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第76話 南中時間午前二時。南端の星、カノープスを観測せよ!

 AEWアッチでは食べられない大量の牛肉を、中盤あたりから、半ば無理矢理に胃袋に入れながら父母との会話を弾ませる花太郎(アッチの生物の肉も旨そうだけど、どっちが旨いんだろう)。今晩”カノープス”を一緒に観に行かないか父さんを誘っていたけれど「俺は寝るよ」と断られた。父さんの就寝時間シンデレラタイムは二十二時だ。そしていつも四時に起きている人だった。


「そういえばハナ、あの人とは、会ったのか?」

「あの人?」

「あれ、母さん、なんだっけ? あの、小さい人。何回か来たよな?」

「ああ、ああ。え~と……ドワーフの……マイド……ああ!カイドさん?」

「え!?」


 この一六年の間、カイドがうちに何度か実家に尋ねて来ていたことを初めて知った。


「ハナ、あれだな。いい友達持ったなぁ。あん時の母さん、よく言葉がわかったもんだよ。やっぱ俺ぁ、母さんとは頭の出来が違うなぁ」

「私だって、不思議だったよ。聞いたことない言葉なのに、どうしてか意味がわかっちゃったんだから」


 リスナーのJOXA職員の引率で実家に来ていたらしい。そして、僕の遺品の形見分けを二人に頼んだそうな。


「俺は、何言ってるかわかんなかったけんどよ。JOXAの人とか、母さんが通訳してくれてさ。”必ずハナタロウを見つけるから”って言ったんだよ。にしがいなくなった時に、主の鞄を持ってきてよ、”見つけたときに真っ先に渡したいから預からせてくれ”って、言ったんだよ。だから、預かってもらった。もう会ったのか?」

「……うん」

「返して貰ったけ?」

「……うん、返してもらった」

「よかったじぇ」

「うん」

「よかったねぇ、花太郎」

「……うん」


 甘田花太郎が書いた日記は、コピーだけを受け取って、原本をカイドに委ねたらしい。「あいかわらず、字が汚いな」と笑われていた。


 花太郎は食事の後、支給して貰った携帯電話で本部に連絡を取り、JOXAに調達をお願いしたラム酒一ダースを、同じ銘柄で、もう一ダース追加発注した。


 シンデレラの時間がやってきた。


「じゃぁ、俺、寝るわ。おやすみ」


 テレビを見ていた父がのそのそと立ち上がり、台所で別のテレビ番組を観ている母さんに言う。


「おやすみなさーい」

「おやすみなさい」

「うん、おやすみな~」


 父さんは寝付きがいい。部屋に入って、五分もしないうちに眠りにつく。イビキがすごいから、すぐわかる。


「僕も、寝ようかな」

 まだ寝るのかよ、花太郎。


「母さーん。一時くらいまで寝ますね」

「はーい。おやすみー」


 台所にいる母さんに呼びかけると花太郎は、携帯電話のアラームを午前一時にセットして眠りについた。……肉体強化マナコンドリアの影響がなくなって、疲れているんだろうか。いや違うな、本当にただ眠いだけだ、きっと。


 アラームが鳴る前に、花太郎は起きた。


 母さんは、花太郎用に長袖の服を用意してくれていた。その服は花太郎の外出着だった。

 花太郎は、衣服に袖を通した後、しばらく目を閉じて、上を向いていた。僕の姿が見え始めていたけれど、実家では、極力黙っていることにしたので、声はかけなかった。こいつは本当に泣き虫だな。


 お風呂の時に用意してくれた衣服といい、体面上葬儀をあげることになったとはいえ、父母はカイドの言うことを信じてくれていたようだ。甘田花太郎が生きていることを。


「さて、ではいきますか」

「どこで観るの?」

「山でもいいけど、千羽せんばにしようか」


 花太郎が「自分が運転しようか?」と提案していたけれど、とっくに花太郎の運転免許は失効していて、犯罪だった、それ以前に死んだことになってるんだけど。「母さんにまかせなさい」と防寒した母が運転席に乗り込んだ。元気だなー。


