公民館正門前の広場
ムソルグスキー『展覧会の絵』「キエフの大門」より
死んでしまった友人。死んでしまった言葉。不完全な対話。
追悼の言葉というものは大概そうならざるをえない。
生きている人間とのコミュニケーションですら十分とは言えない我々にとって死者との対話は荷が重すぎる。
死とは喪失であり、我々にとっての喪失とは虚無の彼方だ。虚無へと言葉を投げかけることはできても、虚無から投げかけられる言葉を聞くことはできない。ほとんどの場合。
上東杭雄の『公民館正門前の広場』という絵は、色あせた古い写真と見間違うほどの写実性をもった作品である。『人形の島』や『小さな家』と同じか、あるいはそれ以前に回帰したような徹底した写実性をもって、煉瓦色の建物と重たく湿った空とが描かれている。
この建物が公民館なのだろう。入口のガラスドアへと向かうゆるやかなカーブの前には十数人の人々がこちらに向かって並び、あたかも記念写真か何かのようだ。
ぼくは『自画像』と表題のついた絵を前に圧倒されて立ちすくんだ。
そこには上東杭雄がいた。
でも、ぼくの知っている上東杭雄はいなかった。
狂気と執念と恐怖と、いや、こんな言葉を並べたところで何の意味もない。この絵の前ではぼく如きの言葉なんてただの陳腐な言葉の羅列でしかないだろう。
それこそ「小説家ってのは楽でいいよなあ」と上東がかつて言い放ったように。
ぼくの知っている上東はいつだって余裕と自信を見せびらかすような男だった。絵というものの力と画家という存在の偉大さを心から信じ、それ以外の表現方法を少し下に見るような尊大さを感じさせる男だった。
確かに上東は画家という存在を信じ憧れていたのだろう。
その偉大な画家という存在に少しでも近づくべく死に物狂いの努力を続けていたに違いない。上東の後輩だったという青年が語ってくれたとおりに。
ぼくはそれほどまでの情熱をもって作品を書こうとしたことがあっただろうか。
結局のところ、ぼくは才能という点においても努力という点においても上東にははるかに遠く及ばなかった、ということなのだ。
上東杭雄が死んだ次の日に訪ねてきた刑事たちのことを思い出す。あの白髪交じりの刑事が言った「先生と上東氏とは親しい間柄だったと伺いましたもので」という言葉が改めて白々しく脳裏に響いた。
今なら、ぼくと上東は断じて親しくなんかなかった、と断言できる。
これほどまでに才能と努力とが隔絶した立場の間にどのような親しさの入り込む余地があるというのだろう。
上東杭雄はこの『自画像』を前に命を落としたらしい、という噂を聞いたことがある。
その噂によれば、午前一時過ぎの深夜に、上東の自宅兼アトリエからとんでもない叫び声が上がったのだそうだ。
上東の自宅は住宅街の中にある。上東の絶叫は隣近所の住民を眠りからたたき起こしたらしい。
通報を受けた最寄り駅の前にある交番の警察官がやって来て、玄関を破り室内に入ったところ、何か逃げ惑ったような格好で上東が倒れていたのだという。
当然、警察としては事件を疑わざるをえない状況だった。応接間には来客があったらしい様子が残っていたとなればなおさらだ。
だから、刑事がぼくを訪ねてきたのもそのせいだったのだろう。
しかし、近くの防犯カメラを精査したところ、日没以降、上東宅を訪ねたらしい人の姿は残されていなかったらしい。
上東の死因にしても一種の心臓麻痺で、外傷や薬物、電気やけどといった疑わしい痕跡はなかったそうだ。
司法解剖の結果として不摂生による病死と判断するしかなかったのだという。
今のぼくなら上東の死を病死とは呼ばない。あれは絵画という神に対する殉教だ。
目立たない感じの男性二人が前後して展示室内に入ってきた。この『自画像』が最後の展示なのだから大抵の観客はここまではやって来るわけだ。この二人は『掲示板』『ある私立探偵の肖像』の展示室でぼんやりと絵を眺めていた人たちだった。
初老の男性の方はそそくさと歩き去ってしまったので、もう一人の中年男性に話しかけてみた。あまり絵画鑑賞に興味のあるような感じには見えなかったからだ。
「すみません、絵にご興味がおありなんですか。上東杭雄のイラストのファンとか」
