第77話 追いかける努力と心意気
翌朝。父さんが一番早くに目を覚ました。 ジャージ姿に着替えると、散歩に出かけた。
次に花太郎が目を覚まして、適当に上着を着込むと「来いよ」と何となく僕の方を向いて言った。僕と花太郎は一緒に庭に出た。
花太郎がシャーレに唾液を垂らす。僕の形が見えてきた。
「今日さ、ぶらっとドライブするんだ。このあと」
[スキヤキ食べてるときに話したの、聞いてたよ]
「一日だけだけど、ゆっくりできた」
[そうだね]
「うん。あの二人はすごいと思うな。父で在ろうと、母で在ろうしてくれている。いつだって」
だからお前はずっと眠れていたんだな。いつものように。
[……手紙、書くこと決まったよ]
「よかったな。今、書くか?」
「うん。ポストに投函する作戦でよろしく」
「わかった」
実家に帰ってから、もしかしたら花太郎は、寝ている時間の方が多かったかもしれない。それが、どういうことなのか、花太郎自身も理解していた。
父で在ろうとと、母で在ろうとしてくれている。だから花太郎は安心して眠る。 ……ここまで考えているかはわからないけど。
少なくとも僕は、花太郎の衣服を用意する時の母や、散歩に出かける前の父の表情を観ていたから、ちょっと考えてしまったよ。
子供の頃は、大人になれば食べ物の好き嫌いもなくなるし、できないこともなんでもできるようになると思ってた。
そして、大人の言うことは絶対だった。自我が確立していない頃の自分は、大人からの評価に自分を投影して、自分の存在を確かめていたんだと思う。
大人になってわかった。大人になったからといって、それだけで苦手なものが克服できるようになったわけじゃない。
一見好き嫌いがないように見えたのは、食卓に嫌いなものがならばなかったからだ。成人してから、父さんはシオカラが嫌いなことがわかった。
自分は、自分のままで、大人になる。大人スイッチが在る訳じゃないんだ。年の功こそあるけれど、根っこの部分は、変わらない。成人して”三つ子の魂、百まで”という諺の意味に納得した。
子どもが生まれてから、わかったことがある。そこには、「父で在ろう」と見栄を張りたい自分がいたんだ。
”お父ちゃん、日本一!!”って、一度でイイから子供に言われてみたいと思う親バカな自分がいたよ。
そして気づいたよ。父さんも母さんも強いんじゃない。”強く在ろう”としている人なんだ。あなた達は、僕にとって、間違いなく日本一の父と、日本一の母です。
この気持ちをなるべく強気で見栄を切って手紙にしたためることにした。長く書きすぎるとボロがでるから、なるたけ短くしようと考えた。
ふと、昔読んだバトル系の少年マンガに登場する豪傑のオヤジが、息子に稽古をしているワンシーンが頭をよぎった。
稽古で一本とられ、疲労困憊で大の字に寝そべっている息子の顔をのぞき込んで、豪傑のオヤジが笑いながら話しかけるんだ。
「いつか、俺を越えろよ。それが”親孝行”ってもんだ」
息子は再び木刀を握った。
花太郎がインクを取り出してふたを開けてくれた。僕は便せんに筆を走らせる。
【日本一の父と、日本一の母へ
あなたたちを越えます。僕は”世界一の父”を目指します。
甘田花太郎より 】
「これ、便せんじゃなくて、葉書でよかったね。”なります”じゃなくて”目指します”のあたりが、『アキレスと亀』の亀に追いつけないアキレスの感じがでているよ」
[論理上とはいえ、アキレスになれるなんて光栄だろ? 離婚した時点で、この目標は”決して追いつけない亀”になった]
「されど、近づくことならできると?」
[うん]
「キザったらしいな」
[反対か?]
