18話 躊躇しないこと
「はぁ、もういいです。ルクレシア様以外はすべて処理しましょう。皆様素敵ですから欲張ってしまいそうですね」
不満げにため息を吐いたレティシアが、心底残念そうに呟きました。レティシアが合図をすると、ぞろぞろと現れる兵たち。
「マリアさんつまらないですねぇ。もっと心を乱してくださるかと思いましたから、昏睡させずにいたのですけど」
「メルヒオール様が目覚めなかったのはそういうことでしたのね」
マリアを混乱させて私に傷がついたら、レティシアの目的を考えると理解しがたいですね。もしかしたらレティシアにの頭の中では、昔の私の行動を想定していたのかしら。
もうあんな子供じゃないの。ワガママで自意識過剰で自分が一番大事。
あら、今もそうね。
ワガママだからすべてを諦めない為にここにいます。
自意識過剰だからどんな相手が現れようとも立ち向かえます。
自分が一番大事だから、今ここにいる私を形成してくださった皆様を何よりも大事にしています。
「マリア、たくさんの兵はあなた一人で大丈夫かしら?」
「ええ、任せてくださいお嬢様」
その瞬間でした。司令塔となる屋敷にものすごい衝撃。床が揺れ天井がひび割れ、チリやホコリが落ちてきます。
「まさか、アンジェリカ?」
ちょっとここ一応市街地でもあるのですよ?
しかし、何も躊躇することなく轟音は鳴り響き続けます。さすがに何かを感じたメルヒオール様も起き上がりました。
「これは?」
「説明は後です! 周りの兵をお願いします!」
「ルクレシア様。いいですよ。あなたの頼みなのですから!」
おそらくこんなことができるのはアンジェリカくらいでしょう。この様子でしたら、貯蔵庫の制圧は完了したということでしょうか。
「……野蛮人ですね」
「これだけの兵どこから集めてきたのかしら?」
「クラヴィウス家が植物の研究に世界中を回る為に国が資金援助してくださりましたので」
なるほど、資金援助のお金の一部を利用していたのですね。更に他国でもお金を荒稼ぎして財産を増強していてもおかしくなさそうですね。
「それで結果も残していたのだから本当に優秀よね。でも残念。あなたが末代よ」
レティシア様ってご兄弟とかいませんよね?
あ、そういえばいらっしゃいましたね。そもそも令嬢しかいない伯爵家が娘を侯爵に嫁がせるなんてことはしないでしょう。
どこかから婿養子を迎えるのが普通。それをしないということはつまり、後継ぎの方がいらっしゃる。さっきのセリフ大間違いじゃない。
「お忘れのようですが、私には兄がいらっしゃいます。騎士団に所属してはいませんが、父や私と共に大陸中を移動している方です。隠し玉でしたが出し惜しみできる状況ではありませんね。お兄様!」
レティシアがお兄様とお呼びしますと、奥から現れたのはあからさまな巨漢。夜会でも見たことのない大男。
「すごい方ですね」
「万が一の為に秘匿にしていた兄ですので」
レティシアは兄の後ろに下がってしまいます。こちらはメルヒオール様とマリア。しかし敵兵も多くこのままでは負けてしまいそうですね。
そんなタイミングでした。突如壁の崩れる大きな音。
巨漢の男が私に手を伸ばそうとした時。男は目を見開いて驚いていたのです。
「どけポンコツ!」
巨漢に向かって飛んできた赤い弾丸は、私にどけと叫びます。
来た時と違いメイスを握ったエディータが、巨漢を吹っ飛ばしました。そしてその場で着地。
「エディータ!」
「やっぱり、誰かに護られていないと危なっかしいポンコツですね。最後まで付き合ってあげますから死ぬんじゃないですよ?」
「あなた飛んで……」
「おばあ様に投げて頂きました」
「それがジバジデオ王国の移動手段なのね」
「やっぱり死んで貰いましょうか」
吹っ飛ばされた巨漢に近づいたレティシアは、何かの液体を巨漢の口に流し込む。
「お兄様、こちらをお飲みください」
「あなた兄にまで」
「ええ、痛みをやわらげる薬です。これからあの女王もここにきますし、騒ぎになれば他の方もやってきます。もっとお兄様は頑張って頂きませんと! それと、私は末代でいいと思っていますよ?」
兄すらも殺すつもりなのかしら。そこまでして自らの欲望を満たしたいの?
巨漢とエディータが互角に打ち合う。近くにいるマリアやメルヒオール様も目を丸くして驚いていますが、それでも私たちに敵兵が近づかない様に戦ってくださっています。
そしてゆっくりと歩いてきたのはアンジェリカにお兄様にエミリアさん。
さすがに他の方々は投げませんでしたね。
「……クラヴィウスの跡取り」
一応お兄様は面識があった様子。隣り合う領地の跡取りですものね。私は面識ありませんでした。親友の兄ですのに。
そして空いた壁から吹くそよ風。この風の先に現れたのは、先ほど離れ離れになったグレイ様とヨハンネス。
「ルー!」「お嬢様!」
ここにたどり着いた方々が、無数の彫像を見て唖然としています。
何人かは顔見知りの方もいらっしゃったのでしょう。ヨハンネスとメルヒオール様もヤーコフに気付きます。
「説明はあとよ! レティシアが逃げちゃうわ!」
指令室となる屋敷には高い塔があり、レティシアはどんどんその塔の上を目指して逃げ出します。私とグレイ様とヨハンネスがその後を追い、皆さまは下で防衛。
更に大勢の声が聞こえるようになりました。ジェスカ達かしら?
