ドレスコードは基本です11
「もちろん、超絶イケメンで、優しくって、スパダリ確定のアランさまよ?」
やっぱり、アラン殿下が。
と思った瞬間、ドクリと心臓が一段高くなった。
アラン殿下の様子がゲームとは違う?
初対面で、変な反応をされた?
アラン殿下はアイシャさまに擬態していたデネブさまと、何処かで出会ったことがあった、とか?
推理してみるけれど、なぜだか頭がぼんやりと霞がかってくる。
それに伴って、わたしの心臓がドクドクとリズムを早めていく。
なぜかしら。
胸がどうしようもなく痛い。
けれど楽しそうに話を続けるアイシャさまの邪魔をしないように、一生懸命平静を装った。
「・・・それでアラン殿下と一緒にこちらに?」
「ううん、ばっさりきっぱり断られてね?」
「まあ?」
断られた?
でもアイシャさまは実際にここにいらっしゃるわけで。
エスコートだって実際にアラン殿下がされていたわけで・・・?
「で、条件を出したの。 学園最後になるテストでアランさまを越して、一位になったら、どうかわたしを連れていってくださいって」
「まあ、それでアイシャさまは一位に?」
「ううん、頑張ったけどかすりもしなくて。 ぶっちぎりでアランさまが一位だったわ」
「・・・まあ・・・」
え。ではどうやってこちらへ?
「だからもうしょうがないから泣き落とししたの。 ゲームのアランさまはとても優しくて・・・。 『初恋の女性を助けられなかった』って負い目から、女性が困っていたら、なにをおいてもとにかく助けようとしてくれる性格だったから」
「それで、こちらに?」
「ううん、それが泣き落としなんてこれっぽっちもきかなくて。 『約束は約束、だよね?』って穏やかに微笑まれただけ」
「・・・・・・そう、ですか」
え、ではどうやってこちらに?
国に帰ってくるだけならまだしも、このパーティーは関係のない人は参加できないし。
ましてやアラン殿下のエスコートなんて普通では受けられない。
アラン殿下のエスコートを受けられる何かがあったはずで・・・。
それは、もしかして。
「えっと。 実はうまく攻略(という表現は適切ではないかしら)できた、ということでしょうか?」
先ほど、『全くなびいてくれない』とぼやいておられましたけど。
アイシャさまの『推し』。
つまりアラン殿下のエスコートでパーティーにいらしたということは、そういうことのように思える。
「まさか! 全然よ、全然。 ゲームのアランさまは、さっき言ったように『初恋の人を救えなかった』って負い目をいつも感じていて。 そのせいか、能力はすごく高いのに、自分に自信がなくて。 心に闇をかかえてますぅって感じだったんだけど。 実際のアランさまは、堂々としていて、誇り高くて。 ゲームと違って、心は健やかで闇なんて少しも抱えてなかった。 だからゲームの攻略法なんて何の役にも立たなくて・・・」
実際の『推し』がゲームと違っていたのであれば、やはりショックだったのでは?
そう思ったけれど、それは杞憂だったようで。
「ゲームとは違ったけれど。 心が優しいところはそのまんまで。 でもゲームと違ってちょっとSっ気なところがあって、最高に萌えたの!」
「ゲームのアランじゃなくて、本物のアランさまをもっともっと好きになったの」と、そう恥ずかしそうに呟いて、頬を赤く染めるアイシャさまの様子は本当にかわいらしい。
さすがは、正当なヒロインさまだと思ってしまう。
「ただでさえ攻略法がわからないのに、仲を深めるためのイベントはわたしとリリィが先回りして潰しちゃったもんだから、全然仲良くなれないし」
「あ、リリィっていうのは2のヒロインでね? 同じく日本からの転生者で、アランさまが最推しなのよ☆」なんて軽い感じでアイシャさまは爆弾を投下してくる。
「ヒロインらしく、ピンクの髪に小動物みたいなかわいい見た目してるくせに、中身はすっごいオヤジでさ。 見た目詐欺もいいところだよね」
見た目詐欺。
それをアイシャさまが言ってしまうのですか。
それをいうなら、アイシャさまも相当の・・・いえ、わたしは空気が読める方ですので、余計なことは言わず微笑んだまま相づちを打つ。
それにしてもわたしやアイシャさま以外にも、2のヒロインまで転生者だったなんて。
本当に今異世界転生は流行って(?)いるのね。
・・・でもどうして・・・。
「どうして仲良くなるためのイベントを潰されたのですか?」
乙女ゲームは、イベントを一緒にこなすことで好感度が大きく上がる。
逆に言えば、イベントをクリアしなければ攻略も難しくなるわけで。
イベントを潰したりせず、順調にこなしていけば、ある程度まで仲は深められたのでは?
