竜と妖精 ④
一日遅れで護衛が追い付いた。正規ルートは頑張って三日とフィンが言っていた。けど、二日か。うん、すげえボロボロなオレの護衛、申し訳ない。
……悲壮感丸出しな彼等に「頑張ったな」と、肩……には手が届かなかったので背中を叩いたら泣き崩れた。
「……トドメを刺さないでください」
フィン、かわいそうに…と呟くな。
ちゃんと、父上には状況説明の文を書いて領主に頼んで届けて貰ったじゃないか。
オレに怪我がない事でフィンが同僚たちに泣きながら褒め称えられているが、本人は微妙な表情をした。
「もう…っ、生きた心地がしませんでした!」
「腹痛くて何度吐き気が!」
クラウドがうんうんと相づちをうっている。
しかし、その中で一人だけ恍惚した表情をしていたマルコスがオレを見た瞬間、興奮気味に。
「正直、癖になりそうな緊張感でした!!馬を限界まで走らせ、体力を削り、シーザー様の身に何か有ったらと思う焦燥感!手足に血の気が引いていく無力な自己への叱咤。シーザー様は私の主として満点過ぎます!!我が忠誠をシーザー様に!!」
オレは、速攻でまともな護衛たちに頭を下げた。
そして、視察が終了した。
……うん、特筆する事が何もなかった。
てっきり、馬車で優雅に……とは思わなかったが、領主がオレに説明した場所を「面白くない」と勝手に変更するジジイに半笑いになった。ジジイ、あれは視察じゃない。馬に乗っての訓練だ。
それから一応、行く先々で挨拶してくるマッチョな責任者が気になって何にも頭に入らなかった訳ではない。
ホントダヨ。
黒いマッチョに白いマッチョ……マッチョも色々あるもんさー。テカってるマッチョが一番気になった。あれは、なにを塗っているんだ。
……クラウドのこの土地はーっていう歴史授業と特産品については辛うじて覚えているからセーフな筈だ。
さて、ここからが問題だ。
視察も終え、二日目、日課の朝練をルーカスとともに終え、湯に入った後、用意された領主の別邸のベッドにダイブする。
ーーどう脱走するか。
護衛逹に謝ってから舌の根も乾かぬうちだが、仕方ない。
むくりと立ち上がり、ドアをそっと開ける。……大概ここでフィンが………
フィンが………………
フライパン?
「………」
『………』
何か見覚えのある大きな宝石が柄の部分についている。
オレは、無言でフライパンを持ち上げ、厨房ではなく外に向かって歩く。
井戸の近くにちょうどタワシがあった。
それを持ち、オレは無言でフライパンに不釣り合いな緑の宝石の部分をゴシゴシ洗い始める。
『いだだだだだっ!!』
あー、魔剣ですよねー。
『貴様ーっ!フライパンをタワシで洗うなぁ!!』
わりと正論を。
「ああ、すまない。禍々しい感じがしたから、洗えば落ちるかと思って」
しかし、何故フライパン姿なんだろう。
……フィンが真に受けて鍛冶屋に持っていったんだろうか。
オレが疑問に首を傾げると、魔剣ーーいや、魔フライパンがくつくつ邪悪に笑い始めた。……魔フライパンってなんだろう?
『我が形状を自由自在に変えられる事は知らなかったらしいな』
ーーなんだと!?
『ふ、全てを知ったような貴様の顔を』
「なら、めん棒と泡立て器なんかにも……やばい。夢が広がるな!」
『そこは素直に驚きだけを表現してくれ!何、我でのほほんと料理道具を揃えようとしている!?』
オレのテンションも最高潮だというのにグラジオラスが何か焦っているようだ。
『喋る器具など嫌だろ!?』
「え?特に」
少し喧しいくらいなら許容範囲だ。
冷蔵庫を開けっぱなしにしたりした時に鳴る音だと思えばいい。
重要なのは使い勝手だ。
……あ、悪そう。
「むしろ、なんでフライパンの姿なんだ?」
がっかりしながら魔剣の奇行について問う。
『……貴様に頼みがあってだな』
………言いづらそうな魔フライ………じゃないな。グラジオラスがオレをチラチラ見ているような気がする。ーー嫌な予感がする。
『我に故郷があってだな』
「よし、断る」
オレの精神衛生上、すっぱりと断る。
『なんでだよ!?』
「いや、心、折られたくないだろ?」
『フライパンに身を落としてまでの我にこれ以上があるのか!?』
それは、自分でしたことだろう。
しかし、それにはツッコまず、少しためらいがちに口を開く。
「……違う方面で」
オレは、ソーっと視線を逸らす。言えない。人間だったときは、リア充だと信じている筈のグラジオラスに本当は『お前、当て馬になってるぞ』なんて冷たい事言えない。
教養上げると入ってくる情報でグラジオラスの昔住んでいた村に行く事が出来るのだが、そこでグラジオラスのおもい人の日記が手に入るのだがーー、オレはもう一度、グラジオラスに視線を向ける。
……相手にされてなかったとか言えない。
三百年も一途に想っていた相手に本当は村から出て三日で結婚されていたなんて……心が痛むイベントだった。
女の子の「優しいね」「素敵だね」は、惚れてるからじゃないんだ。リップサービスなんだ。
「素直に将軍とマッスルを極めろよ。な?」
『考えたのだが…』
……グラジオラスが本格的に悩んでいるらしく地面に正座し、話を聞く事に集中する。なんだ。将軍が暑苦しいのか?
