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ドレスコードは基本です10

「よければわたしと一時、『推し』と『魔女愛』について語り合いませんか?」


背中からかけられた声に、びっくりして振り返る。

おし?

『おし』って『推し』よね?

この世界に『推し』という言葉はない。

あったとしても、ここで使うような意味の『おし』ではないはず。

なによりその後に『魔女愛』って聞こえた。

『推し』と『魔女愛』なんて言葉を知っているのは、向こうの世界の人間しかいない。

そしてわたしが唯一この世界で、同じ転生者だと知っているのは。


「アイシャ・・・さま?」


思わず振り向きざま、そう呼びかけたけれど。

後ろに立っていたのは、こげ茶色の髪を綺麗に一つに結い上げた女性だった。

大きな水色の瞳は少しだけ垂れ目で、健康的な肌色の頬には、いくつもソバカスが散っている。


アイシャさまはヒロインらしく、ピンクゴールドの髪をしていたはず。

顔つきも少し違う。

つまり、人違いだ。


「申し訳ありません、人違いをしてしまいました」


慌てて頭を下げつつ、この女性は誰だっただろうかと、頭をフル回転させる。


少しだけ型の古いベージュ色のドレス。

髪につけられた手作りらしき髪飾り。

覚えがある。

先ほどアラン殿下と一緒にいるのを見たんだ。

頭を下げていたので顔までは見ていないけれど。

ドレスが同じだからほぼ間違いないだろう。


「『推し』と『魔女愛』に反応するなんて・・・やっぱりあなたも転生者ね?」

「え?」

「間違いなんかじゃないわ、わたしはアイシャよ」


そう言って、『魔女愛』の正ヒロインであるアイシャさまは、いたずらが成功した子供のように嬉しそうにニッコリと笑った。






「・・・・・でね? これがまた、全くなびいてくれないの」

「はあ。 それは大変でしたね」

「大変なんてもんじゃないのよ。 『推し』の様子が明らかにゲームと違うしさぁ」


グニャリと机の上に突っ伏してしまったアイシャさまを見て、わたしは思わず苦笑を浮かべる。

ちなみに口調が砕けているのは、わたしがそう話してくださいとお願いしたからだ。


この方は間違いなく『魔女愛』のヒロインであるアイシャさま。

そうして、わたしと同じ日本からの転生者であることで間違いない。


話を聞くに。

アイシャさまは十歳の誕生日に前世を思いだし、同時に大好きだった『魔女愛』のヒロインに転生したことに気がついたらしい。


「嬉しかったわよ。 ヒロイン独特の、ピンクゴールドの髪! 一癖も二癖もある超絶美形の攻略対象を次々と陥落する、この可愛らしい見た目! これから『推し』と繰り広げられる輝かしい未来に、胸が踊ったわ」


あ、ご自分で『可愛らしい見た目』とか言ってしまうのですね。

ええ、確かにアイシャさまは、ヒロインらしく庇護欲を絶妙に刺激する可愛さですよね。


心の中でそんなツッコミを入れつつ、笑顔を崩すことなく相づちを打つ。

アイシャさまは、キラキラと嬉しそうにそこまで語ったあと『でも』と言葉を続けた。


「・・・でも、すぐに気がついたの。 『あれ? わたしヒロインはヒロインでも、もしかして1のヒロインじゃない?』って」


あんなに嬉しそうに輝いていた笑顔が、当時のことを思いだしたのかどんよりと曇っていく。

どうやらアイシャさまは、感情がすぐにお顔に出るとても素直な方らしい。

上位の貴族ほど、基本感情を顔に出さないので、くるくるとかわるその表情に目が釘付けになってしまう。


「1のヒロインじゃダメなのよ。 わたしの推しは『魔女愛2』にでてくる、超絶イケメンで、優しくて、ハイスペックで、それでいて心に消えない闇を抱えているメインヒーローなんだから」


やっぱり『魔女愛』は2がでていたのね。

わたしは知らないから、わたしが死んだあとに発売されたのかしら?

それとも覚えていないだけ?


「で、思いついたの。 『推し』は確かに存在してるんだから、1のヒロインは『魔女デネブ』に譲って、わたしは2の舞台であるバハムに留学すればいいんだわ、って。そうすれば、ヒロインになったデネブは望み通りこの国で『真実の愛』を手に入れられて、ラスボス化することもないし、わたしは平和に『推し』と学園ライフを楽しめるわ、ってね。 ・・・でもまさか一番攻略が難しい()()ルーカス(ツンデレ)を落とすとは思わなかったけど」


「我ながらいい仕事したわぁ」と。

楽しそうにルーカス殿下と二曲目のダンスを踊っているデネブさまを見ながら、アイシャさまは満足そうにうんうんと頷いている。

デネブさまに自分のかわりに学園に行くように頼んだ、というのは知っていたけれど。


「ラスボス化?」


とは何のことだろう?