「では、出発進行~」

「お願いしまーす」


 ターさんに伝えるべきだったな。三原山の噴火口の他に、もう一つ、観光スポットらしき名所が、千羽にあった。


 通称バームクーヘン。正式名は、なんだっけ? 概要は誰かに叩き込まれた記憶がある。


 道路を通すために、山の一部を切り崩した場所がある。地面から垂直に切り崩した断面から、過去、五、六万年に渡る噴火と地殻変動の系譜を間近で眺めることができる場所だ。地質学者にとっては、大興奮のスポットらしい。ターさんも喜ぶと思う。素人目でも、迫力は圧巻だから。


 三原山は三十~四十年の周期で、噴火する。頻繁に噴火するので、落ちてくる火山灰が薄く幾重にも積もり、その年輪のような切断面は、まさに”バームクーヘン”だった。


 バームクーヘンを背にして、正面を向くと、眼下は開けた海面で、そこには街灯がない。南側の星を観測するなら、絶好のスポットだろう。

 軽自動車に揺られながら、母さんも久しぶりに観ると言っていて、ちょっとワクワクしているのが伝わった。


 学生時代、北海道出身の母は天文倶楽部に所属していて、そのころは、いつかカノープスを直に観てみたい、とずっと思っていたそうだ。


 カノープスは日本で観測できる南端の星で、北海道からは地球の丸みで隠れてしまう。伊豆大島に嫁いできた時、父さんに頼んで、真っ先に連れていったもらった場所だと、思い出すように話していた。そして、最後に二人で観に来たのは、二十年くらい前かな、とも。


 二十年前……。僕の感覚だと甘田花太郎消失の四年前だ。たしか実家に電話したとき、「この間カノープス観にいったよ!」と聞いたときかな。


 僕はこのとき初めて”カノープス”って星の名前なんだな、と知った。よくゲームとかアニメのキャラクターで見かける名前だったから。だから、花太郎もこの名前を覚えていたんだと思う。観に行くのは今回が初めてだ。


 木々に囲まれ、真っ暗で、細くて曲がりうねった細い一車線道路を抜けると、開けた場所に出た。車のライトが正面の年輪のような土壁を照らす。到着した。


 夜目のきく僕は、今でもバームクーヘンの模様がくっきり見えるけれど、二人ともよく見えていないと思う。それくらい真っ暗で、星明かりがよく見えた。


 バームクーヘンは道路のすぐ脇にある。開けた道は四〇〇メートルほど続いてて、観光用に路駐できるスペースもある。母さんは軽自動車を、その路駐スペースの一角に止めた。車の時計を見ると午前一時五〇分を指していた。


 車から降り、二人はバームクーヘンを背にして、南側の海と空を眺めた。落下防止の手すりに捕まる。

「よく見えるよ、花太郎。いい天気だね」

「ほんとうだね」

「あれが天の川銀河だね」

「うん」


 空には雲一つなく、うっすらと白く淡い天の川銀河が、花太郎達の視点のやや左側にあって、南の水平線に向かって延びていた。海面には、利島や新島などの伊豆諸島の島影と、わずかな街灯が見える。流れが速いことで有名な、黒潮海流がぶち当たっている島の南側のこの場所は海のせせらぎがかなり大きい。でも、なんだか静かだった。


「あれが、大三角で、シリウスがあれで、まっすぐ下のところの……あれだね! 間違いない」 

「え? なに、どこ? どこ?」

 母は早々にカノープスを見つけたらしい。置いてきぼりを食らった花太郎に、きっちり見つけ方を教えてくれた。


 オリオン座、オリオンの右肩ベテルギウスからプロキオンを結ぶ。この二つは明るい星なので、すぐわかる。そして、二つの星の間にシリウスを見つける。シリウスは地球から観測できる全天体の中で一番明るい星だ(太陽、月を除く)。これもすぐわかる。二つの星のちょっと見上げたところにあった。これが”冬の大三角”。


