第44話 神話の街
北上しながらいくつかの宿場町で寝泊まりして、カイド達の街に到着したのは、ササダイ村を出てから十日後のことだった。
気温は道程の五日目を過ぎたあたりで、著しく下がってきていて、アラビアンな格好をしている花太郎は寒そうにしていた。途中ユリハに新しい服を調達してもらってた。
最初は荷馬車がギリギリ二台分横列できるかな? ってくらいの道幅だった街道が、いつの間にか広くなっていて、いまでは四台分横列できそうな幅になっていた。
いくつもの山を越えた。
砂漠にいたときよりも、空気の鋭さが増していた。標高の高いところにいるんだな~って感じだった。
「見えたぜ」
山頂を越え、視界が開けたところで、カイドは荷馬車を止めた。
リッケンブロウムと名付けられた街は山脈の連なる尾根に囲まれた窪地にあって、扇状地だった。
僕たちはその尾根の一部になっている山の一つから街を見下ろす場所にいた。
花太郎とアキラが荷馬車から降りて、その景色を一望した。
サイアとユリハは荷台の上で立ち上がり、高さを稼いでいた。アズラは寝ていた。
「街の西側、ここからだと左端ね。噴水のある広場、わかるかしら?」
ユリハが荷台の上から指をさす。花太郎たちはユリハの方を振り返り、彼女の指先を見つめると、口を半開きにしながら二人そろってつーっと景色の方に向きななおり、ユリハが示した場所を探してた。マヌケ面だった。
「ん……あれかな」
「……よう、わからへんな」
花太郎はすぐに見つけることが出来たみたいだけど、アキラは目を細めながら、まだ探していた。花太郎にメガネのレンズを粉々に砕かれていたから、旅の途中もちょっと不便そうに過ごしていた。自業自得だけど。
「よく見ろよ、あれだよ」
花太郎がアキラの視線に重ねるようにして、噴水広場を指した。
「あれか? なんとな~くわかるわ」
「その噴水の広場から西側に、他よりもちょっと太い道が延びているでしょ? その先に、白塗りの建物が見えない? 花太郎!」
花太郎が呼ばれて振り返ると、ユリハが双眼鏡を投げ渡した。
「白塗りの建物が、この間話した地上神殿よ。その神殿から真っ直ぐ上をみてごらんなさい。今日は天気がいいから、きっとよく見えるわ」
この街のことは旅の道中、サイアが花太郎にいろいろと教えているのを聞いた。
サイアは詳しかった。彼女の魔法の先生から、各地で取れる薬草の知識と一緒にその土地々々の歴史を片っ端から教え込まれたらしい。
リッケンブロウムはもともと古くからある小さな集落だった場所が、最近になって急激に栄え、街になった場所だと言っていた。
理由は、ドワーフが種族全体で、その体制を変えたことに起因する。
ドワーフはもともと流浪の民だった。
珍しい鉱石を求め、鉱山の中に穴を掘ったり、麓に集落を作って暮らしていた。そして時代の需要にあわせて、数年置きに住処を移し、集落には自給自足のできる、わずかな人を残した。
リッケンブロウムの集落はドワーフが鉱石採掘をするために作ったものではあったけれど、ここら一体の山脈は、鉱山資源こそ豊富なものの、珍しい鉱物が採掘できる場所ではなかった。
行商がてらに立ち寄って、路銀の足しに交易を行う程度の宿場町(当時は街道すらろくに整備されていなくて、それも希)、という扱いだったらしい。
ユリハが指し示してくれた神殿がこの地になければ、そんな集落すらもなかったかもしれない、と、サイアが花太郎に教えていた。
神殿は、いにしえから存在する由緒あるもので、山岳地帯のど真ん中にあってもなお、様々な種族が立ち寄る場所だった。
完全な自給自足をしていた集落のドワーフ達にとって金品の価値は低く、物々交換による取引で、神殿に立ち寄る者達を家に泊めていた。
神殿があるからといって、そこに好んで住み着こうとする者などほとんどいなかった。
かつて、”幻霧の森”と呼ばれる、毒の霧を吐く場所が、この近くにあった。
