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302.「マオとサムズアップ」


【辰守 晴人】


 崑崙宮を後にした俺とバンブルビーは、一度別れてそれぞれ鴉城とセイラムタワーへ帰還する事になった……のだが、崑崙宮を出る時に小さなイベントが発生した。


 というのも、キーシャオさんが弟子の一人を俺に同行させて欲しいと言い出したのだ。キーシャオさんにマオと呼ばれたその弟子は、よく見ると俺も何度か目にしたことのある給仕の人だった。


 人見知りなのか言葉を話すことはなかったが、だからと言って愛想がないわけではない。彼女が物腰の柔らかい表情でぺこりと頭を下げると、涼やかな鈴の音色が響いた。腕に付けたブレスレットからだ。


「日本支部を任せたホアンに前々から店に人を寄越せと泣きつかれていてな。どうせ帰るならこの子も同伴させてはくれぬか。なに、店まで連れて行けとは言わぬ」


 お世話になったキーシャオさんの頼みだ、断る訳にもいかない。というか、ただ一緒に日本に行くだけなのだからハナから断るつもりも無かった。


 斯様なわけで、ハイドの転移魔法式を使って日本へやって来た俺とマオさんだったが、転移した場所から電車やバスを乗り継いでいる間にマオさんはうたた寝を始めてしまった。


 マオさんはかなり眠りが深いタチなのか、最寄りの駅で起こそうとしても中々起きない。仕方が無いので背中にマオさん、後ろ手に荷物というなんとも忙しいスタイルでセイラムタワーまで帰る羽目になった。


『──はーい。あらあらまあまあ、家主様のおかえりだわ~』


 セイラムタワーの玄関、荷物の中から鍵を取り出すのが億劫で、部屋番号を押してオートロックの自動扉を解除してもらう。どうやら受話器を取ったのはラムの仲間だという姉狐(あねこ)さん……もといジーナさんだった。


 ロックが解除された自動扉をぬけ、エレベーターへ。やっとの思いで部屋に辿り着いた。


「──おかえりなさい。結構早かったのね」


 玄関扉の前で龍奈が待っていた。数日ぶりに会ったが、やはりどことなくぎこちなさの様なものを感じてしまって、俺は何だか小っ恥ずかしくなった。


 けれど同時に、玄関先まで出迎えに来てくれたいじらしさとか、長い付き合いからくる安心感に、俺は心底暖かい気持ちになったのだった。


「ただいま。引越し早々に家を空けて悪かったな。何か問題はなかったか?」


「龍奈の方はそうね……賑やか過ぎて落ち着かないってこと以外は別に。アンタの方はどうなってんの?」


 龍奈は呆れた様な顔で俺を一瞥したあと、視線を僅かに横に逸らした。視線の先は俺がおぶっているマオさんだ。


「あー詳しい話は中でさせてくれ。心配しなくても新しい同居人とかではないから」


「そ。まあ別に心配もしてないけどね」


 龍奈は何でもないようなセリフを吐いたが、態度を見ると少し機嫌が上向きになったように見える。実際の所はマオさんを見て何かしら勘ぐっていたのかもしれない。


 ともあれ、勘違いで暴行を加えられなかった事に安堵しつつ、俺は玄関扉をくぐった。靴を脱ぎ、廊下を進み、リビングへ。


 部屋を見回すが、人の気配はない。俺は荷物を落とすように手から解放すると、ソファにマオさんをそっと横にした。


「はぁ、疲れた……なぁ龍奈、フー達は?」


「フーちゃんと四バカはプールよ。お父さんは自分の部屋でご飯の仕込み。姉狐とチビは部屋で勉強会してるわね」


 龍奈が冷蔵庫から取り出した烏龍茶をグラスに注ぎながら言った。人数から察するに四バカ……というのは、どうやらラムとルーとバベリア、それにあのヒルダって人の事らしい。みんな随分と仲良くなったみたいで何よりだ。


(……それにしてもプールか。プールな。ってことは──)