彼は愛想の良い笑顔を浮かべながらこちらを見た。
「いやあ、残念ながら。あまりそういう高尚な趣味を育てている余裕がなかったもので。正直、本もあまり読まないんですよ。ただ、上東先生とは以前少し縁があったものですから。なるほど、こういう絵を描かれる人だったんだなあ、と」
「そうですか」
「あなたはどう思いました、上東先生の絵を」
「正直言って圧倒されていますし、羨ましいなとも思ってます」
「なるほど。まあ、私としては、上東先生の絵がこんなに上手くなけりゃあ良かったのにな、と思ってますよ。多分、そのせいでこっちはさんざんな目にあったんでしょうから。まあ、あなたにはわからんかもしれませんがね。それじゃあ」
ぽかんと見送るぼくに頭を軽く下げて男は歩き去って行った。
ぼくの好きな言葉に、H・P・ラヴクラフトの「人類の感情において最も古く最も強烈なものは恐怖であり、恐怖において最も古く最も強烈なのは未知に対する恐怖である」というフレーズがある。「文学における超自然的恐怖」というエッセイの冒頭部分にあたる。
かの巨匠の言葉を持ち出すのはおこがましいかもしれないが、本当にそのとおりだ、とぼくは思う。恐怖小説に死はつきものだが、それは死が絶対に避け得ぬものであると同時に最も未知なるものだからだろう。
だからと言って、登場人物の死をむきだしに書けばそれで恐怖小説かというと、それは明らかに違うと思う。
もっとも、死というものをむき出しに書ける作家というのもそうはいるものではなく、むごたらしい死であったり苦痛にまみれた死を描くことになるのだけれど、ぼくにはそのやり方にはどうしても同意ができない。
そうしたものがもたらすのは恐怖ではなく、例えば女性がゴキブリなどを前にした時の反応──生理的嫌悪感と何も違わない、と思えるからだ。
ぼくは恐怖を書きたいのであって生理的な反応を書きたいわけではない。相手にショックを与えればそれで良しとするのであればそれでかまわないのだろうけれど。
どちらかと言えば、ぼくは登場人物の死を直接書くのもあまり好きではない。ぼくが書きたいのは登場人物が死に至るまでの状況であり、その死に様によって読者にショックを与えることが目的ではないせいだ。
未知のものに対する恐怖が何より強いということは、読者の想像にゆだねた方が怖いということでもあるだろう。
問題は、このように偉そうに主張しながらもそれに見合うだけの作品をぼくは未だものにできていない、ということにある。
そう言えば、以前、上東はこんなことも言っていたような気がする。
「原初の昔、人間がようやく火を手にした頃、夜の闇の向こう側は恐怖の対象だったはずだ。火の光の届かない黒々とした闇の中には人間を捕食してしまう大型の肉食獣だって徘徊していたに違いないが、俺たちのご先祖様たちにはその闇を見通す目がなかった。人間は五感のうちほとんど視覚にたよって生きている。夜の暗闇はその視覚を封じてしまうからこそ、きっと怖かっただろう。俺はこれが『未知のものに対する恐怖』の根源だったと思うんだ。見通すことのできない暗闇とそこに潜む何かを想像することが」
あれはいつのことだったろう。上東らしからぬ言葉で驚いた記憶があるのだが。
上東の絵が上手かったばっかりにさんざんな目にあった、とはどういう意味だろう。
ぼくは先ほどの男の言葉を理解しかねていた。あなたにはわからん、と男が言ったとおりに。
ある意味わからなくはない。上東の才能と情熱とがこれほどでなければ、多分、彼はこのような死に方をせずにすんだだろう。
だが、絵画鑑賞の趣味も読書の趣味もないような男が上東の絵のせいで何か不都合があったらしいということになると全く想像が追いつかない。
大学生くらいの男女二人組が今度は展示室に入ってきた。『彫像庭園』『下り階段』の絵が展示されている部屋にいた二人だった。もしかすると女性に強引に誘われて来たのだろうか、男性の側は眉間にしわを寄せて不機嫌そうな表情をしている。
『自画像』をじっと眺めているぼくを見て、男性の方はふと他人を小馬鹿にするような表情に変わった。暇な奴、とぼくのことを切り捨てたのだろう。
「ねえ、どう思う」
