第48話 新たな仮説
「血を抜く前に確認させて!」
先ほどまで刹那の時間すら惜しいほどに花太郎の血液を欲していたユリハが、「待った」をかけた。
今日は研究室の確保ができなかったということで、器具とか薬品を花太郎の部屋に広げはじめて、花太郎の血を「今か今か」と待ち受けていたユリハの知的好奇心の矛先は、僕に向いていた。
……いや、状況はあんまりかわってないか。
アキラの言葉を借りると「カユい」空気を出しながら、花太郎をベットに座らせてサイアが採血の準備をしているのをニヤニヤしながら眺めていたカガリさんと、猟奇的な笑みを浮かべていたユリハの会話の中で、僕のことが話題にあがったのだ。
カガリさんには、僕の姿が見えている。
それを知ったユリハが花太郎に「今、エア太郎は見えているか」と確認を取ったところ「知覚はできてるけど見えてはいない」との返事を聞いて今に至る。
花太郎に採血を促すより、カガリさんに言づてを頼んだら話しは早かったよなぁ、と今更ながら思った時、花太郎が「エア太郎の声も聞こえてるんですよね?」とカガリさんに尋ねて、それを聞いたユリハの目がより一層キラキラし始めた瞬間、カガリさんが返答した。
「別に聞こえてないよ」
この答えに花太郎はポカンと口を開けた。僕もたぶん同じ反応してたと思う。サイアはなんの話しをしているのかすらもわからず(さっきまでいっぱいいっぱいだったから仕方ない)頭の上に疑問符が浮かんでるような表情をしていたけれど、ユリハは全く動揺していなかった。
「つまりセンパイは、エア太郎の口元が読みとれるくらい、ハッキリと視えているんですね」
「そうだね~。結構透けてるけど。ね?」
[いや、ね? って言われても]
「彼のレスポンスは?」
「ん? ”ね? って言われても”だって」
「フフっ、試したいことが増えたわ!」
ユリハの喜ぶ姿を見て、僕の望み通りになったとはいえ素直に喜んでいない自分がいた。つまりは”イヤな予感”がしたのだ。何をされるかわからない、”得体は知れないがそれでいて確かな恐怖”が僕の心の片隅に生まれたのだ。だけど、知りたい。うん、勇気を出そう!
カガリさんは、僕の声が聞こえている訳ではなかった。”読唇術”を使っていた。
唇の動きを読みとって遠くからでも会話の内容を理解するという諜報員の業で、おそらく中二病患者が修得しようと試みる特殊能力ランキングの上位に位置する技術の一つだ。
つまり、カガリさんが花太郎や他と一線を画しているのは”僕、エア太郎の姿が常に観測できている事”と”エア太郎に触れることができる事”この二点だ。
これについてユリハが採血の前に仮説を打ち出した。ユリハの説明の中でカガリさんの”再構築”後の能力を知ることができた。
”空間歪曲”と”自己の構成分子密度の調節”だ。よくわからなかった。
カガリさんが”?マーク”を浮かべている僕を見て優しく説明してくれた。リアクションを拾ってくれたのが、かなりうれしかった。
百聞は一見にしかず、ということで、壁の前に立ったカガリさんが、さっき手を伸ばして見せてくれた壁の透過を、今度は身体全身で披露してくれた。
この壁抜け現象を実現させるのに、さっきの二つの能力が必要である、とのこと。
全身、または身体の一部分を透過させるため、カガリさんは一時的に”薄く”なる。自身を構成する分子の密度を少なくして、スカスカになることで、壁を構成している分子の隙間を通って壁の向こう側に移動するらしい。これが”自己の構成分子密度の調整”だ。
ただし、これだけではカガリさんが今目の前で起こした現象を説明しきれない。衣服を着用しているからだ。
そして体内には、外部から取り込んだ飲食物もあるし、花太郎の中にもある”魔導集石”が鳩尾の部分に鎮座している。これらはカガリさんを構成する分子にあてはまらない。
で、検証した結果、導き出された結論(といっても、未だ仮説段階)が、もう一つの能力”空間歪曲”だ。
これは、カガリさんの体表面から、だいたい五センチ位先までが能力の有効発動距離で、考え方としては、身につけているものを”一時的に別の次元に預ける”という現象らしい。