『我に筋肉ってつくのか?』
ーー名探偵も解決出来ない難題だった。
前世で発見出来たらきっとノーベル賞ものだっただろう。魔剣に筋肉……。
「ま、まずは…」
『なんだ』
「肉をつける事から始めないか?」
「何を無理難題を仰っておられるのですか」
居たのかフィン。
「フィン」
「はい」
「今度、背後から現れる時は『私、メリーさん。今貴方の後ろにいるの』って言ってくれ」
「ご命令とあれば」
元ネタがわからない人に振っても虚しい気分になるだけだった。
「グラジオラス、シーザー様に何か?」
フィンの言葉にオレが答える。
「故郷を探したいんだって」
「鍛冶屋ですか?」
『ちげぇよ!』
フィンの言葉に否定を口にするグラジオラスを眺め、なんとなく故郷が鍛冶屋だという前提の想像をしてしまう。ーー自分の|故郷«鍛冶屋»を探す元魔剣、現魔フライパン。……シュールだ。あまりのシュールさに涙が……、
「かわいそ…っ」
『なんでだよ!?』
込み上げてくる涙、……鍛冶屋の親父はきっと、スキンヘッドだ。ルーテンベルのイベントだから、マッチョだ。
三百年、マッチョ親父を探して、魔フライパン。
オレは思わず頷く。
「名作になるな」
「……シーザー様?」
珍しく困惑している様子のフィンを尻目にオレは頷く。
「部門は純文学だ」
『違うってわかってんのにどこまで話を広げるんだ!?』
グラジオラスの悲痛な声に現実に戻されたオレは苦々しい気持ちになった。
……現実逃避したいんだよ。
「所で、何か用か?」
「視察も終了致しましたので、今後のご予定を、と領主が」
「え?『よしっ、用事終わったな。帰れ!』的な?」
『領主にそこまで嫌われてたのか!?』
「むしろ、将軍のせいで脳筋になりそうな息子の説得に一役買ってますのでもう少し滞在して欲しいくらいだそうです」
フィンの言葉にそれは建前だろうと考える。
前世は純日本人なオレにはわかる。自分より立場の上な人間への「また来てくださいね」は商売以外は、ただの挨拶で本音は「もう来るな!掃除が大変なんだよ!!」に決まっている。
「もう少し滞在してください」は、「まだ居座る気かよ」だな。
……うん。領主には悪いが、まだ竜も妖精も見つけていない。なんとか滞在日数を伸ばさねば、
「……お土産買いたいな、とか」
「お忍びをなさりたいのですか」
珍しく眉間に皺を寄せるフィン。癖になるぞ。
「……報告してまいりますので、マルコスの護衛を振り切らずにお待ちください。ーー逃げると喜びますよ」
そっと、フィンが示した方向に視線を向けると何か幸せそうな表情を向けるマルコスが……。そういうなら、マルコスを連絡係にして、フィンが残ればいいのにと思ったが、フィンが難しい表情をしていたので、反論せずに頷いて見送ったのだが……、
うん、熱視線にオレはどんな対応をすればいいのだろう。
「あれは、オレの脱走待ちだろうか」
『いや、もうどうお前が行動しようが勝手に変換出来る領域に達してないか?』
……確かに。
しかし、お忍びか……それも違うんだよな。ともかくルーテンベル領の街道沿いの近くにある森に行きたいんだよ。確かそこで妖精達が数年かけて親竜から盗んだ竜の卵に魔力を与え続けて孵化させる。
……ルーテンベルの隣の領地の領主に復讐する為の道具にしようとしていた筈だ。
ルーテンベルの隣の領地……どこかで妖精や獣人を捕まえ他国に売り払っている馬鹿がいる。
そういえばそんな説明だけ有ったが、その領地への断罪はなかった。ただ、主人公が期間以内に終息させない限り、ただ単に安全に卵を育てられると選ばれたルーテンベルまで巻き込まれる竜の暴走という災害が起きるのだ。
妖精は基本的に人の目には見えない。そういう術に特化しているらしい。盗賊や山賊に襲われずに卵を育て続けられたのはそのおかげらしい。しかし、そうなるとルーテンベルの隣の領地に妖精を認識出来る特別なアイテムか魔法があるということだ。
オレは、国内の地図を脳裏に浮かべ、候補を二つほどピックアップする。
そのうち一つが母上の実家と懇意にしている。
シーザーの記憶で思い出されるあの人の良さそうな母上とよく似たポヤポヤした感じの当主と……確か後妻だったと聞いた覚えのある変な質問をしてきた魔女みたいな夫人の顔を思い浮かべる。