女性の方が男性の方に小声で話しかけた。ぼくも耳をそばだててしまう。
「思っていたよりも本格的な絵で、わたしは素晴らしいと思うんだけど」
「君が言うならそうなんだろうね。ただ、ぼくとしては、美術館や展覧会で見るだけならともかく、こういう絵を欲しいとは思わないな」
「そうなの」
「そうさ。例えば、今のこの絵を買ったとして家のどこに飾るんだい。上手い絵だとは思うよ、確かに。でも、顔色の悪い男性の肖像画なんて居間とか寝室とかに飾りたい絵かな。応接間にだって不向きだろう、お客さんがびっくりするよ」
「そうかもしれないわね」
「結局、買ったとしてもしまいこんでおくしかない絵ってことだろう。そういう絵をぼくは欲しいと思わないってことなんだ。そもそも、日本の家って外国に比べてそれほど広いってわけじゃないしね。絵を飾るスペースなんてほとんどないようなものさ。違うかい」
「そうね。言われてみたら、確かに絵をかける場所は限られてしまうわね」
「だからさ、日本じゃ画家なんて仕事にはあまり需要がないんだよ。だって買ってくれる人が限られているんだから。そう考えたら、好きじゃなきゃやれない仕事なんだろうね。この画家も、気の毒だけど、好きでした苦労だったんだろうな。そう考えれば幸せだったのかもしれないね。友達が集まって追悼展覧会を開いてくれるくらいなんだし」
男女二人組はそう小声で話しながら歩き去っていった。
『自画像』に目をすえたまま、好き勝手なことを、とぼくは不愉快に感じていた。
何より不愉快なのは、あの青年の言にも一理あるように感じてしまったことだった。売れない、需要がないことをやり続けるのは好きでした苦労だろう、と言われてしまっては反論も難しい。勿論、売れないこと、需要がないことを良しとして上東は頑張っていたわけではないだろう。だけど、ぼく自身はそれを言い訳の材料に使っていなかったか。
「あの、気にしないでくださいね」
よほど険しい表情になっていたのだろう。いつの間にか入ってきていた大学生くらいの女性に声をかけられて、ぼくは慌てて視線を下ろした。思い出した。彼女も先ほどの男女二人組と同じ展示室にいた人だった。
「あの人は学校の先輩なんですけど、いつもああなんです。自分より努力している人、才能のある人、成功している人が嫌いで何とか粗を探そうとするんです。自分は何の努力もしないのに」
むしろ彼女の言葉の方がぼくの胸に深々と突き刺さった。
「わたしは、この画家の方はすごい人だったんだな、って思います。この展覧会に来て、ああ、こういう絵を描かれる方だったんだ、ってわかったんですけど。すごく一所懸命に描いているのがわかるし、だからこそ、お気の毒だなって思います。死にたくはなかったでしょうし」
上東さんってこういうお顔の人だったんですね、と哀しそうな表情で彼女は言い、ぼくにちらりと哀れみの視線をむけると一礼して去って行った。
上東の『自画像』を見ていると、彼とした会話を色々と思い出す。
彼との会話のなかに、ぼくが幽霊や怨霊の話を書かないことについて上東から何故なのか訊かれたことがあった。
その時、確かぼくは人を祟り殺す怨霊なんて『吉備津の釜』『東海道四谷怪談』『番町皿屋敷』という名作が既にあること、後はその犠牲者の死に様のバリエーションでしかないこと、などを話したと思う。
「でも、本当はそれだけじゃないんだ。ぼくが幽霊の話を書くとしたら『幽霊が出ました、ああ怖い』という風には書かないと思う。幽霊の話が怖いとしたら、それは幽霊自体の怖さなんかじゃなくて幽霊を見てしまう人間の怖さなんだと考えているから」
「ふうん、宇摩屋先生のご高説ってわけか。それはどういうことなんだ」
「例えば、シェークスピアの『ハムレット』。前王の亡霊が城に出現するという噂が流れて息子であるハムレット王子がそれを見に行くんだけれど、亡霊はハムレット王子にだけ語りかける。自分は弟である現王に殺されたのだってね。だけど、証拠は何もない。その亡霊が語ったのはハムレット王子にだけだ。じゃあ、それは本当に亡霊がそう言ったのかな。それともハムレット王子がそのように聞いた気になっただけかな。知ってのとおり、ハムレット王子の復讐によって王家は王子自身も含めて滅んでしまう。これは亡霊の祟りだろうか、ハムレット王子の狂気の結果だろうか」
