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ポンコツ公爵令嬢は変人たちから愛されている  作者: 大鳳葵生
第3章 ポンコツしかできないこと
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9話 エーデルワイスの花言葉

 エレナが崩れ落ちるように倒れそうになったところ、マルッティが支えましたわ。


 私も気が動転しそうになりましたが、エレナの方がそれ以上の反応でしたわ。生まれ故郷が戦場になろうとしている。


「ごめんなさいエレナ。私のせいで貴方の故郷を……」


「ナダル領が戦場になったのは、お嬢様のせいでは…………」


「エレナ……」


 涙こそ流していないものの、その表情に見覚えはありません。


 あなたがそういう表情をするとき、何を思っているのかわかりません。


 きっと、泣きたい気持ちが強い中、それでも私の為に平気なふりをしようとしてくれているのですね。


 何故なのでしょうか? 彼女は私の為に何故ここまで強くいられるのでしょうか?


 そんな彼女を見て、私の方が涙を流してしまいましたわ。


「エレナ、あなた泣いているわよ?」


「そんなはずありません! 私は一粒も涙など。それに泣いているのはお嬢様の方ですよ?」


「バカね。これはあなたの代わりに流した涙よ? だから泣いているのはあなた。異論は認めません」


「おじょっ、おじょうざま……わたっ私、わだじは……そんな涙の押しづけぇ……初めてでずっ」


 気が付いたら、彼女のメイド服のエプロンに赤いシミが出来上がり、私のスカートについた赤も押し付けられたように広がってしまいましたわ。


 さてと、エレナを泣かせたのは罪が重いですわよユリエ様。私は護衛達を一列に並ばせましたわ。


「戦争を止めましょう! 私たちが!」


 私の声とともににこりとするヨハンネス。少し嬉しそうにするジェスカ。やれやれと言った表情ですが、賛同してくださるマリア。豪快に笑うマルッティ。少し考えこんでいるルイーセ様。


 そして一人ポカンとしているエレナ。


「お嬢様ならそういうと思いました」


「構わないぜ。ついていくと誓ったんだ」


「元よりこの槍はお嬢様に捧げています」


「ま! そううことだ嬢ちゃん!」


「お嬢…………さま」


 エレナは信じられないものを見るかのように私と護衛達を見ています。そしてそんな時でした一人の令嬢が挙手致しましたわ。


「あの…………私もついていっていいですか?」


「はい!? いえ、待って?」


 手を挙げたのはルイーセ様。いえいえいえ。彼女を連れて行くわけにはいきませんわ。


「私、ルクレシア様の為に何かしたいのです! 確かに私は筆を握ることしかできません! ですが、きっと何かのお役に立って見せましょう!」


「ですが! 何もついて来てくださることだけがお役に立つとは!」


 それに絵が描けるだけでは何の役に? 私よりできることが多いのでは?


 いえ、私はその囮になれますし? ……これお義姉様にいったらまた怒られてしまいますわね。ですが今回も敵国の狙いは私なのですわよね。


 例えば、私が村はずれの土地や山岳地帯に逃げ込めば、戦場を村や町から逸らすことができるかもしれません。敵を誘導するのに、私以上の餌はございませんわ。


「ええい! わかりましたわ! 皆さんで行きましょう! 大切な物を護りたい気持ちに! 何かができるやできないで人を選びませんわ! 戦場に足を踏み入れる覚悟のある者だけ私の馬車に乗りなさい!」


 それに私が一番何もできませんし! 体力も不足している自信もありますわ! それでも、私自身がエレナの故郷を護りたいって気持ちの方が強いのです。私の為に泣いてくださったことのある彼女の為に!


 王宮を抜け出し、こっそり停泊所に向かいますと、私の馬車の前には銀髪の男性が立ちふさがっていましたわ。


「来ると思っていたよ」


「グレイ様。そこをどいてくださいますか?」


 グレイ様は剣を握っています。剣先を向けられたのはヨハンネスでした。


「君の護衛隊長が、僕に勝てたら、君たちの行く手を阻まない」


「グレイ様!?」


 グレイ様は確かそこまで強くなかったはずです。精々教えて頂いた宮廷剣術を扱える程度と以前仰っていましたわ。そんなあなたがヨハンネスに勝てるというのですか?