 そして、ベテルギウスとプロキオンを底辺とし、シリウスを頂点にして、冬の第三角を半分に折ってまっすぐ線を延ばすと、水平線のあたりで、星と線が接触するという。この星が”カノープス”だ。


 花太郎も僕も、すぐに見つけることができた。赤く、瞬きの小さな星だった。


「へぇ、もっと水平線スレスレにあるかと思ったけれど」


 カノープスは、思っていたよりも水平線から飛び出ていた。 

「そりゃそうですよお兄さん。下調べしっかりして来たんだから。今が一番、高くあがっている時間ですよ」


「なるほど。サソリ座の心臓みたいだね。赤い星、って年寄りなんだよね? 長寿星ちょうじゅほしって呼ばれたのはこのためなの?」

「本当はあの星、青いんだよ。そして、とても明るい」

「え?」


 カノープスは、全天体の中でシリウスに次いで二番目に明るい星らしい。日本からだと、水平線ぎりぎりにあるから、大気の層が邪魔をして暗く見せている。


 本来は青くて明るい星だけれど、それが赤いのは同じく大気のせいで。大気がもたらす光の屈折が夕焼け子やけや、地平線すれすれで浮かぶ赤い月と同じ現象を起こしているのだという。


 淀みなくペラペラと説明する七〇歳の母。……好きなものはいつまでも忘れないのな。すごいな。


 そして、母さんは、なぜ中国では見つけると長生きできる”長寿星”と言われるようになったか、独自の解釈を述べた。……本当にすごいな。


「中国っていんの時代から東西南北に広い土地をもってたでしょ。気候の寒暖差もすごかったと思う。カノープスってほら、北の寒い方では、見れない星でしょ? 中国ではぎりぎり、海の近くの”温帯”地方でしか見れなかった。これが原因だと思うな、母さんは」


 必然的に北の寒く過酷な環境よりも、温帯地方に住む人間の方が、平均寿命が永くなる。ちょうど亜寒帯と温帯を跨ぐように巨大な民族が暮らしていたからこそ、誕生した言い伝えではないか? と母は話していた。「もしかしたら、研究している人もいるかもね」とも。


 見上げていると、花太郎たちの視界の右側に、明るい流星が流れた。


「花太郎、みた?」

「うん、明るかったね」

「この間、獅子座流星群があったばかりだから、そのなごり星かな……」

「……母さん」

「ん?」

「今度さ、父さんと観に来なよ」


「う~ん。父さん眠り姫だからね。お正月以外は、こんな時間まで起きれないよ」

「もっと、早い時間には観れないんですか?」


「今、十一月だからね。冬になったら、八時とか九時に観れるんじゃないかな」

「じゃぁ、その時でいいからさ。長寿星、二人で観れたら、なんかおめでたいじゃないですか」


「……そうだね。覚えてたら誘ってみるよ」


 ……花太郎は最初から母さんに連れていてもらうつもりだったんだ。”長寿星”を二人に見つけてもらうために。


 さすがに深夜二時は予想外だったんだろう、父さん寝ちゃったから、冬に仕切りなおしてもらうようにお願いしたんだ。


 二人に末永く、この世界で生きてもらうために。


 ……まわりくどい奴だ。ありがとな、花太郎。奴に姿が見えないうちに、お礼を言った。


「さよーならー、カノープース」

 母さんは車に乗り込む前、カノープスに向かって大きく手を振って別れを告げていた。


「ありがとー」


 楽しそうだった。花太郎も母さんにならって、”ちょいちょい”と手を振って車に乗り込み、家路へ車を走らせた。もちろん、母さんが運転して帰った。



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