番外編 ドレスコードは基本です6
ルーカス視点です。
「やめろ、これ以上絞まるわけがないだろう。僕を殺す気か」
「おい、こら、髪をひっぱるな」
「なんだこれ! 口がヌチャヌチャするし、瞬きする度に目がバッサバッサするぞ!」
他にも「くさい」「痒い」「疲れた」等など。
隣の部屋から絶え間なく聞こえてくる、文句の数々。
本来、夜会の準備をしている令嬢の部屋から聞こえて来るはずのない、キテレツな言葉や悪態に、俺は今日何度目になるか分からない長い長いため息をついた。
運ばせていたドレスや支度を手伝ってくれる王宮侍女達が、無事に王族の控室に到着しているのを確認し、そこにデネブを問答無用で放り込んで。
かれこれもう一時間はたったか?
王族の入場が一番最後とは言え、そろそろ出なければ間に合わないだろう。
本来であればもっと時間をかけて準備をするんだろうが、今回はとにかく時間がない。
形だけでも整えてくれればよかったんだが。
隣の部屋まで聞こえるような悪態ばかりをついているようであれば、それも難しいかもしれない。
デネブが世話をされることに慣れているとは思えないしな。
一体今、どんな惨状になっているのか。
また、はあっとため息が漏れる。
ひどく疲れた。
思えば、デネブには出会った頃から振り回されっぱなしだった。
俺には思いつきもしないような突飛な発言。
感情が先行した、非合理的な行動。
考えていることがまるで理解できない、破天荒な存在。
それがデネブだった。
『これ以上関わり合いになりたくない』
兄上の制約を解いてもらうために、何度も西の森を訪ねて。
ケラケラと品なく笑うその姿を見る度に、確かにそう思うのに。
なのに、なぜだかその存在が強烈に頭に意識づいて離れない。
何物にも縛られず、いつも馬鹿みたいに自由で。
嫌なことがあれば、激しく激昂し。
嬉しいことがあれば、気持ち悪いくらいに顔が緩む。
我儘で。
我が、ままで。
民のためにあれ。
誰にも弱みを見せず、常に誇り高くあれ。
そう教育された俺とは真逆の存在で。
だからこそ、なのか。
確かに嫌悪感を抱いていたはずなのに。
いつの間にか目が離せなくなっていた。
はあと、無意識にまたため息が漏れる。
それがどういう感情によるものなのか?
そんなこと、デネブのように察しが悪くない俺には、すぐに理解できた。
理解はできたが、到底納得できるようなものではなかった。
俺が?
よりにもよってあのバカを?
血迷っているにも程がある。
だから西の森に行くのをやめ、物理的に距離を置いた。
一時的な気の迷いだろうと、信じて疑わなかった。
なのにデネブはこの学園に突撃してきた。
それからはさらに振り回されっぱなしだ。
俺のことを『特別だ』というくせに、犬猫のように呼ぶし。
(結果、一度として名前を呼ばれてない)
去年の卒業パーティーでは、どこぞの令息と楽しそうに入場していたし。
(そればかりか、ダンスまで踊っていた)
王宮に来るときは事前に連絡を入れろと言っているのに、いつも突然やってくるし。
(おかげで俺は、お前に出してやるためのスイーツを常に用意しておかなければいけなくなった)
今日のこの卒業パーティーにおいては、「相談事があるのならいつでも言え」、と何度も言ってやったのに。
(結局エスコートを頼んでくることはなかった)
挙げ句の果てに「シロがキラキラして見える」だと?
「なんの精神攻撃をくらわせた」だと?