「王子殿下。私はこれでも第六騎士団副団長です。一般兵といい勝負のあなたでは傷一つつけることはできません」


 ヨハンネスも剣を抜きましたわ。本当に決闘をされますの? そう思った時でした。マリアは真剣な表情でお二人を見つめていましたわ。


「マリア?」


「私は以前とある作戦で、グレイ様とご一緒に共闘されたことがありますが、グレイ様は、お行儀の良い宮廷剣術の使い手などではありません。剣技ではヨハンネス様の方がお上かもしれませんが、どうでしょうか」


「むしろ共闘経験があることに驚いたわ」


 グレイ様が自ら戦おうとするなんて、よほど大切な物の為に剣を握ったのでしょうね。


「話し合いでなんとかなりませんの?」


「僕は今ここを離れる訳には行かない。そしてこれ以上君を僕の傍から離したくない。僕の傍なら君を護れる。だから、君を任せるなら僕より強い男である必要があると思わないかい?」


「…………私を護るって……私はそこまで弱くありません!」


「弱いとか強いとか関係ない! 君は少し異常だ! まるで災難の方から君に向かってきているように! だから誰も手の届かない場所でひっそりと咲いていて欲しい! 僕だけの花でいて貰うよ! 君を護るためにも!」


「そう? 高嶺の花のようね。さしずめエーデルワイスと言ったところかしら?」


「エーデルワイス? そうだね、ぼくにとって君はエーデルワイスの花のようだ」


 ですが、エーデルワイスの花言葉には高潔な勇気というものがありますわ。もしグレイ様に私がエーデルワイスに見えているのでしたら、花言葉通りその勇気をお見せしましょう。公爵家らしい高潔な勇気を! まあ、剣を握るのはヨハンネスなのですが。


「では行きましょう王子殿下。お互いの信念の為に」


「そうだね」


 その瞬間からでした。ヨハンネスとグレイ様はお互いの剣をぶつけ合ったのです。金属音が響きますが、誰かがここに駆けつけてくる気配はありません。


 どうやらあらかじめグレイ様が人払いをしておいてくださったのでしょう。


 暫くお互い綺麗な剣技でぶつかり合っていましたが、どうやらヨハンネスの方が優勢のようです。


「戦場ではそれだけでは勝てないよ」


 グレイ様はそう仰いますと、両手で持たれていた剣をくるりと裏返し、逆手一文字に持ち直しましたわ。


 空いた左手はグレイ様とヨハンネスの間にかざす様に構え、逆手に持った剣はヨハンネスの視界に入らない様に自らの体で隠す様に立たれていますわ。


「なんですか? その構え」


「あれは!?」


「知っているのですかジェスカ!?」


「祖国の剣術の構えだ。まさかアルデマグラ公国で使い手がいるとはな」


 グレイ様の剣先はちょうどヨハンネスの死角になり、剣筋を読むのが精いっぱいなようになってきましたわ。


 踊るように腕や体を回すグレイ様と、反射で受け続けるヨハンネス。


 やっとの思いで反撃するヨハンネスの横薙ぎをグレイ様は即座に屈んで躱す。


 さらに足元を横薙ぎ払いで斬りかかろうとするグレイ様に対し、ヨハンネスは前に飛びながら躱し、そのまま無防備なグレイ様の足に向かって斬りかかろうとしましたわ。


「それじゃあ届かないよ?」


 グレイ様は、ヨハンネスの剣より先にヨハンネスのおなかに蹴りを入れましたわ。


 ヨハンネスの体は蹴り上げられ、持っていた剣もグレイ様にかわされてしまいました。

 

「勝負あったね」


 グレイ様が剣を握りヨハンネスに向かって振りかぶろうとしましたわ。その瞬間、私は二人の間に入り込みましたわ。


「ヨハンネスの負けです! 今回は大人しく引き下がりますわ!」


 私がそう言いますと、グレイ様は少しだけ悟ったような笑い方をし、そして次第にその表情はくしゃっと崩れてしまいましたわ。


「ははは、敵わないなルーには……」


「驚くことはありませんわ。エーデルワイスの花言葉には高潔な勇気の他に大胆不敵というものもあるのです」


「しょうがないなぁ、行きな。君がもしデークルーガ帝国に捕まった時は、その時こそはアルデマグラ公国が相手に戦争を仕掛けることになるよ? 君はそれでも止めに行くんだね?」


「あら? グレイ様の中の私は、そこで尻込むのかしら?」


「そういう人だったと思ったんだけどな。でもそうだね。今の君は知らない誰かの為ではまだ難しいのかもしれないけど、知っている誰かの為なら、きっと剣だって握れるんだろうね」


 グレイ様のどこか遠くを見ているような眼は、きっと昔の私を見ているのでしょう。


 今も昔もそのどちらの私も愛してくれた人。


「あの、もし戻って来れたらですね」


「あれ? ちょっと弱気? やっぱり匿おうか? 僕はね、囚われの姫になってもらった方が助け出した時に惚れてくれるかな? って思ったんだけど?」


「はぁ? 馬鹿言わないでください! もういいです! せっかく人が! ああ!! 行ってきます!」


「はいはい、いってらっしゃい」


 私たちは馬車に乗り込み、王宮から離れていきましたわ。王宮の入り口にはいつまでもこちらを見つめるグレイ様がいらっしゃいましたが、それも見えなくなってしまいました。


 王宮を出発し、ナダル領に向かうルクレシア一行。


 戦場にたどり着いた彼女たちは、無事この戦争を終わらせることができるのだろうか。


 今回もありがとうございました。

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