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新しい聖女 -フランシス-




 彼女と話すまでは、筆頭護衛騎士になろうなど考えていなかった。


 僕は伯爵家の生まれだったが、3男で家督を継ぐことはないのは初めからわかっていた。剣を振るう事、体を鍛えることが苦痛ではなかったから、文官よりも騎士を選んだに過ぎない。同じように次男以降の家督を継ぐ可能性のない友人たちは必死に跡取りになる令嬢の気を惹こうとしていたが、それもそれで大変そうだった。


「性格は適当なくせに、お前は見た目がいいから得だよな」


 そうぼやく友人たちもいたが、見た目だけで選ばれてもどうなんだろうと思う。騎士団に所属し、それなりに実績を積んでいけばいいと思っていた。その中で身の丈に合う相手を見つけて。


「貴族のくせに恋愛して結婚しようなんて、夢見すぎ」


 そんな風にバッサリと言い切るのは、今は王太子妃である従姉だ。実家に帰る気軽さで我が家に来る。大抵は母とお茶を飲んでいるが、たまに鉢合わせしてしまう。一晩外で遊んで帰ってきたときに限って遭遇率が高い。

 従姉は僕が18歳になっても特定の相手を作らないのが気に入らないようだった。相手も割り切っているし、一夜の相手には困らないのだから、いいのではないかと思うのだが。不機嫌そうに眉を上げる従姉を見て、適当に流そうと決める。口で勝てないのは幼い頃から知っている。


「適当に一日ごとにとっかえひっかえしているのに、恋愛なんて許せないわ。決めたわ。フランシス、次の聖女の筆頭になりなさい」


 不条理な言い分に顔が歪む。微妙な顔をしたのを見られて、扇子で軽くはたかれた。


「次の聖女と言われても……いつになるかわからないだろう?」

「うふふ。そうでもないわよ。実はもう見つかっているの」


 初めて聞く話だ。従姉を見れば、にやりと笑ってくる。


「筆頭護衛騎士に立候補しろとは言わないけど、護衛騎士にはなってもらうわよ」

「何故、僕が?」


 聖女の護衛騎士は人気職だ。だから僕がわざわざ行かなくてもいいはずだ。


「次の聖女様は市井生まれだから貴族子息に人気がないのよ」


 困ったように笑う。なんとなく従姉の言いたいことはわかった。要するに僕を入れることで、上位貴族の家督を継げない子息を勧誘しようということなのだろう。


「面倒くさい」

「そう言わないの。とても可愛らしい方よ」


 従姉は断ることは許さないから、と笑顔で言った。


***


 やはりと言っていいのか、市井出身の聖女は人気がないらしく護衛騎士に立候補した人数は現聖女よりもかなり少なかった。護衛騎士に立候補した騎士は男爵家や騎士爵などどちらかというと市井に近い人間が多い。

 その中に僕が混ざるのはかなり浮いた感じになった。やはりやめるべきかどうか悩みながら、神殿の奥にある庭を歩いた。一応、護衛としての巡回だ。決して散歩ではない。


「どうして立候補したんだ?」


 一緒に巡回を組んだ男に聞いた。彼は男爵家の次男だ。大体、理由は想像つくがなんとなく聞いてみた。聖女と結婚となれば、自然と爵位も手に入るのだ。爵位を継げない貴族令息にはとても魅力的な話だ。

 彼は明るくにかっと笑う。


「伯爵家の子息は知らないかもしれないが、今度聖女に選ばれたセシリアーナは市井で人気の女の子なんだ」

「人気?」


 予想外の答えに驚いた。彼は得意気になって話し始めた。


「そうそう。今回立候補した奴らはもともと狙っていたんだよ。王都でも1、2を争う商家の娘だぞ。貴族令嬢のような固いところはないし、笑顔が可愛いんだ」


 だらだらとのんびり歩きながら、その話を聞いて少し興味を持った。


「お前は?」

「僕は従姉からお願いされて。少しでも注目されるようにと」


 適当に話を省略しながら、参加した理由を話す。彼はなるほどと頷いた。そんな風に巡回していると、がさりと木の擦れる音がした。その後から激しい木の枝が折れる音。


 慌てて上を見れば、人が落ちてきた。咄嗟に手を差し出して落ちてきた人を支える。突然のことで支え切れずに一緒に倒れこんだ。とりあえず潰さないようにと自分が下になったが、体を強かに地面に打ち付けてしまった。痛みに思わず呻く。