「気持ち悪い顔で鼻伸ばしてんじゃないわよバカハレ」


「それを言うなら鼻の下だろ。ピノキオか俺は」


 不機嫌そうに差し出されたグラスを受け取りながら、こんなやり取り前にもしたなと思いふける。ちなみに鼻の下が伸びていたことに関しては否定出来ない。


「どうせフーちゃん達の水着姿でも想像してたんでしょ。アンタってほんとスケベなんだから」


「べ、別にいいだろ……何もお前で想像した訳じゃないんだし怒るなよな」


「はぁ!? 何よそれ、この龍奈様の水着姿なんて想像する価値もないってこと!?」


 龍奈がやおら俺の胸ぐらを掴み上げて鼻息を荒くした。非常に怖い。


「お、落ち着け龍奈! そんなこと言ってないだろうが!」


 俺は持っていたグラスを落としそうになりながら必死に弁明した。


「じゃあ見たいっての!?」


「ああもちろん!!」


「はぁ!? 本気で言ってんの!?」


「そりゃもう! 本気の本気だ!」


 とにかく今は否定せず、ひたすら首を縦に振り続ける事にした。内容などは二の次だ。だって殴られたくないんだもの。


「……わかったわよ」


「……?」


 龍奈は暫くジトッと上目で俺を睨めつけたあと、パッと掴みあげていた胸ぐらを解放して廊下へと消えていった。


(……助かったぁ。けど、急にどこに行ったんだ?)


 俺はホッと息をついてようやく烏龍茶を喉に流し込んだ。冬とはいえ人をおぶりながら暫く歩いて火照った身体には、冷たいお茶が嬉しかった。


「……さて、マオさんは……まだ起きそうにないな。冷蔵庫チェックでもするか」


 家を開けている間に食材が減ったり増えたりしているだろうし、ひとまずは冷蔵庫をチェックする事にした。店長が飯の仕込みをしていると言っていたけど、それにしたって賞味期限の近い食材があればそれも使ってしまわないといけないからな。


「……ふむ、ゼリー用に買っておいたフルーツの消費が激しい。誰かそのまま食ってやがるな……それに何だこの大量の生肉は、ホルモン? どこの部位だよこれ……」


 ほんの数日留守にしただけで、冷蔵庫は随分と荒れ果てていた。俺は無造作に詰め込まれた食材を一つ一つ確認しながら整理していった。


「まったく、なんだって飲みかけの牛乳が4本も出てくるんだか……」


 俺はぶつくさ独り言を呟きながら冷蔵庫の扉を閉めた。すると、扉で遮られていた視界の先、ほんのすぐ隣に龍奈が立っていた。



「……うわ、龍奈! え……えぇ!?」


「……な、なによ……何か変だっての!?」


 龍奈は何故か下着姿だった……いいや違う。よく見ると、下着に見えたそれは水着だった。何故か龍奈がビキニでキッチンに立っていた。


(……はっ、もしかしてさっきの見たいだの何だのって会話……!)


 俺はすぐさま状況を飲み込んだ。こいつ、人の胸ぐら掴みあげといてその直後にわざわざ水着姿をお披露目してくれているのである。


「俺は思った。情緒不安定とツンデレって紙一重なのだと」


「声に出てんのよバカハレ!!」


「……ふぐぅっ!?」


 強烈なボディがみぞおちに刺さった。相変わらずいいパンチである。ちくしょう。


 しかし──


(……龍奈の水着姿……なんかヤバいぞ……)


 腹を押さえ、涙目になりながらもチラリと龍奈の姿を覗き見る。ずっと気のいい友達……いや、ちょっと違うか。ずっと凶暴なバイト先の人斬りナイフ系看板娘だと思っていた龍奈が、水着を着ている。