あのバカが、まだそんなことを言っているのか。
俺はもう何年も前にそこを通過しているのに。
あいつはやっとその段階なのか。
まあ、確かにそれを聞いたときはそれなりに嬉しかっ・・・いや、そんなはずはない、思い違いだ。
なにを血迷っている。
はあと、またため息が漏れた。
そこでふと気がついた。
随分と静かだ。
あれほど聞こえていた文句の数々が、なにも聞こえてこない。
壁にかけられた時計を見てみれば、最後に確認したときよりさらに10分経っている。
随分と考え込んでしまっていた。
王太子である兄上達より、第二王子でしかない俺が後で入場するわけには絶対にいかない。
であれば、本当にもう出ないと間に合わない。
マナー違反なのは重々承知しているが、一度今の状況を確認して・・・。
そう思って立ち上がった、ちょうどその時。
ガチャリと乾いた音を立てて、隣の部屋へと続くドアが開いた。
「ルーカス殿下、大変お待たせいたしました」
最初に姿を現したのは、王宮から連れてきたベテラン侍女二人。
随分疲れた顔をしている。
いつもきちっと纏められている髪が、チラホラとほつれていて。
その乱れ髪が彼女達の悲壮感をより印象付けた。
・・・申し訳ないことをした。
このたった一時間で、あれほど憔悴するなど。
あいつの世話が、どれほど大変な作業だったのかが窺い知れる。
普段彼女達が世話をする人間で、あんな暴言を吐いて暴れ回る人間はいないだろうからな。
世話をかけた。
後で、手伝ってくれた侍女全員に、俺の手持ちから特別手当を支給しよう。
そう思って。
続いて部屋から出てきた人物を見て、俺は息をのんだ。
胸元から胴まで細かい刺繍が施された、青みがかった鮮やかな紫色のドレス。
スカート部分は幾重にもレースが重ねられたそのドレスは、最近流行している形であり、俺が用意したものだ。
綺麗に結い上げられた黒髪を飾っている髪飾りも。
細い首につけられたネックレスも。
両耳に揺れているイヤリングも。
全て一式俺が揃えたもの。
もちろんそれを着用しているのは、俺が問答無用で部屋に押し込んだデネブで。
その姿は驚くほど・・・。
「驚くほど似合っていないな」
ドレスの形が、とか。色が、とかそういう問題ではなく。
とにかく似合っていない。
ドレスに着られている感が凄まじい。
「なんだと!? こういうときは『綺麗だぞ』とベタベタに褒めて甘やかすものだと、本に書いてあったぞ!」
俺の発言が気に入らなかったのか、デネブがきりりと目元を吊り上げる。
まあ、確かに綺麗に着飾った令嬢(?)を褒めもしないのは、マナー違反だろう。
デネブの言ってることの方が正しい。
正しいが・・・。
確認のために近くによって、その出来栄えを見てみても・・・。
「余りにも似合っていないので、褒めようがない」
なんだと?とまた怒りの声をあげて。
俺の方に一歩踏み出した足が、ガクリと揺れる。
「なんだ、この靴は! こんなので歩けるわけがないだろう!」
普段履かないハイヒールの靴に、デネブの体がプルプルと震える。
その姿はまるで生まれたての小鹿のようで・・・。
「ぷは」
思わず吹き出した。
真っ赤な顔をして怒っているデネブがあまりにかわ・・・。
あまりに・・・そう、情けなくて。
「その靴では歩きづらいだろう」
今履いている靴も勿論俺が用意したものだが、こうなることは容易に想像できた。
だからもっと安定感のある靴も用意してある。
「ちょっとそこに座れ」
俺の言葉に、すぐに侍女達が椅子を持ってきてくれた。
一度そこにデネブを座らせ、用意してあった平底の靴を履かせてやる。
パートナーとの身長差を考えれば、最初の靴の方が見栄えがいいのは確かだが。
平底靴でもそう問題ないだろう。
なによりまともに歩けないようであれば、話にならないしな。
「どうだ?」
その手を取って、立たせてやる。
ふらつきはない。
先程よりもずっと安定感があるし、なにより体がプルプルと小鹿のように震えていない。
「クク・・・」
思わず思い出し笑いをすれば。
「笑うな!」
ジロリとデネブに睨まれた。
「重くて大変なのはわかるが、我慢しろ。ドレスはお前を守る戦闘服だ」
なんとか笑いを飲み込んで。
「こんなピラピラの服で戦闘ができるわけがないだろう」と怒っているデネブに、真面目な顔で向き直る。
「これから行く場所にいる人間を相手にするには、その格好が必要なんだ」
見た目で判断する人間ばかりじゃない。
けれど、確かに見た目だけで見下したり、蔑んでくる奴らがいる。
だから。
「決して見くびられるな。顔を上げて、背筋を伸ばせ。」
時間に余裕はない。
だがこのまま会場に行ったんではまた同じ扱いを受ける。
それに、あいつに時間を稼ぐように頼んだから、まあ大丈夫だろう。
「顎を引いて、肩の力は抜け。胸を張って堂々としていろ。自分こそが一番美しい、と思い込め。」
容赦なくダメ出しをしていく。
その一つ一つにデネブは素直に反応する。
そうして、ゆっくりと、でも確実に。
蕾が花開くように、華やかに、その佇まいが変わっていく。
やがて、ピシリと姿勢を正して見せたデネブは、誰もが見惚れるほどの美しさがあった。
主役がドレスではなく、デネブに変わった瞬間、だった。
「・・・ん。悪くないんじゃないのか。それなら、まあ、美しい、と言えなくもない」
美しい淑女(あくまで仮)の姿に満足して。
思わず笑みがこぼれれば。
「お前またおかしな精神攻撃をしかけてきたな! いい加減にしろ、心臓が痛い!!」
デネブがまたわけの分からないことを言って顔を赤らめている。
心臓が痛い、だと?
・・・ふん、ざまぁみろ、だ、このバカが。
いつも突然尋ねてくるデネブのために、せっせとお菓子を用意しているルーカスですが。
ある日、『もしかして菓子目当てで来ているのか?』と思い至ったらしく。
数回連続でお菓子を出すのを止めてみたそうです。
それでも変わらずデネブが嬉しそうに尋ねてくるので、大変満足し、次からお菓子のグレードが上がったそうです。
ちなみに、デネブが来なかった日のお菓子は、もったいないから食べてもいい、と使用人に渡していたので、ルーカスはスイーツ好きの使用人達から大変な支持を受けています。
読んでくださり、ありがとうございました。




