第79話『朝まで眠った日』
翌朝。
星降る宿屋には、
いつものように焼き立てパンの香りが広がっていた。
暖炉の火は小さく揺れ、
穏やかな朝の空気が流れている。
その時。
二階から足音が聞こえた。
コツ、コツ。
遠征帰りの冒険者たちだった。
昨日泊まった四人組である。
「おはようございます!」
リアが笑顔で迎える。
すると。
四人は少し驚いた顔をした。
「……もう朝か」
リーダーの男が呟く。
その言葉に。
暖炉前の常連たちが笑った。
「よく寝たな」
「何時間寝たんだ?」
男は苦笑する。
「分からん」
本当に分からなかった。
昨日は部屋へ入った記憶しかない。
気づけば朝だった。
その時。
仲間の一人が小さく言う。
「俺、久しぶりだ」
「何が?」
ガルドが聞く。
冒険者は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「朝まで起きなかったの」
店内が少し静かになる。
遠征生活では珍しくない。
魔物。
見張り。
警戒。
完全に眠ることは少ない。
だから。
安心して眠れた。
それだけで大きなことだった。
その時。
「お待たせしました」
レインが朝食を運ぶ。
焼き立てパン。
卵料理。
温かなスープ。
四人の目が少し輝いた。
「……うまそう」
暖炉前から笑いが起きる。
「皆最初そう言う」
「分かる」
「……正常」
ディオの基準は相変わらずだった。
店内に笑い声が広がる。
その時。
リーダーの男がふと周囲を見る。
暖炉。
宿の人たち。
笑う常連たち。
そして。
自然に動き回るレイン。
「不思議な宿だな」
ぽつりと呟く。
「何がだ?」
ガルドが聞く。
男は少し考える。
そして。
静かに答えた。
「誰も無理してない」
暖炉の火が揺れる。
店内が少し静かになる。
リアは少し目を丸くした。
男は続ける。
「でも皆ちゃんと働いてる」
「皆笑ってる」
「だから落ち着くんだろうな」
その言葉に。
ミアが少し嬉しそうに笑った。
リアも静かに頷く。
昔は違った。
必死だった。
不安だった。
でも今は違う。
この宿には仲間がいる。
帰ってくる人たちがいる。
その時。
リーダーの男が笑った。
「また遠征終わったら来る」
暖炉前ではすぐに声が飛ぶ。
「予約席だな」
「暖炉前な」
「……おかえり言う」
四人は思わず笑った。
暖炉の火が優しく揺れる。
星降る宿屋。
そこは今日も、
誰かが安心して朝まで眠れる場所だった。