故に、三次元空間でしか物事を観測できない僕らの視点からすればカガリさんが衣服ごと壁を透過しているように見える。ということだった。
カガリさんの説明を聞いて納得した花太郎の様子を確認したユリハが、補足を加えた。この時カガリさんは、僕にOKサインを送ってくれたのでOKで返した。
ユリハ曰く、カガリさんのこの二つの能力は、実は一つの同じ能力ではないか? と新たな仮説を立てたのだ。
というのも、カガリさんの能力の一つ、自己の構成分子密度の調節について、この仮説には検証の結果、いくつもの疑問点が出てきた。
これを”空間歪曲”能力の併用によって理論を補うことで整合性をつけた経緯があった。
それでも一つだけ、説明できない現象が残った。
壁を透過するときに、カガリさんの身体に変化が見られない、というところだ。
壁を透過するとき、身体が透明になったり、マイナシウムが発生したりなどの変化が一切ないのだ。
構成分子の密度が広がり、対象である壁の分子の隙間を抜けるということは、観測者から見ても、カガリさんの姿が隙間だらけ、つまり半透明か透明に見えなければならないのではないか。というものだった。
”他次元干渉”。
ユリハは新たな仮説を提示し、主張した。この能力がカガリさんが僕が視えたり、触れることができる理由ではないか、と。
難しい理屈が多かったけれど、要約すると、カガリさんが三次元の壁を透過するとき、第三者は他次元のカガリさんを観測している。ということらしい。
この仮説を立てた理由として、ユリハはもう一つのカガリさんの特性を持ち出した。
カガリさんは夜目がきく。
「うん。星明かりだけでも、本が読めるよ~」
カガリさんが自慢する。
かといって「昼間は光が強すぎて苦手」とか「普通の人間には見えない、紫外線や赤外線が見える」という訳でもない。
ユリハは「暗闇の中では無意識のうちに他次元に光を溜めているのではないか」と言っていた。
夜目がきくということは、他者よりもより多くの光を眼球の中に溜めて反射させることができる、ってことで。カガリさんは暗いときは眼球の中と他次元をつないで眼球が光をため込む容量を拡張しているんじゃないか? とユリハは推察した。
カガリさんは、他次元に干渉できる。
カガリさんが壁を透過するとき、観測者は三次元に存在する壁と、三次元とはズレた場所にいるカガリさんの身体を観ている。これが壁を透過しているように見えるのでは? というのがユリハの見解だ。
そして、僕が視えて、触れることができる理由。
これはカガリさんが、他次元に存在している僕を、他次元にあるカガリさんの目で観測し、他次元に存在している僕の身体に、他次元にあるカガリさんの身体が触れているのではないか、とユリハは説明した。
つまり、僕の本体は三次元ではなく、他次元に在り、そして三次元に物理的に存在している花太郎の体液を利用することで、三次元に干渉できる度合いが調節できる、と。
ここでカガリさんが、質問した。
「ユリッち。それはどうやったら証明できるの?」
「今の所、方法はないわ。起きている現象の辻褄が一通り合うってだけ。思いを巡らせるだけでも楽しいでしょ?」
以前読んだアキラのレポートによると、アルターホールはもともとここよりも高次元に存在していて、三次元には僅かな干渉だけしていたと書いてあった。ユリハはこのことを真と捉えて推測したんだと思う。アルターホールが他次元に存在していたものなら、アルターホールから再構築された人間が他次元に干渉できる身体を持っていても不自然ではない、ってことだろう。
難しい話だったけど、自分の正体がちょっとわかった気がする。
でも実のところ、そんなことより、素直に、久方ぶりに、考えるだけでも恥ずかしいけれど。……人の温もりを感じることができたのが、単純にうれしかった。
ユリハは軽くノビをすると「ヨシッ!」っと気合いを入れ直した。
「まぁ、こんな所ね。またまた謎が増えたわ。気合い入っちゃうわ!」
そして、満面の笑みを浮かべながらサイアに言った。
「さぁ、サイア。さっそく血を抜きましょ」




