8話 公爵令嬢は暇を持て余し筆を握る
王宮に半軟禁状態になってから三日経過。残りグレイ様生誕祭まで百四十二日になってしまいましたわ。
いつになったらこの退屈空間を打破しても宜しいのでしょうか? しばらくしますと、来客が訪れてきましたわ。
「こんにちはルクレシア様」
「まあ! いらっしゃいルイーセ様!」
「お久しぶりです」
白い髪に青い瞳の女性。私の親友の一人ルイーセ・ハラスズソンが来てくださいましたわ。ルイーセ様といいましたら、普段はルーツィアとご一緒していらしたのですが、彼女は今、同じ王宮内のどこかにいらっしゃるのですよね。幽閉ですけど。
「ルイーセ様、本日はどのような御用事で?」
「実はですね。ルーツィア様のことでお話がありまして」
「ルーツィアの?」
彼女たちは普段から仲良しでしたものね。もしかしたら何か異変にお心当たりがございましたのかもしれませんわ。これは聞かねばいけませんね。
「ルーツィア様がおかしくなれたのはちょうど王宮主催の夜会直後でしたわ」
そうね、彼女が豹変される原因は、私とグレイ様が愛し合っていないと知った夜会直後に開催されたレティシア様のお茶会。
あの直後からルイーセ様にはわかる兆候がおありでしたのね。しかし、それが何に対する変化かまではわからなかったのでしょう。私に関係しているとわかっていたのであれば、きっとお声をかけてくださったはず。
「レティシア様のお茶会の時から少しずつですが日中にお会いできる回数が減り、元ダンマーク領と王都を往復されているご報告がしばしば」
なるほど、そのタイミングで私の元に送り込む刺客まで用意されたのですね。概ね理解致しましたわ。ダンマーク領と王都の間にはハラスズソン領が存在致しますわ。馬車の停泊所が燃えた宿もハラスズソン領の町なのですよね。
「彼女の言動は…………お茶会の私の発言を聞いてからおかしくなったのかしら?」
「いえ、確かにその発言が原因と私も伺っておりますが、言動そのものに違和感を覚えたのはお茶会に参加して直後ですわ」
「…………参加直後?」
おかしいですわね。参加直後ってまだ私が到着する前かしら? でしたら何故? よくわかりませんが、普段ご一緒しているルイーセ様だからこそわかる違いがあったのでしょう。
「でもありがとうございます。念のためお聞きしますが、王家主催の夜会の時お二人はご参加されていましたのよね? ご一緒されていらしたのかしら?」
「いえ……お見かけ致しましたが、その日は私も婚約者の方とご一緒していましたので一度ご挨拶をした程度ですわ。そういえば…………お見かけした際にですが、ロムニエイ家のご子息様がルクレシア様と仲の良い方々にお声かけしていましたわ。私の所にもいらっしゃいました」
イサアーク? 彼が私の知り合いにお声がけなど、情報収集に他ならないのでしょうね。
「そうですか。よくわかりましたわ」
全然わかりませんでしたが、ルーツィアがおかしくなったのは私の発言が原因ではないということですね。いえ、私の発言こそ彼女にとって怒りのきっかけには十分だったのでしょうけど。
「私からお話できることはあまりありませんでしたが、これからもしルクレシア様のお力になれるではあれば、私はいつでも馳せ参じます。といいましても私にできることなんて絵を描くことだけなのですけど」
「いえ、どのようなことでしても私のお力になってくださるというお話を聞けただけで私は嬉しいですわ」
さすがに絵を描いて頂いてお助けになるとは思えませんがね。
「そうですわ! 私に絵を教えて頂けませんか?」
「え? ルクレシア様にですか!? えっと…………承知しました」
ルイーセ様は少々引きつった笑顔で了承してくださりましたが、何故でしょうか? そして何故か接近してくるエレナ。さらにはマリア以外の護衛の退室。
「エレナ?」
「さあ、着替えましょうね?」
どうやら皆さま、私が着ている白いドレスを汚すと判断されたのでしょう。男性陣は迷いなく退室。エレナは即座に着替えの準備。失礼な使用人達ですわね。
エレナが用意したドレスは、黒い洋服でした。私が着るには安そうな布地のワンピースに着替えさせられ、髪も後ろにまとめ邪魔にならないようにしてくださいましたわ。やはり、汚すと思っているのですね。
しかし、普段でしたら必ず止めに入る所、今回はすんなりやらせて頂けるのですね。さすがに王宮の客室に軟禁状態の私に対する配慮なのでしょう。