先ほどの言い方ではまるで・・・。


わたしの言葉を受けて、アイシャさまが眉を寄せる。

そうして今までとは違う、真剣な表情に一段声を低くして教えてくれる。


「あ、そっか。 2はプレイしてないって言ってたよね? あのね? 『魔女愛2』でも『悪役令嬢』ポジの、黒髪のめっちゃくちゃ美人の子がいるんだけどね? その子実は『真実の愛を見つけに来た魔女デネブ』で、どのルートでも引っ掻き回してくるの。 結果、バッドエンドなんてもう悲惨で。 この国と戦争になったり、世界に大災厄が起こったり。攻略対象全員デネブの傀儡になった、ってのもあったかな」

「そ、れは・・・」

「うん、無茶苦茶だよね。 ・・・でもきっと・・・」


あのデネブさまがラスボス化?

確かに昔の彼女は、言動が少しだけ無茶なところはあった。

けれど、そんな、戦争を引き起こしたりするような方ではなかった。


もしそれでも、デネブさまが間違った道にいってしまったんだとするならきっと・・・。


「きっと魔女デネブはさ、自分で気づいていないだけでずっと寂しかったんじゃないかな」


わたしが思っていたことを、そのままアイシャさまが口にしたので、驚いて顔を上げれば。

アイシャさまは、ルーカス殿下と踊っているデネブさまを、穏やかに見つめている。


「『僕も真実の愛が欲しかった』って、最後に呟くシーンがあったんだけどね。 たった一人で立っているデネブが、なんだかものすごく寂しそうでさ。 ああ、この子も助けてあげたい、って思ったんだよね」


昔からの友人を語るように、アイシャさまの声は優しい。

でも、そうよね。

アイシャさまはわたしがデネブさまに会うずっと前からの知り合いで。

何度かデネブさまのお家にも尋ねて来たって言ってたものね。

そういえばデネブさまがよく、アイシャが持ってくるお菓子は絶品だったって言ってたわ。


「で、この超絶かわいいわたしの姿を取って学園に通えば、攻略対象の誰かとくっつくでしょ? そうすれば、世界の危機は回避できるし、デネブも嬉しいし、わたしも『推し』と楽しく過ごせる。 まさに一石なん鳥よ?って思えるくらい、いいアイデアだ、と思ったん・・・だ、けど」


そこまで一気に言いきったあと。

アイシャさまは申し訳なさそうに眉根をさげてわたしに向き直る。


「アイシャさま?」

「まさか、1の悪役令嬢ポジであるラナベルさままで転生者だなんて思わなくて。 ゲームでは、ラナベルはヒロインに結構きつい口調で文句を言ってたから。 ま、それも正当な文句ではあったんだけど。 わたしのかわりに学園に通うデネブが、同じ文句を言われたときキレないかだけが心配で。 言っちゃったのよね、わたし。 『ラナベルって人が何か言ってくるかもしれないけど、黙っているとストレスが貯まって爆発すると大変だから。なにか言われたらちゃんと言い返すのよ』って。 ちゃんとそういい聞かせたつもりだったんだけど。 後から考えると、どうも湾曲して理解していた気がして心配になって。 ほらだって、あの子ちょっと・・・おばか(あれ)、でしょう?」


ぼかして『あれ』という表現でしたけど。

ええ、はっきりと『おばかでしょう?』という副音が聞こえてきましたよ。


デネブさまの友人として、『はい』と言うわけにもいかず。

けれど申し訳ないけれど『いいえ』とはとても言えず。

返事に困って、視線をさ迷わせる。

わたしのその曖昧な態度だけで察してくださったアイシャさまが、同情するように眉を寄せる。


「どうもおかしいと思ってたの。 他の攻略対象者はゲームとほぼ同じなのに。 『推し』の様子だけが随分と違うから、イレギュラーがこの国で起こったんじゃないかって。 初対面であるはずなのに、わたしの顔をみた瞬間、『うわ、ヤバい女が来た』みたいな顔されたしさ。それで、デネブに何があったのか聞こうと思って何度も手紙を出したのに、あの子ったら。 『問題などあるわけがない』『僕を誰だと思っている』『というか、また菓子をたんまりと送れ』としか返ってこないし。 しょうがないから、今さらではあるんだけど、何が起こったのか確かめるために、帰国する『推し』に『一緒に連れてってください。ついでに卒業パーティーにも参加したいです』って頼み込んだんだけれど・・・」

「えっと・・・」


デネブさまにも困ったものだけど、それよりも気になったのは・・・。


「つまり、アイシャさまの『推し』というのは・・・」


今までの話から大体は予想できたけれど。

『推し』と一緒に帰国したということは・・・。


「もちろん、超絶イケメンで、優しくって、スパダリ確定のアランさまよ?」


やっぱり、アラン殿下が。

と思った瞬間、ドクリと心臓が一段高くなった。








この国では、同じ相手と何曲続けて踊っても特に意味はありません。

ただルーカスは、自分と二曲踊ることで、デネブが王子のお気に入りだと言うことを示し、デネブが周りに見下されることがないようにしてます。ついでに余計な虫が寄ってこないように、との意味があったとかなかったとか。


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