第47話 天才二人の包囲網
「アネさん」
「なんだね? アマダ君」
「こいつが見えてるんですか?」
「モチのロンじゃよ、アマダ君。ちょっと透けて見えるけど、見え方は正しい?」
「いえ。実は、今の僕には見えてないんです」
「え、真剣で?」
「ま、真剣って……ほんと”アネさん”じゃないですか」
「お、お、おや、おや? まさか伝わるとはね。任侠好きなの?」
「いえ、嗜む程度ですけど」
「アタシも嗜む程度だよ。やっぱ邦画よりも洋画だね。あ、でも昔の奴は好きだよ、クロサワ作品とか」
「僕もです!」
「お主、話せるクチかね?」
「文系なので!」
盛り上がってるところ悪いんだけど、言及してほしいんだ。今、花太郎は汗も出血もない状態で僕自身にすら、僕の身体が見えていなくて花太郎にも僕のいる場所がだいたい知覚できているだけで見えていない。
どうしてカガリさんには見えているんだよ。
[花太郎聞こえるか?]
聞こえていない。なんかマニアックな話を始めそうだ。
[おい。話し込むのはいいけどさ、先に追求してくれよ。なんで僕の姿が見えていて、”触れる”ことができるんだ? あと、さっきからチラッチラとカガリさんの胸元みてんじゃねえよ。眼福なのはわかるけどさぁ!]
「こ~ら~」
カガリさんはカップアイスを片手に僕の頬を摘んでのばした。正確には頬だと知覚しているだけで見えていない。カガリさんにグリグリされるまでわからなかった所だ。
「このコはアマダ君の心の声かな? あ、でも”胸元見るな”って言うキミの心の天使の声かな? 欲望と葛藤してるのかな? キミは」
「エア太郎、貴様!」
花太郎が恥を晒しているけど、どうでもいい。なんとか追求できそうだ。そして新たな疑問が生まれた。
……僕の声が聞こえている?
「ん~。うんうん。ちょっとは元気になったかな? ココロノコエ君」
[え?]
「さっきからキミ、寂しそうな顔してたから」
……うん。確かにそうだったかも。
「アネさんが話しかけているのは、今の僕には見えていないんですけど、エア太郎って呼んでいて、甘田花太郎のもう一つの人格です。詳しいことはわからないのですが、僕とこいつで同じ記憶を持っていて、それぞれ自我があります」
「ほえほえ、失礼しました。じゃぁ、君にも挨拶しなくちゃだったね。えっと……久しぶり? でいいのかな? 篝悠里です」
カガリさんが手を差し出した。けれど、僕には自分の手が見えない。
「どしたの?」
[手が、見えないんです。自分の手が]
「うそ? そこにあるじゃん」
カガリさんが手を伸ばす。
カガリさんが、僕の手を”握った”。
「はい。これからよろしくね」
[よ、よ、よろしくお願いします]
「ん~、いいドモりっぷりだね。どうして? 緊張してる?」
「はい。あ、あとビックリしてます」
そして、カガリさんは笑った。
「ビックリかぁ。アタシも最初にびっくりしたよ~。だってキミ、服着てないんだもん」
[な!!]