「いや、心意気は概ね同意する」
台所から、母の出す物音が聞こえると、花太郎は散歩に行くことを告げ、ポストに手紙を投函した。
帰路、花太郎は墓地に立ち寄ると、墓守をする父と一緒に掃除を済ませ、一緒に帰宅した。
三人は朝食を済ますと、父の運転で、大島をぐるっと満喫した。
剛腕剛弓の源の為朝が岬に立って、迫りくる平家軍の軍船を矢で沈めた伝説のある乳ヶ崎。
砂浜と磯が混在する場所で、地元の子供達が、素潜りで獲物を探したり、浅瀬でパチャパチャ遊んでる場所だ。
サンセットパームラインという海岸沿いに夕焼けを拝める長い遊歩道の先にあるから、自動車を持たない旅行客はここまでくることは少ない。なので男女で「キャッキャ、ウフフ」しながら、ゴミをまき散らすような人は来ないから海がきれいだ。スキューバダイビングを楽しむ観光客が多い。
「ターさん?!」
乳ヶ崎へいく途中、花太郎がターさんを見つけた。
ターさんは、テングサ(ところてんの原料)を天日干ししている漁師となにやら、話し込んでいた。シンベエが小さくなってターさんの肩の上に乗っていた。
「ああ、どうも甘田さん。家族水いらずですね。こんにちは、お久しぶりです」
ターさんは両親と面識があった。シンベエとは初めてみたいで、お互い自己紹介をした。父さんにも通訳せずに伝わっていたから、シンベエはきっと、日本語で話してくれてたんだと思う。
テングサの天日干しを背景に、みんなで記念写真を撮った。最初は漁師の人がシャッターを切ってくれたけれど、どうやら、父さんの知り合いらしく、シンベエ、父さん、ターさん、漁師のおじさん(推定年齢六十前後)という、よくわからない記念写真も撮った。
シンベエが「車に乗りたい」と言って、「水入らずを邪魔しては」とターさんが遠慮したけれど、もてなしの炎に火がついた父さんと母さんは、二人を車に乗せた。シンベエは、母さんの膝の上に乗った。
漁師のおじさんに別れを言って車を走らせると、五分ほどでサンセットパームラインの終点、乳ヶ崎についた。
アキラとご両親がいた。
「未次飼先生!」
父は運転席からアキラの両親を呼んだ。
アキラの父母は二人とも小学校の理科の先生だった。ちょっと浮き世離れした性格はアキラがしっかりと引き継いでいる。
「花太郎君! 君も無事だったんだね!」
アキラの両親が、花太郎を抱擁した。花太郎もそれを返した。
「ハナのおじさん、おばさん。お久しぶりです」
「アキラ君、大変だったなぁ」
「ほほほほほほ」
ターさんが笑ってた。
アキラたちも、大島をぶらっとドライブしている最中でここに立ち寄ったらしい。
僕たちが集ったのはただの偶然じゃないだろう。伊豆大島はそういう町だ。
……他に、行く場所がないんだ。狭いんだ。これは寂れた町が作り出した必然と言って
も過言ではないだろう。
この後のコースは決まっている。外周四十五キロメートルの道路(よくマラソン選手や駅伝チームが合宿にくる)をぐるっと一周する。
途中立ち寄るところと言えば、この乳ヶ崎、群れとはぐれたり、ケガをした鳥を保護している規模は小さいけど、レアな鳥獣が観れる大島公園。筆のような岩が海面から突き出ている場所で、力強い波と波音が堪能できる”筆島”(固く大きくそそり立つ姿は、どうみても筆じゃなくて”アレ”にしか見えないけど)。そして母とカノープスを観た、”バームクーヘン”が、島民のドライブコースである。
観光客ならば車が立ち入れない三原山のカルデラを山頂付近の茶屋から徒歩でお鉢まわりしたり。
当時のビデオカメラの性能がもっと優れていたならば! と悔やまれるほど鮮やかにマグマの炎を吹き上げる三原山の噴火の映像や、資料や石ころが展示されている、”火山博物館”。
あとは公務員のある男性が趣味であつめて、気付いたらレアな貝殻たちが揃い踏みして、建設してしまった貝の博物館”ぱれらめーる”。
いずれも一泊二日あれば、全部回れるくらい小規模な施設ばかりだ。なにもない。
そして、残念なことに観光客はほとんど知らない。大島は雉の養鶏 (でいいのかな)を行っている日本全国でも数少ない地域であることを。もっと雉料理を全面に押し出せばいいのに、そういった、営業努力を怠っているというか、ずれているというか。
……そこが大島の残念なところだ。
再会の喜びを分かちあった後は、うちも、アキラの両親もシンベエに釘付けだった。というか、ちょっぴり変わった(うちも人のこといえないけど)未次飼先生ご夫婦の放つシンベエ熱に僕の父母がほだされた形になる。
