第一話・『暗闇、硝煙、紅い瞳』…中編
非日常への扉は、常に開いている
日常から非日常の世界へは、簡単に踏み入ることができる
しかし、一歩でも非日常の世界へ踏み込んだら。
その者の人生の終焉まで、非日常は終わることはない。
群青の下、緋色の上
第一話・『暗闇、硝煙、紅い瞳』…中編
「……今、この場で、お前には死んでもらう……」
その言葉は予想はしていたが、まさかこうもストレートに言われるとは思っていなかったため、チンピラは一瞬呆気にとられた。
…確かに、目の前の男は得体が知れない。しかし、どう見ても丸腰である。仮に懐に武器を隠し持っていても、それを抜いて狙いをつける前に、こちらが先に撃つことができる。
そう判断したチンピラは、今度は強気な態度に出た。
「殺すって?この俺を?……あんた、素手で俺とやるつもりか?」
明らかに馬鹿にした言葉を発して挑発するが、目の前の男は表情も変えずに立ち続けている。
「言っておくが、それ以上一歩でも近づいたら……」
チンピラが全てを言い終わる前に、その男は一歩踏み出した。途端に、チンピラの顔つきが変わる。
「…そうか、なら死ねよ!」
この距離で、体の中心を狙う。どんな俊敏性を持つ人間でも、銃弾をかわすことは不可能だ。
そして目の前の男は、決して逃げるつもりは無いようだった。
チンピラは、口元に下卑た笑みを浮かべながら、引き金を引いた。
――パァンッ―!
乾いた銃声が暗闇に響いた。放たれた銃弾は正確に目の前の男の胸へめがけて突き進み、そして、最終的にはその男の人生を締め括るはずだった。
しかし…
――ガキィン―!
耳をつんざくような、甲高い金属音。
何事も無かったかのように立ち続ける、目の前の男。
非日常への扉が、開いた瞬間だった。
「……っ…胸に、プレートでも仕込んでるのかよ!?」
チンピラは、すぐさま男の頭部へ狙いを変えた。露出した頭部なら、確実に仕留められると思っての行動だった。
――パァンッ―!
(……ざまあみろ)
心の中で目の前の男へ別れの挨拶を呟く。再び、乾いた銃声が響いた。それと共に、男の頭からは鮮血と肉片が飛び散り、一つの命が消え失せる。
仮にも裏の世界を生きるチンピラにとって、見慣れたシーン。
の、はずだった。
――ギィン―!
(…よし、当たった)
(……金属音?)
(…いや、仰け反った。倒れる)
(……そんな馬鹿な)
――ジャリッ―
大きく仰け反った男は、そのまま倒れるように見えた。
(……ありえない、そんなことがあるわけが…)
(……なぜだ)
(…なぜ、倒れない!?)
しかし目の前の男は、わずか一歩後退しただけで踏みとどまった。
仰け反っていた男は、再び体を起こして直立不動の態勢をとり、拳銃を構えたままのチンピラを見下ろした。
「……ずいぶんと、お粗末な弾だな?」
そんなはずはない。チンピラの持つ大口径の拳銃なら、たとえ防弾チョッキを着用した人間にも十分な致命傷を与えるはずだ。
その時、先程の銃撃のためか、男がかけていたサングラスのフレームが折れ、小さい音をたてて地面に落ちた。
そこにあったのは、二つの紅い瞳。
ほとんどを黒に包まれた男にとって、唯一の色彩と言えるほどの、鮮やかな紅だった。
その両の瞳を見たとたんにチンピラの顔色は蒼白となり、手に持つ拳銃はもはや狙いもつけられないほど大きく震えだした。
「…シュヴァルツ・ホルニッセ……!」
その言葉を聞き、はじめて男は表情を見せた。
まるで嫌なあだ名で呼ばれたように、わずかに目を細めて顔をしかめた。