6話 隣国の姫殿下は燃え上がりました
劇場に足を運び、VIP席に案内されますと、広々としたソファに私とユリエ様で腰をおろします。予想通り、ユリエ様は私にべったりとくっついてきましたわ。
余分なスペースができてしまいましたが、さすがはヨハンネス。座ろうとせずにソファのすぐ後ろに立って待機しております。私一人なら座らせましたが、隣国の姫の接待中なのでごめんなさいね?
今日、公演される劇の内容は、至ってシンプルなものでしたわ。なんならヨハンネスは何度も聞かされた話でしょう。
劇のタイトルは『救国の英雄』。この国で救国の英雄といえば、ヨハンネスの祖父にあたるヨハン・フランスワのことですわ。
ヨハン・フランスワは、約四十年前に実際に起きた戦争で活躍した英雄。我がアルデマグラ公国の南西部方面の国境の向こう側にある、悪魔の国と呼ばれたジバジデオ王国との戦争での彼の偉業こそ、彼が救国の英雄と呼ばれる所以よ。
ヨハン・フランスワは各地を飛び回り、敵の作戦の要となる拠点を次々と撃破していったそうですわ。当時成人したばかりのヤーコフさんは、そこでヨハン・フランスワと共に作戦に参加していた騎士の一人だったのよね。もしかしなくてもヤーコフさんの活躍も見られるのかしら。
※アルデマグラ公国の成人年齢は十三歳です。
しかし、当然といえば当然。共に戦おうも、ヤーコフさんは新米騎士の為、名前こそ出てきたものの目立った活躍は中々ありません。
そもそもなぜアルデマグラ公国とジバジデオ王国が戦争をしたかと言えばことの発端は、ジバジデオ王国が悪魔の国と言われる所以である麻薬が、アルデマグラ公国に密輸され始めたことですわ。これにより、アルデマグラ公国は大打撃を受けましたわ。
当然麻薬の密輸発覚後、アルデマグラ公国はすぐに取り締まりが行われましたわ。ですが、一度広がってしまったものは中々排除できず、麻薬を使用してしまった民は急変してしまったのです。理性が消えてしまい、日中だろうが人目があろうが関係なく暴れ始めたそうですわ。
かなり危険な麻薬で、摂取が途絶えてしまうと、毒殺されたかのように息絶える場合もあるそうです。勿論、ちゃんと薬を処方して正しい治療を行えば回復することのできるものです。
とにかく、ジバジデオ王国は、その麻薬をアルデマグラ公国中に密輸してしまった為、我が国との戦争になりました。戦争は長期に渡り続きましたが、ヨハン・フランスワ率いる騎馬隊がジバジデオ王国軍の作戦をことごとく撃破し、最後にはジバジデオ王国は白旗をあげましたわ。
ジバジデオ王国は敗戦国とし、多額の賠償金と領土の一部を我が国に支払うことになりましたわ。
そしてお話の終わりに近づいてきましたわ。平民だったヨハン・フランスワは、劇中でも何度も登場した当時我が国の姫の一人だったローラ・シャロデア・アルデマグラと恋に落ち、身分違いのその恋は、国中から祝福されましたわ。なんですかそれは。とても羨ましいですわ。ですが、私も素敵な恋の為に、戦争を起こしたい訳ではないのですよね。
ですが、国中から祝福される結婚なんて私にぴったりですわ。ああ、お相手はどのような方になるのでしょうか。やはり国中から祝福されるなら……グレイ様ですか?
私の結婚でしたら誰相手でも国中から祝福されるに決まっていますわ!
そして役者がステージの上に横一列に並びお辞儀をしましたわ。
「大変良いものでしたねユリエ様」
「そうでしょうか? 所詮、突然構成されたときに辻褄が合うように出来上がった歴史です。事実ではないのですよ」
「あ、えっと、ユリエ様の中ではそうでしたわね」
そういえばそのようなことを仰ってましたね。あまりまともに聞いていませんでしたが、インパクトが強かったのでなんとなく覚えていました。世界が構成された瞬間の呼び名はユリエビックバンとかで宜しいでしょうか?
仮に作り話だったとしましても、良い物は良い物だと思いますが、何故でしょうね。ユリエ様から見て共感できなかったのでしょう。身分違いの恋も異性間の恋も。彼女は特殊ですものね。そう納得しましょう。
あまり納得していない様子でしたが、私が楽しめたのですから良いことにしましょう。別に国賓の接待を一任されているわけではありませんし。ありませんよね?
