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第46話 期待させといて予想の上を行く人

 再会は期待していた。ただ予想外だった。


「サイア、私が戻ってくるまでにこれに着替えておいてね」

「これ、なに?」

「これからサイアに協力してほしい事があるの、そのための作業服よ。大事なことだからよろしくね」

「うん、わかったよ」

 ユリハがサイアに衣服が入っていると思しき包みを渡すと、アキラと花太郎を連れて、家の向かいにある社宅へ向かった。


 六つの部屋が横並びになっている長屋造りで、三階建て。リッケンブロウムの、強いていうならヨーロッパの様式を彷彿とさせる街並みの中、この建物だけが異彩をはなっていて”我こそは純日本!”と主張しているようだった。


 これで部屋の中が畳だったら、笑おう。割と新しい建物だし、フローリングだと思うけど。


 フローリング&畳だった。JOXAめ、なかなかどうして侮れん組織よのう。まぁ、浮遊している僕には関係ないんだけどさ。


 いい部屋だ。畳(Tatami)……草を編んだ床を再び拝める日が来るなんて思ってもみなかったし、内装も、機能的でありながらオシャレだ。悪くない。うん、気に入った。


 間取りはバス、トイレがついた縦長八畳ワンルームで、一人暮らしに十分すぎる広さだ。家電もそろっているし、寝具もある。


 八畳のうち畳は三畳分であとはフローリングだ。一間 (約一八○センチ)の窓が再奥に四枚並んでいて縁側みたいになっている。窓の先は森だ。森林浴できそう。畳の床は窓側にあった。木漏れ日でいい具合に陽が差し込んでいて、畳がまだらに日焼けしそうだ。

 角部屋だから、窓は入り口から見て左側にもついていた。木漏れ日が綺麗な反面、あんまり陽が差し込まないのをこっちの窓で補っている。


「空いている部屋はここと、この隣の部屋ね」

「俺はこっちや!」

 間髪入れずにアキラが主張した。


「角部屋やし、陽当たりよさそうや」

「花太郎はいいの? 一応間取りは一緒だけど」

「アキラは一度決めたら説得するのが面倒なんで、いいですよ。左側に窓がないであろう暗がりの部屋で過ごします」

「ハナらしいわ」

「うるせい、お子しゃまアッ君め」

「うわーい、ハナお兄ちゃんおおきに~!」

「……」

 返答するとアキラを調子づかせ、延々と下らない問答が続くから、面倒なのだ。こんな時は沈黙が一番である。


「じゃぁ、これが鍵ね」

「ありがとう、ユリハ」

「……」

 そして放置されたアキラの表情がなんとも言えないのだ。角部屋に住めてよかったな、アキラ。


 ユリハに「隣の部屋、説明いる?」と問われて、花太郎は「間取りが一緒なら大丈夫だよ」と答えた。それを聞いたユリハはニヤニヤしながら、足早に歩きだした。支部ではなく、自宅の方に戻っていった。


「ちょっと母さん!」


 ユリハが扉を開けた瞬間、サイアの叫ぶ声が聞こえたけれど、花太郎は無視した。僕も考えないことにした。触らぬユリハに祟りはない。

 

 花太郎がユリハからもらった鍵を使って扉を開ける。間取りを知っているとはいえ、やっぱりワクワクはするものだ。まぁ、僕はあんまり関係ないんだけどね。睡眠、食事、入浴、必要ないから。


 なんか最近卑屈になってるな。生身の花太郎に対して、羨ましいとは思っても、”恨み”とか”僻み”って感情が今までほとんど沸かなかった方が不思議だったんだけど。


 結局、僕と花太郎は各々で自我を確立していても”一心同体”って意識があったんだと思う。でも、それが少しずつ変わり始めた。これはやっぱり肉体の差だ。


”「まずいぞ、下がれ!」”

”「下がンねぇ!」”