「なるほどねえ、先生、じゃあ他の話もそうなのか」
「『東海道四谷怪談』の幽霊は直接には誰も殺していないよ。自分を裏切った夫の伊右衛門のもとに化けて出るけれど、犠牲者のほとんどは伊右衛門だったり他の関係者に殺されているんだから。しかも、幽霊を見るのは伊右衛門だけだ。これは本当に幽霊の祟りなのかな、それとも伊右衛門自身の罪の意識が彼を狂わせたのかな」
「つまり、先生、幽霊を見る人間にはそれなりの理由があるってことか」
「幽霊を見たと思う人間には、かなあ。大体、幽霊ってのは生物でもなければ物質でもないと思うんだ。つまり、いつでも誰にでも見えてしまう、見ることができる、というようなものじゃない。何となく、幽霊を見るには特殊な才能、能力が必要ってことになっているけど、そういう才能がなければ見えないものって何だろう。幽霊以外にそんなものがあるかな。幽霊だけを例外にする理由がぼくには思いつかない。つまり、幽霊というのは見るべき人間が見るべき理由で見てしまい影響を受ける、一種の幻覚のようなものじゃないのかな。この見るべき理由次第で物語にはできると思う」
「宇摩屋先生、お説はごもっともだけどな、でもそれじゃあやっぱり幽霊自体は全然怖くないってことだろう。絵にはしにくいな。それにわかりやすい怖さにはならないんじゃないか、それを求められてるんだろう」
誰にでもいつでも見えてしまう幽霊なんて怖くはない。だから、特殊な才能をもった者にしか見ることができないことにする。必要な舞台装置だが、ご都合主義が過ぎるような気がぼくにはしてならないのだ。
今度は子供連れの若い夫婦がこの展示室に入ってきた。小学校低学年くらいの男の子は落ち着きなく両親の手を振り回している。こういう展覧会は子供には退屈なものだろう。そういう子供に振り回されて親の方も集中して絵を鑑賞することもできないものだ。
だけど、思いの外、夫婦二人は真剣な目で上東の絵を見ているようだった。そう言えば、この家族は第二展示室ですれ違ったはずだ。ここまでこれだけ時間がかかっているということは、一枚一枚、上東の絵をじっくりと見てきたからなのかもしれない。
「お気の毒に」
じっと『自画像』を見ていた奥さんが呟いた。
「こんなに絵が上手でなければ、きっと、この方は幸せだったでしょうね」
「多分ね。あの家の絵を見て本当にそう思ったよ」
若い夫婦二人は小声でそう話すと、ぼくの方に小さく会釈して去って行った。何か哀れむような同情するような視線をぼくの方に向けたのが気になったが。
続いて野球帽をかぶった大学生くらいの青年が展示室内に入ってきた。第一展示室で一緒になった青年だった。ぼんやりとした表情のまま『自画像』を見上げている。こういうと失礼な言い方になるが、あまり絵画鑑賞に興味のあるようなタイプには見えない。そのような青年が上東の絵をどのように見ているのか、何となく気になってきた。
「あの、君、この展覧会どうだった」
ぼくの声に青年はちらりとこちらを見て
「すごいですね」
と野球帽をとりながら言った。刈り上げられた頭をがりがりとかきながら言葉を選んでいるようだった。
「迫力あるし、まあ、すごい画家だったんだろうな、ってことだけはわかります。美術の教科書あたりにのってる絵とあまり変わらないような感じですね。ただ」
「ただ、何かな」
「何っていうのか、他人の不幸を絵にしやがって利用しやがって、って感じでむかつきもしますよね。こっちの気も知らないで何しやがるんだ、って。だから、正直言うと、この『自画像』ってのを見てるとざまあみろ、って気にもなるんですよ。自分だって同じじゃないか、とうとう年貢の納め時だぞ、って」
「君、いったいそれはどういう意味なんだ」
「わかるでしょ、説明しなくったって。あんただって同じなんだから。他人の不幸を利用しようとして、同じ穴に落っこちた。わかんないふりもそうは続けてられないっすよ」
失礼します、と軽く頭を下げて青年は歩き去って行った。後に残されたぼくは彼を呆然と見送ることしかできなかった。
