第70話『英雄たちの帰る場所』
夕方。
星降る宿屋には、
今日も暖かな灯りがともっていた。
暖炉前では、
いつもの常連たちが食事をしている。
「なんだかんだで人増えたなぁ」
ガルドが店内を見回す。
客席はほとんど埋まっていた。
冒険者。
旅商人。
旅人。
そして。
何度も帰ってくる常連たち。
少し前までの星降る宿屋では、
考えられない光景だった。
「本当ですね」
リアも静かに頷く。
その時。
カラン、と扉が鳴る。
「こんばんは」
入ってきたのは、
見覚えのある女性だった。
銀色の長い髪。
透き通る青い瞳。
白いローブ。
「あっ!」
リアの顔がぱっと明るくなる。
「おかえりなさい!」
聖女だった。
女性は少し照れながら笑う。
「……ただいま、です」
暖炉前では、
ガルドたちが手を振る。
「帰ってきたなー!」
「久しぶり!」
「……おかえり」
店内に優しい空気が広がる。
聖女は静かに席へ座った。
すると。
「お待たせしました」
レインが紅茶を置く。
女性は微笑む。
「また来てしまいました」
「疲れてましたか?」
「少しだけ」
その返事に、
レインは静かに頷いた。
それだけだった。
けれど。
聖女の表情はどこか安心していた。
暖炉の火が揺れる。
その様子を見ながら、
アレクスは静かに紅茶を飲んでいた。
王都副団長。
今も宿へ滞在している。
「…………」
目の前の光景を見る。
聖女。
冒険者。
商人。
旅人。
皆が自然に帰ってくる。
誰も命令していない。
誰も強制していない。
それなのに。
皆がこの宿へ戻ってくる。
その理由を。
アレクスはようやく理解した。
強さじゃない。
権力でもない。
名声でもない。
「帰ってこれるからか」
小さく呟く。
その言葉に。
隣のガルドが笑った。
「今さら気づいたのか?」
「そうらしい」
アレクスも苦笑する。
暖炉前では、
ミアが焼き立てパンを配っている。
リアは笑っている。
ミリアも仕事帰りに紅茶を飲んでいる。
そして。
レインはいつも通り働いている。
何も変わらない。
だが。
それが何より大切だった。
その時。
聖女が静かに店内を見回した。
そして。
小さく笑う。
「本当に不思議ですね」
「何がですか?」
リアが聞く。
聖女は暖炉の火を見る。
揺れる灯り。
穏やかな空気。
帰ってきた人たち。
そして。
迎えてくれる人たち。
「ここには英雄もいます」
静かな声だった。
店内が少し静かになる。
「でも」
聖女は続ける。
「皆、ただ帰ってきているだけなんです」
暖炉の火が揺れる。
その言葉に。
誰も否定しなかった。
冒険者も。
聖女も。
騎士も。
旅人も。
ここでは皆同じだった。
帰ってきた人。
ただそれだけ。
リアは静かに笑った。
「それが、この宿ですから」
暖炉の火が優しく揺れる。
星降る宿屋。
そこはいつしか――
英雄たちの帰る場所になっていた。