その後、ルイーセ様から絵の描き方などを何度も教えて頂きましたわ。画家並みには描けるようになるかしら? …………いえ、幼児並みで良いので描けるようになると良いのですが。
「なんとなく描けた気がしますわ」
「それはオレンジ色の…………花畑? いえ、海でしょうか?」
「そう! 正解ですわ。ルイーセ様! これは夕日が沈む瞬間の海なのです。海沿いで育ったからこそ知っている景色でもあります。近々、ルイーセ様も領地にあるベッケンシュタイン家の屋敷にいらっしゃいませ」
「それは楽しみですね」
「そういえばお嬢様は夕日が沈む海辺でのプロポーズに憧れていましたよね」
エレナが以前の私発言を覚えていらしたようで、私の絵を見てぽつりとつぶやきましたわ。その言葉に反応するかのようにこちらの様子を伺うヨハンネス。あらあら、可愛いじゃない。
「ええ、そうね。でも私の為に行った精一杯の告白でしたら、ロマンチックな告白にも負けませんのよ」
勿論、ロマンチックな告白をして頂ければ、とても素敵なのですけどね。いつかいつかと待ち望んでも、仕方ありませんし、場合によっては私からプロポーズする必要がありますのよね。悠長に待っていられるわけではありませんし。
ルイーセ様は星空の絵を描かれていましたわ。
「星がお好きなのですか?」
「はい! 夜空に浮かぶ星は何よりも綺麗ですよね! あ、いえルクレシア様の方がお綺麗です!」
「あ…………えっと、その私別に星と美しさを張り合ったことは…………いえ、ありがとうございます」
「勿論です! 私が空に栄えるように美しくしたお嬢様の方が綺麗です!!」
「エレナ!?」
「当然、この世界の何よりお嬢様の方が綺麗です!」
「え? え? ヨハンネス!?」
「まあ嬢ちゃんは女神の生まれ変わりみたいな感じだよな!」「お嬢様美しき女性ですわ。結婚も容易そうで羨ましい」「ま、姫さんは十人中十人が振り返るような美人だけどな」
「え? え? 待って? 皆さん普段私のこと褒めませんよね? 騙しています? お戯れにしては涙出そうな感じなのですが?」
「ルクレシア様が美しいのは事実ですよ」
いえ、それは存じていますが普段褒められ慣れていませんと、なんだかあれ? もしかして励まされているのですか? という風に感じてしまうのです。
「まあいいですわ。かけられている称賛の言葉には、私自身賛同している内容に違いありませんし」
その後、皆さんにも絵を描いてもらいましたわ。ヨハンネスは騎士団の訓練風景を描かれています。どう見ても指導してくださっている方に見覚えがあるのですが、彼にとって師匠はこの方だけなのでしょう。
マリアは結婚式の花婿と花嫁さん…………私も辛くなりますが、あなたも辛いのではなくて?
マルッティはご家族の絵でしょうか。素敵なお父様ですね。ジェスカはジェスカと同様の肌の色をした方々が農耕をしている風景画でした。
「あら?」
エレナはなんと、金糸の髪に桜色の瞳をした女性を描いていたのです。赤いドレスは私のお気に入りのそれにそっくりでした。
「もしかして?」
「申し訳ありません。私の画力では湖面に映る月ほど似せることはできませんでした」
エレナはにっこり笑いながら、その絵を隠す様に立ちましたわ。
「いえ、気にしないでください。エレナにとって私は絵になると思っていただいたのですから」
私は友達作りが下手です。友と呼べる人はレティシア様とルイーセ様。エレナくらいしかいないのではないのでしょうか? だからねエレナ。もしあなたの故郷であるナダルが、デークルーガ帝国に攻め込まれることになりましたら、その時は私も戦おうと思います。
剣も持てませんし、槍も握れませんが、帝国から大切なものを守り切って見せましょう。それが例え最も頼りない救いの手だとしても、私は差し伸べましょう。
そんな時でした。客室のドアを荒々しくノックした方がいらっしゃいましたわ。
「何があったというのですか?」
ジェスカにドアを開けて貰い、文官らしき服装の男が息を切らしながら入室してきましたわ。
「報告します! デークルーガ帝国の軍にナダル領の進軍を許してしまいました!」
「え?」
エレナは握っていた筆を落としてしまいましたわ。べちゃっと私のスカートについた赤は、黒いスカートの上からでも塗り替えてしまうくらいにはたっぷりの絵の具がのっていました。
ついに戦場はナダル領にまで及ぶ。
その知らせを聞いたエレナを見たルクレシアは一つの決意をした。
今回もありがとうございました。