そう思って首を傾げれば。
「だって、大火災に食料不足、果ては大盗賊まで襲ってくるのよ? 放っておけないでしょう?」
「・・・・そうですか。 ・・・そうなのですね」
ああ、そうか、と。
当然のように答えるアイシャさまをみて、わたしは理解した。
攻略対象者と仲を深めるためのイベント。
おそらくそれが起きる時期も、そしてその攻略法もきちんと覚えているそれらを順調にこなしていけば、確実にアラン殿下との仲は深められたのに。
自分の望みを簡単に叶えられる道筋を知っていたのに。
あえて、ヒロイン二人はそれをしなかった。
そのイベントが起こることによって、たくさんの人が苦しみ、ひどい場合は命をなくすことになると知っていたから。
だからアラン殿下と仲良くなる機会を棒に振ってでも、先回りしてイベントを潰した。
「・・・お二人は確かに『ヒロイン』さまですね」
物語に登場する、男性に愛されるだけの存在を『ヒロイン』というのではなく。
勇気と慈愛の心を持った、気高い女性の事をヒロインというのなら。
二人は間違いなく『ヒロイン』だろう。
わたしが尊敬の念を持って、そう呟くとアイシャさまは照れたように頬を赤く染める。
まあ、本当に可愛い。
攻略対象の皆さんが、次々とヒロインに惹かれてしまう気持ちがわかった気がするわ。
「へへ、ありがと。 それでえーっと、何の話だったっけ?」
「アラン殿下に頼み込んでこの国に帰国した、という・・・」
「ああ、そうだった。 それで泣き落としも失敗したからどうやって帰ろうかと思ってたら。 アランさまが『スイーツのレシピを公開するならパーティーに連れていってもいいよ』って言ってくださって・・・」
「スイーツ?」
「そう。 わたし前世ではパティシエやっててね? 今世でも留学資金をためるためにカフェで働いてて。 その時に向こうのスイーツをいくつか作って売り出したんだ。 エクレアとか、スコーンとかカヌレとか。 そのレシピを公開して、更に国に普及するように指導してくれないかって、提案されたの」
スイーツ?
そういえば、一時期ルーカス殿下が持ってきてくださったスイーツは随分と懐かしい味がするな、と思っていたけれど。
あれらは全部アイシャさまが作ったものだったの?
「国民の楽しみが増えることは大歓迎だって。 それからわたしのお菓子作りの腕をとても褒めてくださったわ」
頬を赤く染めて、目を細めて嬉しそうに笑うアイシャさまは本当にかわいいと思う。
「あ、ちなみにリリィは、ヒロインのくせに中身オヤジだから全然お菓子なんて作れなくてね? その点ではわたしの方が一歩リードしてると思うの。 ほら、胃袋を掴むってやつ?」
「この前なんて、真っ黒なクッキー・・・らしきものを持ってきて『どうしてこんなブツが出来上がったのかわからない』って涙目になってたのよ。 どんだけ不器用なのって話よね」と、アイシャさまは楽しそうに喉を鳴らして笑う。
そして楽しそうな表情のまま、「でもね」と言葉を続ける。
「でもね、リリィはとても面倒見がいいの。 運動神経は抜群だし、話も上手で、同級生にもとても人気があるのよ」
「オヤジだけどね」と。
アイシャさまはここにいらっしゃらないリリィさま・・・友人のことを、とても誇らしそうに語る。
恋のライバルだ、宿敵だ、なんて言っていたけれど。
その表情だけで、お二人がとてもよい友人関係なのだとわかる。
なんだかうらやましい。
勿論わたしにも、ありがたいことに友人はたくさんいるけれど。
でもどうしても前世ののりとは微妙に違うところがある。
軽口を叩いて、笑い会える。
そしてあの世界のことを、懐かしく話し合える友人がわたしにも欲しい。
「お二人は、とても仲がいいお友達同士なのですね。 ・・・とても羨ましいです」
気がつけばわたしは、そう呟いていた。
わたしの言葉が余程予想外だったのか。
アイシャさまはパチパチと二度瞬きをした後、嫌そうに顔をしかめた。
「え? 友達? リリィとわたしが? うそ、やだ、やめてよ。あんなオッサン女子なんかお断りよ」
目の前でひらひらと手を振りながら、カラカラとアイシャさまが笑う。
その頬がわずかに赤く染まっているから、きっと照れ臭いのだろう。
本当に、羨ましい。
そう思ったとき。
わたしを見つめていたアイシャさまが、ふと真面目な顔をした。
「アイシャさま?」
不思議に思って問い掛けたわたしに。
「じゃあ、さ」と、アイシャさまは言葉を続ける。
その声は、緊張しているのかのように少しだけ低い。
「じゃあ、さ? 羨ましい、っていうなら、ラナベルさまこそ、よかったらその・・・わたし、と、その・・・友達になってくださらない?」
「え?」
友達?
わたしがアイシャさまの?
予想もしていなかった言葉に、今度はわたしがパチパチと瞬きを繰り返す番で。
嬉しい。
すぐにそう思ったのに、どうしてか言葉がすぐに出てこなくて。
そのわたしの曖昧な態度が不安にさせてしまったのか。
アイシャさまが、困ったように眉を寄せた。
「ううん、わかってる、わかってるの。 わたしがデネブにヒロイン押し付けっちゃったせいで、ラナベルさまにはだいぶ迷惑かけちゃったって。 そんなわたしが今更でてきて、何言ってんだって。 でも・・・その・・・わたしこうやって話してたら、ラナベルさまのこと大好きになっちゃって。 だからどうかわたしと友達に・・・」
そこでアイシャさまは一度言葉を切り。
気持ちを落ち着かせるためか、深呼吸を繰り返した後。
まっすぐにわたしの目を見つめてきた。
そしてまるで一世一代の告白でもするかのように、頬を赤く染めて。
「ラナベルさま。 どうかわたしと友達になってく・・・・」
「そんなもの、ダメに決まっているだろう」
「・・・・・・・」
残念ながら、アイシャさまの一世一代の告白(みたいな雰囲気の言葉)は、わたしの返事を待つことなく、呆気なく(わたしの意思を無視して)却下された。
ものすごく不機嫌そうな顔をした、今世のわたしのお友達によって。
中身オヤジのリリィですが、ほんとにオヤジが入っているわけではありません。
オヤジ臭いという意味です(一応)。