 フーやイース、ライラックの下着姿はもう見たことがあるし、何ならスカーレットやバブルガム、バンブルビーはそれ以上だって──


 だと言うのに、目の前で何故かブチ切れながら恥ずかしそうにしている龍奈の水着姿はとても眩しかった。ともすればそれは下着姿や裸を見た時のようにすら思えた。


「……か、可愛いな」


「は、はぁ!? 何がよ!?」


「いや、あの、変じゃないかって聞いてただろ……だから、その……似合ってるよ……めちゃ可愛い」


「……ふ、ふーん……そう!……へぇ……」


 自分でも情けなくなるくらい、しどろもどろに感想を伝えると、龍奈は俺よりも動揺した様子で顔を真っ赤にした。


「……も、もっとよく見たいなら、別にいいけど……」

 

 龍奈は俺から目を逸らしたまま、1歩足を前に進めた。


「……ああ。そうだな」


 自分でも何がそうなんだよ、と思いつつも俺も龍奈の方へ歩み寄った。視線を下ろすと可愛らしいつむじがあって、その下には前髪の隙間から覗くまつ毛、ツンとした鼻筋、ほんのりとピンクに染まった唇は、もしかしてリップが塗ってあるんだろか。


「……もうちょっと……近づいてみる?」


 不意に龍奈が顔を上げた。羞恥と不安、そしてほんの少しの期待が入り交じったような潤んだ瞳が俺を見つめている。


「……ああ。そうだな」


 再び自分でも何がそうなんだよと思いつつ、俺はゆっくりと、龍奈の顔を覗き込む様に顔を近づけた。

 龍奈も、ほんの少し背伸びして俺へと顔を近づけた。


「──おっかえりぃ〜ラインハレト〜!!」


 廊下の扉をぶち破る勢いでラムがリビングに飛び込んで来た。ラムはくるりとリビングで身をひるがえし、すぐにキッチンに居る俺と目が合った。


 幸いドタバタとやかましいおかげで接近を察知できたので、俺と龍奈は引き寄せ合う磁石が途端に反発したみたいに距離をとっていた。


「ん〜? なーちゃん何で水着着てるんだい? さっき僕がプールに誘った時は来ないって言ってたのに」


 ラムが不思議そうに目を丸くして言った。なーちゃん……とは龍奈のことか。あれか、ルーが龍奈のことをリュー・ナーとか呼んでたから、ラムもラムであだ名で呼んでいるんだろうか。

 ちなみに龍奈は気まづそうに顔を逸らしただけでラムには何の弁明もなかった。見事にテンパってやがる。


(……まあ、テンパってんのは俺もだけどな。それにしても──)


「た、ただいまラム……っていうか、お前こそなんつー格好でリビングに居るんだよ! 床が水浸しになっちまうだろうが!」


 当たり前と言えば当たり前なのだが、ラムの奴は水着姿だったのだ。それもプールから慌ててやってきたのか、髪も身体もずぶ濡れの状態で、着ているビキニも相まって何と言うか……非常にセクシーだった。


「えへへ、フーちゃんがラインハレトが帰ってきた気がするって言うから慌てて確かめに来たのさ! 久しぶりに会えて僕嬉しいなぁ〜!」


「だぁぁ!? やめろバカ、俺までびしょびしょになっちまうでしょうが!」


 ラムが止めるまもなく抱きついてきて、あっという間に俺の服に水が染み渡っていく。


「……ふん!」


「え、あれ、龍奈? どこ行くんだ?」


「プールよ! このバカ!」


 ラムを引き剥がしてもらおうと思っていたのに、龍奈はやけに刺々しい態度でさっさと行ってしまった。勢いよく閉められた廊下のドアに、思わず身体が震えた。


「……龍奈め、なんだよ急に」


 思わずボヤくと、抱きついて胸に顔をうずめていたラムが顔を上げた。


「邪魔してごめんねラインハレト。でも順番は守らないとねぇ〜」


 邪悪な笑みを浮かべるラム。その瞳には怪しい光が宿っていた。この光の色はたしか、千里眼である。


(……こいつ、やって来るタイミングが絶妙だと思ったけど、普通に千里眼で見られてたのかよ。恥ずかしいわバカ!)