花太郎が吹き出している。僕の声は届いてないはずだけど、カガリさんのレスポンスから会話の内容は丸わかりだ。チキショウ。
僕は、姿が見えてない状態では初めての試みだったけど(というか試す必要がなかった)、背広を着ている姿をイメージした。
「お? へ~、そんなこともできるんだ。すごいね」
どうやら背広を着込んでいるように見えたようだ。
「じゃあ、さっきのはあれだね。家に入る前に待ちきれなくって脱いじゃったんだね。服って着てるだけで疲れるから、気持ちわかるな~。そんなことしないけど」
[いや、違います]と否定しようとしたところで、ドアをノックする音が聞こえた。
ユリハだった。
「ユリっちおかえり~」
「ただいま戻りました。……センパイ、相変わらず神出鬼没ですね」
ユリハはカガリさんがいることに多少驚いてはいるものの、妙に物わかりがいいというか、さして混乱するそぶりを見せなかった。見た目はユリハの方が年上だけど、カガリさんのこと先輩って呼んでるんだな。
そしてユリハの頬がちょっと上気していた。「センパイがここにいることよりも、好奇心の対象は他にあるんだ(絶対に花太郎目当て)」みたいながオーラ出ていて、怖かった。
「信条って訳でもないんだけどね。して、何用かね? ユリっち殿」
「彼に用事があって来ました。花太郎、血を抜くわ」
ユリハがウキウキしながら放った言葉は”命令”だった。傍目からみても怖かった。
でも、ユリハが来てくれたのは好都合だ、血を抜けば僕の姿が見えるし、このことについては花太郎を介して、彼女に検証を要請したい。
「でも、まだ血が足りてないかもしれないし……」
ここで花太郎が渋る。旅の道中、大して実験器具もそろっていないというのに、ユリハは花太郎から血を抜こうとしてサイアに止められることがままあった。お預け状態で、知的欲求が溜まりに溜まっていろいろ限界に達したんだろう。ユリハの表情は何処か恍惚としていて、妖艶で、猟奇的だった。花太郎が渋る気持ちは理解できる。
「ちゃんと血液パックをもってきたわ、安心して」
もはや逃げ場はなかった。
「あ、いや、でも……その」
それでも食い下がる花太郎。往生際が悪いぞ花太郎。勇気をだせよ花太郎。
「サイアも出ていらっしゃい。早く」
サイアが現れた。
ナース服を着用していた。
背の低いサイアのサイズにぴったりで、コスプレチックなデザインではなく、キチンとしたナース服だった。清楚で愛らしいサイアによく似合う。
「わーお、サイっちゃんカワイイ!」
「あ、あ。……あ、」
サイアが「あ」しか言わない。
「おかえり、サイっちゃん」
「あ、はい。ただいま……です」
「旅は楽しかった?」
「はい。楽しかったです……」
サイアは言葉が尻すぼみになりながらも、ハッキリと「楽しかった」と答えた。
「ああ、もう、カワイイッ」
「わっ、きゃっ」
カガリさんがサイアをギュっと抱きしめる。身長差がかなりあるのと、出るトコがかなり出ているので、サイアの顔がカガリさんの胸に埋もれた。
「なぜ、こんな格好をさせた?」
サイアが「うぐぅ」と苦しんでいる中、花太郎はナース服を着させたのはユリハだと断定し、尋ねた。
「血の気は多い方がいいでしょ」
間髪入れずに返答したユリハに一瞬納得しそうになった花太郎だけど、ユリハの回答が非科学的であることに気付いた花太郎はすぐに体勢を整えた。
「ユリハは理知的な時と、そうでないときの差がヒドい」
ヒドい。うん、この表現には同意できる。しかし、今の僕にはどうしても花太郎に血を抜いてほしい。
「今のユリハは理知的ではない”ヒドい”方だ」
花太郎が前提を提示した上で攻勢に出た。
「そう」
ユリハが聞き流した。
「花太郎クンの血液が必要なの?」
「ええ、大事なことなんです」
「ユリっちに血抜いてもらうのがやなの?」
以外にもカガリさんから横槍が入った。
「なんなら、アタシが抜こっか? アタシ医師免許は持ってるよ? 三億年以上前のだけど」
ササダイ村でカガリさんのプロフィールを見たとき、カガリさんは医科大学出身であることが記載されていたことを思い出した。しかも留学して飛び級だ。努力の人、香夜さんとは違い、この二人は”天才エリート組”だった。
