で、この世界にこれから起こることを告白したのだった。