「旅行から帰って来たら僕と初売りデートするって約束だったよね? 他の子とイチャイチャするのはその後にしてほしいわけさ」


「確かに約束したな……いや、デートとは言ってないけどな」


「僕がそのつもりだったんだからそうなんだよぉ! それとも、僕ってやっぱり君に好かれる可能性……これっぽっちもないのかなぁ……」


 捨てられた子犬みたいな目で見上げてくるラムに、思わずドキリとした。そういうのにはトコトン弱いんだからやめて欲しい。いや、ラムのことだから無自覚なのかもしれんが……なんたって天性の人たらしだからな。


「ま、まああれだ。先のことは誰にも分からんからな……とにかく約束してたのはしてたんだ、明日にでもモールに行くか。一緒に」


「ほんとかい!? わぁい嬉しいなぁ〜!!」


「えぇい、だからいちいち抱きついてくるんじゃねぇよ!」


「だって嬉しいんだも〜ん! えへへ〜!」


 屈託なく笑うラム。心身ともにわがままな水着美女を身体から引き剥がすのは大変残念に思えたのだが、このままでは何かがぷっつり切れてしまいそうだったので、俺はあえなくラムを押し離した……じゃなかった、別に恋人でもない相手に抱きつかれては困るので、俺は毅然とした態度でラムを引き剥がした。でした。


──と、その時である。


「……んん、ラムちゃん?」


 龍奈が居なくなり、俺とラムの2人しか居ないはずのリビングに、俺たちではない声が聞こえた。


……いや、2人しか居ないわけではなかった。そう、ソファに寝かせていたもう一人の存在を忘れていた。キーシャオさんから頼まれて連れてきた仙女、マオさんだ。


 ラムと同時に声がしたソファの方に振り返ると、のそりと身体をもたげたマオさんが、眠そうに目をこすっていた。その度に腕に着けたブレスレットの鈴が、コロコロと綺麗な音を奏でる。


「……な、な、君は……ッ!?」


 見ると、ラムがマオさんを指さしてわなわなと震えていた。なんだと思ってマオさんの方を見ると、それに反応したのかマオさんもラムにしっかりと焦点を合わせたようで、目がカッと見開かれていた。


「ラ、ラムちゃんだニャ!?」


「キャシーじゃないかぁ!!」

 

 言うやいなや、2人は同時に駆け出して抱きしめ合った。お互いの名前を呼びながらキャッキャと飛び跳ねている。


「……えーと、知り合いなのか?」


「知り合いどころの騒ぎじゃないよ! この子は僕の邪悪なるコック、キャシーだよ!」


「マオ改めキャシーだニャ! まさかラムちゃんが出所してたニャンて〜!」


「そっちこそさ! ジーナとヒルダからキャシーは料理修行の旅に出てるって聞いてたからまだ当分会えないのかと思ってたんだぞぉ〜!」


「ミャハハ〜ラムちゃんが出所した時のために中華料理で有名ニャ、崑崙宮のキーシャオ先生に弟子入りしてたんだニャ! ちょうど日本支部に派遣されたところだったニャ!」


「ほへー!! なんと邪悪なる運命(ディスティニー)だい!!」


 どうやら2人は旧知の中……というか、魔眼同盟(イーヴルアイズ)のメンバーらしい。つまり、いよいよこのセイラムタワーに魔眼同盟(イーヴルアイズ)のメンバーがそろい踏みしてしまったわけである。


(……これは、たぶんアレだな)


 脳裏を過ぎった俺の予想は、あっという間に現実のものとなった。


「ねぇラインハレト! キャシーもここに住んでいいよね! いいよね!」


「えぇ!? ここがどこだかよく分かんニャイけど、またラムちゃんと暮らせるの!? 暮らせるの!?」


 抱き合う2人が両手をがっしり繋ぎ合わせながら俺をキラキラと見つめてくる。この状況でNOと言えるメンタルが俺にあるだろうか。もちろんない。


「……部屋割りは、そっちで決めてくれ」


 俺は無表情にサムズアップしてそう言った。


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更新ありがとう!読み直してやっぱりバンブルビー推しだなと思いつつセイラムも推しだなと思いつつ
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