第六話 嫌な予感
ふむ、と藤次郎は腕を組み顎に手を遣ると考え込んだ。十二になったばっかりの少年が取る姿ではない。一々動作が大人びているというか、爺臭い。
恐らくは藤次郎が敬愛して止まない、目の前の辰吉に、師匠と仰ぐお武家の御隠居様のせいであろう。
藤次郎は近所の同年齢の子供たちと交わることよりも、大人たちと、しかも誰の眼から見ても出来人と言われる人たちと過ごす方が多く、お市同様少しばかり変わった子であった。
~本文より
お市が言葉を続ける。
「ではこのままでは、あの男の人に意趣返しをされてしまう事もあるのかしら」
「直ぐにそうはならねぇだろう。でも其の目は十分。さて、藤坊だったら、これを防ぐ為、何をどう張ってどう手を打つのか。聞かせて貰らおうかな」
ふむ、と藤次郎は腕を組み顎に手を遣ると考え込んだ。十二になったばっかりの少年が取る姿ではない。一々動作が大人びているというか、爺臭い。
恐らくは藤次郎が敬愛して止まない、目の前の辰吉に、師匠と仰ぐお武家の御隠居様のせいであろう。
藤次郎は近所の同年齢の子供たちと交わることよりも、大人たちと、しかも誰の眼から見ても出来人と言われる人たちと過ごす方が多く、お市同様少しばかり変わった子であった。
「先ずは此度の一件を、安兵衛親分の御耳にお詫び方々入れておいて、代官所のお役人にも鼻薬を入れて、角を立てず、丸く収めて貰えるよう、よくよくお頼みします」
「藤坊の齢でそこまで考えられりゃあ上等も上等。俺の若い時何ぞより、よっぽどしっかりしている。こりゃあ、将来が楽しみだ」
とこれまたニコニコしている。
お市が不思議顔で、
「あの人のしたことは、褒められるようなことじゃあないけど、腕折れたのはアオのせいだし、働けないであの人困るでしょ。窮すれば何とやらだから、少しばかりでも御あしを渡して、口凌ぎにしてあげた方がいいんじゃあないかしら。そしたら有難うって思ってくれるでしょ」
と、善意を以て応じるのは当たり前で、何故考えてあげないのと言わんばかりであった。
それを聞いて、辰吉が笑いながら、優しく頷いた。
「実にお嬢らしい、いい考えだ。ただ、この世の人が、皆が悪い奴ともいい奴とも限らねえのが、浮世の辛い処。甘く見ていると痛い目にあっちまう。だからと言ってやりこめ過ぎても、自分に跳ね返る。いい塩梅って奴が要るってもんさ」
「いい塩梅…難しいですね」
しかめっ面の藤次郎をしり目に、辰吉の言葉にうんうんと頷くお市は、
「辰じいが居れば大丈夫。もっと大人になった時、うんと楽してもらうから、それまではどうぞ面倒を宜しくお願いします」
とぺこりと頭を下げる。全てを悪意なぞ微塵も無い素直な気持ちの言葉で、打ち流してしまった。
眼を白黒させる藤次郎に、苦笑を浮かべる辰吉。
その様子を苦々しく見ているアオは鼻息も荒くまだかと、前足で地面を掻いて催促し、お市の機嫌が良さそうなので、ついつい自分も嬉しくなり、辺りを跳びはねる黒丸であった。
お市の一行は事を丸く収める為に、辰吉に連れられ、板橋宿の馬借差配、安兵衛親分を訪ねていた。
安兵衛は親分という謂われの通り、関東取締出役から十手と帯刀を許されている目明しでもある。
本業は、馬借差配に茶店に宿屋と手広くやって懐具合はかなり良い。
若い頃、おつかわし屋の先代座主の初次郎と共に、少しでも馬借稼業を良くしようと苦労し支え合った者同士であり、当然辰吉とも気心が知れている旧知の仲であった。
「成程。それで態々ここまで来たのか。そいつはご苦労なこった」
安兵衛親分は大柄で心も体も恰幅の良い男であった。迫力も十分にあり、強面なのだが、どことなく人を引き付ける雰囲気も持つ。
「へぇ、という事でして、怪我させちまったお人にお見舞いとしてこれを。もし必要があれば、代官所には、安兵衛親分から届けて下さればと存じまして」
辰吉はそう云うと、金子の包みと事の次第を子細に認めた書付を、差し出した。
「心尽くしの何たるかも無分別な、駆け出しの小娘と小僧のお願いでございますが、この通り、よろしくお願い申し上げます」
お市が口上を述べ、藤次郎と共に揃って手をつき、頭を下げた。
次回、お市たちは凶事に巻き込まれないよう、安兵衛親分の心意気に触れながらも、帰路につきます。
読んでいただきありがとうございます。大変うれしく思います。