私は頼まれていません。国賓が私にくっついて来ているだけです。
「昼食にしましょう。王都で有名なレストランを抑えておきました。今度は私の嫌いなものは出てきません」
「天啓でも確認済みです」
私彼女と話さなくても良いのではなくて?
会話するたびに天啓天啓って言われるとさすがにちょっとって思ってしまいますわ。それにすべてご存じなのでしたら私が口開くのは否定の時だけで良いですよね。
何でもかんでもそれ知ってますみたいな態度は、こちら側としても気分を害してしまうものですよ?
ユリエ様にこちらから話すことなんて何もありませんってことで良いのですよね。
「では行きましょう」
「はい」
こちらの気持ちも知らずに、私が手を差し出したことに嬉しそうにしているユリエ様は、ここだけ見ればかわいらしい方ですのに。
レストランはアルデマグラ公国の中でも北方の地域の郷土料理を主としていて、シチューなどの煮込み料理が有名なとこですわ。初めて口にしたときは、臭みのある猪肉ですら、食べやすく調理されていたことに感動しましたわ。
「ルーちゃんの好みは神子の知らない間に変わってきましたね」
「何よ? 知らないこともあるんじゃない」
「天啓をなんだと思っているのですか。音声で聞こえてくるのです。一度に複数の言葉を聞ける人間はそうそういません。世の事象すべてを聞くことはできません。多すぎます」
そういうものなのですね。いえ、神の声と仰っていましたが、音として脳に届くものとは考えていませんでしたわ。
知らないこともあるのであれば、その天啓が絶対かのように行動する彼女はやはり恐ろしいですわ。いくら信じている神でも、信じすぎることはよくないですよ。
昼食後は、美術館などにも足を運びその後はピアノのコンサートを拝聴しました。その後は大きな温室のある公園を二人で散策することになりましたわ。
「ルーちゃん、これはもう完全にデートではないでしょうか?」
「先ほどから一言もしゃべっていませんが、ラウラもご一緒なのですよ?」
「こちらの温室はどのような花が咲いているのでしょうか」
「無視ですか。ラウラ、もう少しの辛抱よ?」
「いえ、そもそも私はこのようなメイド服ですが立派な護衛です。黙ってついていくことは、仕事柄よくあることですのでお気にせずにどうぞ。デートを」
「最後に皮肉みたいなことを言いますから貴方はいつまでたってもダンゴムシなのです」
「ひどいですよお嬢様」
私とヨハンネスが二人で会話を続けていたとき、ふと何かの悪寒を感じました。振り向くとそこには鬼のような形相のユリエ様がそちらにいましたわ。もしかしなくとも、あれは嫉妬に当たるのでしょうか。
私の視線に気づいた彼女は、にっこりとしたいつもの表情に戻られましたわ。何だったのでしょうか?
「ユリエ様?」
「ルーちゃん、神子は国に帰ろうと思います。準備しなきゃいけないことができました」
そういった彼女はすぐに私の前からいなくなってしまいましたわ。
「何だったのでしょうか?」
「嫌な予感がします。直ぐに屋敷に戻りましょう」
ヨハンネスはそう言って馬車の所まで真っすぐ向かいましたわ。勿論、一人になる訳にもいかないので私も一緒に行きましたわ。
ユリエ様のあの強張った表情には何かしら嫌なものを感じましたわ。まるでイサアークの時みたいでした。これ以上私の婚活を邪魔しないで欲しいのですけれど、あれは黙って引き下がってくださるパターンではありませんよね。さすがに私でもそれくらいはわかります。
馬車に乗り込み、嫌な予感を感じた私はヨハンネスと相談したところ、ヨハンネスは、グレイ様宛に手紙を書くようにと仰いましたわ。いえ、手紙を用意するのはエレナか貴方ですけどね。
帰宅後、すぐにエレナに事情を説明すると、彼女はすぐに手紙を用意してくださりましたわ。
「お嬢様、こちらの手紙はすぐに届けようと思います。私が一人で出ていくので、私が帰るまで決して屋敷から出ないようにしてください」
「はいはいわかったわ」
屋敷にいれば安全なことくらい、私だってわかっていますわよ。
ヤーコフさんはヤーコフさんで、様々な事件をその後に解決し、一流として認められるようになったのは戦争から二十年後くらいでした。その後、ルクレシアが産まれてベッケンシュタイン家の使用人になります。
といいますか、なぜか久しぶりに感じるグレイ様の名前。
今回もありがとうございました。




