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第45話 旅の終わり

 空中神殿の神秘的なオーラをひとしきり堪能し、僕が荷馬車に合流した頃(というか僕が離脱したことは、花太郎以外気づいてすらいない)カイド達はユリハが花太郎達に指し示していた噴水広場の近くまで来ていた。

 空中神殿に随分見とれていたせいで、荷馬車を見失って迷子になった僕は、助けを呼ぼうにも誰も呼ぶことかなわず(誰も僕の姿が見えないから)不安になって自分の殻に閉じこもるところだった。もちろん冗談だ。


 でも、何もない砂漠よりも多種多様な種族と建物と、活気あふれる街並にちょっと不安を覚えたのは事実だ。ササダイ村も十分にぎやかな場所だったけど、ここはそんなレベルじゃない。まさに”都市”だった。


 街の作りは欧州の都市(行ったことないけど)を想起させ、ベージュか白塗りの壁が多く見られた。あと、どの建物も三角屋根だった。……寒そうだし雪対策かな?

「ああ、見知らぬ土地にきたんだな」と感慨に耽っていると、またカイド達を見失いそうになったので焦った。


 荷馬車は地上神殿の前まで来ていた。アキラが荷台からピョンッと飛び降りる。多分コイツが「見たい!」と駄々をこねたんだろう、その姿が容易に想像できた。カイドもなんだかんだアキラの要望を聞いてやっているあたり、優しいな。


 天空神殿が白亜の城のような出で立ちなのに対して、地上の神殿は”白亜の祠”って感じだった。


 四十段くらいあるちょっと急な石階段の上に在って、たくさんの円柱が連なっている出で立ちがギリシャの”パルテノン神殿”に似ている。パルテノン神殿と違うところは、無数の円柱でしっかりと支えられた、三角形の屋根がついているところだ。


 屋根のデザインは簡素なもので、意匠を凝らしたような装飾はみられない。芸術品を盗むために屋根を剥がされるようなことはないだろう。


 花太郎は、微睡んでいるアズラを抱きかかえた。

「ア~ズラッ」

「なんだい?」

「呼んでみただけだよ」

「そうかい」

 アズラは眠たそうではあったけど、不機嫌そうには見えなかった。包容力のある”癒し竜アズラ”、僕もモフモフしたい。


「ちょっと、試してみようかな」

「ハナタさん?」


 花太郎が荷台から飛び降りた。


「ユリハ、近づく分には問題ないよね?」

「ええ、大丈夫よ」

「ちょっと、行くだけ行ってみる」

「あ、わ、私も」


 サイアも荷台から降りて、花太郎とならんで歩いた。

「お主ら何モタモタ寄り添いながら歩いてんねん。はよ行くで」

 アキラはすでに神殿に続く石階段の中腹あたりまで登っていた。


「俺も……行こうかな」

「ガハハハハハハハハ!!」

 シドのつぶやきでカイドが大爆笑して、恥ずかしくなったのだろう、シドは荷馬車からは降りなかった。


 この白亜の祠には、空中神殿に続くワームホールがあるらしい。この重力下で平然と活動しているワームホールはJOXAで精製したものではない。誰が作ったものだか、わからない。


 ここにも結界が張られているらしい。この術者不在の結界のメカニズムについては、AEWの住人にも理解できていないロストテクノロジーだった。

 僕は空中神殿で帰還不能の洗礼を受けたばかりだったけど、花太郎は試してみたいのだろう。そして納得したいのだろう。


 故郷に帰れないことを。


 まぁ、記憶の部分はともかく時間軸でいったらAEWの方が僕たちの故郷になるわけで、なんといったら的確だろうか。……実家に帰れない、かな。花太郎は実家に戻れないことをきっと、身を以て納得したいんだ。