「うっ……」


 自分の上に伸びている人を見れば、綺麗な茶色の髪が広がっていた。ぐったりとしているので、慌てて彼女の肩を掴み、少し持ち上げて顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」

「痛い……」


 小さな声に思わず連れを見た。彼は慌てて医師を呼んでくると走っていった。自分に寄りかからせるように抱き上げようとして違和感を感じた。彼女の体の向きをそっと変えると彼女は何かを抱えている。


「猫?」


 どうやら木の上にいた猫を助けようとして落ちたようだ。ようやく落ちた衝撃が和らいだのか、体を動かした。


「ああ、無事でよかった」


 彼女はほっとした顔で自分の腕の中を見る。ところが猫は腕の力が緩むとそのまま飛び出して逃げてしまった。その後姿を見送り、彼女はあーあとため息を付いている。


「捕まえようか?」


 なんとなく言ってみる。彼女は首を左右に振った。


「無事ならいいのよ。あなたもごめんなさい。怪我してない?」


 近い位置からのぞき込まれた。思わず体を引いたが、彼女は僕の行動に首をかしげただけだった。どうやら貴族の距離感と市井の距離感は違うようだ。


 なんだかよくわからないけどドキドキしながら、医師が来るのを二人で座り込んだまま待っていた。


 それからどういうわけだか、彼女のことが気になって仕方がなかった。女性との付き合いもそれなりにしているので、あの程度の距離で緊張する自分がよくわからない。わからないと思いつつ、気が付けば彼女を見つけようとあたりを探してしまっている。


 時折見かける彼女は他の騎士たちが言うように屈託なく笑う笑顔はとても輝いていて可愛かった。貴族令嬢のような上品で艶やかな笑みではないが、温かみがあって見ている方も思わず笑顔になる。


 何の抵抗もなく、筆頭護衛騎士に立候補した。

 他にも4人いたが、もしかしたらあの時のことを覚えていてくれているかもしれない。期待するなと言い聞かせながらも、選定の儀に臨んだ。


「よろしくお願いします」


 やや緊張した顔で手を差し出してくる。その手をそっと取り、決まりにのっとり膝をつき忠誠を誓う。


 彼女も僕のことを覚えていてくれたんだ。


 そう思うととても嬉しくて感情が表情に出そうになる。

 だけど、これが勘違いだと気が付くのにはそう時間はかからなかった。彼女は僕のことを覚えていたわけではなかった。


 理由?


 筆頭護衛騎士が婚約者選びだと理解していなかったのと、彼女は騎士や貴族を見慣れていなくてどれもこれも綺麗に整っているが同じに見えるそうだ。さらにキラキラしていて目が潰れると言っていた。


 いつになったら彼女は僕を婚約者として認識するのだろう。


 気が付くまで放っておくのもまた面白いかもと思いつつ、信頼されるようにあれこれと気を遣う。彼女がいつでも笑っていられるように苦手な貴族的な付き合いは僕の方で捌いていく。


「過保護ですよ」


 彼女の筆頭護衛騎士になってから2年、よく一緒になる護衛騎士の一人にそう呆れられた。


「これでいいんだよ」

「まあ、本人がいいのなら、それでもいいですけど」


 肩をすくめるが、彼もまた彼女には甘い。次の聖女が見つかったら、この生ぬるい二人の関係も進むのだろう。男女の距離を縮めるのはそれからでも遅くない。


 暢気にそんなことを思っていた。


 まさか7年もかかるなんて思っていなかった。

 待たされた時間を思い、早めに動けばよかったかと少しばかり後悔したのは誰にも言えない秘密だ。



Fin.


これですべて完結です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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