 あの時、アキラに突進を仕掛けた花太郎と僕とで判断がはっきりと分かれた。

 アキラの急速な成長がなければ、あの強襲は成功していただろう。


 僕は、旧地球でボケら~と過ごしてた甘田花太郎の身体能力でリスクを考え「失敗する」と判断した。


 花太郎は、マナコンドリアで肉体強化された身体能力を加味して「リスクを賭けるに値する」と判断し、強襲を続行した。


 肉体を持つ花太郎と、それを持たない僕とで、価値観に違いが出てくるようになった。最近になって意識し始めるようになったんだ。「意識し始める」って言い回しは取り消そう、なんか恋愛ものの主人公みたいな表現だ。


 ……今僕を見ることができるのは花太郎だけだ。それも特定の条件下においてだ。


 僕には僕を観測できる第三者がいない。これもおそらく、今後の価値観の変化に大きく関わってくるだろう。


 特に倫理面においてこれほどの甘い地獄味の誘惑はない。見えないんだろ? だったらどんなところにでも進入できるじゃないか。


 そんな誘惑の衝動を抑えているのは、僕が”咲良の父である!”という自意識だ。


 でも、もし咲良に再会できて(といっても生きてる時間軸は異なってはいるけど)彼女が、甘田花太郎を父と認めてくれるなら。エア太郎と花太郎が並んだときに、僕を”父”と思ってくれるだろうか。彼女は花太郎が出血しないかぎり、僕の姿を見ることができないんだ。


 もし彼女が花太郎だけを父と認めたのなら、きっと僕は人のタガを外して、人の性に抗うことなく生きるようなってしまうのではないか。


 ……そもそも、今現在僕は生きていると言えるのだろうか。


 この思索はドツボにハマるのが目に見えていたので、とりあえず”コギト エルゴ スム(我思う、故に我あり)”という偉い哲学者の名言を二回くらいつぶやいて、考えるのをやめた。そして「考えるの辞めちゃ、"我"がないじゃん!」と一人でツッコんで「これこそ”無我”の境地也きょうちなり!」となんかいろいろ悟ったつもりになってみた。……正直な話、今の僕は悟りよりも”邪念”がほしい。

 

 時折、こういった感情がわいてくるんだ。でも、すぐに抑える事ができる。今の僕が僕であるために最も必要なことは、深い思索ではなく、外部からの情報をより多く取り入れることだと、無意識のうちに判断しているのだろう。


 今、衝動的に物思いに耽ったことも現実の時間ではほんの一瞬の出来事だった。花太郎は部屋の扉を開けて入室したところだ。


 花太郎に追随して入室する(というか、壁すり抜けられるから追随する必要もなかったな)。間取りは隣の部屋と一緒だった。


 八畳の広さで奥には高さ一間ほどの四枚の窓。窓側の三畳分は畳になっていて、あとはフローリング。バス、トイレ別。フローリング部分にベッドやら冷蔵庫やら電子レンジやら(電気は自家発電でJOXA支部から供給されている)の家具、家電が同じように置かれていた。


 隣の部屋と違うところは、左側にあった窓が、隣がアキラの部屋になっているため、窓はなく、壁になっていたこと。


 もう一つは、畳で美女がくつろいでいたことだ。


「あ、お邪魔してマース。……おっ!」

 彼女は畳の床に体育座りしているように腰を下ろし、窓にもたれ掛かりながら、カップアイスのバニラ味を食べていた。


「え?」

 花太郎は混乱していた。僕もだけど。

「甘田花太郎クン、だよね?」

「あ、は、はい!」

 キャミソール&ショートパンツで出るトコ出ていて、目のやり場に困る格好もどこ吹く風と言わんばかりに立ち上がって、花太郎に近づいてくる。花太郎よりも若干背が高くて、その出で立ちは、さながら外国人モデルだ。