後方から何者かかが階段を駆け上がる音。味方の誰かだと助かりますが、今は待っている時間はありません。
レティシアを追いかけることに集中。追いかけられるレティシア。
そういえばこれだけ走っているのに、転ぶ気配がしない。
今まではバランス感覚もありませんでしたが、いつの間にかそういうものまで手に入れていたのですね。
皆様と歩んできた道。苦しいことばかりでしたが、今の私にとっては何よりも財産となりました。
レティシア。最後の感謝よ。あなたがいなければ私はこんなにも大事なものを手に入れられなかったかもしれない。
でも絶対に許しません。
塔の頂上。アンジェリカの破壊によりやや傾いています。これでもし、私達がここにいて破壊によって倒壊したら死んでいたじゃない。
レティシアが不意に頂上にセットされていた防衛用の弓矢を拾い上げ私達に向けてきました。
「ヨハンネス。あれって剣で落とせたりするのかしら?」
「難しいと思いますが、あなたに傷はつけません」
「ユーハン、彼女多分僕たちを狙うつもりないよ」
かつて、ジェスカたちに捕まった頃。東方の方々が矢の雨を防いで見せてくださりましたが、本来は一本でも難しいのですね。
そんなことよりグレイ様は何かに気付いた様子。よく見ればレティシアの矢の向きはやや上向き。
「ここに逃げ込んだのは何も籠城が目的ではないのでしょう?」
「私程度では、時間稼ぎにもなりませんね。理由は簡単です。ここにも脱出経路が存在する。それだけです。恋人たちのレプリカを失ってしまうのは残念ですが、あなたを無事に手に入れる方が重要です」
そう言ったレティシアは、弓矢を構え、矢を放つ。私達のやや上方向に進んだ矢は、張られていたロープを射貫きました。
射貫かれたロープは垂れさがりレティシアはそれに捕まります。
ロープを握ったレティシアはそのまま反対側にある少し低い塔まで飛び移ろうとしました。
「ちょっ!?」
ロープは一本だけ。同じ芸当でレティシアを追うことはできません。
ヨハンネスがレティシアに飛び移ろうとしましたが、鎧を身にまとっている人間があんな距離飛べる訳ありません。このままでは真っ逆さまに落ちてしまいます。
グレイ様がヨハンネスの肩を引き留めます。
もっと身軽そうな何かじゃないとあれには飛びつけない!
そう思った瞬間でした。何か小柄な人が私達の間を通り抜けました。
「たああああああ!!」
それは叫びながらレティシアの掴んだロープにとびかかります。
「ルーツィア!?」「ルーツィアさん!?」
私とレティシアが同時に驚きます。それもそう。確かにルーツィアは救出されていたのでしょうけど、まさか自由の身だなんてみんなお優しいのでは?
「ルクレシア様! お幸せに」
そう言ったルーツィアは、携帯していた刃物でロープを切り落とします。
「何やってんのよばかぁあ! 貴方が死ぬことないじゃない!!」
「いやああああああああああ」
私の叫び声とレティシアの落下時の恐怖の叫び声。ですが、ルーツィアはこちらを向いて微笑んでいました。
「ごめんなさいレティシアさん。理性が壊れるお薬でしたよね。私の理性が壊れたおかげで、この高さでも躊躇せず飛べました。欲望に忠実になるってパワーですね」
ルーツィアの最後の言葉が上手く聞き取れません。レティシアに話しかけているのでしょうか。
最後はレティシアの叫び声だけが聞こえてきました。私がその場でしゃがみ込んで泣き始めると、グレイ様とヨハンネスが傍にいてくださりました。
結果、クラヴィウス伯爵はジェスカたちが捕縛。ベルトラーゾ侯爵もエディータたちが捕縛。
そしてレティシアは奇跡的に生存したところを捕縛。
最後の諸悪。私は父の元に向かう為、もう一度ベッケンシュタイン領に戻ることにしました。必要最低限のメンバーを連れて。
グレイ様の生誕祭まであと十四日。ですがもうすぐ日付が変わります。残りわずかな時間。
ルーツィア・ダンマーク。少女の生涯は悲劇だったのかもしれない。幼い頃、好きになった男の子は村人たちに殺されたこと。その男の子そっくりの王子が現れたこと。
この二つが彼女の人生を大きくゆがませた。
少女は村に復讐する為、野盗、ゴロツキたちで騎兵。その村を火の海にした。あとにひけなくなったことと、野盗、ゴロツキたちの面倒を見続けることになった。少女はこの時完全に真っ当な道を踏みはずしたのであった。
男爵令嬢であり犯罪者でもある自分は、王子とは相応しくない。だからせめて王子が幸せになればいい。少女の願いはただこれだけだった。
そして時間はこの物語の冒頭にいたる。クラヴィウス伯爵邸のお茶会。王子の意中の相手である公爵令嬢は、王子以外の男を探そうとしていることを知ってしまった。
そしてそのお茶会にて少女はレティシアに理性を完全に壊す麻薬を盛られた。
刺客を送り殺そうともしたが失敗。夜会にて別の男と同伴してきた公爵令嬢を見て完全に憤慨。絶対に殺そうと動き出すものの、結局は公爵令嬢の行動力に負け王宮に軟禁されてしまった。
そして良い被検体になるとめをつけられ拉致されるものの、今度はかつての親友から救出された。
そして少女は、なんのためらいもなく飛んだ。
今回もありがとうございました