オレの記憶がぶり返す前のシーザーの答えが気に入らなかった様子は思い出せるが、さて、シーザーの記憶も幼すぎて曖昧だけど、なんて答えたんだ。
『おい、難しい顔をしてどうした』
グラジオラスの言葉にオレは眉間に皺が寄っていた事に気づく。
うん、妖精も竜も……主人公の母親を助ける何かしらの手も打たずに帰れない。
「しかし、森に行く理由を…」
『ん?なんだ、行きたい場所があるのか。なら、我を持て』
ほらほらとグラジオラスに促されたので、ものは試しとフライパンを持つと突然の身体に浮力を感じる。
「へ?」
『さあ、飛ぶぞ』
しっかり持て!と言うけど、どんどんと地から離れる足にオレは膠着した。
「え?……」
あれ、マルコスが焦った声を出してオレを呼んでいる。
「ぐ、グラジオラス!オレが勝手に外出するとマルコスがフィンに叱責され」
『ご褒美なんじゃないか?』
グラジオラスの言葉にオレは、マルコスの方を振り返った。
あ、なんか幸せそう。
……彼がこれで幸せなら壊さないようにしよう。
オレは、グラジオラス……フライパンに宙ぶらりんになりながら、そっと外出する事を選んだ。
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……さて、困った。
『おい』
どうして、こうなったのだろうか。
『コイツ等どうする?』
「兵に任せるのが一番だろう……けど、」
白目を剥きながらオレとグラジオラスの後をキョンシーのように立っているいかにも山賊の三下という体の男二人に困惑する。
「なあ、グラジオラス」
『なんだ』
「街を上質な服を着てフライパンを持った少年が白目を剥いた男たちを引き連れている姿って、どうだ?」
『……』
懸命にも黙る事を選んだようだ。
「あ、あの…」
「やばいな……死霊使いに間違われたらどうすべきか」
『研究する事も禁止され誰も成功してないと』
「いや、隣の国のランタナで成功する予定」
『はあ!?』
まあ、このイベント回避はアルベルトの国が飢饉にならなければいい。
マクシェルが援助すれば、他の国も援助しやすくなり、ある程度は緩和されるだろうが……、そこで、気づいた。
そういえば、ゲームでランタナを援助するという流れをブッタ切ったのって父上の側室とシーザーだった。
……。
『顔色が悪いな』
「いや、ちょっと日頃の行いを考え改めようと」
「あの!」
「何?」
あ、やばい。変に気取った声が出てしまった。
久しぶりの妹以外の歳の近い異性に何故か緊張してしまって、顔が引きつらないように表情筋が動かないように必死に無表情を保つ。
「助けてくださり、ありがとうございます!!」
そんなオレの様子を気にしないかのように姉妹で抱き合っていた妹の方がぺこり、と元気よく頭を下げてくる少女。……ポニーテールが勢いのままに地面についたけど、良いのか?
「あー……偶然だから」
たまたまグラジオラスが目立たない場所へと落ちた所が女性二人を襲おうとしているおっさん二人の頭上だっただけだ。
フライパンとオレがいきなり落ちてきては大の大人でも対処出来ないだろう。
あと、気絶しているコイツ等が動いているのは、グラジオラスが操っているからだ。
『精神関』与より疲れるらしいが、放置も出来ない。
「お姉さんも大丈夫?」
「あ、いえ、はーー………ハイ、ホントウニアリガトウゴザイマス」
にっこりと笑顔で姉妹の無事を確認したのに何故か片言だ。……オレの顔が恐ろしかったのだろうか。
確かにシーザーの容姿は人好きそうではないが、
それにしてもと、妹の方に目を向ける。
ピンク髪でアイスブルーの瞳、愛らしい顔立ちでヒロインとの類似点は多いが、ヒロインは一人っ子だった。髪型や性格はともかく、姉がいるとなると、別人なのかもしれない。
「こんなところに女性二人は危険なのではないか?」
街から少し外れ、森近い場所で何をしていたのだと疑問を口にすれば、少女はもじもじと何故か頬を染め言いづらそうに口を開く。
「あの、鹿か……猪を狩ろうかと思って」
ーーオレは、確信した。彼女はヒロインなどではなく現地人だ。と。