「ハナタ、さん?」

 花太郎がアズラを抱えたまま石階段の前で止まった。

「……まさか、こんなトコまでとは。ちょっと予想外だな、うん」


「ハナ、何ブツブツ言っとるんや? とっと行くで、はよしいや」

 そいえば花太郎、アキラにはこのことを話していなかったな。てっきり知ってるものだとも思っていたけれど。

「ハナ?」 

 アキラが何か問いかけようとして、フッと糸が切れたように一瞬意識が薄れて、首がピクッと傾いた。


 アキラが自分の脳から情報を引き出したときの動作だ。


「……結界? ハナ! お前アッチに帰れんのか?!」

「言わなかったっけ?」

「聞いとらんで、そんな話!」 

 アキラの脳情報データベースは自分事にならないとデータを引き出せない。アキラは花太郎と一緒にアッチに帰る気マンマンだったんだろう。


 よくよく考えれば”さくら”に近づけない以上、アキラの地球火の玉計画がうまくいってたら、この地球(AEW)と心中するハメになってたんだよな。よかった、阻止できて。


「……興が冷めてもうた。戻るで」

「お前だけでも見に行けよ」

「ええわ、ええわ。どうせ帰るときは立ちよるんや、そん時に拝ませてもらうわ」

「ああ、そう」

「お嬢は上まで登るんか?」

「行かない」

「そうだよ、なっ!」

 アキラが花太郎の肩を小突きながら荷馬車に歩いていった。花太郎も追随し、サイアは相変わらず花太郎の横を歩いた。


 小突かれた仕返しを、と考えていたのだろう。花太郎は先をゆくアキラの後ろにそっと近づくと、抱えていたアズラをアキラの頭の上に乗っけた。


「アズラ&アキラ!」


 名前の似通った二人の組合わせを眺めて、花太郎はよくわからないけど満足そうな笑みを浮かべていた。サイアが軽く引いてた。


 アズラは相変わらず微睡んでいたけれど、バランスはしっかりと取っていて、居心地は悪くなさそうだった。


 アキラは「頭の上にアズラが乗っかっていることに気づかない」という、ツッコミを入れるタイミングがイマイチわからないボケをしながら荷台に乗った。


 JOXAの拠点に着くまで、アキラはアズラを頭の上に乗っけていたけれど、結局、誰もそのことには触れなかった。



 JOXAのAEW支部は街の”端っこ”にあった。


 ……なんか無意味にゴージャスだった。


 神殿に負けず劣らずどころか、それ以上の広い敷地に、ヨーロッパのオペラハウスを彷彿とさせる近代的なデザインではあるものの、壁は煉瓦のような石造りで、僕が間近で見た空中神殿といい勝負をしてた。広い庭もあるのだけど、こっちは建物とは対照的に簡素で、整備されてはいるものの「デザインより広さを優先しました!」感があった。実験で広く使う為だろうか。近くには清水も流れていた。


「ブルジョアめ」

 花太郎が無意識につぶやいていた。

「ここに……住めるのか」

 そしてニヤけてた。


「ここは支部と実験施設を併設してるの。住居は別よ」

 朗らかに言い放つユリハを見て、一瞬いやな予感がした僕だけど、その予想は、まぁ当たってた。だけど、悪くはなかった。


 あてがわれた住居は、豪著な造りの実験施設の目と鼻の先にあった。


 すごく懐かしさを感じさせる”コーポ~”とか”~ハイツ”ってつくような長屋のような三階建ての家屋だった。


 それでも、築年数はそんなに経過していないようで、小綺麗ではあった。


「まぁ、こっちの方が身の丈に合っているし、落ち着くかな」

 花太郎も満更悪くなさそうだった。


「せやけど、一度でいいからあのゴージャスなトコに寝泊まりしてみたいわ、十日間くらいでええねん」

「君はこっちの住居より実験施設にいる時間の方がきっと多いわよ? 試したいことたくさんあるし、なんなら、一時的に寝泊まりできるスペースを確保しましょうか? いえ、是非そうしましょう、効率が上がるわ」

「お願いします。このアパートに寝泊まりさせてください」

「あらそう」

 ユリハは時々、本音なのか冗談なのかわからない言い回しをする。きっとどっちに捉えられてもいいんだろうな。


 荷台からユリハ、花太郎、アキラが降りた。


 ここからカイドたちとは別行動だ。

 それは今回の旅の終わりを意味していた。


「どうも、ありがとうございました」

「どうも、ご迷惑おかけしました」

[どうも、ありがとうございました]

 花太郎とアキラがカイド達に向かって頭を下げたので、僕も自分の姿は見えないまでも、頭を下げたつもりでお礼を言った。


「堅くるしいのはヌキだぜ。また夜にな!」

「ドワーフの本領はここからだ。腕が鳴る!」

 ササダイ村の一件がなければ、なんの会話をしているか、チンプンカンプンだったと思う。カイドたちは間違いなく今晩宴を催すつもりだ。ササダイ村では翌日に差し支えなように「ほどほどに」と催した宴がアレだった。酒に弱くない花太郎も翌日の調査に差し支えまくったのが記憶に新しい。


 今回の宴はタガが外れたように盛大にやるだろう。


 ……まぁ、僕は何ができる訳じゃないんだけどね。でも、にぎやかなのは嫌いじゃない。

 今晩はせいぜい、アキラが笑い上戸になって転げる様を堪能することにしよう。


 サイアも降りてきて、荷馬車からユリハの銃や、よくわからないJOXAの機械類の入った荷物を降ろす。

 一通り降ろし終えたなぁと思ったら、シドとサイアの荷物も降ろし始めた。


 アパートの向かいが、ユリハ達の家だった。三階建てのオシャンティーな家だった。


「住居の手続きをしてくるから、一度支部へ戻るわ。花太郎、サイアと二人で家に荷物を運んでくれる? 君は私と来て」

「おお、カユイカユイ」

 アキラは花太郎を一瞥して、大げさに「胸のあたりがカユイ」そぶりをすると、足下の荷物を抱えて、支部へと歩き始めているユリハに追随した。


「俺も残ろう」

「あなたはこれから忙しいんでしょ?」

 シドが荷馬車から降りようとしたところを、遠くで振り返りながら制したユリハの顔には、不適な笑みが浮かんでいた。


 やるかたないオーラを出しているシドを横目に見て、カイドはニカニカと笑いながら、荷馬車を走らせた。

 アズラが荷台の上でピョコンッと立ち上がって、手を振ってきた。花太郎は手を振り返した。


 香夜さんと一緒に訪ねてきたときも、アズラとはこんな風に別れたな。そんなことを、ふと思い出した。


 サイアはアズラに軽く手を振り返しながらも、視線は花太郎の方を時折向いて、そしてアズラに視線を戻しては、頬を赤らめてはにかんでいた。

 花太郎は自身のすぐ傍で、サイアが愛らしくはにかんでいることを知らない……フリをしているのは明らかだった。


 その後、花太郎とサイアは協力して家の中や倉庫に荷物を運び入れていた。

 そんなに大した量ではなかったので、片づけはすぐに終わった。


 サイアは花太郎をリビングに招き入れると、「母さんが戻ってくるまで、ここで待ってて」と湯を沸かして、花太郎に茶を馳走した(たぶん紅茶だと思う)。


「ありがとう」

「うん」

 サイアも自分の分の茶を煎れ、テーブル越しに花太郎と向かい合うようにして椅子に座り、ユリハ達を待った。


 それからユリハが戻ってくるまでの間は、サイアと花太郎の間で特におもしろい事は起きなかった。

 特に何も起きなかったから、逆におもしろかった。

 


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