「何緊張してるのさ。前に会ったときも、なんかこわばってたよねー」

 ユリハから彼女の話を聞いて、僕も花太郎もこの人との再会をとても楽しみにしていたけれど。こんな辻斬りにいきなり斬りかかられるような再会をするとは、思わなかった。


「もしかして、忘れちゃった?」

「い、い、いえ、よく存じております」

「アタシはだ~れだ?」

「か、か、か。……かがり 悠里ゆうりサン」

「大当たり~」

 カガリさんは右手に持った匙でカップアイスを一口分掬うと、花太郎の口の中に押し込んだ。花太郎がいろんな意味で震えている。カガリさんはあんな格好でアイスなんか食べて寒くないはないのだろうか。


 ファーストコンタクター、篝 悠里さん。AEWの調査隊員の一人として、人類初のワームホール突入を果たし、人類で初めてAEWの住人とコンタクトを交わした宇宙飛行士。後にトーカーと名付けられた素養を持った彼女の存在が、AEWとの円滑な交友関係を築き、JOXAが各地より彼女と同じ資質を持った人間(香夜さんやユリハ)を集めて外界交流課を発足するに至った。


 異世界交流の立役者は誰か? と問われれば、真っ先にこの人の名前が挙がるだろう。そんな人だ。

「で、ど、どうしてここに?」

「ああ。アタシ、ココの隣に住んでるんだぁ。ちょくちょくこのお部屋に用があって、お邪魔してるんだよね」


 そんな、全世界のヒーローが、ワンルームのアパートで、キャミソール姿でうろついているのもシュールだなって思うのはエリートに対する偏見だろうか? っていうか

「こ、ここの、鍵は持ってるんですか? どうやって入ったんですか」

 そう、それだよ花太郎。鍵は花太郎が持っていたんだから、どうやってココに入ってきたの? って思った。そしてドモり過ぎだよ花太郎。


「ああ、それはね」


 カガリさんが壁に手を伸ばす。その手が、”壁をすり抜けた”。

 今まで喫驚きっきょうの方が大きかったから、失念していた。カガリさんは、僕や香夜さんと同じなんだ。


「これがアタシの能力なんだ」

 カガリさんは ”静かな爆発”で消失し、再構築した人だった。


「お互い大変だったよね。ま、アタシあんまり記憶ないんだけど」

「……僕も、あまり記憶はありません」

「そっかそっか。まぁこれからよろしくね、花太郎クン」

「はい、よろしくお願いします」


 カガリさんが匙をカップアイスの中にしまうと、右手を花太郎に差し出した。

 少し、花太郎がためらった。

「別にすり抜けたりしないよ? 自由にコントロールできるんだ。そうでなきゃアイス食べらんないじゃん」

「……すいません」

「しんき臭~い。いや~」


 カガリさんはグイっと花太郎の右手を掴んで、握手をした。

「はい、よろしくね!」

「よろしくお願いします!」

「堅い堅い! 同い年なんだから遠慮はいらんぞ!」

「わかったよ! カガリの姐さん」

「だから、同い年だって言ってんジャン! アネさんって何よアネさんって」

 カガリさんは手を離すと、今度は人差し指で花太郎の額を「つ~ん」と小突いた。


 カガリさんの握手は、あの時と……僕たちが消失した人同じように力強く握っていたように思えた。もう、そんな手の温もりを感じることは出来ないんだよな。僕が強く触れようとすると、何もかもがすり抜けてしまう。


はい、ダメ~。考えたらドツボ~。うん、カガリさん、本当に美人だな、めちゃくちゃスタイルいいな眼福だ。見ているだけで満足だ。

「ところでさ。そのコが君の能力なの?」

「え? なんのことですか?」

「このコだよ、このコ」

そして、カガリさんの人差し指が、僕に触れた。


「うりうり~」

カガリさんが人差し指をグリグリ押し付けてくる。僕は無邪気にグリグリしてくるカガリさんの人差し指のぬくもりを、ビックリしながら、割りとシリアスな心持ちで噛み締めていた。

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