「いえ、血を抜くのはサイアよ。ほら、さっき教えた言葉、花太郎に言ってあげなさい」
「え、そ、そんなの無理」
「血はたくさんあったほうがいいの。少しでも血の気を多くしないと」
「非科学的だよ、ユリハ」
「今は非科学的でも、いつか科学が証明するわ!!」
花太郎は正論を言っているようだけど、ユリハがそれを正論で反論している。いや、正論かどうかは定かでないけど、正論だと思わせる”凄み”がある。
ユリハの凄みで花太郎が一瞬たじろぐと、フッとユリハは無表情になった。
花太郎が息を呑んだ。よし、このまま冷や汗をかけ、花太郎。そしたら僕がユリハに加勢できる。……ちょっと怖いけど。
ユリハはやがて、悟りを開いたかのような穏やかな表情になった。しかしその表情は無欲なように見えていて彼女の心のうちには”欲”しか存在していないのが伝わった。
「よくよく考えてみれば……」
やはりユリハは天才だ。心理戦においてもエキスパートだ。花太郎も僕も、ゆっくりと語り始めたユリハの言葉を黙って聞き入るしかなかった。
「血の気に関しては、もうクリアしてそうね。センパイのこんなセクシーな部屋着姿を堪能してるみたいだし、ね? 血を抜いても、いいわよね?」
言葉は花太郎に投げかけてはいたものの、ユリハの視線はサイアに向けられていた。サイアはそのことに気付いていない。けれど
「……ほほ~ん。ほん、ほん」
カガリさんは気付いた、サイアの恋心に。
どうしても花太郎の血液が欲しいユリハ。サイアの想いを応援したいカガリさん(勿論ユリハも応援したいに決まってるけど)の間で、密約が結ばれた。花太郎包囲網は完成しつつあった。
「サイっちゃん。手……震えてる。医療に従じる人にとって当たり前の仕事着だけど、初めて着るからちょっと恥ずかしかったんだね、この格好。花太郎君、不安になっちゃったかな?」
「い、いえ、そんなことは」
サイアに話しかけていたカガリさんが急に言葉の矛先を花太郎に向けたせいで、花太郎は反射的に自身にとって不利な発言をしてしまった。
「でも、心の奥底では不安になってるかもしれないわ」
ユリハが花太郎の気持ちを代弁した……かのように主張する。
「……そうね、ここはセンパイに血を抜いてもらいましょう。サイアは無理しなくていいわ。センパイ、いいですか?」
「うん。アタシが抜くよ」
すでに花太郎が血を抜かれることに同意したとでっち上げていた。これは少し強引だ。もう少しで陥落しそうだったのに詰めが甘いと言わざる得ない。これでは花太郎に反論の余地を与えてしまう。
「これは悪手だ」と思った僕は、自分が凡人であることを痛感させられた。やはり二人は天才だった。
「ううん。私、やる」
ここでサイアが動き出した。
「でもね、サイア。今の花太郎はきっとカガリ外界交官のセクシーな姿に血の気が沸いているわ。業務上、彼女の方が適任よ」
「私がやるもん!」
「目を覚ませサイア嬢! 踊らされてるだけだ!」
「わかってる……けど」
サイアは花太郎に聞こえないほど小さくつぶやくと、カガリさんを突き放すようにして彼女から離れた。
そして注射器を取り出し右手に持つと、左手を腰に当て、花太郎から見て斜めアングルになるように顔を傾け、ポーズを決めた。
「ハ、ハナタさ~ん。お注射の時間ですよ~」
……しばしの間。サイアはポーズを崩さなかったけれど、プルプルしてた。
「…………はい、わかりました」
ポーズを決めたサイアの姿は可憐だったけれど、花太郎の表情は悲しみに満ちていた。
そしてサイアに向かって
「ごめん」
と、つぶやいた。花太郎が渋らなければ、サイアがこんな恥ずかしいことをせずに済んだのだ。
「これからは、定期的に血液を提供してもらうわ。採血はサイアが担当するけど、問題ないわね?」
「はい、ありません」
これからの花太郎は、要求されればいつだってためらうことなく血液を提供するだろう。ユリハはやはり天才だった。今までで一番怖かった。
そしてユリハがサイアにコソッと耳打ちするのを聞いた。
「これで彼といられる時間が増えるわね」
サイアが茹で蛸みたいに赤面してた。
カガリさんはニヤニヤしてた。