ぼくはまだ『自画像』の前から動くことができずにいる。
この『自画像』を見たことで、改めて、上東が死んでしまったのだ、ということをぼくは痛感した。あの才能ある男の話を聞くことも新しいイラストを見ることもできないのだ。
だからこそ、この追悼展覧会にはできるだけ多くの観客に足を運んでもらいたかった。上東杭雄はイラストもすごかったが、油彩画でもこれだけの作品を遺しているのだぞ、と世に知らしめたかったからだ。
ある大手出版社が刊行した最新の現代美術の傑作佳作秀作を集めた『最新現代美術集成』に上東の作品も収録されたが、それは、神尾龍磨の全集に収録されたイラスト作品を中心としたものだった。だが、多分、上東は、できることならこの追悼展覧会に展示されているような油彩画作品をこそ収録されたかったに違いない。
同時に、ぼくは何を遺せるのだろう、と寂しくも妬ましい気持ちを隠す気にもなれなかった。ぼくは、まだ、ぼくの理想とする恐怖小説を書くことができていない。おそらく能力がないのかもしれないし、努力も足りていないのだろう。
上東に「宇摩屋先生、もっと書けよ、もっと」「もっと仕事しろよ、書いて書いて書きまくらなきゃ」と言われていたことを思い出す。上東自身が常に描き続けていたからこその言葉だったのだろう、と今でならわかる。
その上東の言葉に当時のぼくは何と思っただろう。
担当編集者に「宇摩屋先生、幽霊や怨霊、化け物も殺人鬼も、人がむごたらしく死ぬのも嫌、と言われると、先生が何故ホラー小説を書いているのかが全く理解できないんですよ。先生の書く話って回りくどいんです。ストレート、直球勝負でわかりやすく書けませんか。今時、コミックや映像作品にマルチ展開できない小説なんて需要がないんですよね」と言われた直後で内心へこんでいたところだったのだ。
上東にも「あんたの作品を読んでも絵が頭の中に浮かんでこない」と言われていた。
わかりやすく絵にできない物語なんてコミックにも映像作品にもできっこない。つまり、ぼくの小説はまるで需要がないということだ。需要がない仕事を続けるのはつらい。誰も読む人のいない物語に何の値打ちがあるだろう。そう、あの無神経な物言いをした青年の言葉と同じような評価をぼくはぼくの仕事に下していたわけだ。
だから、ぼくは仕事の順調な上東をうらやんでいたし、上東と比べてひがんでもいた。それは今でも変わらない。ぼくは上東をうらやんでいるしひがんでもいる。ただ、上東が死んでしまったからそうした気持ちが少し後退しているだけだ。
ひがみ根性から、あの時、ぼくは「じゃあ、ぼくの次の作品には上東先生のイラストをお願いできませんか」と言った。その時の上東の返事をぼくは忘れることができない。彼は「申し訳ないが、先生、断らせてくれ。あんたの作品に俺の絵では釣り合いがとれないんだ」と言ったのだ。
「あれが致命的でしたね」
いつの間にこの展示室に入ってきたのだろう。この展示室の前の廊下にいたスタッフ、上東の美大時代の後輩の青年がぼくを見ながら言った。
「宇摩屋先生、あなたのあの一言が上東先輩を追い込んだんですよ。多分、お気づきじゃなかったんでしょうけど」
「……どういう意味だい」
「さっきもお話したと思うんですが、上東先輩はデッサンは天才的でした。目に見えるもので描けないものはなかった。でも見ることのできないものを描くことが不得手だったんですよ。そのことを先輩は必要以上に自覚していました。自覚させられたんです、美大時代の教授に。まだ、わからないって表情をしていますね。宇摩屋先生、上東先輩はあなたの作品を評価していたんですよ、絵にできない恐怖を書く小説を。自分にはできないことを物語という力でやってのけるあなたのことを、ね」
「まさか。そんな馬鹿な」
ぼくは唖然となった。そう、本当に「そんな馬鹿な」だ。信じられない。
「なのに、あなたはそんな先輩にイラストの依頼をした。自分にはできない、と言うことが上東先輩にはどれだけきつかった、と思ってるんですか。イラストの仕事で何とか実績を積み上げようやく自信を取り戻しつつあったのに」