さらに砂漠の村に匹敵するほどの辺境の地、高い山々に囲まれた陸の孤島といっても過言ではない立地が人々を遠ざけた。
本当に小さな集落だった、と、サイアの師匠が言っていたそうだ。
「おっ! ……おおー」
双眼鏡を持って空を眺めていた花太郎が、本気で感動しているようで、ちょっとイラッとした。
なんか、僕も観たくなっちゃったじゃないか。
「ハナ、代われや。俺に見せいや」「待って、もうちょい」と二人が双眼鏡の奪い合いをしているの横目に、僕は上昇した。……今度暇つぶしにどこまで昇れるか試してみよう。
ある出来事がきっかけで、レアメタルを求めてさすらっていたドワーフ達がこの地に定住することを決め、土地開発を行った。
その情報が広まると、神殿を独り占めされると危惧した多種族も、こぞってこの地に集まりだした。
多種族間での諍いもあったけれど、街道などのインフラ整備や、治安維持システムの構築など、都市に必要な機能を競いあいながら、あっと言う間に整えて、一つの街ができあがった。
雲一つない青空の中で、ゴマ粒みたいな灰色のしみを見つけた。向かってみる。シミが少しずつ大きくなっていく。
「うおぉぉ! すげ! すげぇぇ!」
後方からアキラの叫びが聞こえてきて、振り返ると、……ミニチュアサイズになったみんながいた。こんなところにまで声が届くなんて、アキラ、ワクワクしすぎだろ。
だけど、おかげでいいことを思いついた。
視点をこのままにして、進んでみよう。
荷馬車がドンドン小さくなっていく。胡椒一粒分くらいの点になると、胡椒が動き出した。街道を下り始めたんだ。
ちょっと急がないとな~、なんて思ってたときだった。
ガクンッと身体を”止められた”。……身体ないけど。
上昇はできるみたいだ。進んでいた方向に、これ以上進入することができない。
魔導集石はロストテクノロジーで、転移魔法を発動させる上で必須の道具だったらしい。ワームホールと同じ性質を持っていて、貴重なものだったけど、携行性に優れている所から、文明に害をなすようになったアルターホールを対消滅させるために使用した。
今、僕が向かおうとしていた先には、ワームホールがある。しかも超年季が入った代物だ。ワームホール歴で言えば、数億年間アルターホールとして過ごしていた僕よりも永い。
「なぜ、今まで事故も起こらず対消滅せずに、存在できていたか」
これが、僕がこれ以上進むことができなくなった理由だ。
ここには、ワームホールや魔導集石に反応する”結界”が張られていた。
「僕は対象外かな?」なんて淡い期待をしていたけれど、結界は見事に発動してくれた。……僕はやっぱり、アッチには帰れそうにない。
まぁ、寂しい気持ちはあったけれど、覚悟してたことだからダメージは少ない。
そんなことよりも、結界が発動するほどの距離まで近づいた、という事実に、僕はちょっぴりワクワクしていた。
のんびりし過ぎて荷馬車を見失うのも面倒だしな、早いとこ振り返ってみよう! うん。
このリッケンブロウムが栄え始めたのは、今から約二十年前、ユリハたち旧地球人とAEWの住人がここで出会ってからだ。
そして、文字通りその出会いの橋渡しとなったのが、今僕の視界の隅々にまで広がっている、白亜の城だった。
空中神殿。
この最奥に鎮座しているのが、ワームホール”さくら”だ。
[随分出世したみたいじゃないか。お高く止まっちゃってさ。高度は大分落ちたみたいだね?]
ちょっとアブない独り言をさえずってみた。ある意味で旧知の中だったから。間近で見たのは三度目だ。
シンベエとの空の旅の終わり。こいつの足下の近くで再会の約束を交わした時から、僕の運命は大きく変わり始めた。
空中神殿は、かつて”カリントウ”とあだ名された、黒塗りで長大な宇宙エレベーターの数億年後のなれ果てだ。
”カリントウ”と呼ばれていたその面影は、微塵もなかった。