そして、シンベエは巨大化した。老人たちを背に乗せて、空中散歩をするために。
ターさん引率のもと、ターさんと四人の老人がシンベエにまたがると、シンベエは高く飛び上がり、東へと飛び去って見えなくなった。アキラと花太郎が取り残された。 ……高所恐怖症の父さんが乗り込むくらいだから、よっぽど好奇心が勝ったのだろう。
「……元気やなぁ、あん人たち」
「だな。お前、さっきまで関西弁抜けてたじゃないか」
「うるせい」
「……なんか、顔はだいぶしわくちゃになったけどさ。父さんも母さんも、変わらずにいてくれたよ」
「……うちもや」
二人の口数は少なかった。
そして、シンベエの帰りがあんまり遅いので、ちょっと心配しはじめたころ、ようやく、シンベエが西の方角から戻ってきた。……どうやら島を一回りしたらしい。
五人の老人は、”シンベエとゆく空の旅、大島一周シニアツアー”を満喫したようだ。
「いやはや、楽しい旅でした」
父さんは大島の伝説や伝統にくわしく、アキラの両親は、生態系に詳しい。ターさんは、優秀な解説者たちから話を聞けて満足していた。
乳ヶ崎の近くの宿で昼食を済ますと、地元の直売所であした葉ソフトクリームをみんなでかじった。シンベエには二人の未次飼先生が食べさせて、その様子をにやにやしながら観察していた。
老人四人が「もう、島一周してきたからいいや」と大島一周ドライブを断念したので、再び、乳ヶ崎へともどった。ターさんを交えた老人五人の会話は滞ることなく、なんかキャピキャピしてた。
特にターさんの宇宙開発にまつわる話は、父さんはちょっと小難しい表情をしていたけれど、母さんと未次飼先生ご夫婦には大好評で、時間はあっと言う間に過ぎていった。
サンセットパームラインからみえる夕日が水平線と混ざるころ。出発の時間となった。
アキラは先生たちと浜辺で散歩を始めた。ターさんとシンベエは、その場で佇んだままだった。シンベエは巨大化していて、夕日に照らされた青い鱗は茜色に染まっていた。
花太郎は「僕たちも散歩しよう」と行って、父さんと母さんを連れて、アキラたちとは逆方向に歩きだした。
二人はユリハに言われたんだ。「AEWで勤めるということは、場合によっては、命を落としかねない危険な任務に就くこともある」と、花太郎はそのことを伝えなければならない。再び襲ってくる”突然の別れ”の可能性を。
花太郎は告げた。なるべく短く、別れの可能性を示唆した。頻繁には帰って来られず、手紙か、ビデオ通信で連絡をすることが主になる、と。
質問を受ければ何でも答えられるように、ユリハや悠里から、AEWの人を襲う獣や、危険の伴う任務についての子細を聞いていた。
しかし、両親から放たれた問いかけは一つだけだった。
「咲良も、そっちで働いているんだろ?」
「……うん」
「いってらしゃい。お父ちゃん」
「いってらしゃい。お父ちゃん」
「……行ってきます」
そして二人と握手を交わした。これだけだった。二人はこれだけで、花太郎との”永久の決別”の可能性を覚悟した。
ターさん、アキラ、花太郎がシンベエにまたがり、四人の老人はそれを手を振りながら見送った。
「ハナ、陽が暮れる前には帰ってくるんだぞ」
この碁に及んで父さんは花太郎に冗談を言う。
「うん、帰ってくるよ」
「嘘はよくねえぇな、ハナ。もう陽がくれるじぇ」
「ごめん」
「おうよ」
「行って参ります」
「行ってらっしゃい」
「次くるときは、連絡するんだぞ、アキラ」
「いってきます!」
「では参りますかな、シンベエどの」
「うむ。行くぞ」
涙を溜めている花太郎に僕は「つくばで落ち合おう」と告げ、先に行くように促した。
シンベエが翼を畳んで身を屈め、飛び上がった。一気に高度をつけて、点になる。
僕はしばらく手を降り続ける父母たちの傍にいた。
やがて点が見えなくなって、四人がほとんど同時に手を下ろすと、挨拶を交わしあって、車に乗り込んだ。
車に乗り込む寸前、父さんが「んじゃね、ばーい」といいながらシンベエたちが飛び去る方角に向かって右手を一振りするのを見届けると、僕も飛び立った。
シンベエたちを見失った僕は、茜色の空にうっすらと影を見せる宇宙エレベーターを目指した。
途中、後ろを振り返って、サンセットパームラインを走る自動車に向かって、なんとなく手を振ってみた。
[行って参ります]
……ちょっとがんぱって、追いつく努力をしてみようかな、シンベエ。