「あれは、そういう意味だったのか。釣り合いがとれない、っていうのは。ぼくは。ぼくは、ぼくの小説が上東のイラストには及ばないって言われたと思ったのに」
「上東先輩はあなたの小説に見合うイラストを描くために危険な道へと踏み出しました。まだ、思い出さないんですか。多くの人が犠牲になった呪われた主題をもとに先輩は絵を描いた。その絵をもとにあなたは小説を書いたでしょう」
「書いた。ぼくが。もう」
確かに書こうと思った。ぼくの小説が「絵にならない」と言った担当編集者や上東に一矢報いる機会になると考えたからだ。絵をもとに小説を書けば「絵にならない」ことにはならないだろうと思ったからだ。
「あなたはもう書いたんですよ、呪いの犠牲になった人々の話を。死者の声を聞きながら、そうしてあなた自身も呪いの犠牲になったんです。上東先輩やぼくたちと同じように」
何かが近づいてくる気配に怯えて部屋に閉じこもっていたことを思い出した。
その気配から逃れようと色々な神社や寺院を訪ねてお祓いや祈祷を頼んだり、色々な御札を買い込んで部屋の扉にべたべたと貼り付けたことを。あれは本当にあったことなのだろうか。
「いつまで、この絵を見ているんですか。次の絵があるんですよ。皆が待っています、そちらに行きましょう」
青年はぼくの背中を軽く押すようにして次の絵へと案内した。
「待ってくれ、あの『自画像』が上東の遺作じゃないのか」
「そんなはずはないでしょう。あなたは、あなた自身の物語として最後の話を書いたじゃありませんか。あなた自身の遺作を」
さあ、行きましょう、と青年に促されてぼくは次の絵の前に立った。そこには『公民館正門前の広場』と題された絵が展示されていた。
この追悼展覧会が開かれている公民館の絵だった。
多分、これは上東杭雄のイタズラ、あるいは茶目っ気のあらわれなのだろう。
そうであってほしいと思うし、そうでなければつじつまもあわない。
この『公民館正門前の広場』という絵がいつ頃描かれたものかわからないが、前の『自画像』が上東の死の現場のイーゼル上にあったことを考えると、それより以前であることは間違いないはずなのだ。
『公民館正門前の広場』に描かれた記念写真撮影のような十数人の人々。
その中に『自画像』で描かれた上東杭雄自身が、その隣には知る人ぞ知るホラー小説家の宇摩屋蘭堂が並んでいる。若手に混じって神尾龍磨の姿まで描かれているのは何の愛嬌だろうか。
死んでしまった友人。死んでしまった言葉。不完全な対話。
死とは喪失であり、我々にとっての喪失とは虚無の彼方だ。虚無へと届かない言葉を投げかけることはできても、虚無からの言葉を聞くことはできない。
だが、もしかすると、ごくまれに虚無の彼方からの声を聞きつけてしまうこともあるのかもしれない。死者たちからの囁きを。それが幸運なのかどうかは全くの別として。
上東杭雄氏の追悼展覧会だが実は残念なことに開かれることはなかった。
展覧会の開催準備中に一階の改装工事中の現場から火が出ておりからの強風にあおられる形で公民館自体が全焼してしまったからだ。展覧会の準備にあたっていたスタッフにも死者が出る大惨事だった。
さらに残念なのは展示予定だった上東杭雄氏の作品全てが失われてしまったことだ。
宇摩屋蘭堂氏は自宅マンションで急性心不全による不審死を遂げた。公民館で火災が発生する七日前のことだ。
皆さんにこれまでお読みいただいたこの小説は宇摩屋氏の遺作である。私が宇摩屋氏の担当編集者に頼まれて彼のマンションを訪れた際に入手した創作ノートと上東杭雄氏の追悼展覧会の図版をもとに編集氏からの依頼により再構成させていただいた。
ただし、宇摩屋氏の書いたそのままの形ではあまりにも危険であると判断し幾つか手を入れさせていただいている。思いつく限りの必要な手を講じたが、結果として面白くなくなったり恐怖が減じていたりとお感じになるかもしれない。
それは宇摩屋蘭堂氏の問題ではなく、全て私の責任である。
この小説を読まれた皆様の身に何も異変が起こらないことを心から願っている。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも「面白い」「怖い」と感じていただければ幸いです。




